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 北エウロペ大陸の北西端――ウェシナ・ニザム領・ブロス海岸。

 そこはガイロス帝国に最も近い西方大陸都市国家連合(ウェシナ)の領土であり、同帝国軍の動きを警戒する為の軍事施設が数多くを配置されている場所でもあった。

 だが、その殆どは哨戒施設――ジデア軍港を主軸とした旧式の海上戦力とレーダー施設群であり、戦闘に耐えられるゾイドの数も少ない。

 その構築から判る通り、この一帯の軍事施設はあくまでも警戒が主任務であり――広大な海岸線全てを警備できる程の戦力がウェシナに無いと言う状況の裏返しなのだが――“事態”に対する対応は後方に控えるニクシーが担当していた。

 しかし、その戦力構成故に、“TYPHON(ティフォン)”社の“宣言”の後に行われた同社の襲撃によってブロス海岸、及びジデビア諸島の軍事施設の過半はいともたやすく制圧され、今では同社の勢力下に落ちていた。

 その後、“TYPHON(ティフォン)”側は制圧したジデア軍港を起点とし、海岸線に隠匿していた海上戦力を配置。

 それらを本拠地である本社施設とグリフティフォンの北側の守りとし、ニクシー基地から侵攻するウェシナ側の主力と対峙する主力部隊の後背を固めさせていたのだが――。




 “TYPHON(ティフォン)”社に対する査察の支援を目的とし、北側の領海を警戒していたフィアーズランス艦隊より分離した第2部隊が行動を開始から十数分後。

 ブロス海岸の東端、制圧されたジデア軍港から最も遠い断崖地帯に強襲を仕掛けたストライク・フィアーズの面々は、ここに至るまでの障害を駆逐し、橋頭堡を確保しつつあった。

『海上で俺等が出張ってくるなんて想定外だろうからな。――お気の毒としか言い様が無い』

 その殲滅戦の最中、哀れむ様な呟きと共にアッシュ・バルトール中尉のゼニス・ラプター改“アウトラー”が逃走しようとするブラキオサウルス型中型ゾイド、ブラキオスの集団に軽々と追いつき、至近距離からのマシンガン掃射でソレ等を海の藻屑とする。

『どうせ今日で終わる相手の事なんて気にしてもしかたないでしょ? ――さっさと後続の揚陸ポイントを確保するわよ』

 役目をこなしながら無駄口を呟くアッシュに対し、彼と同じ様に敗走中の海上部隊(スティールアーマー)を掃討していたエリス・ウォルレット中尉は、いつもの棘のある返答と共に視界内の敵集団の排除に移る。

 彼等が駆逐しているTYPHON(ティフォン)”社の部隊構築からも判る通り、同社は第4世代以下の海上戦力しか持たないウェシナ側に対し、同世代の海上戦力を差し向ける事で時間を稼ぎ、ウェシナ側が海上で拘束されている内に第5世代機(ラファル)部隊を呼び込み、撃滅する計画を立てていたようなのだが――。

「……104、海岸部に取り付きました」

 ゼニス・ラプター改――稼働時間問題を解決した9体の第4.8世代機によって、瞬く間に海上戦力の多くを失った“TYPHON(ティフォン)”側は、ウェシナ側の上陸を許してしまっていた。

 ――……良い策ではありましたが、詰めが甘かったですね。

 クジラ型の巨大ゾイド、ホエールキング――この一帯における、“TYPHON(ティフォン)”側の旗艦と思しきソレを沈めながら、目的地への一番乗りを果たした黒髪の小柄なパイロット――ラフィーア・ベルフェ・ファルスト中尉は、ティフォン側の作戦をそう結論付ける。

 確かに、“先日までの”フィアーズランス艦隊だけでは“TYPHON(ティフォン)”側の海上防衛網を容易に突破できない為――彼等の思惑通り、ラファル部隊の到達を許す事によって壊滅の憂き目にあうのはストライク・フィアーズの方であった。

 その上、海岸線にも濃密な遅延戦闘部隊が配備されている事から、“TYPHON(ティフォン)”側はウェシナ側が海上戦闘の段階からゼニス・ラプターを投入する場合の事も考えていたと思われる。

そして、“先日までの”ストライク・フィアーズが消耗した状態で防衛網に引っ掛かれば、本社施設に至る前にラファル部隊に駆逐されていたのは確かである。

 しかし――。

 ――……ゼニス・ラプター改のような存在を考慮する余裕が無かったのが敗因ですね。

 燃料式の推進器を排する事で長大な航続距離も得たゼニス・ラプター改は、艦の護衛を完遂した後、弾薬の補給のみで侵攻に移る事が可能であり――。

 昨今の海上戦力の天敵である高機動陸戦機体を、緒戦から惜し気もなく投入したウェシナ側の動きにより、ティフォン側の策は脆くも崩れ去った。

『対潜プテラスから通達が来た。海中に異常なし――“メリーウィドウ”が断崖地帯に侵入する。各機、警戒を強めつつ、次の行動に移る準備をせよ』

 だが、初戦を快勝で通過したウェシナ側に勝者の余裕は無く――第2部隊の前線指揮官を務めるフゥーリー少佐の号令の下、本社施設の後背を突く為の準備が齷齪(あくせく)と開始される。

 第2部隊にとって、この奇襲上陸で得た時間――“TYPHON(ティフォン)”側の切り札であるラファル部隊が到着する前に迎撃・侵攻の手筈を整えられるかが最初の関門であり、橋頭保の確保無しにグリフティフォンへの道は切り開けない。

『――“メリーウィドウ”の接岸を確認した。……予定通り、104、201、204は帰艦して弾薬の補給と推進器のチェックを受けろ。――次が控えているぞ、急げ!』

 その最初の一手――超ウルトラザウルス級の直接接岸による揚陸が開始され、“メリーウィドウ”の上部甲板に待機していたゼニス・ラプター部隊やセラフィル大尉のフェルティンが断崖の端へと飛び移っていく。

 ストライク・フィアーズが強襲を仕掛けたこのエリアは、海岸線の全てがそそり立つ断崖によって形成された、通常の揚陸には全く向かない場所である。

 しかし、その切り立った絶壁故に海岸線の水深が異様に深く、超大型水生ゾイドが安全に接岸出来る場所でもあり――。

 その立地条件を利用した“メリーウィドウ”の直接揚陸とゼニス・ラプター改という隠し玉との2段構えの急襲がウェシナ側の奇襲の全容である。

『電子戦装備の107、207、307――広く展開する必要があるとはいえ、出過ぎて補給するタイミングを逸すなよ』

 しかし、その要である“メリーウィドウ”の防御力は脆弱といっても過言ではなく、少佐はこの間隙を突かせない為、三方向に先行させている電子戦仕様のゼニス・ラプター改への指示を徹底する。

『無茶を言ってくれるわね……。 ――っ!? 来たわ! 1時方向に光点4つ!』

『――セラフィルッ!』

 107――エリス中尉からの先行報告に、少佐は自分たちの“目”であるZA能力者――セラフィル大尉に方向を知らせ、その内容の確認を取らせ――。

『……チーター型のゾイドコアの反応――フゥーリー少佐、当たりです』

『301、304は隊を連れて対応に移れ! 107、207は直掩ラインまで後退、これで終りじゃないぞ、急げ、急げ!』

 得られた確定情報から、少佐は右翼側の部隊を対応に移らせつつ、他の隊の準備を急がせた。




 そうして、無事に迎撃部隊を撃退し、橋頭堡となった断崖地帯を確保したストライク・フィアーズは、揚陸に成功したゼニス・ラプター隊と共に“TYPHON(ティフォン)”社の本社施設を目指し――。

 今、同社が構築した防衛ラインを4層まで突破し、グリフティフォン――天に聳える螺旋貝(オゥルガシェル)型超々大型ゾイドの姿をハッキリと視認出来る位置にまで迫っていた。

『ったく! こんだけ潰しても全然楽にならねぇ……多過ぎだろ!』

『残敵は確実に減って来ている。ゼニス改とお前の能力はそんなものではないだろう?』

 目標が眼前に迫る中、201――進撃を続けるストライク・フィアーズの左翼側の前衛を務めるアッシュ中尉の愚痴に対し、中央後方で全体指揮を執(と)っている少佐は煽てる様な激を飛ばして、その足に拍車を掛ける。

 裏方である北側に対しても構築されていた幾層もの防衛ライン――層の一つ一つが薄いとは言え――を、ストライク・フィアーズは部隊長が搭乗するゼニス・ラプター改を前面に押し立てた突撃陣形によって穿ち、進撃を続けていた。

 その陣容は最前列の両翼2小隊が敵の陣形に穴を開け、同両翼の後衛がその穴を広げつつ、中央の3小隊が交代しながら両翼の支援と正面残敵の排除を行うというものであった。

 それを一言で例えるならば、防衛ラインという大海を突き進む双胴艦と言った所だろうか――彼等はそうして1隊に過剰な負担を掛けるのを避ける事で、このエリアに至るまでの進出を可能としていた。

「……っ! ……警告、2時方向に粒子砲発射態勢のラファル……104は対応不可」

 そんな中、陣形の中央で前衛を張っていたラフィーアは、現状で最も優先しなくてはならない敵機を発見し、既に何度目かになる警告を発信する。

 “TYPHON(ティフォン)”社の切り札であるラファルは、これまでの戦歴の通りゼニス・ラプター改にとって対応できない相手ではなくなっている。

 だが、改修の済んでいないゼニス・ラプターにとっては今尚天敵と言っても過言ではない存在であり、同機を補助戦力として組み込んでいるストライク・フィアーズにとって、ラファルは捕捉と同時に撃破しなくてはならない程の難敵であるのだが――。

『301――ちっ、手が回らん、誰か……!』

 発見者であるラフィーアの手が回らないのと同様に、全方位からの圧力を撃ち払っているストライク・フィアーズに余力は少なく――荷電粒子砲が照射されるかもしれないという恐怖にゼニス・ラプターのパイロット達に緊張が走る。

『107、目標を排除。……あんまり私の手を煩わせないで欲しいわね』

 しかし、ラファルの荷電粒子砲が右翼側に照射されようとした瞬間、中央から照射されたハイ・レーザーライフルの光が同機のか細い胴体を穿ち、ゾイドコアを破壊された機体が大爆発を引き起こす。

『107、よくやった。――あと少しだ、このまま押し切るぞ』

 その一撃――前衛部隊ならいざ知らず、味方機によって射角を制限される中央に居ながら、間隙を縫うような精密射撃を事も無げ遣って退けたエリスに称賛を送りつつ、少佐はゴールが近い事を明言する事によって隊の全員を奮い立たせる。

 残っている障害は、“TYPHON(ティフォン)”側の最終防衛ラインを構築している帝国系の旧式砲撃ゾイドを主軸とした混成部隊。

 この一層を突破すればグリフティフォンを守る対空陣地への侵入が可能となり――後方の残敵を警戒する必要があるものの――固定砲台の蹂躙という陸上部隊の目的を果たす事が出来る。

「……104隊、残弾は20%程です」

 だが、“この先”の事に備えなくてはならないラフィーアは、間が悪いと判りつつも秘話通信で“次”に関わる報告を送る。

『作戦を的確に読んでくれる部下が居ると助かるよ。――104隊は補給、抜けた穴は101隊で補う。107は現状を維持の後104隊と交代で補給だ』

「……了解」

 その報告に少佐は気さくな返答を返ながら対応を開始し、中央部隊の配置変更を命ずると同時に直轄部隊の足を早めさせ、それとは逆に侵攻速度を緩めたラフィーアの隊を追い抜かせる。

『――補給後は弾をケチれよ』

 ポジションを交代したラフィーアの隊が踵を返す中、少佐はその背に念を押す様な言葉を送り――その言葉を受けたラフィーアの隊は中央部隊の後方へと急行する。

 そこにはストライク・フィアーズの進撃に合わせて進行するようにプログラミングされた無人仕様のダンゴムシ型ゾイド、グスタフが続行しており――ラフィーア達はそれが牽引するコンテナブロックに乗機を取り付かせて武装の交換を開始する。

 最終補給用に用意されたこのグスタフは、侵攻途中で撃墜される事も已むなしとして投入された補給機であり、無人運用からも判る通り帰還も考慮されていない。

「……攻撃を受けて航行不能になれば、その時が補給タイミングになる予定でしたが……よくここまで持ったものです」

 呟いたラフィーアの言葉通り、このグスタフは今作戦に置いては使い捨てを前提としているが、列記とした大型ゾイドであり決して安価な機体では無い。

それでも尚こんな物が用意されたのは、対空陣地の襲撃後に部隊全体の後方を守る部隊が必要となる為であり――その苛烈な“次”に備えなくてはならないラフィーア達は補給を急がせる。

 そうして、ラフィーアの隊は元より、エリス中尉の107隊が補給を終えた頃――。

 “TYPHON(ティフォン)”側の防衛ラインを突破したストライク・フィアーズは、東側から進行中の第1部隊に先んじてグリフティフォン外縁の対空陣地へと到達した。

『よし、突破した! 後は対空砲相手に楽しい蹂躙戦を……っ! なんだ!?』

 その先陣を切った201隊――アッシュが率いる部隊が散開しようとした瞬間、彼等は突如として現れた閃光に包まれ、制圧戦に移行しようとしたストライク・フィアーズの全員に戦慄が走る。

「……新型機」

 その戦慄の中、あの程度の荷電粒子砲ではE転換装甲を突破されないと予測したラフィーアは冷静に周囲を見渡し――発射元と思しきT−REX型ゾイドを発見し、その存在を静かに報告する。

『――っ! プランDに移る! ゼニス・ラプター隊は作戦概要に従って第2線に後退、205、206は生存者を収容してから後退しろ――アッシュ中尉、生きてるか!?』

『ってぇ、なぁ……! 201、兵装を全部食われたが生きてるぜ』

『よし。グスタフに寄って残り物で再武装、その後はゼニス隊と行動を共にして第2線を守れ。104――ラフィーア中尉、判るか?』

「……本国からの報告に、レムナントという名称がありましたが……それだけしか。……口腔に装備された複数機の荷電粒子砲を並列・同調させて照射している物と思われますが……」

『――――アッシュの奴は無事だったが……危険性は?』

「…………背後から照射されなければ、大丈夫の筈です。……ですが、被弾した際には武装が持ちません」

 ゼニス・ラプター改の装備する武装は、E転換装甲が発する余剰のエネルギーフィールドによって守られおり、レーザー等の光学兵器に対して一定の防御力を有しているのだが――アッシュ機の経緯から、その防壁があてにならない事を明言する。

『当たれば継戦不能、か……』

『っち、こいつ……外見だけじゃなくて、腕も良いわね……少佐、あんな物を照射されていたら“最後の手”も動けないでしょ? ――やるしかないわ』

「…………少佐」

『301はそのまま304と307を率いて右翼、私と204、207は左翼を押える。――104と107は中央を抑えつつ、アレを沈めろ』

『言うわね……遂に頭にうじでもわいたのかしら?』

『まだ残敵が残っている上に時間も無い。両翼の隊は対空砲の排除も行う為、それ以上の戦力は回せん――やれるな?』

「……後衛に付きます。……107、進出を」

『フン――それが最善と判っていても、始めっから下がるのは癪に障るわね。……接近戦で沈めてやるわ、リトル、雑魚に邪魔をさせるんじゃないわよ』

 ここまでの進撃を支えたストライク・フィアーズのエース――部隊全体の支援という裏方に居たエリス中尉が遂に最前列へと進出する。

 ――――この時、既に爆撃予定時間まで30分を切っていた。




 グリフティフォンの外縁に敷設された対空陣地に対する蹂躙戦が開始されてから――時間にすれば数分後。

 爆撃のタイムリミットに圧され、1秒すら惜しいストライク・フィアーズの面々からすれば、異様に長く感じられたであろうその寸刻の後――。

『――っ! ったく……クソったれを墜としたわよ!』

 溶け落ちた対空砲が山と重なる戦場に、さも忌々しいと言った感情を滲ませたエリスの勝鬨(かちどき)の咆哮が木霊した。

 その乗機である“アイリス”は、右手に装備されていたハイ・レーザーライフルが半ばから溶け落ち、背部のレーダーパックに至っては殆ど原形を留めていないという散々な状況であったが――。

 その眼前には胴体の過半が溶け落ちたT−REX型の新鋭ゾイドが倒れ付していた。

『301より101へ、左翼の対空陣地の凡そ8割を無力化』

『204より101へ、担当エリアの対空砲の無力化に成功。――弾薬の残りが厳しい、次の指示を』

『101より各機へ。想定した状況をクリアした、各員の奮戦に感謝する。――プランFに移る、104は“最前線”へ移れ』

 それに続く様に発せられた隊員達からの報告に、少佐は労いの言葉と同時に最後の作戦指示を発信する。

 そして、少佐の発した号令の最後、ラフィーアに宛てられた言葉は“TYPHON(ティフォン)”側に探知された際の攪乱を狙った暗号で括られた命令であり――この場合に置ける“最前線”とは即ち殿である

『101と107は104のバックアップに入る。各機、急いで移動を開始しろ』

 ――……そろそろ、頃合いですね。

 そうして部隊の仲間達が転進の準備を進める中、ラフィーアは“何かに気が付いた様に”視線を巡らせ、同時に“ベネイア”の足を止めさせて背後の巨塔、グリフティフォンへと振り返らせる。

『――? 104、どうした?』

「……目標に動きがあります。……なんらかの防御機構を展開させたようです」

 ――……外殻の底部から上部に至るまでの突起物……アレでいいでしょうか。
 
「……外殻の突起物……爆撃の障害になるかもしれません。……排除に向かいます」

『待て、104……ラフィーア中――っ!? なんだ、“シャルリア”が……?』

 立ち止まった“ベネイア”に追従するように足を止め、振り返ろうとした少佐の“ゼニス・ラプター改(シャルリア)”がその途中で動きを止め――彼は唐突に発生した操縦と機体挙動との乖離に困惑するような声を上げる。

「何? 急に反応が……IRデバイスの問題じゃない、これは……“アイリス”? コアが制御を受け付けていないの?」

 そうして少佐の“シャルリア”の異常に気が付き、振り向こうとしたエリスの“アイリス”もまた、まるで金縛りにあったかのように停止する。

 ――……上手く行ったようですね。

 通信機越しに感じる仲間達の困惑とモニターに映る周囲の状況。

 それは、これから行うラフィーアの行動に際し、ゼフィリアが提示した条件と引き換えにラフィーアが得た状況――最強のZA能力者であるゼフィリアの掩護であり――。

 IRデバイスによる操縦という干渉から切り離された周囲全てのゼニス・ラプター改は、示しを合わせたかのように視線を北に――自分達が後退する方向へと向ける。

 ――……真オーガノイドシステム(OS)の形状固定、拡張制御のリミッターを解除。

 仲間達が自分の操る乗機の異常に困惑し、そのゾイド達がゼフィリアの意思にのみ込まれていく中、ラフィーアは自分の準備を整え――。

「……行きます」

『待て! ラフィーア中尉っ!』

 “終わる為”の前準備である“それ”を“ベネイア”に入力したラフィーアは、今まで付き従って来た敬愛する指揮官の声に振り向きもしないまま、彼女は自身が最後に選んだ戦場へと駈け出した。




 施設防衛の要であろう新型をエリスによって墜とされ、他の守備部隊を残りの隊員達によって駆逐された今、グリフティフォンへの進路はクリアになる筈だった。

 しかし――。

「…………まさか、まだ残っているラファルが居るとは思いませんでした」

 正面やや右側から照射された荷電粒子砲を、ラフィーアは“ベネイア”に身を捻らせる形で受け止めさせ――装甲で弾かれる光に目を細めながら、“TYPHON(ティフォン)”側の対応力の高さに焦りと動揺が入り混じった声を漏らす。

 つい先程まで、“ベネイア”は無人の荒野といっても過言ではない状況にあった“TYPHON(ティフォン)”社の敷地を突き進んでいたのだが――。

グリフティフォンの外殻まであと一歩という所で、南東方向から急襲してきた2体のラファルに道を阻まれ、数的不利から一気に劣勢へと追い落とされていた。

 ――……想定されていた配備数と総数が合わない……第1部隊側から急遽派遣された機体、もしくは何らかの理由で隠匿されていた機体という事でしょうか。

 2機のラファルから交互に照射される荷電粒子砲を受け流しながら、ラフィーアは危機的状況に動揺する自分を落ち着かせる様に、この状況に至った経緯を思考しつつ、“ベネイア”の弱点である背後を取られないようにせわしなく機首を左右に振りながら、今まで進んできた道を退り始める。

 ゼニス・ラプター改とラファル。

機体特性こそ真逆であるが、戦闘能力だけを換算した総合力ではラファルの方が僅か勝っており――1対2という数的不利も重なれば、通常の手段で挽回するのは不可能といっても過言では無い。

 ――……このまま突破出来なければ、十数分後の爆撃で“TYPHON(ティフォン)”と一緒に蒸発。……強引に突破しても、最終的に撃破していないと……。

 唯一勝る防御力を盾とし、後退する事によって拮抗には持ち込んでいるものの――性能以上の力を発揮出来ないラフィーアにはこの状況を突破するだけの力が無く、ただ撃破されない為の後退を取り続けるしかない。

「……何か、手は――」

 ハイ・レーザーライフルの連続照射による飽和攻撃が選択肢に浮かぶが、2機の第5世代機相手にそんな事をすれば2門とも射撃不能にしてしまう可能性が高い為、コレは採用できない。

「……ハイ・レーザーは後で絶対に必要です……使うにしても、もっと効率的な……」

 ――……そう、例えばもっとスマートな……精度の高い照準ができれば…………?

 その進退極まった状況を打破する糸口を見出せず、出来もしない夢想に意識が飛び掛ける中、ラフィーアは左手に違和感を覚え――。

「……っ! ……これは――」

 その感覚に危険を感じたラフィーアは、嵐の様に照射される荷電粒子砲の間隙に自分の左手へと視線を振り――自分の身に起こっている事態に、彼女は愕然とする。

 ――……神経毒の暴走……? ……こんな時に……!?

 見遣った視線の先――そこには、つい先日のナノマシン治療によって再生した部位(左手)を苗床とするように、薄緑の金属水(Ziリキッド)の結晶が手首辺りにまで生え始めていた。

 その光景、自分自身の身体に対する変位に流石のラフィーアも根源的な恐怖を感じ、一瞬とはいえ意識が凍りついてしまい――。

「……後っ!?」

 その動揺は機体の挙動へと伝播、正確さを欠いたハイ・レーザーライフルを躱(かわ)したラファルが“ベネイア”にとって非常に拙い位置へと突き抜け、身を捻りながら粒子砲の発射態勢へと移行し始める。

 ――……反転――間に合う……っ!?

 その状況に対し、ラフィーアは照射されるであろう荷電粒子砲を装甲面で受けるべく、愛機を振り向けようとするが――背後へと廻り込んだラファルは旋回する“ベネイア”の機首から逃れる様に横方向への機動を取り続ける。

「……見えない……でも――っ!」

 ラフィーアが横滑りを取り続けるラファルの影を見る事もできない中、背後に集まる光が無言のプレッシャーとなって彼女を圧迫し、その威圧に押される中、彼女は縋る様な思いでハイ・レーザーライフルを照準する。

 その射撃は敵機の影も捕捉も満足でない目晦撃ちであり、当たる可能性は限り無くゼロに近かったのだが――。

 ――……っ!?

 それを照射する瞬間、ラフィーアは自分の目が“ベネイア”の視界になったような錯覚を感じ、同時に背後のラファルを撃ち落とそうとする意思と火器管制システムとが一体となった様な違和感を覚え――。

 それらの感触の正体に考え至る間も無く、ハイ・レーザーライフルから放たれた光が、粒子砲を発射する寸前にあったラファルに突き刺さり、その半身を蒸発させる。

 ――…………なんでしょうか、今の感覚は。

 搭乗者の指示のみをゾイドコアに送るIRデバイスでは感じ得る事が出来ない筈である“ゾイドとの一体感”と、感覚的な補正と機械的な照準とが混ざり合ったような違和感。

「……? ……“ベネイア”?」

 その今まで感じた事の無い感覚にラフィーアが戸惑う中、ゾイドからの汚染を避ける為、遮断されている筈の“ベネイア”の感情と思われる“想い”を、彼女は薄っすらと知覚し――。

「……っ! ……もう片方の機体――!?」

 未知の状況の乱立にラフィーアが混乱している中、その惚けた隙を衝く様に、もう1機のラファルが“ベネイア”の右後方に滑り込んで来る。

 しかし――。

「…………ぇ?」

 ラフィーアがソレを“危機”と感じ、対応を“思考”した瞬間、滑り込もうとしていたラファルは“照射された”ハイ・レーザーライフルの直撃を受け、四散する。

 ――……これは……?

 “ベネイア”がラフィーアの思考を理解しているかのような事実と、“ベネイア”が見ている全てをラフィーアが知覚できているような現実。

 それらは全て、IRデバイスが本来遮断している筈のゾイド側から感情であり、ラフィーアは侵食毒の汚染によってIRデバイスのリミッターが壊れてしまった事を懸念したのだが――。

「……違い、ますね……。……この感覚……誰かが………」

 今ラフィーアが感じている感覚の陰に、彼女と“ベネイア”を繋ぐもの――彼女の意識を補強しつつ、“ベネイア”に彼女を壊さない様な接し方を教えている様な――そんな存在を感じる。

「……もしかして――」

 ゾイドに付加されるOSとは、人とゾイドとをより深く繋ぐ為の手段であり――これまでに報告されている燦々たる事例は、それを制御する部品が欠けていた事による事故でしかないのでは?

 そして、侵食毒はその補助――ゾイドの神経束を汚染し、その全てを奪い尽くすのは機能の一面に過ぎず、本来はOSが対象を理解しようとする為の経路を作る事こそが本来の――。

「…………そういう、事なのですね」

 自らに起こった事実からその推論に考え至ったラフィーアは、記録として残されているこれまでの悲惨な事故の数々の思いながら、その結論を呟く。

 ――……OSの今までの歴史は――その本質を見ようともせずに、副次的な戦闘能力を本質であると見誤ったが故の――。

 ラフィーアが考え至ったそれは、終わらなければならない彼女が理解しても如何しようも出来ない情報であった。

 しかし、ラフィーアは――半生を振り回されたといっても良いその機構の本質に思いを馳せ、理論を補完せずには居られなかった。




 ――――時間にすれば僅か数分。

推察した結論の大きさに放心していたラフィーアであったが、現実は彼女に1つの真理に至った感傷に浸る暇を与えず――残り時間が10分を切った事を告げるアラームに、彼女は意気を取り直し――前進を再開させる。

 しかし――。

「……まだ出てきますか」

 前に進もうとした“ベネイア”は、唐突に照射された荷電粒子砲によってその歩みを遮られ――ラフィーアは愛機の肩部に照射され続けている光がE転換装甲に阻まれ、霧散して行く光に目を細めながら、その敵機を確認する。

「……また、新型ですか」

 最初に目に付くのは白い装甲と異様な細身――そして、肩から迫り出した1対の翼の様なバランサーの様な装置。

 更に詳しくその姿を確認すれば、その機体はラファルよりも一回り小さく――色の影響か、ヒロイックな印象を受けるそのゾイドは、“ベネイア”に対して前面方向からの荷電粒子砲が無力である事を確認すると照射を取り止めて一気に間合いを詰めてくる。

 ――……やらせませんよ。

 機体形状こそ違えど、それはラファルと同じ戦法――ゼニス系共通の弱点である後背を突こうとする動きであり、見慣れた戦術を実行しようとする敵機に対し、ラフィーアは“ベネイア”との繋がりを強め、針を撃ち抜く様な火器管制をもって迎撃する。

「……っ、早い……! ……でも、これは――」

 しかし、戦闘機動中だったラファルを容易く撃ち落とした狙撃を、白い機体――爪が実装されている事からラファルよりも狩猟豹(チーター)らしい外観をしている為、“白豹”と仮称する事にする――は、滑らかな軌道修正でハイ・レーザーライフル一閃を擦り抜け、“ベネイア”の脇を抜け、背後へと突き抜けていく。

 ――……推進力は同程度……でも、動き方がまるで違う。

 “ベネイア”と繋がっているからこそ判る事だが、通り過ぎた時の感覚が殆ど同じである為、白豹とラファルとの間に機動力の差が無いのは間違いない。

 だが、ラファルの動きを機体出力に頼り切った力押しとするならば、“白豹”の動きはもっとなめらかな――機体の一挙一動を完全に制御している様な動きであり、その差に考え至ったラフィーアは愕然とする。

 ――……第5世代機の出力を完全に制御している……? ……いいえ、ゼフィーじゃあるまいし、そんな化物がこんな所に居る筈が……。

 その考えたくもない事態にラフィーアは困惑するが――彼女と繋がっている“ベネイア”は何度も実行した“対応”を完全にこなし、旋回しながらの迎撃を続けるゼニス・ラプター改と、背後を取ろうとする“白豹”との間に奇妙なドックファイトが成立し、状況が硬直する。

「…………そう言う事ですか」

 そうして、“白豹”が“完全”なら起こり得ない状況――今も続いている拮抗状態により、徐々に冷静さを取り戻したラフィーアは、自身の誤解を改め、敵機を正しく推察し直す。

 ――……あの挙動は、非常に優れた操縦支援機構の御蔭……と、言う事ですか。

 機動・運動性能を完全に制御された第5世代機であれば、“ベネイア”と直接接続されているに等しい今のラフィーアといえども対処できるものではない。

 しかし“白豹”がゼニス・ラプター改の運動性能の限界を突いてこない事実から、ラフィーアは敵の内状をそう看破する。

 ――……人の限界を超えられてはいない。……ですが、第5世代機を人の力であそこまで制御できる様にする技術は……残しておきたかったですね。

 戦況は拮抗しており、決して容易くは無い。

 だが、、“白豹”に搭載されているであろう支援機構の性能に――その凄さを判ってしまう立場故に――ラフィーアが純粋な称賛を思った瞬間。

「……っ!?」

 その一瞬の気を緩みを突く様に、“白豹”は唐突に旋回戦のリズムを崩し、無配慮の突撃を仕掛けてくる。

 瞬間な機動によって瞬間移動と見紛う加速を叩き出す第5世代機の突進は、奇襲としては有効極まり無い手ではあるが――思考が“ベネイア”の挙動となる今のラフィーアであれば反応できる可能性がある。

 そして、今までの拮抗から“白豹”もそれは判っている筈なのだが――。

 “直撃を受ける危険性”と“奇策によって背後を取れる可能性”を天秤に乗せた“白豹”の無謀な賭けが、現実としての結果を生む。

 集中を切らせていなければ確実な勝機であったのだが、間隙を突かれたラフィーアの迎撃が失敗した事により、最初の賭けはハイ・レーザーライフルを躱(かわ)した“白豹”が勝ち――。

「……っ! ……違う、格闘戦……!?」

 その次の状況――背後を取らせまいとラフィーアが“ベネイア”の身を捻らせようとした瞬間、その側面に減速もせずに衝突コースに乗った“白豹”がエネルギーシールドを纏った状態で突っ込んで来る。

「……くぅぅ――」

 ラファルとは全く異なる、対応の仕様が無い一撃。

 だが、“ベネイア”を守るE転換装甲はその強烈な一撃を弾き飛ばし、ラフィーアは衝撃に揺れる視界を“ベネイア”と繋がる事で強引に押し込み、“白豹”の姿を追う。

 ――……? ……いけるの?

 本来であれば致命傷とならなければならないのが初見の一撃である。

 しかし、ラフィーアの視界が捉えた“白豹”は、自らの攻撃が弾かれた事によって態勢を大きく崩しているように見て取れ――“白豹”が受けている反動の大きさに、彼女は勝機を思う。

「……っ!?」

 そして、その機を逃すまいとしたラフィーアが動こうとした瞬間、“白豹”は態勢を崩したまま両肩の先に装備された翼の様な装置を左右に大きく広げ――初めて見せる動きに彼女が警戒しようとした矢先、その視界が光に包まれる。

 その光と、ほぼ同時に発生した衝撃に一瞬身を硬直させたラフィーアであったが、それが超広域にばら撒かれた拡散荷電粒子砲であると看破した彼女はすぐに意識を立て直す。

「……っ、左のハイ・レーザーが……」

 そうして冷静に状況の把握に努めたラフィーアは、衝撃の正体――射撃態勢を整えていた為に砲身内部に余波を受けた左側のハイ・レーザーライフルが使用不能となった警告――を確認する。

 ――……駄目、パージしないで。

 そのままラフィーアは機体と繋がっている神経毒を利用して制御システムに干渉、不要武装の自動排除機能を停止させる。

 それは、使えなくなった兵装を相手の動きを牽制する武器として使用する為のラフィーアの機転であり――彼女はそれと並列して“白豹”の動きを探る。

 ――……多分、今のは目晦ましですね。……ですが、背後にも――。

 あそこまで広範囲に照射出来るのは脅威ではあるが、E転換装甲の余剰フィールドも抜けないソレでは――先程の様な事故を除き――ゼニス・ラプター改の脅威にはならない。

「……逃げた。と、言うのはありえません。……一体どこに……?」

 しかし、その攪乱効果は絶大であった。

 巻き上げられた砂塵と、荷電粒子によって化学反応を起こした大気粒子の干渉により、一時的とはいえセンサーやレーダーが役に立たなくなってしまっており、ラフィーアは“ベネイア”の首を巡らせる事で“白豹”の姿を追う。

 当然、“白豹”の姿を失ってから今に至るまで、ラフィーアは背後を取られない様に旋回による回避挙動を続けており――万全の状態で索敵を続けているのだが、その影も視認できないまま、ゆっくりと時が流れていく。

 ――……高速離脱からの長距離射撃、周囲に潜伏してからの奇襲……それは今の行動を続けていれば大丈夫ですから、残る手段は……。

 弱点である背後の警戒も続けるラフィーアは、姿を隠した“白豹”の意図を読めず、光学迷彩等の更なる特殊装置の存在すら考え始めた彼女が、“白豹”を無視した形での突出によってその姿を焙りだそうかとも考えた瞬間――。

 ――……? ……“ベネイア”? 

「……っ、上!?」

 ラフィーアが神経毒で繋がった“ベネイア”からの警告に気がついた瞬間、彼女は愛機に横方向への回避挙動を実施させるが、それよりも速く、上空から照射された“白豹”の荷電粒子砲が背部に直撃する。

 ――……まさか、そんな大跳躍ができるなんて……!

 高さにして数百メートル前後、時間にして1分弱――おそらくマグネッサーシステム系の装備も利用した滞空によって機を掴んだ“白豹”の一撃は的確であり、上方向から連続的に加えられる圧力によって“ベネイア”は膝を付く様に足を止めてしまう。

 そして、“白豹”は“ベネイア”の動きを封じたまま背後へと着地し――連続照射されつづけた荷電粒子砲が、遂にゼニス・ラプター改の弱点を突く。

 それを甘んじて受けるラフィーアでは無く、彼女は“白豹”が背後へ移る際の照射ベクトルの変化を利用して身を逸らすが、被弾は避けられず――。

「……右腕が――!」

 そうして“ベネイア”の右側を突き抜けた荷電粒子砲は、腕のハードポイントに保持された有効な兵装(ハイレーザー・ライフル)諸共、右前足の関節を穿ち飛ばす。

 そのまま“白豹”は左へ逃げる“ベネイア”の背後を薙ぎ払わんとするが、胴体に至る寸前で“白豹”の荷電粒子砲が照射限界に至り、2体の機獣の間に一時の静寂が生まれる。

 しかし、状況はラフィーアに不利であり、“白豹”と正対する事で安全を得たい彼女に対し、“白豹”は先のラファルの様に“ベネイア”の先を行く様な横方向への機動を続けながらトドメとなる荷電粒子砲の再チャージを開始する。

 ――……っ、駄目……間に合わない……。

 “白豹”の狙いは“ベネイア”の右側――穿ち飛ばされた事によって発生した装甲の切れ目。

 右腕を失ったそこはゾイドコアに至るまでまともな装甲も無い弱点と化しており、ラフィーアは愛機を旋回して避けようとするが“白豹”は執拗に追い続けながら荷電粒子砲に光を溜めていく。

「…………っ、なら――!」

 その光が弾ける瞬間、ラフィーアは損傷箇所と“白豹”の射線との間に“ベネイア”の頭部――自らの居るコックピットをねじ込ませ、放たれた光条をその重装甲で弾き散らす。

 ――……このまま、左のハイ・レーザーの脅しで仕切り直しに持ち込めば……。

 最も重要な部位を盾にするという奇策で九死に一生を得たラフィーアは、モニターを白一色に染め上げる荷電粒子砲の光に晒されながら、後の無い時間稼ぎを思う。

 先の一合で主兵装を失っている以上、この状況を凌いだとしても打開策が無い。

 しかし、それ故に打開策を考える為の時間が欲しいラフィーアは、使用不能となっているハイ・レーザーライフルの銃口を“白豹”に向け、ブラフによる威圧を仕掛ける。

 相手の攻撃を受けられる装甲を持ったゼニス・ラプター改に対し、機動力を最重視した“TYPHON(ティフォン) ”社製の機体は真っ向からの撃ち合いには適さない。

 その為、銃口を向けられれば――使用出来ないという実情を知らない以上――“白豹”は高い確率で離脱すると考えていたのだが――。

 ――……っ!? 使えない事に、気付いていたの……?

 しかし、砲身を向けられた“白豹”は、ラフィーアの予想にとは真逆に荷電粒子砲の照射を続け――それどころか、照射形態を速射モードから連続照射モードへと変更させ、仕留めに掛かって来る。

「……どうして…………いいえ、今は、それよりも――」

 自身の予想の上を行った“白豹”の行動に一瞬困惑したラフィーアであったが、今の状況――加えられる粒子量が増した事によって“ベネイア”の足が地面にめり込み、照射され続ける光に押されて身動きが出来なくなってしまった現状に意識を振る。

 ――……早く、次の手を……。

 “白豹”が運用できる荷電粒子砲では、“ベネイア”のE転換装甲を抜く事は出来ない。

 だが、連続照射を受け続けている頭部の放熱能力を超過したその熱量は、コックピット内の電子機器を溶かし始めており――その警告音の大合唱と秒単位で上昇してく機内温度に晒されながら、ラフィーアは反撃の手立てを考える。

 しかし、“ベネイア”が身動きできない状況に変わりは無く、周囲に高濃度の荷電粒子が滞留しているこの状況では、背部グレネードランチャーも撃った瞬間に誘爆を招く様なお荷物であり、使用する事は出来ない。

「……なにか、手は……」

 “ベネイア”が搭載している装備、実施可能な行動に対応する状況。

 ――…………だめ、なの……?

 その考え得る全ての情報を精査したラフィーアは――しかし、手詰まりと言っていい状況に、遂に絶望へと考え至ってしまう。

 9年前に終わる筈だった自分自身を生かしてくれた存在を助けると言う――誰に頼まれた訳でもない、身勝手と言っても過言では無い“目的”は果たす事は出来た。

 しかし、ラフィーアはまだ、自分自身が望んだ事を“願い”を始めてもいない。

 祖国の利害の一致があったにせよ、個人的な“目的”の為に幾つもの命を奪った身とすれば、それは身勝手と言える事なのかもしれないが――。

「…………嫌、です」

 だが、それでも――まだ生きていたいとラフィーアは強く願う。

 ――…………助けて……“ベネイア”。

『――――――!』

 そして、その心と通ずる神経毒を介してその声を聴いた“ベネイア”はその想いに愚直に応え、残していた余力――生物が本質的に残そうとするソレを開放し、ソレを種に真OSが莫大なエネルギーを発生させる。

 だが――状況は変わらない。

 機械は、その定められた役割を忠実に果たす事しか出来ない。

 機内の熱負荷を緩和している環境維持システムは、冷却の為の排気口が塞がれている以上改善する要素は無く――その機能が失われるのは時間の問題である。

 そして今も荷電粒子砲の奔流を受け止め続けているE転換装甲にも、攻撃を防ぐ以上の効果は無い。

 どんなに強烈な想いと莫大なエネルギーがあろうとも、その身が作られた兵器である以上、与えられた能力を超えた事は出来ない。

 しかし――。

『――――――ッ!』

 自分が行う事の出来る可能性を探していくのが生物であり――自分自身にその“願い”に応える能力がある事を示す様に、“ベネイア”はその意思を主に送る。

 そして、熱で朦朧とした意識の中、その声を感じ取ったラフィーアは、“ベネイア”が今見ている物に視線を向け――。

「――づっ、あぁ……っ!?」

 次の瞬間、神経毒で繋がれたラフィーアと“ベネイア”との感覚が加速度的に拡大し、機体の全てを通り越し、武装にまで根を降ろした神経毒が、動作不良を起こしたハイ・レーザーライフルの詳細な状況を彼女の脳髄に叩き込んでくる。

 ――基本構造体、砲身部――異常なし。

 ――電力供給部、制御機構――異常なし。

 ――収束レンズ、光束発振部――――異常あり。

 頭の中で強制的に交換される情報――その異質な苦痛に耐えながら、“ベネイア”の意図に気が付いたラフィーアは、持てる知識の全てを使って破損していた部位を直す為の原理を“ベネイア”に教え――。

「……た、ぶん……これ……で……!」

 ラフィーアが修復を終えた完成形を想像した瞬間、彼女と“ベネイア”の視界と意識の中心にあったハイ・レーザーライフルがZiリキッドで作られた結晶体に包まれ――彼女達はソレが発射可能となった事を直感する。

 ――……動い、て……っ!

 そのままありったけの電力を注ぎ込まれたハイ・レーザーライフルは、爆裂したかのような光を砲口から吐き出し、今も荷電粒子砲を撃ち続けている“白豹”へと迫るが――。

 その反撃に“白豹”は自身の推進駆動機構の全力機動という形で対応し、地面に張り付いていた機体は不格好な照射形態のまま上空へと逃れ、その大出力レーザーを避け切る。

「……まだ――!」

 それに対し、用途外使用も甚だしい使い方をしているハイ・レーザーライフルは今にも溶断しそうな程の灼熱色に染まっており、いつ爆散してもおかしく無い状況にある。

 ――…………切り、裂いて……っ!

 しかし、ラフィーアは強い決断と共に、迷い無く振り抜く事を思考し――その結果として、左前足を振り抜いた“ベネイア”の側面に、ハイ・レーザーライフルだったものが弾け飛ぶ。

 そして――。

「…………」

 ラフィーアが極度の集中によって止まっていた息を吐き出した瞬間、半身を焼き払われた“白豹”が地表へと墜落し、彼女が“願い”に至る為の最後の障害が無害化される。

 そうして、万全を期そうとラフィーアはトドメを刺そうとしたのだが――その瞬間、急かす様に残り時間を告げるアラームが機内に鳴り響く。

「……時間が、ありませんね」

 その警告にもう寸刻の余裕も無い事を知覚したラフィーアは、倒れ伏した“白豹”を捨て置き、“ベネイア”を先程穿ち飛ばされた自らの右前足の元へと掛け寄らせる。

「……多分できますよね、“ベネイア”」

 最後の行動を成功させる為に、ハイ・レーザーライフルは絶対に必要になる。

 その思考の元、ラフィーアは“ベネイア”に接合部が溶け落ちた右腕を掴ませ、それが元々あった場所へと押しつけさせる。

 その次の瞬間、胴体と右腕との間にZiリキッドの結晶が幾つも発生し――僅かな時間を置いてから、機体状況を示すモニターに消失していた右腕の存在が再表示される。

 ――…………出来ると判っていましたが……少し、理解が追いつきませんね。

 表示が復旧したそれには、動力シリンダーの異常やFCSとの連動不良といった致命的な表示もされていたが、ラフィーアは装備されていたハイ・レーザーライフルの運用に問題が無い事を神経毒からの情報で理解し、彼女は愛機に“最後へ”の疾走を再開させた。




「…………届いた」

 最後の障害であった“白豹”を墜としてから数分後――。

 グリフティフォンの周辺に残存していた固定砲座群を一掃したラフィーアは、予想外の事態に晒されながらもこの場所に辿り着けた事に対し、感慨を込めた一言を呟く。

 ――……始めますよ。

 しかし、その感慨に浸っている余裕は既に無く――ラフィーアはそそり立つ巨大な壁の様に思えるグリフティフォンの外殻に愛機を近寄らせ、重厚なE転換装甲で守られている筈の外殻に愛機の左前足を接触させる。

「……っ」

 その瞬間に発生したのは、衝撃と閃光。

 それは周波数の違うE転換装甲同士が接触した事による短絡現象であり、結果として“ベネイア”の左前足と目の前に聳える外殻のE転換装甲が一時的に機能不全を起こし――。

 ――……押し込んで。

 ラフィーアはその衝撃に構わず、“ベネイア”にE転換装甲の早急な再起動を伝えつつ、突きだした左前足を更に押し込ませる。

 そして、その状態のまま、機能不全を起こしているグリフティフォンの外殻装甲に右前足に装備されたハイ・レーザーライフルを突き付けさせ――至近距離からの連続照射を実施させる。

「……このまま、ハイ・レーザーが切れるまで……」

 E転換装甲は表層の奥に埋め込まれている中核部位までを損傷を浸透させれば、あとは凡庸な装甲の集まりであり――ラフィーアは防護壁を焼き切るレーザートーチのように、外殻に巨大な穴を穿ち続ける。

「……残弾は――」

 やがて、動作保障時間をとっくに超えていた右側のハイ・レーザーライフルが焼ききれるが――ラフィーアは役割を果たしたソレをあっさりと捨て去りつつ、背部グレネードランチャーの残弾を確認する。

 そうして、そのまま多くの弾薬が残っていた方の砲身を左前足で掴ませた上で、掴んだ砲塔全体を強制排除(パージ)。

 それを大穴の開いたグリフティフォンの外殻内に放りこみ、愛機に残された方の背部グレネードランチャーを連続投射することで穿った穴を更に大きくこじ開ける。

「……真OSの効果対象を、ゾイドコアから機体に変更……同時に、関連する全てのリミッターを解除」

 そうして最後に至る為の全ての準備を終えたラフィーアは、その大穴の前でゼフィリアに教えられた手順を踏み――彼女の要望を叶える為の前段階である機体の変質が始まる。

“「グリフティフォンを真OSで侵食して来て欲しい」”

 ラフィーアが自らの“願い”をゼフィリアに相談した際、彼女が返してきた提案こそが今までの援護やこの後の隠蔽工作の対価であり――。

『――不明なユニットが接続されました。システムに深刻な障害が発生しています。直ちに使用を停止してください。――不明なユ――』

 その最後の一手。ゼフィリアが“ベネイア”に仕込ませた真OSの全力起動が実行に移され、その状態を危険と判断した機体制御システムが警報を上げようとするが、程なく内側からを突き破る様に発生したZiリキッドの結晶によってモニター類が破砕され、機内に沈黙が落ちる

「……AAA弾頭の投下まで、あと20秒……何とか間に合うでしょうか」

 Ziリキッドの結晶が至る所から生え始めたコックピットの中、機内の惨状とは裏腹に、溶け落ちる様に消えていく左手の侵食毒を静かに眺めていたラフィーアは、“寂しい”と想う感情を逸らす様に残り時間を呟く。

 これで、もうラフィーア・ベルフェ・ファルストは居なくなり――ここに居る彼女は“ベネイア”とも会えなくなる。

「…………」

 それが判っているラフィーアは、今まで共に在った愛機に何か言った方が良いと思いつつも、『何を言っても後悔するのでしょうね』と、実に彼女らしい考えに至り――離れていく左手の感触を前に、何も出来ない沈黙を続ける。

 だが――。

『―――――』

 “ベネイア”と繋がっていた感覚が消える瞬間、親愛とも信頼とも取れる“ベネイア”の想いがラフィーアに届けられ――。

「……っ!? ……待って――!」

 その想いに応える間も無く、ラフィーアとの繋がりを切った“ベネイア”はゼフィリアに命じられていた行動を実行に移す。

 ――……どうして、最後にそんな……!

 “ベネイア”の想い――不明確な“感情”で綴られたそれは、まるでラフィーアの事がが“今までの希望”であり“生きる為の夢”であったと告げる様な告白であった。

 しかし、その純粋な想いに思考が追いつかないラフィーアは、それを追求しようと手を伸ばすが――。

「……くっ」

 既に“ベネイア”の真OSは同調する為のモノから、グリフティフォンを侵食する為のモノへと変質しており、その汚染からラフィーアを守る為、IRデバイスを含めた“ベネイア”との繋がりは全て断ち切られてしまっている。

 そして、その事実に驚くラフィーアの焦燥を加速させる様に、コックピットのモニター端に表示されたクラスAAA弾頭投下のカウントダウンが10を切る。

 ――…………このっ!

 そんな中で行われた熟考と迷いは一瞬。

 下された感情の応えにラフィーアは素直に従い、コックピット内各所に突き出している侵食毒の結晶体に、ナノマシン治療中の左手――真OSの効果対象(ゾイド)と殆ど同じと言っても過言ではない左手を自ら押し付ける。

「―――――――!」

 そうして発生した侵食と絶叫は一瞬。

 ラフィーアが今まで感じた事の無い痛みと共に、その肩口まで一気にZiリキッドの侵食が進み――ゾイドと類似した物で構築されていた彼女の部位を汚染し尽くした所で、肉を割って突き出た結晶体が驚いた様に蠢動する。

 それは、まるで意志があるかのように慌てているように見て取れ、ラフィーアの身体から離れようとするが――。

「……待って、“真OS(あなた)”が誰でも構わない……“ベネイア”に伝えて……」

 痛みを耐え、ラフィーアはただ一言――伝えなければならない返事を送る。

「……“ベネイア”……あなたと、出会えて良かった」

 別離と痛みによって生まれた涙を振り切るように、ラフィーアはもう会う事の出来ないであろう“ベネイア”への返答を紡いだ。




 その一幕から僅か5秒後。

 ズタズタに引き裂かれたTYPHON(ティフォン)側の防空網を突破したウェシナ最強の翼であるフルンティングの1編隊より、12発の弾体が投下される。

 そして、解き放たれたクラスAAA弾頭――1発ですら半径数kmを灰塵に帰する凶悪な戦略兵器――はグリフティフォンを中心とした低空で起爆し、忌まわしくも美しい白い閃光が、世界に満たされた。




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