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 ウェシナ・サートラル領のほぼ全域に横たわる死の砂漠――レッドラスト。

 そこは煌々と輝く太陽に晒された熱砂が舞う灼熱地獄であるが、その苛酷な環境に適合した生命や交易の為に命を掛ける者達が行き来する場所でもある。

 そして、その南側――喘ぐような熱で生まれた蜃気楼に隠れるように、2つの影が生まれていた。

 1つは機竜――ウェシナ最強の翼であるAZ−07フルンティング。

 名実ともにウェシナを代表するゾイドであるが、熱砂の中に佇むその機体には戦闘に適さない儀仗用の細工が施されており、要人護送用の特殊コンテナユニットも背負ったそれは特定の人物に宛てられた儀礼用の機体である事が一目で判る。

 そしてもう1つは、砂漠から付き出た壁の様な構造体。

 それはこの場所に潜航したまま停船しているリバイン・アルバの移動拠点――砂イルカ型の超大型古代種“クレイドル”の背ビレであり、そこから地上へと降り立った2人の女性は、それ等の影に隠れる様に日差しを避けながら会話を続けていた。

「――で、肝心の左腕だが……侵食痕は消えたが、まともに動く事はもう無いと思え」

 1人はこげ茶色の髪と凛とした雰囲気が特徴的な士官服姿の女性であり、その雰囲気同様、刺す様に冷たい口調で紡がれる言葉には語られる事実と同じ位の鋭さが込められていた。

「……そうですか」

 そして、もう1人――ウェシナ・ファルストで用いられる黒い礼服で身を包んだ小柄な若い女性は、自分自身の身体の異変を伝えられていると言うのに、まるで他人事の様な受け答えでその言葉を受け止めていた。

「神経毒も全てを摘出できてはいない……理解しているな?」

「……命に関わる事ではないと聞いていますので」

 そんな冷静な面持ちを崩そうとしているかの様に続けられる言葉に、しかし黒衣の女性はその落ち着いた表情を崩さず――その佇まいに、士官服姿の女性はやれやれといった風に首を左右に振る。

「ふん、面白くもない。――最後に、ゼフィリア様からの伝言だ」

「……?」

 そして、その最後に士官服の女性は諦めたような、呆れたような言葉を紡ぎ――その言葉、黒衣の女性が想定していなかった内容に、彼女は僅かに驚いたような表情を見せる。

「『会いたくなったら頑張って会いに行くから、兆しを見つけたら用意をよろしくね』との事だ。……まったく、厄介事しか放り込まなかった奴に、どうして気を使うのだか」

 そうして紡がれた言葉――齢50を超える筈の歴戦の才女が見せる不貞腐れた態度に、黒衣の女性はクスリと笑ってしまう。

「……最後まで頼り切りになってしまい、申し訳ありませんが……例のお話の件――」

 しかし、いつまでもこの場所に居られない事を理解している黒衣の女性は、士官服姿の女性との遣り取りを名残惜しく感じながらも、ここで言わなければならない言葉を会話に乗せ――。

「ああ。君からの話であるというのは気にいらないが、ZA能力者の幸せを願うのが我々の責務だからな。――万全の手筈を整えておこう」

 その確認するかの様な問いに、士官服姿の女性は当て付け混じりの心強い回答で応え、その返事と示しを併せたかのように待機していたフルンティングが急かす様な鳴き声を上げる。

 “古代種(グリフティフォン)”を利用し、反乱を企てた“TYPHON(ティフォン)”社に対する査察――後に『第一次“TYPHON(ティフォン)”鎮圧戦』と記録される戦闘から1週間。

 リバイン・アルバの支援の元、戦闘の傷を可能な限り癒した黒衣の女性――激動の中を渡り切った“彼女”の“願い”は動き出した。




 ニクシー基地に幾つも存在する食堂の1つ。

 軍人と言えど平時に置いては民間人と生活模様に変わりは無く――つい先程まで午前中の業務や訓練を終えた士官や兵士でごった返していたこの場所は、昼下がりに近づくにつれて落ち着きを取り戻しつつあった。

 そして、そんな平穏を取り戻しつつある食堂の一角に、壁面に設置された大型モニターから流れるニュースを聞き流しながら食事を続ける上級士官服姿の男女の姿があった。

 1人はフィアーズランス艦隊、ストライク・フィアーズの部隊長であるフゥーリー・クー少佐。

 そして、もう1人はその相方であるセラフィル・セイグロウ大尉であり――彼等はモニターから響く熱狂を余所に、何処と無く沈んだ面持ちで匙を進めていた。

 ちなみにそのモニターが映している報道は、ネオゼネバス帝国皇帝『ヴォルフ・ムーロア』とウェシナ・ファルスト領の顔役であるシリル・ファルストの娘、『ラフィーア・ベルフェジール・R・ファルスト』との成婚、そしてソレを契機とした両国の軍事同盟締結に関するコメントだ。

 本国で発表されてから連日のように報道されているその内容は、ウェシナ・ネオゼネバス両国にとって喜ばしい事であり、彼等が進めている食事も基地で食せる中では上等な部類に入る料理である事から表情が陰る様な要因は1つも無い筈なのだが――。

「……ソレをそんな顔をして食べるのは、ちょっともったいないと思うけどなー」

 そんな違和感の中、淡々と食事を進めている2人を心配するような第3の声――よく響く明るい声の持ち主であるガーネット・アルトメリア・シールアンク大尉がそんな言葉と共に2人の横に現れる。

「普通に旨いぞ。――まぁ。うかない顔をしているセラの事は心配していたが」

「クーさんもつまらなそうな顔、していらっしゃいますわよ?」

「あー、はいはい。落ち込んでても惚気合うのは止めてね、心配した私が馬鹿みたいに思えてくるから」

 その心遣いから返って来た2人の言葉に、ガーネットはうんざりした様な顔をしながら、彼等の近くの席に料理が山と載ったトレイを降ろしてから席に着く。

 ちなみに今のガーネットの服装は、普段の彼女がいつも着ているツナギ姿では無く、その階級に相応しい清潔な士官服姿であり――格納庫を切り盛りしている時では決して見られらない、知的な色香を醸し出していた。

「今日はどうしたんだ? 短期とは言え、休暇中にこっちに来るのは珍しい」

 見慣れぬその出立ちと滅多にない状況から、フゥーリーは匙を止め、真面目な問いをガーネットに投げかける。

 優秀なエンジニアであるガーネットは、その習得している技術に関係した少々特殊な家庭事情を抱えており、『寧ろ休暇こそが私の戦場、諸事情で強制退艦させられなければ艦に居座って作業をする』と、いうのが彼女の心情だった筈だが――。

「いや、まぁ、その……その内に届くと思うけれど、除隊の話を先に通しておこう思って」

「……除隊?」

 しかし、フゥーリーが投げ掛けた問いに対するガーネットの応えは彼の耳を疑う代物であり、彼は鸚鵡返しに彼女の言葉を投げ返す。

「実はね……」

 そうして続けられたガーネットの言葉は、いつも通りの気軽さがあったが――その内容、親の要求を受託した事、本国までは艦隊と行動を共にするが、それ以後は戻ってこない事――そんな未来を言葉にする。

「まー扱い的には転属なんだけどね〜」

 ガーネットの実家はウェシナ・エクスリックスにて第1次大陸間戦争の頃から続く技術屋の名家であり、彼女が家から『軍を抜けて家業を継ぐ様に』との圧力を掛けられているのは知っていたが――。

「本気か? これからの機体の面倒……残ったメンツで取れるとでも?」

 それを頑なに拒みつつ、“レイフィッシュ”の艦載機の整備に尽力してくれていたガーネットが、この状況で抜けるという事態にフゥーリーは改めて疑念を返す。

 戦力不足と現有戦力のオーバーワークが通常運転となってしまっている今のウェシナ艦隊の整備情勢は生半可では無く、並大抵の人材が仕切れる内容ではないのもそうなのだが――フィアーズランス艦隊にとって、問題はそれだけでは無い。

 先の戦闘の結果が影響しているのか、ウェシナはゼニス・ラプター改の仕様を統一し、ゼニス・ラプターUD(アップデート)として正式採用する事を発表している。

 確かに性能も申し分なく、“TYPHON(ティフォン)”社に対する査察において一応の実戦経験済み(コンバットブロープン)を得た事からそれ自体は問題ないのだが――。

 艦隊の整備科は近々予定されているドック入りに置いて、大量に編入されるゾイドの受け入れとUDの整備・調整業務を並列して行わなくてはならなくなっている。

「サートラルのアルフェスト港で話題の“御姫様”を拾ってネオゼネバスに送る。そうしたらこの艦隊は本国の第1艦隊と交代してドッグに入るんでしょ? そこで新しい人を拾えばいいじゃないの」

 そんなフゥーリーの追求に、ガーネットは浮かない顔をしながらそっぽを向きつつ――見落としてはならない“重要な言葉”を口にする。

「情報が早いな。……どこで聴いた?」

「次の補給物資の一覧に入っていた儀仗兵装と今そこで流れているニュースの情報を併せた推察。でもまぁ……本国でメンテが終わったばっかりの綺麗な第1艦隊ではなく、何でうち等の艦隊が選ばれたのか疑問だけど」

 ガーネットが返した疑念の言葉――この場に居る者が答えられる筈もないその問いによって、彼等の間に流れていた話題が途切れる。

「――ガーネットはウェシナの運用するゾイドが変わっていく様を見て見たいという理由でこの道に入ったのでは無かったかしら? ……もう、それはよろしいの?」

「そうだったんだけどねぇ……少し前まではもう少し付きあって行こうと思っていたんだけれど、そんな気も無くなっちゃたから。……親の意見に折れるのは癪だけど――まぁ、そっちも重要な仕事ではあるからね」

 そんな沈黙の中、行き詰った空気を変える様にと投げ掛けられたセラフィルの問いに、ガーネットは諦めた様な疲れた表情を返す。

「そうですか……寂しくなりますわ」

「セラフィルさんみたいに慰めてくれる人が私にも居れば、残って居ようって気にもなったんだろうけれどね……独り身は色々と寂しいわ」

「そう、ですわね……」

 話の端々に現れる“彼女”の影――考えないようにしても現れてしまう残滓から、この場に居る全員の意識が“彼女”へと向く。

 “彼女”がらしくない独断によってクラスAAA弾頭の光に消えてから2週間。

 幾度となくあった上層部からの特別任務とは異なり、“居なくなってしまった”という事実は、ストライク・フィアーズの中で“彼女”の存在がどれだけ大きかったのかを知らしめる日々の始まりでもあった。

 その影響は決してこの場に居る3人に限った問題では無く、古参の隊員の中には可愛がっていた孫が居なくなってしまったかの様に落ち込んでいる者も居り、新兵の間にも様々な話が出ているらしい。

 ――そして……それ故に、不信を感じている。

 先の査察による戦闘の後、早々に打ち切られた捜索とウェシナ・サートラル主導によって行われた“TYPHON(ティフォン)”社跡地の封鎖。

 そして、ダース単位のクラスAAA弾頭の爆発に晒されながらも原型を留めたグリフティフォンから“ゾイドコアのような巨大な物”が複数のフルンティングによって運び出されたという情報。

 隊員達が不信を感じているのは前者であり、まだ生きて居たかも知れない“彼女”を早々に切り捨てたとしか思えない上層部の決定に不満を抱いている。

 だが、フゥーリーが疑念に思っているのは後者であり――前回と同様にウェシナ・サートラルが出張って来た経緯から、今回も“彼女”は何事も無かったかのように帰ってくると思っていたのだが――。

 しかし、それを期待していたフゥーリーの元に届いた答えは、“彼女”と似ているが“別人”の顔写真が張られた『ラフィーア・ベルフェ・ファルスト』――二階級特進で“少佐”――の戦死報告書であった。

 ――おまえは今どこに居る……?

 ウェシナ・サートラルが干渉した件の経緯と、偽物としか思えないウェシナ・ファルスト発行の報告書から、フゥーリーは“彼女”の生存を確信している。

 モニターから響く続ける歓声――祝賀に沸いている両国首都からの声を、どこか遠い世界の出来事の様に感じながら、フゥーリーは答えの見えない難題に溜息をついた。




 そんな一幕より数日後――ウェシナ・サートラル領アルフェスト港を目指し、ニクシー基地を出航したフィアーズランス艦隊は今、穏やかな夜のアンダー海を東に向けて航行していた。

 そして、それらの中心に在る艦隊旗艦“レイフィッシュ”の艦内――上級士官に宛がわれる個室の一室。

「――さて、誰を選んだものか……」

 その部屋の主であるフゥーリーは、今し方取り纏めた書類に封をしつつ、目下最大の懸念案件を思考の中心に置いた。

 ストライク・フィアーズの部隊長から“レイフィッシュ”の戦闘部隊長へと昇任し、多忙極まるフゥーリーを殊更悩ませているそれは、一ヵ月後に控えた件の式典に参加させる人員の選定であり、彼は纏めておいた部下達の成績や試験結果等の資料を改めて見直す。

 唐突な話となるが――ゾイド程儀仗に向かない兵器は存在しない。

 兵器とは詰まる所、どんなに不格好であろうとも敵を倒し、そして生き残る事が出来ればその存在理由をクリアしたと声高々に言う事が出来る。

 だが、儀仗――厳粛たる儀式の場所であってはそうはいかない。

 国旗の保持、行進する歩調、状況に沿った沈黙――そのどれか1つが崩れただけでも所属する国家の威信を傷つけ、権威を失墜させてしまう。

 その形式を踏まえれば自ずと判る事だが、戦闘兵器であるのと同時に生物でもあるゾイドはそういった統一行動が大の苦手であり――式典の日取りはまだまだ当分先だと言うのに、当日の事を考えただけでも胃が痛くなってくるのをフゥーリーは感じていた。

 そして、そんな実情からも判る通り、他国では任される事自体が恐怖そのものという役職がゾイドによる儀仗である。

 しかし、幸いな事にウェシナにはその頭痛の種をいくらか緩和する魔法が存在する。

 イミテーション・レゾナンツ(IR)デバイス――搭乗者の意思を一片も欠ける事無くゾイドに伝えられるこの機構は、戦闘で大変有意義であるのと同時に、精密行動が苦手な彼等に最適な行動を取らせるのに打って付けの装備でもある。

「取り敢えず、アッシュは確定だが……あとの3人は――」

 政治的な国家行事には縁遠い筈のストライク・フィアーズがこの式典に選ばれたのも、精度の高いIRデバイスの運用者が居る事実が起因しており――とはいえ本国に居る筈の専門の部隊が選ばれなかったのは謎だが――ネオゼネバス側と比べれば幾分か状況は楽と考えられる。

 しかし、国家元首とそれに類する者との婚姻という一大儀式での儀仗ともなれば、その緊張――というよりも心労――は並外れており、ここ数日の間、フゥーリーは選定に頭を捻っていた。

「――――3年、か……根付いてしまった習慣は抜けないもののだな」

 つい先日までのストライク・フィアーズであれば、ゾイドの操縦に関して常識外れのセンスを持ったエリス・ウォルレット中尉と、生身の戦闘以外であれば全てに置いて非凡な結果を示す“彼女”という双壁により、悩みの種は限り無く小さくなっていたのだが――。

「部下に対しては割り切れと言っているものの――当人が切り換えられていないのではな……」

 先の戦闘で“彼女”を失い、情報部からの引き抜きによってエリスを失った今、ストライク・フィアーズの個人技量は大きく目減りしており――大船に乗った気で任せられる人材がいない状態にあった。

 とは言え、残ったストライク・フィアーズの隊員達の技量が他の部署のゼニス乗りに劣ると言う訳では無く――いや、むしろ他の部隊の人員と比較しても勝っている者が大多数なのだが――。

 滅多に見る事が出来ない宝石の様な才能に見慣れてしまっていた以上、どうしても比べてしまう自分がいる事実をフゥーリーは感じていた。

「才ある者と仕事が出来るのは楽でいいが――こうなると難儀な物だな」

 件の“御姫様”との顔合わせやミューズでの寄港等の雑務はあるが、式典の開催日はまだ遠く、若干の余裕はある。

 だが、それまでに行っておかなければならない訓練の事を考えれば人選は早いに越した事は無いのも事実であり――。

 ――自業自得、か……。

 唐突に降って湧いた中佐への昇進と、それに続く形で決まった戦闘部隊長への昇任。

 先任のネービス中佐からの引継や今回のドッグ入りの際に増員される部隊・人員の編成確認等、悩みの種が尽きないのと同時に、フゥーリーは今まで自分がどれだけ“彼女”に頼っていたのかを痛感させられていた。

 ――部下と割り切っていた心算だったが、その才能を頼りに秘書官の様な扱いもしていたからな……。

 決して無理をさせていたとは思わないが、それでも“彼女”の力を大きく利用していた事を、こういう状況に陥る事で痛感させられる。

 そうして山積した問題から、そんな“どうしようもない事”にフゥーリーの思考が向いてしまった時――。

「――クーさん、まだ起きてらっしゃいます?」

「セラか。ああ、大丈夫だ」

フゥーリーの最愛の人が部屋の戸を叩き、身を包む硬派な士官服とは不釣り合いな枕を小脇に抱えたセラフィルの姿に、積りに積もった課題に疲れた彼の表情が僅かに晴れる。

 周囲に隠してもいない彼等の関係からも判る通り、一般の間柄であればセラフィルがフゥーリーの部屋を訪ねるのはごく普通の逢瀬だが――今この場に置いては少々問題がある。

 ここは歴とした軍艦であり――問題が無ければ話が通るプロブ艦長はいいとしても、目下のフゥーリーの頭痛の種でもあるネービス中佐や他の艦の上級士官に知れれば、問題になりかねない事態である。

 ――……そういえば、ドッグ入りで新しい人員が来たら、また裏を取らないといけないんだったな。

 しかし、2人ともそんな問題への対応は手慣れたものであり――最後の保険である保安部の弱みを握った上で、彼等に白を切り通せる様な口実や逃げ道等を幾つも要しており――保身に余念は無い。

 しかし、職務に対しては比較的堅実なフゥーリーとしては、当然この状態を良しとは思っておらず、セラフィルが折れて身を固める事を了承してくれれば全て丸く収まると思っているのだが――彼女が提示した条件を未だにクリア出来ない2人は、危ない橋を渡り続けていた。

「今は何をなさっているのですか?」

「儀仗の人選だな。……他の奴の方が時間は掛かるんだが、儀仗の後に回しても良い奴ばかりだからな」

 寝台に持っていた枕を置いたセラフィルは、フゥーリーの目の前に広がる書類の山に少々驚きながらも取り留めのない問いを投げ掛け、彼は儀仗の選定の為に纏めた資料を持ち上げながら愚痴交じりの応えを返す。

 フゥーリーの机で山を成しているそれ等の書類の要点を纏めてしまえば――ドック入りの後に実装される装備や増員に関する確認書類等である。

 まず、一番上側にあるのは陸戦隊が申請していた陸亀型の小型ゾイド、カノントータスの装甲兵員輸送仕様の導入が受理された件と、その編成や整備の指示や確認書類。

 その次の段にあるのは、今回のドック入りで各艦の外装を一部改造してまで装備する事が決まっている魚型の水中専用中型ゾイド、ウオディックの運用方法やその編成の草案。

 ちなみに同機は1世紀近く前に開発されたゾイドであるが、その水中戦闘能力は未だにトップクラスの機体であり――ネオゼネバス帝国との同盟が決まるまで輸入すら許されなかった名機でもある。

 そして、底の辺りに埋まっているのは航空戦力の増強――つい先日、プテラスの後継機としてついロールアウトしたばかりの新型機――20機も配備される予定の翼竜型中型ゾイド、GPワイバーンに関する書類である。

 ちなみに完全な更新ではなく、今のフィアーズランス艦隊を支えているプテラスの運用も続けられる事から格納庫が大分騒がしくなる事が予想されている。

 ――俺が戦隊長になった瞬間に大増員……ネービス中佐の嫌がらせと思えなくもないよな、ホント。

 式典が終わった後、エクスリックスにあるドッグに着く前にその全てを片付けて置かないといけない事を思うと、はぐらかした頭痛が戻って来るのをフゥーリーは感じていた。

「“あの子”もそうでしたが、意外と事務事も手伝ってくれていたエリスちゃんも居なくなってしまいましたからね……」

 その頭痛を追い払う事にフゥーリーが苦心する中、セラフィルはそう言って彼に身を預けるように寄り掛かり、その広い背中に頬を当てる。

「――――」

 フゥーリーも相当に行き詰っているが、何だかんだで一番参ってしまっているのはセラフィルである。

 “彼女”とエリスはどこに出しても恥ずかしくない程の能力を持った優秀な人材であったが、2人とも才能の代わりに常識の成長を忘れて来てしまったかのような不器用さも持ち合わせていた娘達でもあった。

 そんな2人を気に掛け、支え――そして、盛大に可愛がっていたのがセラフィルであり、常々冗談のように言っていた『養子にしたい』という言葉も、半分くらいは本心たったのだろうとフゥーリーは感じていた。

 だが、先の査察による戦闘で“彼女”を失い――エリスも情報部への引き抜きの後、僅か数日であからさまな事故死の連絡が入って来た。

 一部の情報部の人間は“居ない人間”によって動かされている為、エリスの報告書に関しては2人ともそれが嘘の報告である事は判っているが――もう二度と戻ってこない事が書面として届けば、流石に気が滅入る。

「……もう十分に夜中だな。――俺はもう寝るが、一緒するか?」

「――書類、片付けなくてもよろいしいのですか?」

 そんなセラフィルの弱音の端々を受け取ったフゥーリーは、彼女を抱き寄せながらそんな言葉を囁き――その問い掛けに彼女は念押しの様な確認の言葉を向けてくる。

「構わないさ。式典でヘマをする訳には行かないが、こっちはミューズで訓練する時間がある。――だったら一番大切なモノに気を掛けるのが当然だろう?」

「ホンネを仰らない方が、嬉しいですわ」

「言わなければ心配する癖によく言う」

 返した答えに拗ねている様な仕草を向けてくるセラフィルに、フゥーリーは長年の付き合いから熟知している彼女の性格に対する突っ込みで返しつつ――部屋の照明を落とした。




 ニクシー基地を出港してから2日後、件の“御姫様”との顔合わせという目的を果たす為、フィアーズランス艦隊はウェシナ・サートラル領アルフェスト港に寄港した。

 その最中、先の査察に置ける戦闘での目覚ましい活躍を称え、過中の“御姫様”の手によって表彰が行われるとの通達が来た時、フゥーリーの中にはある種の予感が生まれていた。

「――フゥーリー・クー中佐の功績を称え、殊勲勲章を授与します」

 そして、その式典の際、黒いドレスで身を包み、同じ色のベールで顔を隠した“御姫様”――とても見覚えのある小柄な体格と、右足を僅かに引き摺る様な仕草を見た瞬間、その予感は確信となった。

「…………」

 そうして表彰を続ける“御暇様”は、左手も思うように動かなくなってしまっているのかひどく手間取りながらフゥーリーの胸に勲章を取付け、背後の付き人から受け取った付属の表彰状を差し出してくる。

「これからも、ウェシナを守る為にその力を存分に発揮して下さい」

 式典の最後に重ねられる祝辞――その姿を見た瞬間に確信を得ていたフゥーリーは既に“彼女”が何故こんな事をしたのか、という先を考えていたのだが――それでも尚、いつも聞いていたソレとは異なる“御姫様”の硬い声音に、思わず笑みが浮かびそうになる。

「力の限りを尽くし、努めてまいります」

 しかし、フゥーリーはそれを持ちうる限りの全力で隠しながら応えを返し――ソレを最後に、式典は終わる。

 だが――。

「フゥーリー中佐はここに残れ。姫様より一カ月後に予定している婚姻の儀について質問があるそうだ」

 プロブ艦長の号令により、ネービス中佐以下、他の人員が下って行く中、艦長とフゥーリー、そして“彼女”とその付き人と思しき女性がこの場所に残る。

「――――命令違反は重罪だぞ、ラフィーア中尉」

 他の士官達が退室してから尚、十分な時間を置いてから――フゥーリーはほんの少し前までと同じ、何の気兼ねもない口調でそんな言葉を絞り出した

「……フゥーリー中佐、その人はもう戦死しています。……今、ここに居る私は、ベルフェジール・R・ファルストです」

 その問いに応える声も、式典の最中の硬いそれとは異なるフゥーリーが聴き慣れた口調であり――同時に“彼女”がゆっくりとあげたベールの先には、今まで見た事も無い程に綺麗で、澄み切った表情の“彼女”がそこに居た。

「――――君なら、判っていない筈が無いと思うが……自分がやろうとしている事の結果は、全部判っているんだろうな?」

 その今まで見た事も無い程に整えられた“彼女”の顔形に一瞬言葉を失ってしまったフゥーリーであったが、一番最初に浮かんだ危惧――これから彼女が進まねばならない未来を問い掛ける。

「……はい」

 そして、その問いに対して“彼女”はいつもの様に明確な断言で返し――そのまま聴きたくもない、これからの“彼女”が過ごす日々を語り始める。

「…………ウェシナの多くを知っていながら“外”に出される私は、ウェシナにとっては式典後に消えて欲しい様な存在となりますので……ネオゼネバスの為に動き過ぎれば――たぶん、暗殺されます」

「……また、血族を重視するネオゼネバス帝国にとっても、異邦人である私はあまり表に出したくない存在となりますので――何もしなければ、恐らく幽閉のような扱いになるのでしょうね」

その独白の最後に『……軍事の寄り道をせず、普通の勉強をしていただけであれば若干の自由はあったのかもしれませんが』と、付け加えた時――。

「――――」

 フゥーリーは、自分の事にここまで無感情になれる“彼女”に――もしくは、“彼女”をそんな風に育てた存在に対する怒りで、頭が一瞬真っ白になる。

「――そこまで判っていて……行くのか?」

 しかし、フゥーリーは僅かな沈黙によってそれを押さえつけ、“彼女”の本心を――この理不尽に対して存在する筈の想いを聞き届ける為、搾り出すように問いを重ねるが――。

「此方の条件を相手に呑ませる為に、相手の要望に応えるのは交渉の基本です」

 返ってきたのは、感情に乏しい計算付くの政治の話であった。

 その歴史的経緯から、ネオゼネバス帝国は旧帝国の規定に重きを置いている。

 そんな古臭い規定の中の1つに、帝国が同盟関係を築く場合、その関係国の長から姫を取るという――時代遅れにも程がある条文が存在している。

 もちろん、時代に逆行している事はネオゼネバス側も理解しており、それが軍事同盟締結の為に絶対に必要な条件と言う訳ではない。

 しかし、そんな状況故に、ウェシナがそれに応えればネオゼネバス側からの譲歩を引き出す材料として使えるのもまた事実であり、“彼女”はその為に――。

「……ごめんなさい。……フゥーリー中佐」

「――――っ」

 フゥーリーが応えとして返された“政治的な内容”の中身を思案している中、“彼女”から続けられた一言に、彼の思考は再び沸騰する。

 ――そんな事が許されるのか……!

 フゥーリーがサッと考えただけでも、ネオゼネバス帝国の要望に適合する人材はウェシナに3人は存在する。

 1人目はプリゼア・リゾルブハート――だが、仮にもウェシナの代表である彼女にこの案は使えない為、思考した瞬間に除外する。

 次に挙げられるのは、政治的な立場とは無縁の場所にあるプリゼアの姪であるが――。

 一般人である為に名前すら公表されていないが、強大なZA能力者であるとされている彼女を国外に流出されるなんて事を容認できる筈も無い。

 そして最後の1人が――母国であるウェシナ・ファルストは元より、ウェシナ全体を通して絶大な人気を誇るシリル・ファルストの娘である“彼女”だ。

 確かに、シリルはファルストの顔役ではあるがウェシナとは直接関係の無い人員であり、国内に対して“決して格下としての同盟”ではないと説明できる。

 対してネオゼネバス側にはウェシナに統合される前に存在していたファルストの貴族の出と言う理由を拡大解釈させてウェシナの姫として仕立て上げる事が可能であり、両国にとって都合の良い人材として選ばれたのであろうが――。

 先に“彼女”自身が述べた通り、“彼女”は多くの事を知り過ぎている。

 “彼女”の背後に控える付き人は、表彰式の前に護衛として紹介されたが――その本質は危険な情報を幾つも持っている“彼女”がウェシナの害にならないように監視する人員であり、万が一“彼女”がウェシナの意に反する様な事をすれば、“彼女”ごとそれを闇に葬る役目も帯びているのだろう。

 そんな状況を作り、“彼女”に押し付けたであろう祖国。

 そして、判っていてその道を選んだ“彼女”に対し、どうしようもない怒りが鬱積し――今までフゥーリーが蓄積してきた教訓や辛酸という感情を止める枷(かせ)を超えそうになる。

 だが――。

「……私は、父親の様だと思っていた貴方を……結婚式に呼ぶ事ができません」

「――――は?」

 ――今、“彼女”は何と言った……?

 いや、それ以前に――。

「……私は、“あの人”を笑わせてあげたくて……10年前、母様が提案した条件を呑みました」

 今の彼女の表情――ソレに似た顔に、フゥーリーは心当たりがある。――のろけ過ぎて暴走している時のセラフィルだ。

「……その内容を本当の意味で理解して、正式な答えを返したのはもう少し後でしたけれど……多分、あの人と初めて逢った時に、私の“願い”は決まったんだと思います」

 そうして得た新しい確信にフゥーリーの思考が再び真っ白に――もちろん今までの怒りとは別の方向に――なって固まっている中、“彼女”は少し恥ずかしそうに自分の想いを言葉に表す。

「……あの人は、世界の1/4を持っている人なのに……全然楽しそうじゃなかった――多分、ソレが許せなかったんですね」

 そうして、自分の“願い”を言い表した”彼女“の表情に曇りは無く――寧ろ初めて見る照れているような表情に、フゥーリーの思考は唖然としたまま帰ってこない。

「……でも、その“願い”が確定する前に……私はアークランドの研究所で“ゼニス”の事故に巻き込まれました」

 ――……そこからは、大凡知っている。

 士官学校を優秀な成績で突破し、シリル・ファルストの関係者経由でフィアーズランス艦隊に接触してストライク・フィアーズに入り込み――上層部からの特別任務で、様々な場所に出向していた。

 “彼女”がこうして現れるまで、フゥーリーは“彼女”の事をシリルが目を付けた優秀な人材ぐらいにしか考えていなかったのだが――。

「……私には絶対に叶えたい“願い”があった。 ――でも、命を救ってくれた“ベネイア”を見捨てる事も出来なくて……私は“私という存在”を盾に、幾つもの我が儘を通しました」

「はは……そうか――ははは、そうだったのか」

 ――いや、しかし……まさかあのシリルの実の娘であったとはな。

 その経歴――そして生き急いでいるとしか思えなかった熱意と行動の根幹にあったものを知ったフゥーリーは、その単純さと壮大さに笑みを溢す。

「……ごめんなさい、フゥーリー中佐。……たくさんのご迷惑をお掛けひゃ……!?」

 そして、そんな愛らしい部下――遠くに行ってしまう“彼女”の頭を、フゥーリーは唐突にごしごしと撫で始める。

「迷惑なんて思っていない――むしろ、逆にとても楽しい経験をさせて貰った」

 少し前の“彼女”にしていた事を今思うと、途轍もない事をしてしまっていた様な気もするが、多分自分の娘が生まれたら同じ事をやっていた筈だ。――恐らく嫌われるが。

「……あの、お渡ひぃ――したい……物ひゃ――ありゅん……でしゅ、が……」

「――――」

 なんか言いたそうにしているのは当然判っていたが、フゥーリーは取り敢えず気が済むまで“彼女”の髪を飾るコームとティアードを崩さないように撫で続け――最後の感覚を楽しむ。

 祖国に疎まれるのも、嫁いだ先で冷遇されるのも承知の上。

 ソレを踏まえた上で、“彼女”は幼い自分が決めた“願い”を叶える為に走り続け――ソレをやり通した。

 ――……凄い奴だよ、君は。

「……はふ。……後ろに居るあの人は、私を監視する為の人員ですが……情報部の人間でもありますので――あまり突飛な事をされると後々に響きますよ?」

「知ったことか。何時もの様に抱きしだかないだけ遠慮してると思ってくれ」

 数分後、荒々しい親愛の所作から開放された“彼女”は、息を落ちつけてからフゥーリーを気遣う言葉を向けてくるが、彼はその心配に以前の様な冗談で返し――。

「……相変わらずですね、中佐」

「まぁな。最後まで君が手を上げてくれなかったのが心残りになるが」

その最後にも変わらぬやり取りに、お互いがクスリと笑ってしまう。

「……もしよろしければ……式典の後の休暇が始まりましたら、サートラルのザクルス本部に行って、この情報片を渡してください」

「なに……? ――これは?」

 そうして真面目な表情に戻った“彼女”は、ドレスの裾から小さな記録装置と思しき物を差し出しながらそんな言葉をフゥーリーに向け、その状況の変化――正確には“彼女”の真意を計れず、フゥーリーはなされるがままにそれを受け取る。

「……実証は終わっているのですが、対象の数が少ない為に採算が合わない事から封印されていたZA能力者用の不妊治療を受けられる様に手配しました」

 そうして続けられた“彼女”の言葉――あまりにも過ぎた心遣い故に、その意味をすぐに理解できなかった。

「……ザクルスのトップに座っている女性は、長寿系の血族を有したZA能力者でして――将来その女傑が子供の事で悩まないようにという目的で研究された技術ですので、安全性は確かです」

 その沈黙を不安と取ったのか、説明を続ける“彼女”に――もう、その恩義を返す事も出来ない、希望を与えてくれた恩人に心配をさせてしまった事に――フゥーリーは申し訳ない気持ちになる。

「この……ばかやろうが」

 ――最後まで、関わった人の事を考えるか。

「…………まだ、俺はその力を持っていないが――必要になったら連絡しろ。艦隊を使ってでも手伝ってやる」

「……え? ……いえ、あのそれは越権行為というか……下手をすれば反逆――」

「知った事か、君ならその事後の事も考えて動かしてくれるんだろ?」

 ストライク・フィアーズは仲間を見捨てない。

 “彼女”がこの言葉に頼る事は――こちらがどんなに望んでも、恐らく無い。

 だが、それでも幾度となくストライク・フィアーズに貢献し、時には命を張って守った“彼女”の功績に応える為の言葉は、これしか無かった。


笑顔


「……はい。……ご厄介を掛けるような事が無いように頑張りますが――何かありましたら、是非に」

「おう。 ――元気でな」

 “彼女”を知る全員に伝えられないのは寂しいが、帝国の皇后――後妻も甚だしいが――となればその活躍を知る術は幾つもあり、生きていればまた会える事もあるかもしれない。

 ――今まで楽しかったよ、ラフィーア。

 そうしてフゥーリーは、今まで眺め、慈しんできた宝石に別れを告げた。



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