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「……コンデンサの電荷も使わずにこの速度、ですか……」

 コックピットシートに身を預け、周囲の情景が凄まじい勢いで後方へと流れていく様子を静かに眺めている黒髪黒目の矮躯――ラフィーア・ベルフェ・ファルストは、生まれ変わった“愛機(ベネイア)”の性能にそんな感嘆の言葉を漏らす。

 西方大陸中央部より西方――レッドラスト最西端地域。

 その穏やかな静寂の只中にあった月下の砂地の上を、砂塵を巻き上げながら白いベロキラプトル型ゾイドが音速を突き抜けるような勢いを伴い、疾走していた。

 その機体の名は、ゼニス・ラプター改。

 型式も無い状況が示す通り、それはリバイン・アルバの人員によって付けられた仮の名称ではあるが――『改』の名の通り、ゼニス・ラプターを真OSの莫大な出力に対応するべく強化した機体は今、新たに付加されたその力を存分に発揮していた。

 今発現しているこの速度もその1つであり――従来機とは比べ物に成らない程の発電量と、その電力に依存した新方式の推進機構により、“ベネイア”は旧来機最大の問題点であった稼働時間問題を解決し、600km/h以上もの高機動を30分近くも続けていた。

 ――……異常加熱も無し……極めて順調ですね。

 とは言え、この速力は新型バックパックの追加オプションである大出力電磁推進器による所が大きいのだが――ここまでの速度は出せないにせよ、全推進機構をマグネッサースラスターに換装した事によって、推進剤という足枷が取り払われた事実は大きい。

「……通常状態ならともかく……これを使う時は、止まる時に注意しないといけませんね」

 そして、強化された愛機の性能を実感として掴み始めたラフィーアは、次に考えなくてはならない事――目的地に到着した時の事を考え、その答えを敢えて言葉にする形で呟き、自分自身に注意を刻み込む。

 現在装備しているオプション装備であるオーバードブーストを使用する時だけの危惧だが、この状況で急停止しようものならGはかなりのものとなる筈であり――身体的に頑丈とは言えないラフィーアがそんな物に晒され様ものなら、最悪命に関わる。

「……日付変更の前には、ニクシー基地に到着したいですが……」

 そうして意識を改めたラフィーアは、現在位置を確認する為に表示方式が大きく変更されたレーダー――こちらも高い負荷を代償として性能が向上した物――に視線を飛ばす。

「……? ……なんでしょうか?」

 機体外装の形状にこそ差異は無いが、内部仕様を一新したそれは探知範囲を拡大した上でスキャン間隔の短縮も図られた新鋭機構であり――そのレーダースクリーンの端に映し出された光点に、ラフィーアは疑問の声を上げた。




 “ベネイア”が感知した光点、それは“TYPHON(ティフォン)”社に対する査察の為、ウェシナ・ニクシーに隣接した地域から集められていたベロキラプトル型重装甲中型ゾイド――ゼニス・ラプター小隊の1つであった。

 彼等はウェシナ・ニザムの南東、ウェシナ・トポリ領からニクシー基地へ向けて陸送中であったのだが、輸送ゾイド(グスタフ)のエンジントラブルによって行動予定が遅れ――そして不運は重なる物という事なのか、その果てに“死神”と出会ってしまっていた。

 従来機とは一線を画する機械的なフォルムをした“TYPHON(ティフォン)”社製第5世代機――チーター型ゾイド、ラファル。

 アルフェスト港奪還戦でその名を轟かせたそれは、その後の解析で稼働時間を主とした信頼性に問題があるとされたものの、総合的なスペックでエナジーライガー改をも上回る化け物であり、ゼニス・ラプターにとっては正に天敵と言える存在であった。

『た、隊長っ! どうすれば……!?』

『泣き言を言っても状況は変らん! マシンガンで牽制してハイ・レーザーをぶち当てろ!』

 ラファルはその高火力・高機動に加え、実弾兵器やビーム兵器を無力化する斥力フィールドすら備えているのだが――身に纏う装甲自体は凡庸である事が先の調査で判明している。

 故に、広範囲を加害するマシンガンで斥力フィールドの展開を誘い、身動きが出来なくなった所をハイ・レーザーライフルで仕留めるのが有効な対策として認知されているのだが――。

『糞っ! ……! っ、しま――!?』

 エナジーライガー改と同等の機動性能を有するラファルが、小隊規模のゼニス・ラプターが展開する弾幕で捕らえられる筈も無く――それに対してラファルは、射撃体勢を取る事無く照射可能な速射型の荷電粒子砲によって、古代チタニウム合金製の装甲を容易く打ち抜いてくる。

『T2……! ――くっ!?』

 その事実通り、チャージングも無く照射された荷電粒子砲によって左半身を穿ち飛ばされた1機のゼニス・ラプターが擱座(かくざ)し、陣形が崩れた事による間隙を的確に突いたラファルが、残る2体のゼニス・ラプターの側面へと一瞬で踏み込んで来る。

『――早過ぎるっ……!』

 その突進を、残されたゼニス・ラプター達はハイ・レーザーライフルをも使用した猛反撃によって凌いだのだが、それは余剰電力がコンデンサに充填されるまでの間、有効な攻撃手段を失うと言う事であり――生き残る為の選択肢が更に狭まってしまった事を意味している。

『隊長っ! 南東から更に1機――とんでもなく早いのが……!』

『まだ増え――!?』

 加速度的に増えていく危機の中、更なる問題の種と思わる通信が僚機より届き――その警告によって注意の逸れた一瞬を突き、マシンガンの射程外に居たラファルがゼニス・ラプター達を直線上に重ね、荷電粒子砲の連続照射態勢に入る。

 この状況で隙の多い長距離砲撃に移行するとは思っていなかった油断も重なり、彼等がそれを視認した時、既にどうしょうも出来ない状況に陥っていたのだが――。

 『――なん、だと……!?』

 しかし、彼等のレーダーが捉えた新手――南東方向から突出してきたその白い機体は、その速度を強引に制動しながらゼニス・ラプター達とラファルとの軸線上に割り込み――そのまま敵機が照射した荷電粒子砲を真正面から受け止める。

「……ストライク・フィアーズ所属、ラフィーア・ベルフェ・ファルスト中尉です。……援護します、退避を」

 そして、荷電粒子砲の奔流が“その機体”に照射され続けている中、危機に瀕していた彼等の耳に鈴の様に響く女性の声が届き――開かれた通信パネルに、高出力のエネルギー同士が鬩ぎ合う光を背景とした黒髪の少女の姿が映る。

『――友軍機?』

 ゼニス・ラプター改――苦境に陥っていた彼等を救ったラフィーアの新しい愛機は、彼等のゾイドと非常に酷似した機体であったのだが――。

「…………っ!」

 その通信の間も荷電粒子砲の奔流を受け止め続けていたゼニス・ラプター改は、連続照射中で身動きの取れないラファルに対してハイ・レーザーライフルを発射し、その一撃は彼等のゼニス・ラプターの天敵とも言える ソレを至極呆気無く無力化した。




「……さて、初手は上手く行きましたが……」

 停止させた事で機能障害を引き起こしたオーバードブーストへの給電をカットさせつつ、ラフィーアは現状を再確認する。

 ゼニス・ラプター改――“ベネイア”の新たな鎧であるエネルギー(E)転換装甲と照射されたラファルの荷電粒子砲。

 理論上は問題無く防げる筈なのだが、1度死に掛けた物に自ら飛び込んで行くのは流石のラフィーアでも度胸が必要な行為であったが――しかし、その行動によって彼女が獲得したアドバンテージは大きい。

 ――……あと1機……力押しで大丈夫でしょうか。

 倒した敵機――ハイ・レーザーライフルの一撃によって、左半身を穿ち飛ばされ、地面に崩れ落ちたラファルの片割れを再確認したラフィーアは、手に入れた優位を確かめる様に数百メートル先に居るもう1機を見据える。

 “TYPHON(ティフォン)”社製第5世代機、ラファル。

 火力と機動力の両面に優れている機体である為、第5世代機に対して満足な対応を取る事の出来ない第4.5世代機以下にとっては悪夢としか言いようのない機体ではあるが――。

「……もう、そうはなりません」

 真OSの出力によって新機軸の装備を多数得たゼニス・ラプター改は、機動・運動性能以外の全てでラファルを上回る事に成功している。

 ――……行きます。

 考察と警戒――互いに異なる思惑によって停滞していた戦場を、ラフィーアは“ベネイア”の兵装を動かす事で再開させる。

 ――……収束レーザー砲、アクティブ……ハイ・レーザーライフル、照準。

 バックパックの両端に付けられた半可動砲塔と、両手に装備された長砲。

 それらは共に真OSの実装によって得られた高出力を代償として連射が可能となった高威力の光学兵器であり、ラファルが装備する斥力フィールドの影響を受けないこれらは同機にとって天敵と言える装備だ。

「……っ。……流石に、速い」

 それ等火砲の起動を察知し“ベネイア”の後ろに回り込もうとするラファルに対し、ラフィーアは愛機を旋回させつつ4門のレーザー砲の連続照射で動き回る敵機を追う。

 余波ですら装甲を焼く火力(ハイ・レーザー)――それを4門も釣瓶(つるべ)打ちにしている火線の量により、一見するとゼニス・ラプター改が優勢の様にも見えるが、その光の嵐を潜り抜けるラファルの機動・運動性能は圧倒的であり、戦況は拮抗している。

 予想通りのその事実から、ラフィーアは敵機を追うような愚を犯さず、スラスターの全力駆動による旋回と4門の光学兵器の火力のみでラファルの端を削っていく事に専念する。

 以前の“ベネイア”でこんな機動を取り続ければ、そう長い時間を待たずに推進剤が尽きてしまっていたのだが――推進系をマグネッサースラスターに換装した今の愛機には時間切れは無い。

 そして、万が一反撃を受けたとしても、正面及び側面であればラファルの装備する荷電粒子砲では、印加された電力を代償に桁違いの防御能力を発揮するE転換装甲を抜く事はできない。

 故に――。

「…………1対1の状況であるなら、負けは無い……ですか」

 ラフィーアはイミテーション・レゾナンツ(IR)デバイスを通じて“ベネイア”に指示を送りつつ、自身の考察から1つの危機に思い至る。

 ――……確か……あの機体のコックピットは頭部でしたね。

 そして、思い至った危険に対し、ラフィーアは愛機の腕に装備されたハイ・レーザーライフルの片方を追撃から外し、別の目標――先程左半身を蒸発させてから身動きが取れないでいるもう1機のラファルの頭部周辺に向けて照準し、それに止めの一撃を照射する。

「……これで、1対1です」

 教法にあった史実――共和国の精鋭を手玉に取ったアイアンコングmkUが、止めを刺しそびれた慢心によって撃破されたという記録――を連想したラフィーアは、その轍を踏まぬ為に過剰攻撃という一手で危険要因(もう1機)を排除したのだが――。

 ――……? ……機動が単純化した?

 次の瞬間“ベネイア”が相対していたラファルの挙動が、今までの堅実な物から苛烈な物へと急変し、パイロットに掛かるであろう負担を顧みない強引な機動により、旋回中の“ベネイア”の背面へと回り込んだ同機はそのまま荷電粒子砲を連続照射してくる。

 ――……大丈夫、間に合う。

 その攻撃に対し、ラフィーアは冷静に反応し――彼女の予測通り、旋回中だった“ベネイア”はその一撃を側面のE転換装甲で受け止め、攻撃が失敗に終わった事を知覚した敵機は射撃姿勢にあった機体を強引に押し出すように再び全力機動を掛ける。

「…………あぁ、怒っているのですね」

 その挙動、中に居る自分自身を傷付けてまでゼニス・ラプター改を圧倒しようとするラファルの動きから、ラフィーアは敵の意図に漸く気が付き――それと同時に次の策を仕掛ける。

 高速型の第5世代機の全力挙動は、それこそ瞬間移動とも錯覚出来る程の超加速であり、視認も出来ないソレを理論的に繰り出されれば対処は極めて困難な物となるのだが――。

 ――……いくら速くても、考える事を捨ててしまえば……それで終わりです。

 そんな思いと共に、ラフィーアは視認できない敵を追って右への旋回挙動を始めている“ベネイア”の右手――そこに装備されているハイ・レーザーライフルを連続照射させ、実体の無い長大な光の剣を作り出す。

「……多分、そこに」

 そして、そのまま“ベネイア”が旋回しようとしている“先”に向けて愛機の右手を振り抜き――敵が居るかも判らない場所に対し、レーザーの光による“大斬撃”を実行させる。

 ソレは何の状況も判らぬ場所へと放った攻撃だった故、相手が冷静な状態であれば跳躍等の対応で簡単に回避できる筈の一撃だったのだが――。

「……当たり、ですね」

 旋回中の視界の端に、射撃態勢のまま胴体から下――射撃体勢に入った瞬間に脚部全てを切断されたラファルを視認したラフィーアは静かにそう呟く。

「……状況終了。……敵残骸2体と捕虜1名の移送をお願いします」

 旋回を終え、倒れ伏したラファルと“ベネイア”とを正対させたラフィーアは、後方に退っている筈の友軍に対し、自分が出来ない事に対する支援を要請した。




 ウェシナ・ニザム領、ニクシー基地。

 第2次大陸間戦争初期、ガイロス帝国の橋頭堡にして最重要拠点であったこの場所は、大戦中期にはヘリック共和国、そして大戦後にはアルバと占有国を転々とした場所であり――今はウェシナの北東方面最大の軍事拠点としてその名を示していた。

 そして、同基地はフィアーズランス艦隊の母港でもあり――原隊に合流するべく、途中で救助した友軍部隊と共にラフィーアが基地のゲートを潜ったのが3日前。

 それから今日に至るまで、ラフィーアは仲間達の苛烈な歓迎や結果の決まっている査問会、真OSに関するナノマシン(更新プログラム)の提出と説明等、目まぐるしい日々を過ごし――。

 これから起こる事の最後の打合せの為に、ラフィーアはニクシー基地司令の執務室――ウェシナ・ニザム領の最重要地点とも言えるジーベル中将の私室――へと足を踏み入れていた。

 階級で言えば、将官と尉官――秘書官のような役職持ちでもない限り、話す機会すらも無い間柄ではあるが、万が一にでもそんな機会が訪れた場合に礼を払うのはラフィーアの側である筈なのだが――。

「御手柄だったようだな、中尉」

「…………」

 しかし、部屋に付くなり執務室の上座に座らされてしまったラフィーアは、部屋の奥から響くその声――嬉々として御茶の準備を進めているこの部屋の主の言葉に対し、様々な抗議を含めた沈黙で返す。

「うむ……機嫌があまりよろしくないようだな。茶菓子として、昔に喜んでくれた物から風の噂で聞いた今の好物まで揃えたが――お気に召さなかったか」

「………………」

 蒸らしが終わったのか、注ぎ終えた紅茶を持って奥の給湯スペースから執務室に戻って来た、初老の男性――ジ―ベル中将は、遊んでいるのかそんな見当外れな言葉をラフィーアに向けながら紅茶を降ろし、彼女の対面に座る。

「……中将閣下。……今の状況、色々と問題があるのではないでしょうか?」

 ウェシナに十数名しか居ない上級士官に下級士官が直接会っているのも問題だが、コレは前回にもあった事であり――そもそもこれは『ゼニス計画』に関する秘密会合なので棚上げしていい。

 だがしかし、打合せに訪れたラフィーアに対して最上級の歓待で待ち構え、せめて御茶の用意だけでもしようとした彼女を押し退けて準備に勤しむような中将を基地の皆が知ったら、多分――というか、確実に卒倒する。

「そうだな。君が“ラフィーア・ベルフェ・ファルスト”のままならば大問題だろうな。……うむ、我ながら良い出来栄えだ」

 そんなラフィーアの指摘に対し、まだ彼女が自覚したくない話題で返した中将は、そのまま紅茶に口を付け――自分で淹れた物に対する自賛で会話を締める。

「…………」

 その当て付けのような遠回しの責め苦に、ラフィーアは更なる沈黙で反抗し、『早く本題に入りましょう』と視線のみで訴える。

「血は争えんな。ラフィーア……いや、君の母君も、若い頃は怒るとそんな顔をしていた」

「……そう、ですか」

 そんなラフィーアの態度に、中将は懐かしむ様に相好を崩し――彼女が予想もしていなかった一言――尊敬する母を引合いに出された事で、言葉を詰まらせる。

「今も相当色々な場所を駆け回っていると言えばそれまでだが……“あの子”も昔は相当な御転婆だったからな」

「…………」

 少し前に四十路へ突入した母に御転婆という言葉を当てるのは如何なものかとラフィーアは思ったが、母よりも遥かに高齢な中将からすれば、母も自分もそう変わらないと言う事なのだろう、と彼女は納得する。

「本心を言えば……君を見ていると、あの頃のラフィーアの続きを見ているようで、随分と楽しい思いをさせてもらったよ」

 そうして中将は昔を懐かしむ様な感慨深い表情と共にそう独白し――。

「だが――どうあっても……残ってはくれないのだな」

 しかし、次の瞬間には至極真面目な鋭く刺す様な視線と共に、中将は本題となる言葉を振って来る。

「……はい、もう決まった事です」

「まぁ、本国で決まってしまった事だ。私如きではどうする事もできないとは言え……有望な人材を手放さなくてはならないのは、正直悔しいよ」

 談話から打合せへと思考を切り替えたラフィーアは、中将の問い掛けに対して覆しようのない事実を答え――そんな彼女の応えに、彼はそう言ってから怒っている様な鋭い視線を向けてくる。

「………………」

 その感情に対し、ラフィーアは沈黙する事しか出来ない。
 気のあるそぶりを見せながら利用するだけ利用して切り捨てるのだ、恨み事を言われるのは至極当然の事だとラフィーアは理解していたのだが――そうだとしても、“目的”を果たすのに協力してくれた恩人からソレを向けられるのは堪える。

「はは、少し苛めすぎたか。……しかし、本当にここまでする必要があるのか?」

しかし、ラフィーアの耐える様な沈黙を見納めた中将は、その怒気が演技であった事を示すようにその鋭い視線をあっさりと解かし――だが、真面目な表情を崩さぬまま本心からの問いを続けてくる。

「……必要です。……入念に調べられてしまえば発覚してしまいますが、この手の隠蔽工作は派手であればある程効果があります」

 中将と似たような立場に居る恩人に対し、これと同じ事を何回かしなくてはならないという事実に滅入りながらも――ラフィーアはそんな思考の心の奥底に押し込みつつ、的確な答えを返す。

「それが原因で死んでしまえば元も子もないだろうに」

「……まだ非公式段階です。……もしも戦死してしまったら――設定通り、“病死”してしまいましたとでも発表すれば波風も立たないでしょう」

 中将の本心からの心配であるのはラフィーアにも判ったが、そんな彼の心遣いに対してラフィーアはまるで他人事のような冷淡な“設定”で応える。

「――死ぬ気ではないのだろうな?」

「……当然です。……私は、生きて“願い”を叶えます」

「それを聴いて安心した。……では、詳細を聴かせて貰おう」

 中将のその言葉を切欠にしたかのように、執務室の壁面にある大型モニターが起動し――最後の“打合せ”が開始された。




 惑星Ziにおいて、その知名度と規模において5本の指に入るとされる軍事拠点――それがニクシー基地である。

 西方大陸は疎(おろ)か世界にも名を馳せるこの基地は、広大な敷地とそれに見合う付属拠点を数多く保有する施設集合体なのだが――その本質は地下にあり、地表上に見える建造物の倍はあるとされる地下構造体こそがこの拠点の真価である。

 その中心部――地下施設でありながら、対面の壁面が霞んで見える程の広大さを持つ第5格納庫では、ストライク・フィアーズ所属のゼニス・ラプターが査察に向けての改修作業を受けていた。

「――――」

 明朝控えた査察に備え、今も騒音に溢れているこの場所で、ラフィーアはこの1ヵ月間ずっと心に残っていた気掛かり――アルフェスト港奪還作戦前の諍(いさかい)に対する事情の説明を行うべく、ガーネットの元へと訪れていた。 

 考えてしまっただけにせよ、その生命を害そうと思ってしまった事。

 そして、その理由である“ベネイア”の事と、その問題が解決した事。そして、その成果が先日提出した真OS更新用ナノマシン群体(プログラム)である事。

 ラフィーアとしては責め立てられるのを覚悟し、その全てを打ち明けたのだが――。

「ん〜? まぁ、あの状況じゃ仕方なかったんじゃないかな。配慮が足りなかったのは私の所為だし」

 それに対するツナギ姿の小柄な赤髪の女性――査察に向けた連日の激務で多少眠そうに見えるガーネット大尉は、まるで天気の話しを振られたような気軽な応えを返した。

「…………叱責、されないのですか?」

 その受け答えは、普段のガーネットの対応と何ら変わりのないものだったが――しかし、予想していた行動とは大きく逸脱した彼女の反応にラフィーアはひどく困惑し、逆にその理由を問い掛ける。

「ん? 叱責って?」

「……私の言った“排除”は物理的な意味です。……それなら――」

 怒るのが当然の反応――いや、最悪の場合には絶縁されてもおかしくない筈――と、ラフィーアは思考していたのだが――。

「なるほどね……付き合いは長い方だと思っていたけれど――多分、セラフィルさんが言ってた可愛い云々はこういう事なのね」

 対するガーネットは、質問を重ねたラフィーアにそんな言葉を返しながら困った子供を見るような――何とも言えない生温かい目線を彼女に向けてくる。

「……どういう事ですか?」

「教えたげない。まぁ、“ベネイア”の事を驚かなかったのは……そうね、驚くような機密じゃなかったってのもあるんだよ」

「…………?」

意地悪のような拒否の後、思わせ振りな言葉を含ませたガーネットはラフィーアの無言の追求をニヤニヤ顔で躱(かわ)し「それよりも――」と、話を切り替えてくる。

「新型のレーザー砲塔……本当に外しちゃってよかったの?」

 そして、ガーネットはそのまま背後――バックパックの交換作業中である“ベネイア”の事を見上げる。

 “クレイドル”を出る際に“ベネイア”が装備していた大型バックパック――増設ジェネレーターと大型電子兵装を核としたソレは、新型ゼニス・ラプターの標準兵装として考案された装備であり、性能は折り紙付きなのだが――。

「……はい。……私にはこちらの方が性に合いますので」

 新型バックパックのハードポイントは、選択兵装がレーザー砲塔か増設センサーの二択しか無く、ラフィーアとしては旧来のプラスパーツのように敵機を纏めて吹き飛ばす事の出来る武装が無い事が何ともしっくり来ていなかった。

「まぁ、四足(ラファル)の所為か新型(あっち)の方を希望する奴の方が多いから、私達としては助かるんだけど……まさか、装甲材をE転に変更したプラスパーツまであるなんてね」

「……いくつ届きましたか?」

 『ゼニス計画』の試作パーツや真OSの更新プログラム――西方大陸の各所から掻き集められた資材や素材は多種多様の一言に尽き、正規な手順を踏んでいない物も多いソレ等は既に現場の人間でも全容が把握できないような状態にある。

「2つ。まぁ、これも需要はあるんだけれど、アッシュの奴に割り振られたコアジェネレーターの出力じゃ、あんまり負担は増やせないから……たぶん、取り合いにはならないわよ」

 そんな中、ガーネットを含むニクシー基地に関係するメカニック達はラファルに対抗できる実動機体を1機でも増やす為、不眠不休の作業を強行しており――作戦開始寸前の今の段階において、8機ものゼニス・ラプターを強化型へと更新させていた。

 ――……“打ち合わせ”でも聴いていましたが……これだけの戦力があれば、負けはありませんね。

「…………」

 もちろん、戦場に絶対という事はありえないが――元から配備されている第4.8世代機(フェルティング)と併せれば、敵主力(ラファル)に対抗できる機体を倍近く揃えた事になり、後詰である第5世代機(フルンティング)も計算に加えれば盤石と考えていいだろう。

 そして、これだけの好条件が揃っているならば――ラフィーアは安心して“願い”に至る行動を実施できる。

「ラフィー……何かあった?」

「……はい?」

 ラフィーアがそんな予想を考えていると、ガーネットはラフィーアの思惑を読み取ったかのような的確な問いを彼女に投げ掛け、その鋭さにラフィーアは驚きと呆気が混ざり合った様な――彼女らしくない不明瞭な言葉を返す。

「表情が、ね……なんか、凄く穏やかなのが気になって。――力になれるかは判らないけれど……色々役に立つし、口も堅いつもりよ?」

「…………」

 そうしてガーネットは、心からの気遣いを言葉という形でラフィーアに送るのだが――ラフィーアはそれに応える事が出来ない。

「そう。――ラフィー……私はね、『ゼニス計画』――というか、“これからの機体”に必要なのは、IRデバイスよりも高度なマンマシンインターフェイスだと思っているの」

 そんなラフィーアの反応を彼女なりの返事と受け取ったガーネットは、どんな意図があるのか話しの切り口を変えて自らの願いをラフィーアに告げる。

「ラフィーが色々無茶をしていた“目的”は、真OSの完成だったんでしょ? だったら――」

 ――……ごめんなさい、ガーネットさん。

「この作戦が終わったら……本職の技術中尉に立ち戻って、私の事を手伝ってくれない?」

「…………」

 ガーネットの心からの希望――途中から予想できたその流れに、ラフィーアは応える事が出来ないまま――目を伏せ、否定とも取れる沈黙を返した。




 ガーネットの提案――この場所に帰って来るようにとの願いを込めた問いに対し、『本国に召還されているので、手伝う事が出来ないかも知れません』と、その場を濁したラフィーアは、彼女からの追求を避ける様に地上へと昇って来ていた。

「…………」

 昼間の地上施設は、海岸施設特有の強烈な日差しから来る暑さとレッドラストから流れ込んで来る熱砂により、あまり長いしたくない場所なのだが――。

「……そういえば、夜は寒いのですね」

 周知の通り、砂漠は植物が殆ど生息できない事から空気中の水分が非常に少なく、気温の日較差が激しい。

その為、ラフィーアの感覚で今の状況を言ってしまえば――夜のこの場所はそこそこに快適と言う事になる。

 そして、今見上げた空――アークランドの管制塔やサートラルの市政庁から見上げた夜空も、息を呑むような星空であったが――それに勝るとも劣らないものがこんな身近にあった事を、彼女は今更になって気が付いた

 ――……間抜けですね、私も。

そんな簡単な事に考え至らなかった自分の事が少し可笑しくなって、ラフィーアは僅かに瞼を細める。

「……バレシアの空も、綺麗なら――」

 そんな“今の自分”が言ってはいけない言葉を口にしてしまった瞬間、ラフィーアは遠くから何か大きな車両が走って来る音に気が付き、空に向けていた視線を地面に戻す。

「……外でも作業をしていたのですね」

 視線を下した先、第5格納庫へ至る大型隔壁を挟んだ反対側には6機のゼニス・ラプターと十数体の恐竜型ゾイド――整備課のゴドスが駐機されており、今まで静かだったその周辺が荷物の到着によって徐々に騒がしくなってくる。

 ニクシー基地は非常に広大な基地であり、今のウェシナにソレを全て使い切るだけの数が無い事もあって閑古鳥が鳴いている場所も少なくないのだが――恐らく物資の集積場所等の折り合いで第5格納庫に近い場所での作業となったのだろう。

 ――……荷物は……ハイ・レーザーライフルですか。

 運び込まれた積み荷――幌を解かれ、作業用ゴドスが2体掛かりで持ち上げようとしている長大な砲を目にしたラフィーアは、自然とその名前を口にする。

 ゼニス・ラプターの全長にも匹敵する長さをもったその砲は、同機が手に携帯する武装としては最大の火力を実現できる光学兵器であり、その威力は射程の短いゼネバス砲とまで言われている。

 しかし、機体に対するエネルギー負担が大き過ぎるという欠陥があり、真OSへの転換強化を終えていないゼニス・ラプターには少々荷が重い代物なのだが――ラファルに対抗する手数を少しでも増やす為、今回の作戦では全ての機体が携帯する事になっている。

「……そういえば……もうすぐ、ブリーフィングでしたね」

 その兵装から今回の作戦概要――この騒動を治める為の作戦と、その先にある自分の予定にまで考えを飛躍させたラフィーアは、指定されたブリーフィングルームに向かって歩き出しながら、何度も参加してきたそれに対し、まるで懐かしむ様な静かな声音で呟く。

 そのラフィーアの表情は、まだ作戦が始まってすらいないのに全てを終えてしまったかのような哀愁が漂っており――。

「作戦前にその表情は何? 景気が悪くなるから止めなさいよ、リトル」

 そんな表情のままブリーフィングルームへ移動しようとしたラフィーアの背に、険のある言葉が突き刺さる。

「…………エリス中尉?」

 その特徴的な代名詞で自分を呼ぶ声に、ラフィーアは足を止めて声の主へと振り返ると――整った顔立ちをいつも不機嫌そうにしている麗人、エリス・ウォルレット中尉が、いつもよりも更に鋭い視線でラフィーアの事を見据えていた。

「真OSの完成――“目的”を達成して腑抜けるのは判るけど、遊ぶのは全部終わった後にして欲しいものね」

「…………」

 そうして続けられたエリスの言葉は尤もな事であり――その辛辣な物言いが痛くないと言えば嘘になるが、長い付き合いからソレが彼女なりの心配なのだとラフィーアは理解できる。

 しかし――。

 ――……エリスさんは……何の為に戦っているのでしょうか?

 ラフィーアはその心配を有難いと思うより先に、ガーネットから別れ際に教えられた機密――エリスの乗機であるゼニス・ラプター“アイリス”に乗せられている“モノ”と、それを使っている理由に対する疑問が先に立ってしまった。

 ――……IRデバイスの前身、ブレイン・レゾナンツ(BR)デバイスの運用者。

 それは独立戦争を引き起こした組織――アルバによって製造されたマンマシンインターフェイスであり、ゾイドに搭乗した際に絶対的な力を発揮するZA能力者に対抗出来るだけの力を、普通の人間でも獲得できるようにした機構である。

 しかし、安全性能を度外視して製造された機構である為に問題点も多く――何の防御手段も無い状況下で“ただの人”がゾイドと直接接続した結果、人としての意識を失い、ただのゾイドを動かす“生体材料”を大量生産した悪魔の機構でもある。

 ちなみに、独立戦争後もウェシナを引っ張っていけるだけの力を残していたリバイン・アルバがサートラルの代表として表舞台に出てこないのも、これを主としたアルバの負の遺産を隠匿する為の手段であり、その甲斐があってそれらの存在は抹消されつつある。

 ――……恐らく、U型でしょうか。

 そんな概要を思い返しながら、ラフィーアはエリスが使っている物の当たりを付ける。

 先にも述べた様に、エリスが使っているBRデバイスが最初期の物であるならば彼女が無事で済む筈が無いのだが、その発展形――ゾイドと直接接続された“元人間”と繋がる事で搭乗者の思考の保護と高い反応速度を両立した後発型――だとラフィーアは推察する。

「――なに? 黙り込んで」

「…………いえ」

 ――……少し、おかしいとは思っていましたが……。

 最高位のデバイス適正を持つアッシュを遥かに超える操縦適正、そして機体の愛称。

 技量も“才能”として片付けるには違和感が残り、個人運用機に女性名を付けるというウェシナでは珍しい事も行っている為、何か意味があるのだとラフィーアも考えてはいたのだが――。

 ――……あの中には“誰か”が居ると言う事なのですね。

「…………エリスさん、貴女は……何を“目的”に戦っているのですか?」

 そう考え至ったラフィーアは、この質問によって返って来る“エリスの答え”にも大凡の当たりを付けたのだが――ソレが正しい事を確かめるべく、その核心を彼女に問い掛ける。

「――その表情とその質問……ガーネットの奴、バラしたわね」

「……はい。……“BRデバイス(アレ)”の存在自体は知っていましたが……流石に驚きました」

「知っていた……? リトル――アンタ、何者……?」

 さも忌々しいといった表情でガーネットを愚痴るエリスに対し、ラフィーアは自分が“元々知っていた”という事をエリスに伝え――そのありえない言葉に、彼女の顔色が驚愕の色へと一変する。

「…………」

 エリスの使っているBRデバイスのU型はIRデバイスの直接的な原形機であるのだが――先にも述べた様にウェシナの歴史からその存在は抹消されている。

 その為、この情報を知る者は西方大陸全土でも数える程でしかなく――エリスが驚くのも当然と言える。

「ダンマリか――アンタの事だもの、もう大体判っているんじゃないの?」

 そして、そんな稀有な存在と対峙した驚きは、エリスにとっても相当なものだったようだが――彼女はすぐに立ち直り、いつもの不機嫌そうな視線をラフィーアに向けて試すような言葉を向けてくる。

「……そう、ですね。……でも、そんな貴女がこんな場所に居る理由を……私は、エリスさんから直接聴きたいです」

「――まぁ、いいわ。……私は、あの悪夢を再び作らせない為に軍に入ったのよ」

エリスの視線と言葉には、戦場ですら見た事が無い程の鋭さが含まれていたが――それに対するラフィーアの答えは正解であったらしく、彼女はあっさりと自分の真意を打ち明ける。

「私は、“あの人”と一緒になってZA能力者を墜とした事もある……そんな力があれば、すぐにのし上れると思っていたけれど――この世界は、力だけでどうにかなる世界じゃなかった」

 ――…………その通りですね。

 軍隊は成果や実力主義の側面が大きい職業ではあるが、それでも上位に立つ為には多くの手順を踏む必要があるのは必然であり――まともな手段でそういった機密に触れられる立場になる為には、気の遠くなる様な歳月が必要になる。

「そして、私がそれに気が付いた時にはもう遅かった。……どんなに時間が掛かっても、私はこの道で上に昇って行くしかない」

「…………こちらを、どうぞ」

 その強い意志によって紡がれたエリスの言葉――そして、ラフィーアが今まで見て来たエリスの行動と、“アレ”の根絶に協力したいという自分の願いによって、ラフィーアは自分自身に言い訳をしながら――彼女は一片の情報ピースをエリスに差しだす。

「――何?」

「……エルネスト中佐――私が知っている情報部の将校の中で、“アレ”を知っているただ一人の人物。……その連絡先です」

 ラフィーアの唐突な申し出に、珍しく怪訝そうな顔をしたエリスであったが、その言葉の意味に考え至った瞬間、その顔が驚きと困惑、そして僅かな喜びを混ぜた様な――何とも形容しがたい複雑な表情になる。

「……“ラフィーア”という名称と、エリスさんが持っている機密や動機を伝えれば……コンタクトを取って来るかもしれません」

 ラフィーアのこの行動は、彼女の守りであり力でもある“後ろ盾”の了承を得ていない越権行為であり、エリスからの連絡を受け取るであろうエルネスト中佐の行動如何では、自分自身の立場を大きく害する可能性もある。

 ――……ごめんなさい。……母様、ジーベル中将。

 しかし、“どちらに転んだとしても”ソレが明るみに出る頃には責任を取る事になる“自分はもう居ない”――要約すれば、迷惑の掛かる人間が少ないという楽観による決断でもある。

「リトル、アンタは――」

「……お互いに、自分が何者かなんて……関係無いでしょう?」

 驚愕からか、エリスは半ば呆然としたままそんな問い掛けを口にする彼女に対し、ラフィーアはその追求を静かにはぐらかし――情報ピースをエリスの手に握りこませると、そのまま身を翻して歩き出す。

 何かと文句を言いながらも助けてくれた戦友に対する最後の感謝。

 そんな感覚がラフィーアの中に無いとは言えないが、エリスに対する疑問や気掛かりが晴れたラフィーアは、頭の隅にあった何かが軽くなったような感覚と共に、歩みを速める。

 予想以上に話し込んでしまったらしく、ブリーフィングの開始時間まで――もうあまり時間は残っていなかった。





 ニクシー基地中央ブリーフィングルーム。

 その場所は基地の中枢部に設けられた大規模作戦用の広大な設備であったが、広大過ぎるが故に平時である昨今では使用されなくなって久しい部屋でもあった。

 しかし、幸か不幸か――今、そこは嘗ての賑わいを取り戻していた。

そこに集められた人員――フィアーズランス艦隊の全パイロットと、艦隊に便乗するニクシー基地の航空ゾイドと第5世代機(フルンティング)のパイロット達であり――彼等は周囲から発せられる静かな熱気に意識を高めながら、始まりの時を待っていた。

 今回行われる作戦において、彼等はこの騒動に乗じて差し向けられるであろうガイロス帝国から干渉の阻止と、敵根拠地の後背を衝くという2つの重要な目的を任されており、このブリーフィングではその詳細が通達される筈だったのだが――。

「私達も西方大陸に住まう一員だ。ウェシナに入れろ、ついでに主導権を寄こせ……会社って頭良い奴が作るもんだと思っていたけれど?」

 議長を任された壮年の男性――フゥーリー・クー少佐が壇上に立った瞬間に発せられた横槍によって、ブリーフィングルームは異様な沈黙に包まれてしまった。

「さぁな。ま、これは本国に送られてきた原文でも無い上、私が掻い摘んだ代物だからな……連中の言いたい事から外れた物になっているかもしれん。……それと中尉。私よりも先に喋るのは止めてくれ」

 佐官と下級士官とが対等な言葉を交わす異常事態――ストライク・フィアーズの中では日常茶飯事ではあるが、この状況に慣れていないニクシー基地の面々が唖然とする中、少佐は普段通りの応えを返し――それと連動するように彼の後方にあるモニターに光が灯る。

「さて、それでは始めようか。――諸君、少々手順が変わってしまったが……今、エリス中尉が述べた事が今作戦の対象となる武装組織――TYPHON(ティフォン)社からの声明を要約したものである」

 モニターに表示された地図は、北エウロペ北西部――ニクシー基地よりも北側の広域を記したマップデータであり、彼等の居るニクシー基地が南東端に、目標となるティフォン社が中央やや北側寄りにそれぞれ表示される。

「同組織は声明を発信した後、本社施設の地下格納庫から切り札と目される超々大型ゾイドを起動させ、ソレ等を起点として各所に防衛部隊を展開させている――だが、我々はこの事態を事前に察知しており……対応も確定し、準備も完了している。迷う事は無いだろう」

 そうして続けられる言葉と共に、モニター上に巨大な鉄柱のようなTYPHON(ティフォン)社の本社施設と、その傍らに聳える巨大な塔の様なシルエットの物体――目標である超々大型ゾイドの姿が表示される。

「諸君等も知っての通り、現在TYPHON(ティフォン)社周辺に点在する我が軍の施設との連絡が途絶している。これは彼等の蜂起による襲撃・妨害工作によるものと考えられるが――それらの調査を行うよりも先に、ニクシー直轄部隊は彼等の本社施設に対する査察を行う」

 そして、少佐の言葉によってモニターに新しい表示――右下側に表示されているニクシー基地から、中心に表示されているTYPHON(ティフォン)社に伸びる1本の赤い矢印が追加され、それは同本社施設に差し掛かる寸前で停止する。

「今表示した赤い矢印は基地組を主軸とした第1部隊――フェルティングやゼニス・ラプターを主力とした陸上部隊であり、明日の0800時から本社施設を目指して移動を開始し、TYPHON(ティフォン)社の正面にて武装解除と査察の受け入れ要請を通告する」

「どうせ決裂するのに……暢気なものね」

「ま、そうであっても勧告もせずに民間施設に総攻撃なんて出来る筈も無いからな。――あとエリス中尉。良い感じにノリノリなのは判ったから静かにしてくれ、ミーティングが続かない」

 再び交わされる“いつもの”遣り取りと共に、ニクシー基地から青色の矢印が新たに表示され――海上を走る進むそれはそのまま地図の上方、北西方面へ進んで行く。

「話を戻そう。――それに並列して第2部隊……我々が搭乗するフィアーズランス艦隊は、今から1時間後、ニクシー基地の航空戦力の受け入れを終えたと同時にポイントX31のY29……ウェシナの領海端部へ移動し、同海域にて警戒行動を実施する」

 そうして海上のある一点で矢印は停止し、そのまま領海ギリギリのラインをなぞるように西から東、東から西へと往復する。

「同艦隊の行動はこの騒ぎに乗じて干渉を仕掛けてくる可能性のあるガイロス帝国軍を牽制するのが目的だが……それを陽動とし、ストライク・フィアーズ(我々)を北西部に上陸させ、第1部隊と対峙する筈のTYPHON(ティフォン)社の後背を突く意図もある」

 少佐が第2部隊の真の役割を開示すると、艦隊の軌道を示す青色の矢印から黄色の小さな矢印が発生し――それは真っ直ぐに地図の下方、TYPHON(ティフォン)社の北側の海上に散布された膜の様なもの――同社が展開していると思われる海上戦力へと突き進んでいく。

「第1部隊とティフォン社との交渉が決裂した後、我々は護衛艦『メリーウィドウ』にて艦隊から分離、長大な稼働時間を持つゼニス改を前衛としてTYPHON(ティフォン)社の海上防衛線を突破、海岸線への強襲揚陸を行う」

 そうして膜――ティフォン社の海上戦力を容易く突破した黄色の矢印はそのまま海岸線に突き刺さり、更に小さな矢印を周辺に発生させる。

「揚陸地点を確保した後、『メリーウィドウ』からゼニス・ラプターを展開、態勢を整えたと同時に本社施設へ向けて侵攻を開始し、同施設の北西側の対空施設の無力化行いつつ目標へ近接する」

 海岸周辺に広がった矢印は少佐が示した通りに南下を始め――第1部隊と協同し、TYPHON(ティフォン)社を挟撃する形となる。

「ちなみに、『メリーウィドウ』と揚陸地点の護衛は同艦の航空戦力とセラフィル大尉のフェルティングが担当する。作戦後に小言を言われないようにする為にも、敵を後方に抜かせるなよ」

 その言葉に、ブリーフィングルームに居る人員の中でセラフィルと面識のある者達が部屋の隅に立つ彼女に視線を送り、その目配せに彼女は穏やかに手を振って応える。

 この状況でセラフィルに預けられるフェルティングであるならば、まず確実にZA能力者専用仕様の特装機であり――万が一戦闘状態に陥ったとしても、鬼神のごとき戦いぶりを示してくれる事だろう。

「さて、ここからが本作戦の目的となるが――グリフティフォンに対する直接攻撃は、ニクシー基地及びレイフィッシュから発進するフルンティングが搭載するクラスAAA弾頭によって実施される」

身内の話によって方向性が僅かにずれてしまった流れを仕切り直すように、少佐はあえて口調を強め――それと同時にモニター上に表示されていた地図の上に新たな映像パネルが開き、そこに今作戦の目標である超々大型ゾイドの物と思しき図面と補足データを取り纏めた資料が掲示される。
「今表示されたこれは、ウェシナ・サートラルより提供された資料――TYPHON(ティフォン)社が保有している超々大型ゾイドの同型機のスペックデータである」

「その本懐は、殻部に満載されたレーザー兵器と衛星リンクによって、絶対的な制空権を確保するというものらしいが……TYPHON(ティフォン)社はそれらの機能を改造し、衛星反射砲として運用している」

 資料の出所を提示した後、その概要説明までを続けた少佐はそこで一端言葉を切り――会議場に居る全員が資料を把握するのを待つ様に沈黙する。

「資料の通り、全身をE転換装甲で覆われた対象を破壊するのはゼニス改の火力を持ってしても難しいが――目標は低高度、及び対地上目標に対する攻撃能力に問題があると予想された為、超低空から侵入するフルンティングによる爆撃が攻撃手段として決定された」

 少佐は殊更に詳しい説明によって、最初に提示された攻撃方法が決定された経緯を説明し、その理解を図り――モニター上のニクシー基地とストライク・フィアーズ艦隊が存在する場所から白い矢印がそれぞれ発生する。

「我々は元より、南東側から攻める第1部隊もその為の陽動兼露払いである。――気持は痛い程判るが、戦闘では対空砲を潰す事と敵の目を引き付ける事に専心するように」

 そうして続けられた最後の説明に合わせ、ティフォン社の本社施設を挟撃していた赤い矢印と黄色の矢印は少佐の言葉通りに後退し――白い矢印がTYPHON(ティフォン)社の上空を交差した瞬間、地図上に表示されていた施設のモニュメントが“消滅”する。

「TYPHON(ティフォン)社の予想戦力状況及び第5世代機の対処方法、各機の搭載武装に関しては別紙の資料に添付してある。各隊員は各々の部隊内で協議し、運用兵装を選択するように。……以上だ、何か質問は?」

 少佐はその定型文を最後にブリーフィングの締めに入り、ブリーフィングルームを見渡しながら放たれたその言葉に、その場の全員は沈黙で返し――。

「よろしい。――ケリを付けに行くぞ」

 少佐の決意表明ともとれる言葉を最後に、ブリーフィングルームの面々は其々の役目に向かって歩き出し――ラフィーア・ベルフェ・ファルストが携わった、最後の作戦が開始された。



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