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 ――……仕様の無い、夢。

 変えられない過去、既に終わっている事。

 それ等は彼女が今に至る動機となった大切な思い出ではあるが、今の彼女にとっては見直す事に意味を見い出す事のできない記憶であり――。

「…………ここ、は……?」

 そんな寂しさと諦めが織り交ざった感覚が薄れて行く中――それと反比例するように感じ始めた全身の痛みと痺れの感触と共に、彼女は目を覚ました。

「――気が付いたか」

 傍らに点滴等の医療機器を備えたベッドに寝かされた黒髪黒瞳の矮躯――ラフィーア・ベルフェ・ファルストのか細い呟きに対し、それとはまるで対照的な明瞭さと鋭さを伴った女性の声が返って来る。

「……シンシア、さん?」

 その応えに対し、声を追ったラフィーアの視線が1人の女性の姿を捉え――こげ茶の長髪と氷の様に冷たい視線が特徴的な女性――今まで見ていた夢の中でも出会った彼女の名前を口にする。

 シンシア・ビーロス――リバイン・アルバに籍を置くZA能力者であり、同時に主人である“彼女”の指示によってウェシナのありとあらゆる場所に出没し、それらの潜入場所で必要となる役目を万全にこなす才女でもある。

「……ここは、ザクルス……いえ、リバイン・アルバの拠点……ですか」

「病み上がりの割に良く頭が回る。流石はあの女の娘か」

 そして、白に紫のアクセントを彩った制服――シンシアがリバイン・アルバの士官服を着ている事実から、自分が居る場所を推察したラフィーアに対し、シンシアは地である突き放した様な言葉を返す。

「…………」

 シンシアの応えとその口調から、ラフィーアは自分の推察が正解である事を確信しつつ、混濁している思考を可能な限り整理し、自分が置かれている状況を理解せんと情報を纏め上げる。

 リバイン・アルバ――それはウェシナ全土に存在するZA能力者の協力・補助組織であるザクルスの本当の名称である。

 そして、ウェシナは彼等から第5世代機の技術供与やZA能力者の人材派遣等を受けており――ウェシナ建国の経緯からも判る通り、リバイン・アルバはある意味ウェシナを陰で操る上位組織といっても言い存在である。

 ――……そして……確か、私は――。

 ストライク・フィアーズのアルフェスト奪還作戦に参加し、その最中で複数の敵性第5世代機に圧倒され、後退する途中で仲間を庇って――。

『ラフィー、これだけは覚えておいて。次に真OS(オーガノイドシステム)が目覚めた時、“ベネイア”は高い確率で“戻ってこれないよ”』

 そうして混濁する思考の中から現状に関する記憶を引き出して行ったラフィーアは、最後に“目的”を抱く事になった原点を思い出す。

 その言葉は処分される筈だった“ベネイア”を助けてくれた“彼女”がラフィーアに伝えた言葉であり、ラフィーアが“目的”を成就する為には、それが発生する前に“鍵”を見つける事が絶対条件だったのだが――。

「――っ! ベネイアは……!?」

 その結果――先の戦闘で“ベネイア”が真OSを再起動させてしまった事実を思い出したラフィーアは、跳ねる様に半身を起こす。

「……っ、ぁ……!」

 が、その次の瞬間、腹部を中心とした全身から押し寄せてきた痛みに、再び意識を失いそうになる。

「まだ動くな。本来であれば死んでいてもおかしくない状態なんだぞ? ……あの機体にはゼフィリア様が付いている、問題無い」

 その痛みに硬直しながら、ラフィーアは冷静に投げ掛けられるシンシアの言葉から“ベネイア”の無事と自分自身の状況――五体満足であり、痛みと痺れが少ない右腕が比較的に動かせそうだという事実――を把握する。

「すぐに落ち着きを取り戻す……本当に、忌々しい程よく似ている」

 傍目からラフィーアの事を見れば、ただ痛みに耐えているだけにしか見えない筈なのだが――しかし、僅かな表情の変化から彼女の内情を読み取ったらしいシンシアは、言葉通りに表情を僅かに歪めながら、“ラフィーア”に向けた言葉を口にする。

「――ここに運び込まれた時のカルテがあるが、見るか?」

 そうしてラフィーアが痛みに耐えている内、所用が済んだのか漸く彼女の寝かされているベッドの傍にまで歩み寄ったシンシアは、無遠慮とも言える動作で1枚の書類をラフィーアに差し出してくる。

「…………お願いします」

 愛想一つ無いシンシアもシンシアだが、ラフィーアも然(さ)る者――痛みの奔流をやり過ごした後、動かせると判断した右手でソレを受け取り、自分自身の状態を文章として確認する。

「……酷い物ですね」

「自分で言う言葉じゃないな」

 そうしてラフィーアは、書かれていた自分自身の容態に対して他人事の様な感想を述べ、そんな彼女に対して流石のシンシアも突っ込みを入れる。

 ラフィーアが意識を失った後も“ベネイア”――いや、内蔵された真OSは暴れ回ったらしく、シンシアから渡された彼女自身に対する診療記録には読み進める気が失せる程の所見が記入されていた。

「……左手があるのは、ナノマシン治療の結果ですか」

 その怪我の中でも特に酷いのが身体の左側――荷電粒子砲の残滓でも当たったのか、左手は肘から先が溶け落ち、他の大部分も炭化していたらしい。

「生きている事もな。胸部が比較的無事だった為に即死を免れたのが幸いだった」

 そう言ってシンシアはラフィーアが読み終えたカルテを取り上げる。

「左手首に埋め込まれたイミテーション・レゾナンツ(IR)デバイスは当然焼失。肘の方は使えそうだったが、治療に使ったメディ・ナノマシンと結合して厄介な事になると面倒だから摘出させてもらった」

 アルバが発掘した古代技術の中でも取り分け優秀な部類に入るメディ・ナノマシン治療は、傷を負ってから間も無い部位に塗布し、適正な外部刺激を与える事で本来の構造物と遜色ない代替物へと変わる驚異の治療剤であり――同技術体系を完全に押さえているリバイン・アルバが選んだ者にしか使用されない希少療法でもある。

 そして、シンシアの言う“厄介な事”と言うのはIRデバイスの根幹機構――ゾイドを自分の身体のように扱えるようにしながら、ゾイドからの意思を遮断する装置――に障害が発生する事を指し、公表こそされていないがコレが発生した為に“戻って来れなくなった”人間がウェシナには極少数存在している。

「知っての通り、今の代替物(ナノマシン)が本物の血肉になる前に大きな傷を負った場合、次の治療は不完全な物となる。引き際を考えろよ」

 そう言って話題に締めを掛けたシンシアはカルテを仕舞い込み、ラフィーアに繋がっていた機器や点滴の確認や調整に入る。

「……デバイスの再転換手術、どのくらいで出来そうですか?」

 左手や胸部に繋げられたり張り付けられたりしていたソレ等の再接続作業を静かに受け入れながら、ラフィーアはそんな問いを口にする。

「お前は……まぁ、ソレがお前だな。――肘の方は生身と代替物(ナノマシン)との神経結合が安定したら直ぐにでも再手術できるから……3〜4日と言った所だな、手首は諦めろ2年以上掛かる」

 他に言う事があるんじゃないのか? と、呆れたような――それでいてどこか納得している様な表情でその言葉を受け取ったシンシアは、乱れたラフィーアの病院服を整えながらそんな応えを返し、最後に繋ぎ直した計器類の動作確認に入る。

「……そうですか……出来れば4基運用を続けたかったのですが、仕方ありませんね」

「なんだ、諦めるのか? てっきり肩に増設するものだと思って、その分を発注してしまったのだが……」

 そんな端的なシンシアの言葉にラフィーアはか細い独白を口にし、シンシアは自分の予想とは違ったその言葉に、驚いたような素振を見せる。

「……私の適性ですと、ゼニス・ラプターなら3基でも十分なんだそうです。……戦闘時に不具合が発生するのが怖かったので、今まで付けたままにしていましたが……」

 アッシュのように1基で動かすなんて事は流石に出来ないが、ラフィーアが以前に受けた適正試験では2基で通常動作、3基で戦闘動作までをこなす事が可能とされており――左肘の再手術を受ける事が出来れば、“目的”を果たす為の支障は無くなる筈だ。

「――まぁ、機体を見てから考えればいいさ。……もういいだろう? 今はまだ休んでいろ」

 そのシンシアの驚きに律儀な説明で返したラフィーアに対し、シンシアは思わせぶりな言葉で場を濁し、そのままラフィーアの両肩を押さえて多少強引な所作で寝かしつけに入る。

「…………“ベネイア”は、本当に大丈夫なのですか?」

 その力に逆らえる筈の無いラフィーアは、その流れに逆らわないようにベッドへ横になり――しかし、彼女にとって最も重要な懸念を再び問い掛ける。

「しつこいぞ」

「……はい。……では、御言葉に甘えさせていただきます」

 その怒った様な言葉から、“ベネイア”に関する言葉が真実だと判断したラフィーアは、大人しく瞼を閉じ――再び動き出した計器類の音が気になったものの、その意識はすぐにまどろみの奥へと落ちて行った。




「…………」

 上質な細工と機能性を両立した室内――リバイン・アルバの移動拠点“クレイドル”の一室に、電子パネルを叩く無機質な音が響いていた。

 ソレは病室代りに宛がわれているこの場所で、ラフィーアが黙々と端末を操作している音であり――彼女が目を覚ましてから、既に一週間が経過していた。

 そして、ソレまでの時間の殆どを療養に費やしたラフィーアの身体は、未だに左手を中心として未だに痺れが残り、元から少ない体力も回復していないという本調子には程遠い状態であったが――。

「……いつになったら、出られるのでしょうか」

 取り敢えず動けるようになったラフィーアとしては、一刻も早く“ベネイア”の状態を確認しに行きたいと思っていたのだが――シンシアの意向によるものなのか、ラフィーアは目覚めてからずっと部屋での軟禁――もとい、療養を強制されていた。

 ちなみに、今ラフィーアが使っている端末も部屋に備え付けられていた物を少々強引に取り外して改造した物あり、彼女はそれを使い、気晴らしの様にリバイン・アルバより提供された新しい情報の整理と報告書の作成を行っていた。

「…………」

 まず、この場所で最初に判明した事実は――ニザム沿岸やニカイドス島、そしてアルフェストで遭遇した彼等の正体。

 ――……何事も、可能性を除外してはいけない……と、いう事なのでしょうか。

 西方大陸北西端――ラフィーアが所属しているフィアーズランス艦隊の本拠地があるウェシナ・ニザム領、ニクシー基地の管理区域内に本社施設を置く軍需企業“TYPHON(ティフォン)”。

 いつかの部隊内会議でも話題に上がったこの企業体こそが、昨今の事態を引き起こした“大当たり”であり――彼等は何か大きな目的の為に新鋭ゾイドを幾つも完成させ、ただの営利組織とは考えられない程の戦力を保有しているらしい。

 先日のアルフェストでの戦闘で投入された“四足”――報告書によるとラファルと言う機体名称らしい――もその1つであり、僅か3機でストライク・フィアーズを壊滅寸前まで追い込んだ事実からもその技術力の高さは窺い知れる。

「……嘘ではないというのは……確実なのですが……」

 ――……この情報……本当の事とは思えませんね。

 資金、資源、人員――国家とは比較するにも及ばない開発能力しか無い筈の企業体が、あれだけの戦力を有しているのは驚異の一言に尽き、その全てが情報にあった同社保有の“古代種”の恩恵であるというのは思考が納得できても感情的な理解が付いて来ない。

「……ですが、コレは事実です……いい加減にそこから離れなくてはいけませんね」

 自分を納得させるようにそんな言葉を口にしたラフィーアは、目を瞑って頭を軽く振る事で再び思考を切り替え――“後ろ盾”から与えられた難題に意識を振り向ける。

 今回判明した“TYPHON(ティフォン)”の情報はウェシナとリバイン・アルバが協同で収集した物であり、これ自体は既にウェシナの要所に配布され、各地で“対応”の準備がなされているのだが――。

「……本国も、ジーベル中将も……面倒な事を言ってくれます」

 “後ろ盾”である彼等と連絡を取る事に成功したラフィーアは、まだ明らかになっていない“TYPHON(ティフォン)”社の“目的”に関する予測を立てて欲しいとせっつかれてしまい――頭を捻っていた。

 ――……でも、私が役に立てるのは……これが最後ですからね。

 そんな寂しさと安堵を織り交ぜたような感覚を思う中、ラフィーアはその感情の根源――この地で手に入れたもう1つの事を思考の中心に置こうとし――。

「君は……じっとしているという言葉を覚えなかったようだな」

「…………」

 しかし、氷のように冷たい声によってその思考は散らされ、声を辿ってラフィーアが上を見上げると――いつの間にかベッドの傍に居たシンシアが呆れたような表情で彼女の事を見下ろしていた。

「……右手は動かせますし、時間もあるのですから……やれる事はやっておかないと」

 突然の来訪に対し、流石のラフィーアも驚いていたが――ソレを表に出すような彼女ではなく、皮肉過多なシンシアの忠告に対して自分の正論を返す。

「まったく……仕事熱心と言うか、昔から進歩が無いと言うか……」

「……ところで、ゼフィーは……あれから、何も?」

 その応えに更に呆れ顔を強くしたシンシアは、溜息と同時に頭痛を抑えるように自身の額に指先を当て――そんな彼女に対し、ラフィーアはこの場所で手に入れたもう一つの事実、“終わりの見えた目的”に関する話題を振る。

「……立場を弁えてもらいたいものだな。ゼフィリア様は――」

 しかし、問いを向けられたシンシアは、ラフィーアが自分の敬愛する主人の事を愛称で呼んだ事が気に入らないらしく、配慮を省いた強い口調で訂正を求めようとするが――。

「私はラフィーの友達。他の人達がするみたいに敬語をつける必要は無いんだよ、シンシア」

 その言葉はシンシアの冷たいソレとは明らかに異なる、朗らかな少女の声によって打ち消される。

「……ゼフィー」

 その言葉の主――ラフィーアが忘れもしない“彼女”の声に対し、ラフィーアは場を仕切り直すように、そして“彼女”を迎える様にもう一度名前を呼ぶ。

「はい。こうやって顔を合わせるのは1年ぶりぐらいだね、ラフィー」

 そうして改めて名を呼ばれた“彼女”――金髪碧眼の少女がシンシアの背後からひょっこりと姿を現し、笑顔と共に応えを返してきた。

「ゼ、ゼフィリア様……? 先ほどはお休みになると……」

「“ベネイア”が来てから意識がハッキリしているみたいで眠れなかったの。でも、こっそりと後をつけるのも楽しいね」

 そんな中、自分の背後に主人が居る事に気付いていなかったシンシアは、心底驚いているような表情で背後の少女に身体を向けるが、当のゼフィリアは動揺を隠し切れていないシンシアに対して茶化す様な言葉を送り、その揺らぎを更に煽る。

 ゼフィリア・T・ジェナス。

 曇り1つ無い金色の長髪と整いつつも愛らしい顔出ち――そして、無邪気な言動とは不釣合いなメリハリのある容姿をしたこの少女こそが、リバイン・アルバを統治する年若い女王であり――ラフィーア最大の“後ろ盾”でもある。

 ちなみに背丈だけを見れば、ゼフィリアは十代後半の少女に見えるのだが、その年齢はラフィーアの1個下の21歳であり、ラフィーアの場合は特異な遺伝的な物だが、ゼフィリアにはその名字である“ジェナス”という明確な理由がある。

 ソレは中央大陸由来の長寿族――有名な所で言えば、かの有名なヘリックU世の母君――と近縁にあたる苗字であり、その事からも判る通り、ゼフィリアは直系に近い長寿族であり、本来であれば年齢を半分位にした値が外見年齢になる。

 その為、本来であればゼフィリアの外見はもう少し幼い筈なのだが――彼女の場合、生きる為に施された過度のナノマシン治療の結果によって今の外見に落ち着いている。

 そんな生い立ちの他に、ゼフィリアとラフィーアの間にはとても複雑な経緯が伴うのだが――それでも幼馴染と明言できるゼフィリアの事を再確認していたラフィーアは、そのまま微笑ましく思える2人の遣り取りを眺めていたが――。

「……貴女がここに来たという事は……もしかして――」

 “調整”に集中していた筈のゼフィリアがここに来た意味に気が付き、ラフィーアは言葉を考える間も無く、期待が問い掛けとなって出てしまっていた。

 この場所で判明したもう1つの事実、それはラフィーアの“目的”が終わりつつあるという結果であり――。

「うん。真OSの再調整の準備が出来たんだよ」

 ラフィーアの期待の込められた言葉に対し、ゼフィリアは事も無げな笑顔と共にラフィーアの“目的”が終わった事を彼女に告げた。

「最後の最後で欠けたデータを持っている機体と接触できるなんて……ラフィーは日頃の行いが良いんだね、きっと」

「……そう、ですね」

 ストライク・フィアーズが接触した“四足(ラファル)”には、リバイン・アルバが把握していない“遺跡”の技術が転用されており、そのゾイドコアにはウェシナや他の大国が保有している物とは起源の異なるOSが実装されていた。

「あの子達が持っていたOSに記録されていた情報――元になる物が無くて、私がアレンジするしかなかった所の断片――その解析と再構築の準備が終わったから、更新プログラムを“ベネイア”に打ち込んでいいか、確認しに来たよ」

 ソレこそが真OSを完成させる為の欠片――ラフィーアが探し求めた“鍵”であり、その詳細を把握し、結果を得たゼフィリアはラフィーアに対して最後の確認を問い掛けてくる。

「………………」

 もちろん、失敗が無いという保証は無い。

 しかし、ラフィーアが知る限りにおいて、ゾイドに関する事象をゼフィリア以上に理解できる存在は惑星Ziには存在せず――そして、そんな彼女が“完了した”と言うのであれば、それ以上の最善は多分この世界に存在しない。

 ――…………あぁ、これで……終わってしまうのですね。

 7年――いや、前準備も含めれば9年の歳月を掛けた“目的”が終わってしまうという事実、そしてここに至るまでの歩みを思いながら――。

「……お願いします、ゼフィー。……“ベネイア”を助けて下さい」

 ラフィーアは、自身に課した“目的”の終わりをゼフィリアに託した。




 ラフィーアが自分の成せる全て状況を整え、その終わり――“目的”の完了をゼフィリアに託してから10日。

「…………」

 “目的”こそ果たされたものの、それでも変わらずに進んでいく“現在(今)”に対応する為、ラフィーアは真OSの再調整を終えた“ベネイア”が収容されている“クレイドル”の格納庫へ足を運び続けていた。

 ――……基本構造は前のゼニス・ラプターと変わらない筈ですが……。

「……何か、違和感が拭えませんね」

 この10日間――正確に言えば、変質した真OSが安定してから始まった事なので一週間の間――ラフィーアは変わっていく愛機の変化を把握する為に、継ぎ接ぎだらけのコックピットに通い続け、その変化の確認を続けていた。

「…………実際に動かしてみる段階まで行かないと、実感は掴めないと言う事なのでしょうか」

 その言葉通り、機体の状態は完成には程遠い――自立も出来ないような状態にあり、今ラフィーアが座っているシートの周辺にも調整中の基盤類が露出しているような有様である為、彼女の行動自体が性急過ぎると言えなくも無いのだが――。

「……次は、何を――」

 “最後”を感じ始めてしまっているラフィーアは、行っている作業よりも“ベネイア”と接する時間を大切にするかのように、彼女は今日に至るまでそれ等の確認作業を何度も繰り返していた。

 ――……搭載予定の兵装確認は……もう暗記してしまいましたし……。

「…………流石に、そろそろ開けるしかないという事でしょうか」

 しかし、それ故に生まれ変わりつつある愛機の事に関して“理解していない事”が無くなってしまったラフィーアは、感情的な観点から今まで避けていたその項目に手を伸ばす。

 ――……更新型真OSに関する現状考察と使用可能と思われる特性について。

 ゼフィリアの言葉をシンシアが翻訳したと思われる情報ファイルは、シンシアらしい堅く丁寧な書体で綴られており――ラフィーアは、その現実とは思えぬ内容を1つ1つ確認していく。

「……真OSの力、ですか」

 ゾイドの危機意識を煽る事に因った機体能力の活性化、または過酷な状況に対応する為の機体機能の変質を促す効能――有り体に言えば、進化と呼ばれる奇跡を起す力。

 ――……そして、ゼフィーが追加した機能……接触したゾイドに対する、侵食毒を用いた構成物質の吸収。

 他にも“使用できる”と思われる機能は数多く記載されているのだが、その大多数はまだ推論の段階を超えていない要素であり――今回の事で制御できるまでに理解が進んだものの、真OSには未だに不明瞭な所も多い。

 ――……ゼフィーが解析に集中できれば……1年ぐらいで何とかなってしまいそうですが……。

 ゼフィリアは本来ZA能力者の天敵であるOS搭載機ですら従える事のできる“例外”であり、それ故にゾイドの全てを知る事が出来る彼女が、OS解析に本腰を入れれば、全容の把握も容易な筈なのだが――。

「……無理な話ですからね、それは」

 西方大陸各所の“遺跡”の管理、リバイン・アルバが保有している“古代種”の統率、ウェシナ・サートラル領に進入する敵性勢力の排除。

 最後に挙げた事柄は、ゼフィリアの個人的な意向と言えなくも無いが――今のリバイン・アルバは彼女無しでは回らない組織になってしまっているのは確かであり、彼女の活動が滞ってしまえば“遺跡”の恩恵を受けているウェシナにも影響が出てくる。

 そして、そんな激務を殆ど1人でこなしているゼフィリアは、普通の人間なら当の昔に死んでいるような破滅的なスケジュールに晒されているのだが――彼女は既にまともな人間では無い為、今の所ソレは問題となっていない。

「…………少し、失礼な考えですね」

 思い立ってしまった自分の思考を勇めながら――しかし、ラフィーアはその一端である“あの瞬間”を連想してしまう。

 ――……恐れる様な感情が生まれなかったのは、幼馴染だったおかげでしょうか。

 再調整の為に剥き出しにされていた“ベネイア”のゾイドコアに自身の右手を押しつけ、その身一つでコアの調整を行うゼフィリアの姿は少々異様であり――今思い出してみても、その光景に現実味を感じる事はできない。

 しかし、ソレが成功した事によって“ベネイア”と真OSとの分化は成功し、今の“ベネイア(ゾイドコア)“は眠れる事と共に1点の曇りも無い“赤”の色を取り戻し――真OSはコアを守る黒い帯のようにその周りを漂い、その力を任意に引き出せるようになった。

「……特別な人間なんて居ない……そう、言いたいのですが……」

 ラフィーアにとってのゼフィリアは、“目的”を得る切欠を作ってくれた友人であり、同時に“目的”を果たす為に協力してくれた恩人であるのだが――ウェシナからすれば、未だに戦乱の火種を振り撒いている厄介者でもある。

 ――……ウェシナがガイロス帝国と休戦条約も結べないのも――表向きは西エウロペでの抗争の所為となっていますが――本当の所は、あの国がサートラルや“遺跡”に手を出す度に、ゼフィーが勝手に報復攻撃を実施している所為ですからね……。

 そんな頭の痛い存在ではあるが、得難いリターンもある為に切るに切れない――と言うよりも、保有する戦力故にウェシナが“切る”という選択肢が取れない存在。それがウェシナにとってのリバイン・アルバ(ゼフィリア)である。

 ――……コックピット内の儀装を手伝いましょうか。

 ここ数日の間、同じ作業を繰り返していた所為か思考が行き詰まり――あまり建設的でない事に思考が向いてしまう事を自覚したラフィーアは、気分を変えるべく手を動かそうとし、その旨を外で作業をしている筈の技術者に伝えようとした瞬間――。

「あ、やっぱりここに居た」

「……? ……ゼフィー?」

 突然降って来た声を追って見上げた視線の先には、思考の中心に居た友人――小さなボトルを指に絡めたゼフィリアが立っており、ラフィーアがその名前を口にしたのと同時に、ゼフィリアは手に持ったソレを差し出してくる。

「差し入れ――と言うか、お届け物かな?」

「……ありがとうございます」

 今さっきまで考えていた当人が現れた事に内心では驚いていたラフィーアであったが、差し出された気遣いと思しきソレを素直に喜び――淡く顔を綻ばせながら手渡されたボトルに口を付ける。

「…………む」

 が、ボトルから流れ込んできた予想外の舌触りに対し、流石のラフィーアも顔を顰める。

 ――……硬い。

 差し出されたボトルの中身――恐らくミネラル水なのだろうと思われるが、含有する金属成分が非常に多いのか硬度が異様に高く――正直、とても飲み難い。

「…………」

 大凡の事には耐えてしまうラフィーアだが、そんな彼女すらもたじろがせるだけの威力をソレは保有しており――流石の彼女もソレを脇に退けようとした瞬間――。

「あ、駄目だよ全部飲まないと。ソレはメディ・ナノマシンを安定させる飲み物だから」

 そんな無慈悲な言葉が上方から振り下ろされ、ラフィーアは無表情のままボトルをもう一度傾け、苦味を無視しながらソレを嚥下する。

「――どんな感じ? 新しい外装」

 そうしてラフィーアが何とも言えない後味に晒されている中、ゼフィリアは話しの切欠を作るようにそんな質問を投げかけてくる。

「……コア・ジェネレーターの発電量が途轍もないです」

 今の“ベネイア”の修復率――いや、元の状態を考えれば新造に近いのだが――の状況は4割強と言った所であり、現状でまともなのは胴体やそれに連なる部位だけで、手足は神経束が繋がっただけの状態で宙吊りにされているような現状だ。

 しかし、その状態でも判断できる主要部の反応は、これまでのラフィーアの認識を大きく逸脱しており――真OSという力が如何に強力な物なのかを、実感として叩き付けてくる。

「シンシア曰く、最初から私が完成させた更新型の真OSに対応させる心算だったみたいで……アークランドで試作されていたパーツの中でも、取り分け高負荷のコア・ジェネレーターに乗せ換えたそうです」

 そう言ってゼフィリアは教えられた事を思い出すように瞼を閉じる。

「えーと……装甲はアークランドの所で試作されていたゼニス・ラプター用の試作型エネルギー転換装甲。推進系は継続中の『ゼニス計画』で作られた電磁推進機構(マグネッサー・スラスター)の余剰品を準備させているそうです」

「……そうですか」

 直接的な縁が無いであろうアークランドからどうやって資材を調達したのかが気になったと言えば気になったが――それをゼフィリアに訊いても答が返ってこないだろうと判断したラフィーアは静かに相槌だけを返す。

 そんな中、ゼフィリアは「ところで……」と、思わせぶりな目線をラフィーアの方に向け、ゼフィリアが本題に入ろうとしている事を感じたラフィーアはその言葉に備える。

「私も適当な子を見つくろうから――“ベネイア”の再調整が終わったら、久しぶりに遊びませんか?」

「……ゼフィー」

 が、次の瞬間にゼフィリアが発した言葉は、“答え”の判り切った問い掛けであり――そんな予想外過ぎる問いに対し、ラフィーアは呆れと共に否定の意味を乗せ、彼女の名前を呼ぶ。

「負け越している戦績をひっくり返したいの。いいでしょ?」

 しかし、当のゼフィリアは強請(ゆす)る様な言葉を続け――彼女らしくない、無意味な行動を押し付けようとしてくる。

「…………お断り致します」

 そんな結果の判り切った事――ただの時間の無駄でしかない行為を強要して来るゼフィリアに対し、今度は明確な否定をラフィーアは返す。

「ん? どうして?」

「……最後の一戦……ゼフィーが“起きた”後の手合わせで判った事でしょう? ……今の私が百人居たって……貴女には勝てません」

 それは絶対の理。

 独立戦争末期のゴタゴタでZA能力の大部分に混乱を来たしていた頃のゼフィリアならいざ知らず、ウェシナの上層部の頭痛の種になる程の最高位のZA能力者に立ち戻った彼女に対し、ただの人であるラフィーアが敵う筈がない。

「ん〜違うよ? “千人”居たって勝てないよ?」

「…………」

 そして、遂には“その結果”を自分から言いだしたゼフィリアに対し、ラフィーアは『ならば何故こんな話題を振って来たのだろう』と、その先を推察しようとし――。

「……でも、私達はそんな貴女が欲しい」

 ――……こっちが本題なのですね。

 ラフィーアの思考が答えを掴み掛けた瞬間、ゼフィリアがその推察と同じ答えを口にし――ラフィーアは考え方を切り替える。

「今のリバイン・アルバは私1人の力押しで回している様な状況だけど……自分が出来る事を正確に把握し、その中での最善を考え続けるような存在――そんな人を、私は欲しい」

 そんな口説き文句を言いながら、ゼフィリアは“ベネイア”の機内へと飛び移り、シートに座ったままのラフィーアの斜め後方から撓垂(しなだ)れ掛かる様に身体を押しつけつつ、耳元に誘いの言葉を向けてくる。

「ラフィーなら身元もハッキリしているから、面倒な身辺調査も要らないし……なにより、ウェシナとのパイプが多くなるのはすごく嬉しい」

「…………」

 少々本筋から脱線するが――生命維持の為に幼少の頃からナノマシン治療を受けていたゼフィリアは、その副作用によって幼少の頃から大人並の筋力を有していた。

 そして幼馴染という関係上、ラフィーアとゼフィリアは幼少時に一緒のベッドで眠る事もあった仲であり――その折、ラフィーアは寝ぼけた状態のゼフィリアに抱き付かれ、そのまま絞め殺されかけた経験が何度かあったりする。

 そんな経験がある為、ラフィーアは今でもこういったゼフィリアの直接的な接触を怖いと思ってしまうのだが――。

「…………考えておきます」

 ラフィーアはその計算付くの威圧を振り払い、自分自身に関係する“後ろ盾”の全員に返している共通の答えである“保留”――正確に言えば“拒否”の先送りである言い訳を口にする。

 それはラフィーアが“後ろ盾”の全員に対して使用している言葉であり、彼女は今回もそれで乗り切れると踏んでいたのだが――。

「……やっぱり振られちゃいましたか」

「…………考えますよ?」

 しかし、ゼフィリアは寂しそうな声音でラフィーアの本心を口にし――真意を見破られたラフィーアは、内心では動揺しながらもそんな取り繕う為の言葉を返す。

「ラフィーは頭の回転が速い癖に、こう言う時だけ単純なんだよね……自分では気が付いてないみたいだけど」

「……なんですか」

 そんなラフィーアに対し、ゼフィリアは要領の悪い子供を慰める様な言葉と共に抱きしめている腕の力を強め――その真意が判らず、同時に自分よりも年下のゼフィリアにそんな事をされる謂われ無いと、ラフィーアは怒った様な声音でその意味を彼女に尋ねる。

「教えてあげない。で、話は変わるけれど……間に合いそう?」

 その問いに対し、袖にされた仕返しのように可愛らしく言いきったゼフィリアは――しかし、すぐにその表情を正し、鋭い質問を返す。

「……是が非でも」

 その急激な切り返しに対し、ラフィーアも確りとした対応で返し――その決意を言葉にする。

 最後の舞台は整いつつある――そして、その動機は今より数日前――“ベネイア”の新しい機体の製造が始まった頃に遡る。




  “ベネイア”と分化を終えた真OSの同調調整も終わり、シンシアが手配していた資材も届いた事で“クレイドル”の格納庫が忙しくなり始めた頃――。

「…………衛星、反射砲?」

 “ベネイア”の機内で、新しい愛機の外装に搭載される新機構のマニュアルを確認していたラフィーアは、遊びに来たゼフィリアが口にした聞き慣れない単語の意味を考える様に、その名称を呟いた。

「そ。“ラファル(あの子)”が使っていた技術の大元……“TYPHON(ティフォン)”とかいう人達が確保している“古代種”の別名だって」

 ラフィーアの呟きを問い掛けと受け取ったゼフィリアは近くにあった端末を引き寄せ、説明の為の資料――多分、ゼフィリアがシンシアに作成させた物――をモニター上に展開し、その機体情報、存在位置等を表示する。

 ちなみに、“古代種”というは古代ゾイド人の手によって創られた特別なゾイドの事を指し、ソレ等は彼等の遺産である“遺跡”の技術と同様に、未知の――そして非常に強力な力を持った存在である事が多い。

「そこに居るのは随分前から“知っていた”んだけど、ゾイドコアを深く休眠させていたみたいで……こんなになるまで放置しちゃいました。――ちょっと失敗かな」

 その強大過ぎるZA能力故に、ゼフィリアは“ゾイドが起こす出来事” であれば西方大陸の何処であろうとその行動を知覚してしまうのだが――モニターに表示されている情報とその口振りから察するに、仮死状態のまま修繕されたソレは既に稼働寸前の状態にあるという事なのだろう。

 しかし、その前に――。

「…………この情報に、間違いはないのですか?」

 そこに表示されている推定能力――その圧倒的過ぎる機体サイズと予想される総エネルギー量を不審に思ったラフィーアは、素直に疑問の声を上げる。

「“古代種”がする事としては可愛い部類だよ?」

「…………」

 しかし、そんなラフィーアの質問に対し、ゼフィリアは明日の天気を聞かれた様な気軽さで応え、ラフィーアはその返答に絶句しながらモニター上に映る対象――根元に蜘蛛の様な節足を持った細長い巻貝型ゾイド――に意識を集中する。

「螺旋貝(オゥルガシェル)型超巨大型ゾイド、“古代種”グリフティフォン――これは“TYPHON(ティフォン)”とかいう人達が勝手に付けた名前で、多分私達(リバイン・アルバ)が保有しているスカイクラウの系列機が原型で――全長1.3kmの身体全体を砲に置き変えた特殊砲撃型みたい」

「…………そう、ですか」

 ――……所属不明機……いえ、“TYPHON(ティフォン)”社の手の者がウェシナ・ニザム各地に出没していたのは、コレを隠す為だったのですね。

 彼らの本拠地とも言える本社施設とグリフティフォンが隠匿されている場所は同じ場所であり、それらが存在する地域を管轄しているニクシー基地の目を逸らす為に、彼等はニザム地方であれだけの事をしていたのだろう。

 ――……対応の忙しさにかまけて、通常業務を疎かにした本部の失態ですね。

 ガイロス帝国からの度重なる干渉を受けている状況下では少々酷な話かもしれないが――不穏な動きのある施設等に対する査察をもっと確りと行っていれば、こんな事態にはならなかったでしょうに――と、ラフィーアは頭の端で思う。

「最低照射出力はセイスモ砲の30倍……機体サイズ等から換算される照射効率を考えれば、実威力は更に高くなるらしいよ。――あ、ついでに言うと、私達の“古代種(スカイクラウ)”には無い機能だがら、最大出力時の数値も良く判ってないんだって」

「……大出力のエネルギーを運用する機体」

 そんなラフィーアの思いとは関係なしにゼフィリアの説明は進み――ラフィーアはその言葉の中からティフォン社の意図をまた1つ読み解く。

 ――……ニカイドス島の襲撃……アレは、ネオゼネバス帝国が持つ高出力ジェネレーターの運用理論を得る為の行動であり……エナジーライガー改を輸送しようとしたのは運良く手に入った現物を利用しようとした為、ですか……。

 ニカイドス島を奪還した時には皆目見当もつかなかったが、鹵獲されていたエナジーライガー改の送り先が西方大陸へ向けられていた疑念も、そう考えれば辻褄が合う。

「詳しい事は知らないけれど、シンシアが言うにはそうみたい。――で、原理は単純。空に向けて撃って、グリフティフォン(あの子)が管理している古代ゾイド人の衛星で反射させて狙った地表に照射する」

「…………衛星……そうですか、それで――」

 ラフィーアの呟きは思考を取り纏める為に漏れ出た言葉であったのだが、ソレを問い掛けと受け取ったゼフィリアは更に新しい情報を口にし――ラフィーアは更に推察を深める。

 前置きからの説明になるが――この世界で使っている衛星は、大きく3つに分けられる。

 1つはZAC2029年に飛来した技術の固まり――グローバリーVの断片を再利用した物、もう1つは旧ゼネバス帝国や同国滅亡後にその技術を吸収した国が独力で打ち上げた物。

 そして最後の1つが古代ゾイド人の“遺産”を再利用した物。

 ソレを踏まえた上で、ティフォン社が襲ったウェシナ・サートラル領内の“遺跡”――ラフィーアがここに運び込まれる原因となったあの場所には、最後に述べたタイプの衛星の認証コードが保存されていた。

 ――……すぐに利用される事は無いと考えられていましたが……こういった状況であれば……。

 その立場故に、出来る限り忍ばなくてはならない“TYPHON(ティフォン)”社が大きく出た理由は、ゼフィリアが口にした情報――衛星がグリフティフォンという正当な管理者を認識すれば、遺産は容易く反旗を翻すという事実にあり――それならば大兵力を投入して制圧作戦に臨んだ事にも説明が付く。

 ―……“遺産”の方の衛星には、自立的な衛星攻撃・妨害兵器が実装されているとも聞きますから……ソレが真実であれば、事態は深刻ですね。

「…………大凡(おおよそ)、判りました」

 ゼフィリアの説明とモニターに表示された情報から、今までの彼等の全ての行動が理論と繋がり――今まで自分達が行っていた転戦の理由らしきものを掴んだラフィーアは、納得と感謝が入り混じった様な呟きを漏らす。

「う〜んと……まだ、続きがってね」

 その核心と思える情報を得たラフィーアは、一応“後ろ盾”にも情報を流そうと席を立とうとしたのだが、そんな彼女に対し、ゼフィリアは言い難そうに言葉を続け、立ち上がろうとしたラフィーアは上げようとした腰を再び下す。

「シンシアから聞いた話しだと――ヘリックとかネオゼネバスとかが使っていた衛星の一部――というか、あの人達が勝手に使っていた物だけど――それらはもう“本来の使い手”の指示に従い始めていて……それらを使っていた国は大混乱しているんだって」

「…………そう、ですか」

 そうして続けられたゼフィリアの説明――今し方危惧した通りの結果に、ラフィーアは“危ない”と素直に思う。

 情報とは、上手く使えば安定する為の薬となるが――唐突に失えば、冷静さを欠かせる猛毒となる。

 よって、今の状況は各国のギクシャクしている関係に疑心暗鬼という名の火種を呼び込む事になるのは確実であり、最悪“大火事”の切欠になりかねない――その為、実情はゼフィリアが言う様な穏やかな状況ではないのだろう。

「……ウェシナの衛星は大丈夫なのですか?」

「シンシアからは、私が管理している“古代種(スカイクラウ)”が把握している物を融通させて落ち付かせているって聞いたよ。でも、総数の3割ぐらいは持っていかれたとも言ってたかな?」

「……衛星反射砲が、何処を狙っているのかは……?」

「“古代種(スカイクラウ)”の系列機が管理している衛星はゾイドコアと同じナノマシンの塊だけど、ゾイドじゃないから私じゃ判らないし……私がスカイクラウから聴いた情報をシンシア達に教えても、計算が複雑すぎて判断が付かないんだって」

 ――……今のウェシナで、守れるでしょうか?

 ゼフィリアが「撃つ直前になれば、グリフティフォンって呼ばれている子の思考を読む事で判るかも」と続ける中、ラフィーアは判明した情報から対応と対策を予測する。

 アルバ由来のウェシナが現行最高位の第5世代機、フルンティングの特殊型が展開出来るエネルギー兵器の対抗フィールド――トランキュリティ・フィールドであれば、理論的には全ての光学兵器も無力化できる。

 しかし――。

「……フルンの配備数を考えると、守れるとしても主要部だけですね……手が回らない人口密集地を狙われたりしたら……」

 甚大な被害が発生する。

 そして、そんな被害を出した物が“連射可能”であると知れれば――混乱が混乱を呼び、国が国として立ち行かなくなる。

「状況が判った時、私もすぐに潰しに行こうと思ったの。だけど、私の群れ(リバイン・アルバ)に嫌がらせをしたガイロスの人間が巣に帰り着いたみたいだから……ソレが散らばる前に潰しに行かないといけないの。ほんとうに間の悪い話だよね」

「――――」

 ウェシナの――いや、もしかしたら世界の危機になるかもしれない事態が発生している状況下で発せられたゼフィリアの言葉に対し、前々から判っていた事とはいえラフィーアは絶句してしまう。

 ――……生来の強大過ぎるZA能力によって、旧アルバの全ての戦力を1人で操り……“遺跡”に触れ続けた事からゾイドの全てに精通し、何体かの“古代種”すら従えている稀有な人材なのですが……。

 ゼフィリアのその高過ぎるZA能力は、周囲に居るゾイドとの同調を絶えず彼女に強要しており――長い間ゾイド達の思考に晒され続けた彼女の考え方は、人のものとは懸け離れてしまっている。

 そして、そんなゼフィリアの指示によって、ザクルスことリバイン・アルバ――いや、ウェシナの公式発表に則れば“旧アルバ残党”によるガイロス帝国の襲撃は日常茶飯事と化しており、両国の関係は冷え込んだまま今に至ってしまっている。

「でも、ウェシナ側に情報を流したら直ぐに攻略作戦を行う流れになってくれたから――グリフティフォンはウェシナに任せちゃおうと思ってるの」

「…………」

 ――……この状況……もしかしたら、使えるかもしれませんね。

 そして、その危機に対し、対応を考えながらも自身の思惑を組み込もうとしている自分も相当に特異で、身勝手な人間だとラフィーアは自嘲しつつ――。

「……ゼフィー。……1つ、お願いしたい事があるのですが」

 ラフィーアは“願い”に至る為の布石をゼフィリアに投げ掛けた。




「ウェシナに潜入中の人員による探知妨害の開始時間――越えました」

 巨大なモニターに周囲を包まれた発令所――リバイン・アルバの移動拠点、砂イルカ型の超大型ゾイド“クレイドル”の艦橋に管制オペレーターの声が響く。

「周辺にゾイドの反応、無いよ」

「ありがとうございます、ゼフィリア様。……“クレイドル”浮上を開始」

「了解。“クレイドル”、浮上します」

 そして、その言葉を始まりとして艦橋の中に動きが生まれ――中央に立つゼフィリアが発した言葉に続く形で発せられたシンシアの号令の下、サートラル領の西端――レッドラストの中を潜航中の巨体が大きく動き出す。

 砂漠を潜る希少種である砂イルカ型のゾイド――その始祖であるとされる“古代種(クレイドル)”が、砂粒機関によって生成された砂の海を割って地上に姿を表す。

「浮上完了。姿勢傾斜そのまま固定、口腔開放します」

「うん……ラフィー、準備できたよ」

『……はい』

 オペレーターの報告と同時に周囲のモニターに色彩が灯り、月下の砂漠という幻想的な風景がそのパネル一面に映し出され――続くゼフィリアの言葉によって、モニターの端にラフィーアの横顔が映しだされた通信パネルが展開される。

「今回その機体に取り付けたオーバードブーストは再点火機能に不備があるらしい。目標周辺に到達するまで切るなよ」

『……了解です。……“ベネイア”の事、ありがとうございました』

 念を押す様に発せられたシンシアの忠告に、ラフィーアは静かな返答を返し――忙しなく続けられる発射準備の中、ラフィーアは純粋な感謝を“彼女”達に送る。

「うん。私も“ゼニス”の違った可能性が見れて……楽しかったよ」

 通信が開かれてから今に至るまで、モニターに表示されるラフィーアの横顔を真正面から見据えていたゼフィリアは彼女の言葉に何処となく寂しそうな表情で応えを返し――。

『…………それでは、出ます』

 耐える様にその視線を受け止めていたラフィーアは、押し出す様に紡いだその言葉と同時にカタパルトを起動させ――離艦と同時に点火した大出力電磁推進機が撒き散らす残滓を最後に、蘇った白い機体は北西方向に飛び去っていった。

「――うん。……さようなら、ラフィー」

「ゼニス・ラプター改、発艦しました。続いて中央格納庫の隔壁を開放、フルンティングの発進準備に入ります」

 開いていた通信パネルが閉じようとした瞬間、ゼフィリアはそんな別れの言葉を口にしたが――彼女の意図した通り、それは“ベネイア”が射出される際の騒音と重なる事で潰され、“クレイドル”は何の滞りも無く次の行動に入る。

「……ゼフィリア様、どうかなさいましたか?」

「もう簡単に会えなくなっちゃうのは、悲しいなって」

 そんな中、通信パネルが開いていた場所を眺め続けていたゼフィリアに気が付いたシンシアが声を掛けるが――ゼフィリアは寂しげな表情のまま、不明瞭な答えを返す。

「……は?」

「ラフィーの“目的”は終わってしまったから、後は定められた“願い”を果たすだけだもの――ここを利用する事も、もう無いよ」

 ゼフィリアと長い付き合いのあるシンシアと言えど、主人の意図を読み取る事は叶わなかったらしく、地の言動でその真意を求めてくるが――ゼフィリアはただ寂しそうな笑顔だけを返し――。

「なんでもないよ。……さぁ、私の群れにちょっかいを掛けてきた人間を潰しに行こう」

 ゼフィリアはいつもと同じように、自身を衝き動かす衝動に従って彼等を使役し――自らの能力の網の中――意識を同調させた彼等に、自らの願いと意思を伝える。

「ゼフィリア様と出撃予定のフルンティング――アイル、エルル、カードラ、バスラ、クラド……計5機との同調レベル上昇、“機操”状態の確立を確認。各機、発艦を開始します」

 そしてアルバが製造した最後の機体にして、ウェシナ最強のゾイドでもある5体の翼がゆっくりと離艦し――次の瞬間には強化された“ベネイア”を遥かに超える高速をもって、北の空へと消えていった。




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