inserted by FC2 system


 アルフェスト港での戦闘から2時間後――。

「四肢の修復は後回しでいい、今は循環器系の維持と再生を優先しろ。――脳死さえ回避すれば、後でどうとでもできる」

 その海岸線での戦いを制した5機のフルンティングに回収された“ベネイア”諸共、彼らの母艦に収容された彼女――ラフィーア・ベルフェ・ファルストは、今、真OS(オーガノイドシステム)起動後の戦闘で負った傷によって生死の境を彷徨っていた。

「…………」

 ――……どこかで、昔……聞いた事があるような……。

 そして、そんな朦朧としている意識の中、ラフィーアは耳に届いた女性の声からその人物を連想しようとした瞬間、真っ黒に塗り潰されていた彼女の視界に僅かな光が差し込まれてくる。

 ――……身体の感覚が……ありませんね。

 霞む視界を真上から圧迫する人工的な光と、自分の周囲にある複数の人影をただ呆然と見上げながら――ラフィーアは先程の声より先に、自分がどうしてここに居るのかを思い出そうと意識を集中させる。

「シンシア様! メディ・ナノマシンが到着しました!」

「よし……左肘のIRデバイスの摘出は終わっているな? 左半身の再生処理も開始しろ。腕が無くなるのも困るが、出血を止めなくては……」

 ――…………あぁ、死に掛けて居るのですね。

 そして、すぐ目の前で交わされている筈の会話を、とても遠くに感じる――以前に体験した事があるその感覚から、ラフィーアは今の自分が置かれている状態を推察し、まるで他人事のように今の自分の状態を認識する。

「あ……! シンシア様、輸血用の製剤が、もう――」

「ちっ……少人数で運用しているのがこんな所で仇となるか……!」

 前の時――それはラフィーアが幼少の折、あの事故に巻込まれて右足に完治不可能な傷を負った時であり――経験という名の身構えを知らなかった事もあって、その恐怖は今でも強く覚えている。

 ――……いいえ、あの時よりも“重い”でしょうか。

 そんな昔の思い出と共に、その記憶からラフィーアは自分の状態を再確認するが――その思考や考察が、考えていた端から消えていく。

「確か――だったかと……」

「すぐに――させろ! ……彼女を生存させるのが――――様の願いだ、最悪、――浮上させてでも――」

 ――……これが、本当の死――。

 途切れる度合いが酷くなっていく外の声と、更に纏まりを失っていく自分の思考から、ラフィーアはそう実感する。

 かつて体験した死に至る感覚――それがただの錯覚だったと判る程、今の自分の意識はあやふやであり――何も出来ず、痛みを感じる事すらもできなくなった身体に対して、思考はただ“生きたい”という本能を叫んでいる。

 ――……そう、ですね。

 “前の時”はただ『死にたくない』と、『助けて欲しい』と思っていたのだが――今は『“ベネイア”を助ければ』という“目的”を強く思い、その先にある“願い”の成就を想っている。

 今の自分には生きたいという生物の本能の他に、動かねばならない明確な理由がある。

だから、こんな所では――理由も無い時に越える事が出来た事を、もう一度出来ない筈が無いと自分を鼓舞する。

 しかし――。

「シン――様っ! ――の血圧が……!」

 覆しようの無い物理的な理由――失血量が生命を維持できる限界以上となってしまった事実により、何の抵抗も出来ぬままにラフィーアの意識は落ちた。




 そして――どの位の時間が経過しただろうか。

 ――……あぁ……夢、ですね。

 ラフィーアが次に意識を取り戻した時、彼女――9年前の幼い少女(自分自身)は、研究施設らしい清潔感を感じさせる地下格納庫の中央、建造中の“ゼニス”達の内の1体――7番機、“ベネイア”を見上げていた。

 ――……確か、この頃は……事故の半年前……ZAC2114年、だったでしょうか。

 第2次大陸間戦争の終結から5年、そして西方大陸独立戦争が取り敢えずの終局を迎えた年。

 西方大陸都市国家連合(ウェシナ)は度重なるガイロス帝国との緊張状態を打破する為に『ゼニス計画』――西方大陸北東部の発展とその防衛力向上を取り纏めたソレを発動させ、計画実現の為の実動戦力として、ここに居るゾイド達は造られた。

 印加された膨大な電力によって、大気中の金属粒子を利用する形で推力を得る電位変位瞬時駆動――マグネッサーシステムの上位系と言えるクイックブーストシステム。

 現行のウェシナの精鋭機にも採用されている装甲――甚大な電力負担を代償に、古代チタニウム合金系の装甲を遥かに上回る防御能力を実現するエネルギー転換装甲。

 それらの新鋭機構を満足に駆動させる為、旧アルバの指示によって製造されたものの、大戦の終結によって大量に死蔵されてしまったベロキラプトル型の高性能フレームを再利用する形で完成に至った――現在のウェシナの戦線を支える第5世代機(フルンティング)に勝るとも劣らない、計画の柱。

「…………」

 昔の自分が見上げている機体には、それらの外装がまだ組み付けられていないが――この計画が“成功していれば”、そうなる筈だったゾイドがそこに居る。

 その光景から、今見ているこの場所を夢だと理解したラフィーアが、そこに居る昔の自分が知りえる筈も無い状況を思い、この状況を見る上での足場を固めている中――。

「本当によく潜り込んでくるな、君は」

「……はい」

 その当事者――何をするでもなく、この場所を訪れてからずっと“ベネイア”を見上げていた昔の自分の横合いからそんな女性の声が響き、“ベネイア”だけを見ていた少女が声を掛けて来た女性の方に視線をずらす。

 ――……シンシア・ビーロスさん。

 その視線の先には、こげ茶の艶やかな長髪が特徴的な士官服姿の女性が昔の自分と同じように“ベネイア”の事を見上げており――ラフィーアは当時の自分が知る由も無い彼女の名前と、その立場を思い出す。

 後(のち)のウェシナにおけるZA能力者の協力・補助組織、ザクルスの顔役であり、同組織の本当の名前――ラフィーアの最大の後ろ盾である“リバイン・アルバ”の重鎮。

 年齢はこの頃で既に40代に突入していた筈なのだが、その凛とした横顔は氷の様に鋭く、昔の自分と同じモノを見上げる佇まいからはそんな年齢による衰えを感じる事は出来ない。

 そして、今この場所においては――ウェシナが独自に研究開発をしている真オーガノイド・システム(OS)の研究を支援し、同時に監視も行う為に警備主任という立場に潜り込んだリバイン・アルバの目付け役というのが正しい。

 ――……そう、“ベネイア”達は……新鋭技術を積極的に導入した機体であると同時に、禁忌と言われていた真OSを導入した機体でもあった。

 真OS――それは、第2次大陸間戦争初期にガイロス帝国が西方大陸の“遺跡”から発掘したゾイドコアに対する機能調節機構の総称であり――真OSとはその原型を指す。

 そして、その原型から派生したOSの利用は、ゾイドコアの培養やゾイドとの同調補助等多岐に渡るのだが、その最初の目的でもある能力の向上――解明できている部位のみの限定型は兎も角――原型である真OSを使用した場合、その恩恵と負担は破滅的に高くなる。

 ――……第2次戦争時、ガイロス帝国軍から脱走した真OS搭載機が、暴走した生存本能と自己進化の果てに自らの複製を大量複製し、惑星Ziの生態系に終焉を齎そうとした……そんな事もあったらしいですからね。

 そんな拭い切れない歴史があると言うのに、ウェシナがその禁断の手段に手を伸ばしたのは新鋭機構の過大な負荷に耐えられるゾイドコアを安価に手に入れる必要があった為であり――それはコスト的な制約も大きかった『ゼニス計画』の必然でもあった。

 そうして背に腹は代えられない状況によって危ない橋を渡り始めたウェシナに対し、シンシアは自分が属する組織――と言うよりも彼女の主からの命令によって、そんな危険な物の監視を任せられていたのだが――。

「No7“ベネイア”。……君は前に来た時も貼りついていたな」

「……はい」

 昔の自分がこうして“ベネイア”を見上げて居ると、シンシアは何時の間にか隣に居て――同じ様に“ベネイア”見上げてくれていた。

 今にして思えば、シンシアの行動は昔の自分が思っていた様な仲間意識ではなく――母の公務に託(かこつ)けて格納庫に潜り込んで来る少女の事を、警備主任として放っておく事が出来ないと言う“仕事”であったのだが――。

「……特に楽しい物でもないだろうに」

「…………すごく、きれいな色をしているから」

 しかし、そんな事情を知る由も無い昔の自分は、一緒に同じ物を見てくれるシンシアの事を好ましく思っており、彼女が発したそんな問いに対し、少女は自慢するかの様に自分自身が感じている想いを伝える。

 ――…………そうですね。

 この夢は全て、真実を知ってしまえば容易に変わってしまう幻想ばかりであったが――視線の先の折り重なったフレームの奥、夕日のような赤い光を発する“ゾイドコア(ベネイア)”の心の色だけは――今でも変わる事無く綺麗だと思っている。




 ――……あぁ……この場所は――。

 研究施設の中枢とも言える地下格納庫を上方から眺める事の出来るゲストルーム。

 思い出に浸るように、“ベネイア”の色に意識を集中させていたラフィーアが再び外を見た時――昔の自分はその窓際に腰掛け、下方に見える“ベネイア”を見下ろしていた。

 今日、この日は――“ゼニス”の先行試作機である“No3(ファシア)”と“No4(メサード)”の全力起動試験の日であり――それに立ち会う為に研究施設へ訪れた母に付いて来た昔の自分は、ソレが終わるまでこの場所で1人、終わりを待っていた。

 ――……正確に言えば、1人ではなかったのですよね。

 母は念の為にと護衛の女性を付けてくれていたのだが――その人は1時間近く沈黙したままの昔の自分が気分を害していると勘違いし、外で待つと言って退出している。

「……どうして、気になってしまうのでしょう」

 そんな昔の自分に対し、『……あの頃から、私は少し変わっていましたね』と、ラフィーアが過去を懐かしんでいる中――少女は、自身の“ベネイア”に対する感情を把握しようと、そんな呟きを口にする。

 今のラフィーアからしてみれば無知な子供ではあるが――しかし、昔の自分は既に自身の立場や未来に成さねばならぬ“願い”の事は理解しており――どんなに好ましいと思っても、“ベネイア”と一緒に居られない事はこの時点でも判っていた。

 しかし――。

「……でも、気になってしまうのです」

 頭では理解していても衝動が止められないように、自分自身がどんなに無意味だと判っていても――別れた瞬間からまた傍に居たいと願ってしまう。

「……どうしてなのでしょうか?」

 ――…………結局、判らないままでしたね。

 その問いは今のラフィーアの中にも答えが無い問いであり、『……色々無理を通してきましたが、あまり成長していないのかもしれませんね』と、彼女はこの場に相応しい自虐を思う。

「…………あとで、下に降りられると良いのですけれど」

 それから10数分後――結局答えを出す事を諦めてしまった昔の自分は、そんな呟きと共にずっと視界に納めていた“ベネイア”に意識を戻す。

 確か、この時の自分は――『一緒に居ると好ましいという事実だけを受け止め、離れなくてはならない時が来るまで、その穏やかな感覚にたゆたっていよう』と、答えを考えるのが面倒になって思考を放棄した筈だが――。

「……? 何の、音でしょうか?」

 そんな思考放棄の沈黙の中、歳不相応の静寂に満たされていた部屋に響く振動に、昔の自分は疑問の声を上げる。

 ――……来ましたね。

 実際に起こった現実、そしてこの夢を何度も経験しているラフィーアがこの後に来る悪夢に身構える中――重量物同士をぶつけている様な重たい音が、最初の一つを皮切りに連続して昔の自分の元に届く。

「……何か、あったのでしょうか……?」

 そんな異常に対し、鈍感だった昔の自分でも起こりつつある危機に考え至った瞬間、眼下に見える格納庫の端に、隔壁を蹴り壊して侵入してきた2機の機獣の姿が飛び込んで来る。

「……? ……あの2体は――」

 ――……“ゼニス”先行試作機、“No3(ファシア)”、“No4(メサード)”。

 呆けたような言葉を洩らすだけで状況がまるで判っていない昔の自分に対し、この事件の後に“ゼニス計画”の駒になったラフィーアは、あの2体の事を良く知っている。

 今日この日、地下格納庫に程近い試験場で試験中だった“不完全な機体”は、この時遂に限界を迎え――真OS由来の意識拡張に耐え切れず、暴走状態に陥った。

 そして、この2体は真OSが発する生存本能の激情に従い、試験の過程で破壊した無人ゾイドのコアを食い尽くし――更なる栄養を得る為に此処にまで進入して来たのだ。

「ラフィーア様っ! 御無事ですか!?」

 ラフィーアが考察を重ねる中、夢はそんな事などお構い無しに先へと進んで行き――騒ぎに反応した護衛の女性がゲストルームに戻ってきたのと同時に、格納庫へと強引に侵入してきた2体はハンガーに固定されたままの“ゼニス(弟達)”に食い掛かり――。

「…………ぇ?」

 2体に組み付かれた其々の“ゼニス”――正確には“No3(ファシア)”と“No4(メサード)”に接触された部位から、半透明の薄緑色の水晶の様なものが“ゼニス”の表面に生え始め、その侵食が機体の半分を越えた瞬間、組み付かれたゾイドが結晶化していなかった部位を地面にばら撒きながら消失する。

 ――……神経束に対する、侵食毒。

 昔の自分が理解を超えた事態に呆然とするが――ラフィーアは“既に知っている”ソレの情報を記憶から引っ張り出す。

 “ゼニス”が発生さえた薄緑色の結晶は、リバイン・アルバが“遺跡”から収集し、現在も研究中の対ゾイド兵器の一種――ゾイドが動く為の要とも言える神経束からその全身を壊す最悪の生物兵器であり――。

 ――……“彼女”が真OSを修復・改造する際……システムを少しでも安定させる為に加えた新要素。

「――っ!」

 その記憶を皮切りにラフィーアが更に考察を深めようとした瞬間――2体の内の片割れが蹴り上げた格納庫の構造体の一部がゲストルームに突き刺さり――昔の自分が意識を失った事により、彼女の意識も闇に落ちた。




 ゲストルームの下――地下格納庫の床に落ちるまで記憶はラフィーアにも無い。

 その為、思い出をなぞるだけのこの夢において、ラフィーアは唐突に崩落寸前の場面に放り出されるような感覚に晒され――。

「……痛い」

 その感触にラフィーアの意識を揺さぶられる中、何も出来ずにこの状況を受け止めていた昔の自分の口からそんな言葉が漏れ出る。

 当時、何も知らなかった昔の自分はこの程度の痛みに混乱し――そして、触っても感触を返してこない右足に対して“無くなってしまったのでは”と恐怖していた事をラフィーアは思い出す。

 ――……もっと、できる事はあったでしょうに。

 そんな昔の自分の行動にラフィーアが嘆く中、少女は当時の彼女の行動通りに視線をずらし、“あの光景”を視界に納める。

 ――……“ゼニス”。

 耳が痛くなる程の騒音に彩られたこの場所で、この事件を引き起こした2体のベロキラプトル型ゾイドは駐機されている“弟達”に襲い掛かり、機体を取り込み、コアを食っている。

「…………ぁ」

 そして、その惨状を直視するのを怖がり、目を逸らした昔の自分は――自身に降り掛かってくる現実を視認する。

 自分が先程まで居た場所――今にも崩れ落ちそうだったその場所から、巨大な瓦礫(がれき)が雨のように落ちて来ている。

 ――……そう、私はこの時――。

 その現実を見てしまった時、昔の自分は『助けて欲しい』と、ただソレだけを強く願っていた。

 しかし、昔の自分でも“この状況で助かる術が無い”という事を理解もしており――その終わりを見続けるのが怖くなって目を閉じてしまった。

 その終わりを見なければ、終わりが来ないのかもしれない。

 昔の自分はそんな子供の理論に従ったのだが――そんな理由によって、ラフィーアは“その瞬間”を知る事が出来なくなってしまった。

「……?」

 昔の自分からすれば永遠とも思えた数秒間であったが――結果として、その僅かな時間が過ぎた後にも少女が想像していた終わりは訪れなかった。

 その事実に、昔の自分が疑問を感じ始め――同時に、終わりが来る筈の時にすぐ真上で響いた音が気にかかった事で、少女は漸(ようや)くその目を開ける。

「…………!」

 ――……そして、私は……この奇跡を目の当たりにする。

 驚いている昔の自分の真上――少女を終わりから守る傘のように、暴走した“ゼニス”と同じだが違うゾイドが自分を見下ろしている事を、少女は漸く認識する。

 骨のような金属柱で構成された身体、その奥に剥き出しの内蔵のような中の駆動機、爛々と光る眼は暴れているゾイド達と同じ黒混じりの紅に染まってしまっていたが――その中心にあるゾイドコア(心)の光は、変わらないままの綺麗な赤。

「……“ベネイア”」

 それが昔の自分を助けてくれたゾイドの名前。

 この時点では素体とゾイドコアの接合調整が完了した程度だった――あの2体と同じ機体。

 そして、同じであるが故に――真OSの開放率さえ上昇させれば、暴走と言う形でシステムの束縛を砕いて勝手に動く事が出来る為、動作している事は問題ではないのだが――。

 ――……どうして、あなたは……?

 それだけではあの暴れ狂っている2体と同じ状態になるという事であり、理論だけで考えれば災厄の種が2つから3つに増えるだけの筈だった。

 しかし、“ベネイア”は真OSが発している筈の生存本能の絶叫に従わず、昔の自分を助けようとしており――その原理は、ラフィーアが“ゼニス計画”の駒になった今でも解明できていない。

 ――……どうして、私を助けてくれたの?

「……っ! ……ベネイ、ァ……横……!」

 だが、理由はどうであれ目の間に広がる光景こそが現実に起こった事であり――例え夢の中であっても、万感の思いでソレを見上げていたラフィーアに昔の自分が叫んだ警告の声が届く。

 そうして横に振られた視線の先には、この場所での獲物を片付けて次の獲物を探していた2体の内の片方――1対の巨砲を背負った“No4(メサード)”が微動だにしない“ベネイア”の左方向から猛然と突進してくるのが見て取れ、次の瞬間にはどうしようもない間合いに入っていた。

「…………え?」

 接触すれば、さっきの機体のように“食べられてしまう”。

 昔の自分は事を思っていた筈だが、状況は少女の心配とは別の方向に動き――2体の巨竜は少女の真上で前足同士を組み合わせ、膂力による鬩ぎ合いを開始する。

 ――……あの2体と同じ立場になってしまった“ベネイア”のゾイドコアに……神経毒は通用しない。

 先の2体の“ゼニス”が“食われて”しまったのは、ソレ等の真OSがまだ本格的に発現していなかった為であり――真OSを一気に開放してしまった“ベネイア”は、あの神経毒を無力化し、尚且つ自らも使う事ができる用になってしまっている。

 時を同じくして、ラフィーアが知っているその事実に気が付いたらしい“No4(メサード)”は純粋な機体出力による破砕を選択する。

「……っ!」

 そして、組み合いから僅か十数秒後――昔の自分の息を呑むような悲鳴と共に、完成には程遠い状態の“ベネイア”は、稼動試験の段階にまで辿り着いていた“No4(メサード)”の膂力によって左前足を引きちぎられ、本体と離れた腕が一瞬で結晶に包まれて消失する。

「…………?」

 その光景を見れば劣勢は誰の目にも明らかであり――逃げきれるかは判らないが、何もしないで食べられた他の2体と違い、“ベネイア”は動く事が出来るのだから――逃走に転じれば命を延ばせたかもしれない。

 ――……どうして?

 そんな状況の中、“ベネイア”は左前足を失った衝撃に仰け反るが――しかし、胴から下はまるで接着されているかのように踏み止まり、その状態のまま追撃を掛ける“No4(メサード)”を迎え撃つ。

「……わたし、の……せい……?」

 その行動によって、昔の自分も漸く“ベネイア”の意図に気が付く。

 ゲストルーム――昔の自分が先程まで居た場所の崩落はまだ続いており、今“ベネイア”が位置をずらせば身動きの取れない少女は確実に死に至る。

 それを防ぐ為に“ベネイア”は昔の自分を守る傘になり続けたまま――自分自身の命を危険にさらしている。

「……どうして?」

 ――……そんな繋がりは無い筈なのに。

 ただ、ほんの少しの時間の間――傍に居ただけ。

 昔の自分とラフィーアが思う当然の疑問に、真上に居る巨躯が応える筈も無く――ただ、“ベネイア”は目の前に迫る死、正確に言うならば自身の下に居る小さき者の危機に抗う。

“No4(メサード)”の次の一撃に対し、失った左前足の代わりとして自身の牙で“No4(メサード)”の右腕を止めた“ベネイア”であったが、その首元に“メサード”の牙が容赦なく食い込み――。

「……ひゃ!」

 僅か一息で胸部から上――ゾイドコアを守る上半身全て引き千切られ、その光景に悲鳴を上げた昔の自分の視線と、振り上げられた部位――さっきまで“ベネイア”の頭部であった物に据えられている目からの視線とがかち合う。

 ――……どうして、そんな眼をしているの……?

 機械の目、感情を表す事も出来ない筈のソレが――これ以上守れない事を無念に思っているのだとラフィーアが感じた瞬間、“ベネイア(ゾイドコア)”との接続が切られた事によって“No4(メサード)”に接触しているその部位が結晶で埋まり、次の瞬間には砕けて無くなる。

 そして、欲しい物に――ゾイドコアにまで辿り付いた“No4(メサード)”が嬉しそうな吐息を漏らし、体の大半を失ったベネイアは最期の手段として脚部から幾つかのパーツを強制排除する。

 その行動が、関節を無力化する事によって自分の命が消えても傘であり続ける事を願った“ベネイア”の決断だったというのを昔の自分が知ったのは、この時よりも随分と後の事なのだが――。

「……だめ、……やめ、て……!」

 その思いを知らなくても、“ベネイア”が失われる事をとても怖いと思った昔の自分の耳に、金属同士が激しくぶつかった様な激音が響き――数秒間閉じてしまった視界を開いた先に今までとは違う“白”が映る。

 ――…………フルンティング。

 “ゼニス”よりも大きな機竜――横合いからを“No4(メサード)”蹴り飛ばし、壁面に叩き付けた白い機竜がそこに居た。

『神経束に対する侵食毒……? 厄介な事をする……!』

 そして、その機体――ウェシナが誇る最高位のゾイドからは、いつも少女を迎えにきてくれたシンシアの声が聞こえた。




 歴史から消されたその事件から時は流れ――ラフィーアが見ている夢の舞台は、ZAC2122年のウェシナ・ファルスト領、アークランドへと移り――。

 その片隅、管理は行き届いている筈だが薄らと埃を被り、若干カビ臭いような感じもする庫内へとウェシナの士官服を着込んだ女性――いや、ほんの少し昔のラフィーアが足を踏み入れる。

「……7年、ですか」

 彼女が巻込まれたあの事故から、もう――それだけの月日が流れていた。

 “ゼニス計画“はあの事故を境に大きな方針転換を迫られ、同計画は真OSの使用を取り止めた性能限定型――良く言えば堅実、悪く言えば凡庸な新世代機として完遂し、数年前から西方大陸の要所に『ゼニス・ラプター』として量産・配備が進んでいる。

 ――……クイックブーストもE転換装甲も持っていない……古代チタニウム合金複合材を潤沢に使っているというだけの、凡庸な機体となってしまったのですが。

 そして、計画の最先端を担っていたこの場所も今ではその立ち位置を大きく変えており――昨今ではゼニス・ラプターの一大生産拠点としてその名を知らしめている。

「……研究事業が下火になって寂しいって、アークランドさんが嘆いてましたね」

 そして、この日――自分自身の人生を変えてしまったこの場所に、彼女は戻って来ていた。

 あの事故でほとんど使い物にならなくなった自身の右足を治療し、過酷なリハビリに耐え――それでも走る事も出来ない身体ではあるが――可能な限りの努力を重ねて、彼女は此処まで来た。

「……結局、説得はできませんでしたけれど」

 彼女を救ってくれた存在を助ける為に軍属となる事。

 同じような道を歩いた母はソレを許してくれたが、兄や曾祖父には猛反対され――結局、喧嘩別れの様な形で彼女は家を飛び出し、母との繋がりが深かった海軍の士官学校に入り、その存在と再び出会う為の切符を手に入れた。

 彼女には走れない他にも多くの身体的なハンデがあった為、希望する科目を取れるか不安があったが――幸いな事に技術系に適正があったらしく、多くの成果を残し――その結果として士官に至る道を歩き切った。

 ――……そういえば、担当だった教官には『技術士官がどうしてIRデバイスの転換手術を?』と、変な顔をされたりしましたね。

 そんなラフィーアの思い出と共に、彼女はソレと再会する為のタラップを上り、ソレを囲むキャットウォークを歩き――ソレの眼前に立つ。

「……随分と、長い間……待たせてしまいました」

 そう言って彼女は薄らと埃を被ったソレの頭頂部に触れ、その埃を払うように、断絶の月日を埋める様に装甲を撫でる。

 ソレの外装に施されているコーティングのザラザラとした感触が指に刺さる様な痛みを彼女に与えていたが――彼女はソレを続け、その行動に気が付いた様にソレのサードアイシステムが立ち上がり、その巨大なセンサー部が目の前に居る彼女の事を納める。

 彼女の目の前に居るソレは、白い機獣――“ゼニス”計画の申し子にしてウェシナの新鋭主力量産機、ゼニス・ラプターの姿をした“違う物”だ。

 上記と同じ外装を纏いながら、ゾイドコアと中枢の生体周りを失敗作――“ゼニス”と同じ構造をしている異端児。

 ウェシナが用意したパイロットを誰一人として受け入れず、同時にリバイン・アルバの意向によって廃棄する事も許されなかった問題児。

 ――……そして、私の事を生かしてくれた……私の大切な存在。

「……“ベネイア”」

 その万感の思いを込めて彼女が呟いた名前に応えるように、止まっていた機体が脈動する。

 OS搭載機は身の内に打ち込まれたシステムが与える負荷に耐える為、眠る事が出来ないのだが――それでも長年放置され、錆びついた様に固まっていた全てがソレを切っ掛けに動き出す。

「……あなたを、助けます」

 彼等の血とも言えるZiリキッドが全身を駆け廻り、駆動系を活性化させ、休眠状態だった神経束が外部の情報をゾイドコアへと伝達しているのを――彼女は士官学校で培った経験から認識し、ソレが覚醒したのを確認した彼女は、自身に課した“目的”を告げる。

 この“目的”は、彼女だけが助かる事を良しとしない――自身の我儘であり、“ベネイア”が思う“願い”とは違う事なのかもしれない。

 ――……それでも、あなたを助けます。

しかし、その“目的”以外の道を見付けられなかった彼女は重ねてそう宣言し、“ベネイア”は彼女が知る由も無い自身が持つ別の理由に従って、閉じられていたコックピットをゆっくりと解放していく。




 これが彼等の再会にして、始まり。

 自由を許されている半生の全てを再会とその先にある可能性に掛けたラフィーア・ベルフェ・ファルストと、存在を許されない異端のゼニス・ラプター“ベネイア”が再び出会い、それぞれが先に進む為の――最初の一幕。



06へ   文章作品一覧へ戻る   08へ