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 セラフィル・セイグロウ大尉以下、フィアーズランス艦隊の重要な“目”でもあるZA能力者達の報告より数時間後――。

「……概要を説明する」

 第1種戦闘態勢へと移行した艦隊旗艦、“レイフィッシュ”の中央ミーティングルームには同艦の艦載部隊であるストライク・フィアーズの面々が集められ、今まさにブリーフィングが行われようとしていた。

「2時間前、西方大陸中央部――ウェシナ・サートラル領のアルフェスト港及び同市街を含む周辺地域が所属不明部隊に占拠されている事実を、本部(ニクシー基地)の電探部が確認した」

 そして、集まった全員が注目する壇上に立ち、進行役を務める掘りの深い顔立ちの男性――フゥーリー・クー少佐は、強い決意を滲ませた鳶色の瞳で部下達を見渡しながら状況説明を開始する

「今モニターに表示されているコレは、その決定に至った確証であり――艦隊所属のZA能力者達が察知したゾイドの反応を元に、その範囲内にある全拠点の衛星写真を精密解析した事によって発見に至った広域光学迷彩の揺らぎである」

 その言葉と共に、モニター上にこの事件が判明した切欠である揺らぎの拡大写真とその解析結果が付け加えられ、目標となる拠点の詳細等も同時に記載される。

「本部の連中の目は節穴ね」

「ここまで高度な隠蔽工作を行われていては、本部が行っている広域索敵での探知は不可能に近い。エリス中尉、気持ちは判るがそうキツイ事を言ってくれるな」

 毎度の事であるが、ブリーフィング中であっても容赦の無いエリスの一言に対し、少佐は若干硬さの残る言葉で嗜める。

「――隠蔽方法の特徴から、この敵はニカイドス島で遭遇した不明部隊と同種の敵と推察されるが……現在、その規模や目的の一切が不明な状況にある」

 そうして、少佐は軽い咳払いによって気を取り直してからブリーフィングに戻り――不明確な現状を周知してから、モニターの画面を次の物に差し替える。

「本部から本国への状況連絡は既に終了しており、AEW(早期警戒仕様)プテラスによる情報の掌握と封鎖も完了しているのだが――敵が占拠していると思われるアルフェスト港の近くにはクラスCの“遺跡”が存在している。その為、本部は最悪の事態を想定。本国の指示を待たずにこの敵の調査と同地の奪還作戦の実施を決定した」

「…………」

 そして、続けられた少佐の言葉に対し、ブリーフィングルームの最前列に座る小柄な女性士官――ラフィーア・ベルフェ・ファルストは「仕方ないか」といった風に目を伏せる。

 少佐――いや、本部が想定した最悪の事態とは、10年前にガイロス帝国軍によって引き起こされたアルトフォー遺跡の事件であると思われ――その“本当の”詳細を知るラフィーアは、思わずその経緯を思い返してしまう。

 ニクシー基地の西北、暗黒(ニクス)大陸に最も近い古代ゾイド人の“遺跡”で起こってしまったこの事件は、“遺跡”の盗掘に失敗したガイロス帝国軍が遺跡の防衛機能を暴走させてしまった事で起こった過失であり――結果として、ガイロスの部隊は元より、鎮圧に向かったウェシナ・ファルストの2個師団すらも無為に失われるという大惨事となった。

 ――……今回目標となっているアルフェストの遺跡は……確か、探索と機器の接収こそ完了していましたが、古代ゾイド人が製造した衛星の管理コードが残っている筈ですね。

 探索が完了している事から暴走事後が起こる可能性は少なく、管理コード自体も暴露してからすぐに支障がでるような物ではないのだが――。

 ――……ニクシーの将軍達は、前の事件の結果を警戒し……こんな強硬策に打って出たのでしょうね。

 ウェシナの裏事情を大まかに知っているラフィーアは、この地(サートラル)ではウェシナに不利益が生じる事態が“発生しない”事を判っていたのだが――それを説明する事のできない彼女は、ただ上官の指示に従うしかない。

「サートラルはその独立性の高さ故に、ウェシナ・ファルストが拠点を設けていない地域であり……本部もフィアーズランス艦隊(我々)以上の戦力を短時間で編成できる余裕は無い。よって、今作戦では“メリーウィドウ”に陸戦隊の過半を移動して隊を構築、この隊のみによる強行強襲を敢行する」

 ラフィーアがそんな裏事情を思う中、少佐が続けたその言葉によって、ブリーフィングルームにどよめきが走る。

 何の情報も無い場所への大戦力投入。

 それは敵の総数や反応が予測できない為、状況によっては隊の壊滅すらありえる危険を有する作戦であり、その動揺は当然の事であるのだが――。

 ――……まぁ、そうなりますよね。

 その命令を当然の物と考えていたラフィーアは、仲間達の動揺を余所に思考を重ねる。

 対象が磁気・光学的な隠蔽に優れている以上、航空戦力による偵察に意味は無い。

 そうなれば、残る手段はZA能力者(セラフィル)達の長距離探知か直接確認しかなく――この状況での直接確認は、そのまま戦闘に移るという事と同義になる。

「我々は本艦に2小隊を残し、他の小隊は“メリーウィドウ”に乗船。そのまま同艦はアルフェルト港の沖合30kmまで侵入し、同地点で固定――我々はそこから港湾施設へ直接アプローチする。……単純明快なプランだな」

 少佐は部下達の動揺をあえて無視し――続けられた言葉と同時に、モニターに表示されていた艦隊から1つの艦影が離れ、港湾部の近郊で更に分離した4つの小さな矢印が海上を突破して港湾施設を包むように展開する様が表示される。

「私の隊らしく絡め手を使いたい所だが……敵戦力の詳細が不明な状況での分散行動は各個撃破される危険性が高まる上、対空砲が生きている状態での航空戦力の投入は落とされにいくようなものだからな。――今回は単純な力押しとなる」

 ――……重積載で動きの鈍った航空ゾイドなんて、的にしかなりませんからね。

 大気成分の都合上、レーダー波の通り難い惑星Ziにおいては空戦力の長所の一つである“射程”が極端に短くなってしまっており、この惑星で航空戦力が何らかの行動を起こす際にはある程度接近する事が余儀なくされている。

 その上、昨今の陸戦ゾイドの高性能化という実情によって、潤沢な火力を誇る同戦力に航空戦力が墜とされるというのが日常茶飯事と化しており――高高度からの無誘導弾による無差別爆撃でもない限り、地上攻撃において彼等の出番はない。

「上陸後、我々はそのまま港湾施設の要所を制圧し――敵性存在の駆逐を確認した後、市街の調査と確保を行う。“遺跡”の状況確認に至る為の前準備とは言え、“メリーウィドウ”やニクシーからの増援である歩兵部隊の露払いも兼ねている。敵性ゾイドは完全に撃破するように。――以上だ、何か質問は?」

 そうして作戦説明の全てを終えた少佐は、未だに動揺を隠しきれて居ない面々を端から端まで全て見渡し、通例となるブリーフィングの最後の締め言葉に表す。

 本来であれば無言で通すのがこの場の流れなのだが――。

「セラフィル姉――じゃなかった。……うちの艦隊のZA能力者達からの戦力予測とかはないんですか?」

 ブリーフィングルームの後方、壁に凭(もた)れ掛かりながらミーティングを受けていた銀髪黒目の“見掛け”は少年に見える男性士官――アッシュ・バルトール中尉が、珍しく手を上げてくる。

「――彼らの“探知”では、敵性ゾイドの総数は百前後……との事だ。ニカイドス島と同程度の部隊構成であるならば、十分対応は可能だと考えられる。――だが、正確な情報ではない。作戦中は現場の状況を的確に読み取り、臨機応変に対処しろ」

 普段からあまり意見を言わないアッシュが質問を投げかけて来たのは想定外の筈だが、少佐はそれも予定の内といったような対応を返すのだが――。

「ま、そうでなければ動きませんわな……ついでにもう1つ。万が一、俺等がヘマしたら……誰か助けに来てくれたりは?」

 しかし、アッシュは更に質問を続け、そんな判り切った事実を少佐に問い掛ける。

「先にも述べた様に、本部からも早期の増援は望めない。艦の航空戦力も直接戦闘には向かない上、残した2小隊も艦隊の護衛兼万が一の際に部隊の完全損失を防ぐ名目でしかない」

「ま、そうなりますか――さて、人生の緒先輩方。色々あるかもしれませんが、そんな状況の中で、隊長がこっち側に居るって事を酌んでみません?」

「「――――」」

 ――……策士ですね、アッシュさん。

 アッシュがおどけた様に告げたその一言――恐らく、今までの遣り取り自体がこの言葉を言う為の演技であったと思われるソレを終えた瞬間、少佐が秘めていた決意が暴露され、それによって場の動揺が収まっていく。

「……他にないようなら、終了とする。作戦開始は0100――ニカイドスからの連戦になるが、ニクシーに帰る前に我々の庭を荒らした馬鹿共を叩き潰すぞ」

 他に質問が無い事を確認した少佐が“全て予定通り”といった風体で激を飛ばし、ソレに応える仲間達が復唱を返すと同時に――ブリーフィングルームに集まった彼等は自分が為すべき事を果たす為に動き始める。

 ――……万能でなければいけない指揮官が“御願い”なんて言えませんからね。

 ラフィーアはそんな体面を気にした遣り取りを面倒だと思うと同時に、彼等はそんな足枷をうまく取り払える良いチームなのだと実感し――自分もソレ等の一員に居られる事を幸いと思いつつ、成すべき事を成す為に歩き出した。




 ブリーフィングより更に数時間後――海上にそびえる“メリーウィドウ”の端々を叩く波の音しか聞こえぬ深い夜の中。

 その暗闇の中、アルフェスト攻略作戦に参加するベロキラプトル型重装甲中型ゾイド、ゼニス・ラプター達は“メリーウィドウ”の甲板上で最後の準備――脚部両端に装備する増槽の取り付け作業を受けていた。

 先のロムルス基地攻略戦でも使用されたこの装備――戦闘領域突入と同時に切り捨てられる追加の燃料タンクは、ゼニス・ラプターのそう多くない推進剤を節約する為の追加装備であり、総力をもって直接強襲を仕掛ける今回の作戦では全ての機体が装備する事になっている。

「…………」

 そして、“ベネイア”の機内で自機への取り付け作業を監督していたラフィーアは、モニターの端に表示される敵機の予測スペックや、その手に落ちていると考えられるアルフェスト港の防衛機構の詳細等を眺めながら――。

 ――……“彼女”は……一体何をしているのでしょうか。

 しかし、今から行われる作戦とは別の事を考えていた。

 今作戦の目的地を管理しているウェシナ・サートラルは、ウェシナ全体の最重要機密である“遺跡”を多数保有していながらも、ウェシナ・ファルストすら介入出来ぬ程の非常に高い独立性が確保されている。

 これは、“こういった事態”が表に出る前に“彼女”が処置してしまうからこそ許されているウェシナと“彼女”達との密約であり――フィアーズランス艦隊が動かなければならない状況が起こる事自体が不自然であると言える。

「…………」

 そして、その密約が成立するのも、“彼女”が持っている力がウェシナの総力を超えているからであり――ニザムでの掃討戦やニカイドス島で対応した程度の戦力しか持って居ない敵性勢力(彼等)では、本部が状況を知る前に“彼女”に消されてしまうのが“普通”である。

 ――……しかし、事実として“彼等”はまだあの場所に居る……例の熟眠期という期間中であり、対応力が鈍っているだけならばいいのですが……万が一、“彼女”が撃退された後なのだとしたら……。

 作戦の準備を着々と進める仲間達とは裏腹に、現状に際した少々物騒な考察をラフィーアが重ねていると――。

『ラフィー、どうかしたのか?』

「…………アッシュ中尉?」

 唐突な言葉と同時に、先程戦場以外で珍しく存在感を示した男性士官――今回の奪還作戦でも最前列を任されたアッシュの姿が映り、ラフィーアは突然の通信に驚きながらも思考を最悪の想定から現実へと戻す。

『いやな……作業が終わったのに、連中に礼を送らないのは珍しいと思ってな』

「…………え?」

 アッシュの言葉にラフィーアが視線を振ると、モニターの両端で組み付け作業を行っていた作業用ゴドス――恐竜型の小型ゾイドが後続機の作業へと移って行くのが見て取れ――彼女は彼等に感謝の言葉を送り損ねた事を、今になって気が付く。

『ま、作戦前の隊長は色々忙しいからな。連中も邪魔したくなかったんだろうよ』

「…………」

 アッシュの言う通り、彼等と言葉を交さない隊長もいる事から、挨拶自体も絶対にしなければならない事と言う訳ではないのだが――。

 ――……少し、余裕が無いのかもしれませんね。

 アッシュの指摘から自分の精神状態を再確認したラフィーアは、自身の意識を戦場へ向けるべく周囲の仲間達に視線を振る。

 今回作戦に参加するのは3機編成が4班で総数は12機。

 兵装は少佐の1班が標準兵装の3機、アッシュの2班は近接火器を携帯した機体が3機、自分達の3班は重火力仕様が3機、エリスの4班がいつもの狙撃戦兵装の3機となる。

 数自体は先日の大規模戦闘よりも少ないが、ラフィーアにとってはむしろ独自行動前と同じこの構成の方がしっくりくると感じており――今回宛てられた部下が古参の2人であるという事もその感覚を強めていた。

 ――……万が一の事態が起こっても、エリスさんが前に出れば大凡の事には対処出来る筈ですが……。

 ついさっきまでは最悪の事態を考察していたラフィーアであったが、ソレが実際に起こるような事態は起きて欲しくないと思っているのも事実であり――。

「……しっかりしないと、いけませんね」

 “ベネイア”の残り時間の事やガーネットとの事など――気が散ってしまっているのを正す様に、そしてその言葉を自分自身に言い付ける様に、ラフィーアは通信パネルが開きっぱなしのアッシュに向けて応えを返す。

『まぁ、なんだ……そんなに入れ込むなよ。いつもの通り、上手く行くって』

 ラフィーアのそんな遅めの返事に対し、アッシュは彼女を元気付けるような言葉を向けたと同時に、これで話しは終わりとばかりに通信を切る。

「……なんなのでしょう、この感じは……」

 そう言って、ラフィーアは消えた通信パネルに視線を向けたまま――自分の中に残った感覚を考える。

 改めて考えてみると、「アッシュは自分に対して配慮や心配をよく向けてくれているような気がする」と、ラフィーアは思い至り――更に言えば、独自行動に入る以前の時からなんとはなしに気を回して貰っていた様な感覚を思い出す。

 それを幸いと思うと同時に――何故か、とても心苦しいと思いながら――。

「…………」

 ラフィーアは愛機の最終確認を開始した。




 アンダー海洋上を12機の白い機獣達――アルフェスト港奪還作戦を開始したゼニス・ラプター達が、増槽の燃料を使用した推進機による強引な直線機動によって砲弾の嵐が吹き荒れる中を突き進んでいた。

 突進するゼニス・ラプター達に降り注ぐ弾体の大半は、港湾施設に敷設されている対空砲群の水平射撃であり――推進剤の限られている彼等に回避行動と言う名の迂回をするだけの余力は無く、その濃密な火線の中をただ真っ直ぐに駆け抜けて行く。

『港湾施設の防衛機能を使っていると言う事は……アルフェストが墜ちているのは確なようだな』

 凡庸なゾイドであればものの数秒で蜂の巣になりそうな密度の火線の中、古代チタニウム合金複合材に守られた乗機の脅威となる火力が存在しない事を確認した少佐はそんな確認の言葉を吐き捨て――。

『1班、到着……っと。――各班、状況を知らせろ』

 隊の最先端を突き進んでいた彼は、弾幕によって構成されていた外周防衛網を突破し、アルフェスト港への1番乗りを果たす。

『2班上陸だぜ。つーか少佐、前に出すぎじゃないですか?』

「……3班、上陸成功しました」

『4班、上陸成功よ』

 そして、ソレに続くようにアッシュ、ラフィーア、エリスと言った彼の部下達が次々とが上陸成功の返信を送り、それぞれが指定されたポイントへの移動を開始する。

『そう思うんなら早い所前に出てくれや中尉。……各班、担当エリアの制圧を開始しろ』

 言うが早いか、部隊の後方支援に当たる4班――エリスの駆るゼニス・ラプター“アイリス”やその僚機が狙撃砲で先制攻撃を浴びせかけ、アッシュが率いる2班が前に出る。

『……っ!? 例のスパイナーもどき以外に見慣れない奴が居るわよ!』

 そんな中、エリスは狙いをつけた大型ゾイド――少し前まで“スパイナーもどき”と呼称していた敵のスピノサウルス型ゾイド――ティフォリエスを一撃で行動不能に追い込んだ彼女は、スコープ内に捉えた新型に対しての報告を上げる。

「…………」

 それに遅れる事数瞬、ラフィーアも自身のゼニス・ラプター“ベネイア”の望遠機構であるサードアイシステムを作動させてその機体を確認する。

 その機体――ティフォリエスと共に港湾施設の各所から湧いて出て来たソレは、同機よりも更に先鋭的な鋭角で構築されたラプター種らしき小型ゾイドであり――。

 ――……数が圧倒的に多い……ティフォリエスの護衛というよりも、実質的な主力機と言う事でしょうか。

 ラフィーアがそんな考察を思う中、ソレ等は出撃地点から港湾設備の各要所へと移動を開始し、彼女達ストライク・フィアーズを迎え撃つ為の防衛配行動に入っていく。

『あの正体の掴めない連中がついに動いたという訳か……数が数だけに性能は大した事が無いと思うが、警戒は怠るなよ』

 敵の行動を確認した少佐はそんな檄を飛ばし、その声に応える様に陣形を整えたストライク・フィアーズの面々は前進を開始、各所の対空砲を無力化しながら港湾施設中枢の制圧を目指し、所属不明部隊と激突する。




 ――そして、その十数分後。

 港湾部の外周に展開された防衛ラインを突破したストライク・フィアーズと敵性存在との戦闘は、管理棟や大型倉庫が立ち並ぶ保管施設部へと移っていた。

「……3班、仮設格納庫と思しきエリアに到達。……周辺の敵性反応はクリア」

 そうして、大分薄くなってきた火線の中、ラフィーアは第1目標を果たした事を報告する。

 先程までの開けた地形とその火力故に、外周部を突破するまでの最善線に立っていたのはラフィーアが率いる3班であり――応戦してきた敵性部隊の大多数を駆逐したのもまた彼女達である。

『4班、次の狙撃ポイントに着いたわよ。――かなり数が減ったわね……支援を再開する』

『2班――漸く出番だな、突っ込むぞー!』

 そして、次の高台に取りついたエリスの言葉と共にこのエリアの主力である2班が港湾部の防衛機構を司っている筈の管理棟への突撃を開始する。

 搭載兵装している兵装の関係上、先程まで出番の無かった2班であるが、様々な建築物が立ち並び、入り組んだこのエリアは彼らの独壇場であり――アッシュを先頭とした彼等は、先程までの“前に居るだけ”という鬱憤を晴らすかのように突進していく。

『1班、了解。中央にある防衛機構の管理棟を落とせばこの場は区切りが付く。――あと少しだが、油断だけはするなよ』

 先程までは2班の後ろから攻撃を続けていた1班は、少佐の応えと共に背の高い標識灯の上へと移動し、管理棟を目指す2班を高所からの支援射撃によって掩護する。

『とっ! やはり見かけ倒しかだな、この程度なら……って、何だこれ!?』

 そうして入り組んだ倉庫群の先――近接した新型の集団に対し、アッシュのゼニス・ラプター“アウトラー”は僅か数秒の間に両手のショットガンと背部のスラッグガンでその過半を粉砕し、次の集団へ突撃しようとした彼の乗機に紫電を纏った幾つもの光が殺到する。

「……プラズマランチャーです。……出力は小さいですから、背後からでもゼニスのコーティングは抜けないと思いますが……」

 先程制圧した場所から、比較的開けた場所を選びながら管理棟を目指していたラフィーアは、宛がわれている隊員の動きに注意を払いつつ2班に殺到している兵装の説明を続け――。

『ぬぁ!? 索敵系の調子がおかしいぞ!?』

 ――……レーダーに障害が出ますよ。

 その説明が終わる前に、アッシュはラフィーアが危惧した通りの状況に陥り、浮き足立った彼は態勢を立て直す為に建物の影へと逃げ込み――彼が指揮していた班も彼に追従するように突撃を中止し、物陰へと退避する。

 建築物が乱立するこのエリアに入る前の、ラフィーアが相対した中距離戦という状況ではそう大きな実害を被らなかったのだが、交戦距離が近く、そして弾が密集している状況では着弾時に発生する電磁バーストも甚大な物となり――。

『っ!? 馬鹿、後ろ!』

 その攪乱効果に乗じた1機のティフォリエスが“アウトラー”の背面に回り込み、無防備に見えるその背中に向けて足爪を振り下ろしてくる。

『甘ぇ……っ!』

 しかし、エリスの声と自身が持つ直感で動いていたアッシュは、その爪が乗機に到達するよりも早くに反応し、搭乗者の意思をゾイドコアへダイレクトに伝えるIRデバイスもその反射に素直に応え――。

『惜しかったな……!』

 アッシュのそんな言葉と同時に、右手のショットガンを振り上ながら右側のスラスターだけを後ろに向けた“アウトラー”は、次の一瞬で真後ろへと反転し――銃口に自ら突っ込んでくる形になってしまったティフォリエスの頭部を、強烈な散弾の一撃によって粉砕する。

 ――……主力が展開するECM効果と大型機が持つ隠蔽能力を最大限に生かした良い手ではありますが……火力が足りませんね。

 索敵系を封じての戦い方は堅実な優位性があり、もしも彼等がゼニス・ラプターを打破できるだけの火力を保有していれば、その立場は絶対的になるが――そうならない以上、彼等で今の戦況を覆すのは難い。

「…………?」

 そんな中、新型機の観察を続けながら動いていたラフィーアは、管理棟の屋上に集結中のソレ等が一斉に反転し、尾を突きだす様な動きを取るのを発見する。

「……例の機体、狙撃も出来る様です。……こちらも火力は弱そうですが、変な所を撃たれないようにご注意を」

 そこから連想される挙動――ヘリック共和国のベロキラプトル型小型ゾイドと似た動きから次の行動を予測したラフィーアは、仲間への警告と共に“ベネイア”の背部グレネードを展開させ、身動きが出来ないであろうそれらに向けて長距離砲撃を実行する。

『相性の良い連中だな。こっちの防御力が甘ければ、苦戦は免れなかったか』

 狙撃砲による指揮機の排除、近接兵器による敵陣突破――そして大口径範囲兵器による集団殲滅という自軍の優勢を確かめつつ、乗機のスタンダードキャノンによるアウトレンジ攻撃で敵機を撃墜していた少佐は、次の獲物に狙いを付けながらそんな感想を口にする。

『敵を褒めるなんて……随分余裕があるのね』

『中尉と同じで事実はきちんと評価する性質でな。このまま一気に押し切るぞ!』

 独り言にも似た少佐の言葉にエリスはいつもの様に毒を差し、そんな彼女の指摘に少佐は彼女を褒め倒すような応えを送り――続けて発せられた命令により、ストライク・フィアーズの陣形が変わる。

 2方向から固まった状態で管理棟へと近接していたアッシュの2班とラフィーアの3班が大きく散開し、管理用を包囲するような形を取り、少佐の1班も後衛のポジションを離れて前に出る。

 そうして、敵性部隊の最後の柱である管理棟を突き崩す、津波の様な総突撃が実行されようとした時――。

『“メリーウィドウ”よりストライク・フィアーズへ。――敵の増援ですわ。南から3機……例の遺跡がある方向から突出してきています。各機、警戒してくださいませ』

 ストライク・フィアーズの面々と共に“メリーウィドウ”へ移動し、部隊の後方支援を行っていたZA能力者――セラフィル・セイグロウ大尉が警告を告げてくる。

『凄く変な感じがします。フゥーリー少佐、気を付――』

 そして、ソレに続く個人宛ての心配が言葉になろうとした瞬間、3条の光がアルフェスト港を横切るかの様に突き抜け――放たれた高出力荷電粒子砲(ソレ)の余波によって戦場の様相が一変する。

『づっ、なにぃ……!?』

 その中の1条――運悪くその射線軸上を掠めてしまったアッシュの“アウトラー”は、対レーザービームコーティング諸共に古代チタニウム合金複合材の重装甲をアッサリと突き破られ――右足を中心とした部位の消失によって地面に崩れ落ちる。

『くっ!? なにが起きた……!』

 その異常事態に対しても、自他共に精鋭揃いと認められるストライク・フィアーズの面々は冷静に対応し――攻撃を受けた次の瞬間には退避行動と共に照射元へと長距離望遠用のサードアイシステムを走らせ、“その敵”を視認する。

「…………新型機? ……見た事の無い機体です」

 従来機とは一線を画した――ある意味奇異なシルエットの四足獣型の大型ゾイド。

 アルフェスト港の側面から戦場へと姿を表したソレは、港の外縁部より遥か先からの粒子砲の照射を終えると足首から先の無い剣のような足を浮遊させ、砲火の熱が冷めていない戦場への乱入を開始する。

『まさか、新型の第5世代機(オーバーファイブ)か……!?』

 そして、位置的な関係から最後にその姿を確認した少佐は――そんな絶望的とも言える事実を呻いた。




『この火力に加えて、エナジーライガー並みの機動性能か……っ!』

 少佐のゼニス・ラプター“シャルリア”の直ぐ脇を“四足”の放った荷電粒子砲が掠め、その光は表面のコーティングを焼失させながら装甲を灼熱の色に染める。

 敵性部隊の第5世代機が3機――ストライク・フィアーズが仮称で“四足”と呼ぶ事にした異形のゾイド――の参戦により、彼等は接触から僅か数分で壊滅の危機に陥っていた。

『クーさん! 早く……早く撤退して!』

 普段の落ち着きを失ったセラフィルの言葉を裏付けるように、この僅かな間に4機のゼニス・ラプターが行動不能に追い込まれており――エリスを最前線に配置し、残る総力で彼女を援護する形で拮抗に等しい状況に押し返しているが――。

『っちぃ! やっぱりこの機体では反応が鈍い――こんな奴らに圧されるなんて……!』

 ゼニス・ラプターよりも性能で遥かに勝る敵機の猛攻に晒されているエリスの“アイリス”の損傷は大きく、ソレはこの状況がそう長くは続かない事を物語っている。

『クーさん……! 聴こえているのでしょう!? 早く――』

 セラフィルの懇願にも似た言葉の様に、目的の達成が限り無く不可能である以上、生き残れる可能性がある方を取るのが正しい選択の筈なのだが――。

『駄目だ。もしこいつらに水上移動能力があったら……収容中の艦と後方の艦隊が危機に陥る』

 500m級と300m級3艦の超弩級ゾイドで構成されたフィアーズランス艦隊は、絶大な総火力と積載量を誇る戦力ではあるが――その立ち位置は所詮第4世代機相当であり、第5世代機との直接戦闘に追い込まれれば一撃で撃沈、数秒で壊滅させられてもおかしくは無い。

 そして、常識の外に居るのが第5世代機の常であり――マグネッサーシステムの上位系を使用しているのであれば、海上進攻程度ならやってのける可能性は十分にある。

『プロブ大佐、今から後退させるべき人員を“メリーウィドウ”まで退かせます……彼女等の収容が完了次第、艦隊を潜航させてください』

『クーさんっ!』

『俺ら程度なら1年ちょっとあれば代わりを用意できるが、艦隊を再構築するには10年以上掛かるからな。……そんな危ない橋を渡る訳にも行かんだろ?』

 最愛の人からの叫びに対し、自分達に対する冷徹な判断を下した少佐は諦めにも似た吐息を漏らし――。

『退かなければならない人間が誰なのかは……自分が一番判っているだろ? 逃げ切るまでは持たせる。該当する奴はとっとと撤退しろ』

 自分達の中にいる“特別”に向け、そんな通告を発信する。

 それが誰なのか――少佐の言う“補填に10年以上掛かる人材”である彼女達は、その言葉の矛先が自分に向けられている事を理解していたのだが――。

『私は死ぬ訳にはいかないから“危険になれば”とっとと退かせてもらうけれど……自分よりも弱い奴を戦場に残す趣味は無いのよ』

「……特別な人間なんて、誰も居ませんよ」

 その2人――エリスは自慢の様な拒絶を、そしてラフィーアは内容をはぐらかす様な拒否で返す。

『馬鹿な上に頑固な奴らだ……艦長、そういう事になってしまいました。直に――』

 そんな2人の応えに、少佐は口の端に浮かべた笑みと共に“メリーウィドウ”やその後方に控えるフィアーズランス艦隊に対して自分達を見捨てろという要請を上げようとする。

「……少佐、すみません。……その前にやってみたい事が」

 しかし、その清々しい程に悲壮な少佐の決意は、割って入って来た部下の通信――ラフィーアから横槍によって止められ、その言葉に彼は顔を顰める。

『中尉……策があるならもっと早くに言って欲しかったのだが?』

「……ちょっと、正気を疑う案なので」

 珍しく咎めるような少佐の言葉に対し、ラフィーアは彼女らしくない、おどけた様な言葉と共に残存する全員にその策が伝達する。

『――気は確かか?』

 そうしてラフィーアから提案された作戦――いや、作戦と呼ぶにはあまりにも無茶苦茶な、いっそ自棄とも思えるソレに、少佐は彼女の言葉と自身の耳を、人生で初めて疑った。




 ストライク・フィアーズの存続を掛けた作戦の開始より数分後――海岸線付近まで後退した彼等は、この間に更に2機のゼニス・ラプターを失っていた。

『づぅおぉぉ……!』

 しかし、その性能に始終圧倒され、大出力荷電粒子砲の至近弾によって装甲表面を溶かされながらも――彼等は最適の位置取りに3機の“四足”を誘い込む事に成功した。

『時間だ。全員、踏ん張れよ……!』

 その事実を確認した少佐は、掠めた荷電粒子砲の余波から乗機を立ち直しつつ、残った仲間達を励ますようにその短い合図を伝える。

『当たるのが判っている弾を待つっていうのは……嫌なものね』

 そして、そんなエリスの呟きが合図になったかのように、彼等の周囲を光と衝撃――そして爆音の濁流が溢れ返った。

 ラフィーアはこの危機に際し、3つの条件を前提として考え、策を巡らせた。

 1、四足は絶大な火力と機動力を両立こそしているが、防御力すら常軌を逸しているとは考え難い。

 2、勝つ事はもう考えなくて良く、今優先すべきは1機でも多くの機体を――1人でも多くの人材を生き残らせる事にある。

 3、既に部隊の壊滅は決定的であり、どんな手を打っても構わない。

 その思考の元でラフィーアが下した策がこの艦砲榴弾の雨であり――発案者である彼女を含む部隊の全機と、周辺に居た3機の四足――この場に居た全ての存在は今、その爆炎によって足を止めざるをおえない状況に追い込まれていた。

「……っく」

『流石に効くな……!』

『ったく、こんな事考え付く奴の気がしれないわね!』

 自分達の母艦やその随伴艦、上空に展開した艦載航空ゾイドから間断なく放たれる拡散弾頭の雨の中、彼等は衝撃に呻きながらよろめく乗機を立ち直らせ、海岸線から海上へと“飛ぶ”為の後退を再開する。

『連中はこの榴弾の雨の中でも無傷か……ウザったいわね』

 すり足のように下がりながら毒付くエリスの視線の先には、黒い歪みの様な力場によって爆炎を防いでいる“四足”が居り――ソレを使っている間は動けないのか、攻撃こそ止まっているが――外見上損傷を被っているようには見えない。

『中尉、立ち止まるな! 止まればその分、動けない脱落機に負担が――』

「……っ! ……少佐!」

 所定の位置に付いた少佐の“シャルリア”が若干遅れ気味であったエリスに檄を飛ばそうとした瞬間、ラフィーアは残り少ない“ベネイア”の推進剤を使用し、体当たりするように“シャルリア”を弾き飛ばし、そのまま愛機を屈ませる。

『ラフィーア中――っ!? っく、そういう事か……! 全機、すぐに飛べ!』

 唐突なラフィーアの行動と衝撃に少佐は驚きの声を上げるが、次の瞬間に視界を焼いた荷電粒子砲の光によって事態を理解し、少佐は即座に乗機を飛翔させる。

 ――……ここで攻勢に転じてきましたか。

 ラフィーアの視線の先――今放たれた一撃は、3機の“四足”の内の1機が力場を解除してまで照射してきた光であり、その1機は理期場を断続的に入り切りして榴弾による損傷を最低限に抑えながら、次の追撃を行う為のポジションへ移動しようとしていた。

『どうあっても逃がさない心算(つもり)みたいね……! あんた達、先に行け!』

 少佐に続いて“四足”の動きを感知したエリスは、そう吐き捨てると同時に榴弾の影響下に入らぬように保持させていたライフルを“アイリス”に構えさせ、“四足”の方へと反転させる。

『無茶を言わないで下さい中尉殿! こんな状況でこれ以上残れる筈が――』

 しかし、エリスのその無謀な行動に対し、彼女の直轄である隊員が操るゼニスが真正面からタックルするように接触、抱え込むように固定すると同時にスラスターを点火させて離脱を計る。

『っ……! この馬鹿! こんな所で固まったら……っ!?』

「……くっ!」

 その言葉と同時に敵の動きを感知したラフィーアは、それが放たれるよりも速くに脇を通り抜けつつあった2機を“ベネイア”の尾撃で海上へと弾き飛ばし、自身もまた開放されつつあった荷電粒子砲の射線外へと退避する。

『くっ! ……っ!? リトル!』

 ――……っ、もう1機も……!?

 そうして、弾き飛ばされたエリスの返した言葉の最後が“自分に対する警告”だとラフィーアが理解した時には――もう遅かった。

 この下条件でここまでの挙動ができたのは“ベネイア”の損害が少なかった為であるが――性能で遥かに勝る“四足”の予想外の行動に対し、IRデバイスが反応出来ても機体の挙動がそれに追いつけない。

 刹那、荷電粒子砲の光が海岸を突き抜け――砂浜に残っていた最後の1機、ゼニス・ラプター“ベネイア”が崩れるように倒れ込む。

「っ……やられました」

 モニターの端に表示された損害内容は、首の半分とその同一軸線上にあった背中の外装であり――それを確認したラフィーアは、その被害状況に正確な判断を下す。

 ――……ここまで、ですか。

 コアルームに被害が無い為に“ベネイア”は無事だが、首の損害は機体としては致命的であり――頭部の操縦系統が生きていても、ゾイドコアと直に繋がっている神経系の過半を損傷した為、IRデバイスの指示がコアに届かない――要約すれば、機体を操作する術を失ったと言って良い。

「……行動不能です。……少佐、なるべく早くに再攻略して下さる事を願っています」

『ラフィ――』

 ラフィーアの報告に対し、少佐の焦った様な声が届くが――通信系にも支障が来たのかその全てが届く前に通信は断絶し、危機的状況を告げるアラーム音だけが機内を支配する

「…………」

 そんな状況の中、周辺の状況を確認してみると榴弾が降り注ぐ海岸の端で3機の“四足”が再びあの黒い障壁を展開しており――先程の攻撃は彼等にとっても無理を通した物だったのか、その障壁の内側にある敵機の随所には損傷の痕も見て取れ――少佐達の追撃に移れないでいるのが見て取れた。

 その事実から、ラフィーアは自分の策が壊滅必至の死地から半数もの仲間を救い出す事が出来たのだと安堵する。

 ――……少し、怖いですね。

 しかし、何もする事が出来ない“ベネイア”のコックピットの中――未だに続いている絨毯爆撃の衝撃に耐えるラフィーアの心の中には、そんな感情が生まれ始めていた。

 当然の事だが、ラフィーアはストライク・フィアーズの任務で――いや、それ以前に自分の“目的”を通す為に他人を害し、殺しもして来た身であり、彼女も自分自身がソレを受ける立場になる事も当然覚悟していたのだが――。

「…………怖いですね」

 これから起こりうる事態――軍隊並みに組織化された敵ではあるが、まともな捕虜の扱いが取られるとは思えないその未来に、彼女は小さな弱音を呟く。

 そんな中――。

<True Ogre-noide System unpac>

 諦めに満ちていたコックピット内に小さな電子音が走り、モニター上に1行の文字列が表示され、動かぬ筈の機体が蠢動する。

「……? …………っ!? “ベネイア”、駄目!」

 ――……真オーガノイドシステムの解凍……そんな事をしたら――!

 その唐突な変化に事態を飲み込めなかったラフィーアであったが、次に表示された徐々に増加してゆくパーセント表示から、彼女は今起こりつつある事態に気が付き――“ベネイア”に制止の願いを叫ぶ。

<――unpac completion start output>

 しかし、頸部の損傷によって神経束の大半を失っている今、その声が“ゾイドコア(ベネイア)”に届く筈も無く――そうして、9年前の悪夢を引き起こした“ソレ”が再び目を覚ます。

「……っ!」

 その覚醒の結果は苛烈であり――ラフィーアの意思を離れた機体が引き起こした強烈な加速は、彼女の意識を強引に刈り取って行った。




 エリスの無謀な行動を止めようとした部下達の動きと、その後に突き抜けた2つの光――そして、端的に述べられた絶望的な通信と共に送られた儚い微笑を最後に、黒い少女の姿かノイズによってかき消される。

「ラフィーア中尉……! ……っ!?」

 その途切れた通信を追うように振り返った少佐の視線の先には、倒れ臥した“ベネイア”といまだに降り注いでいる拡散榴弾に耐えている“四足”の姿が映るが――。

「……くそ」

 転進し、倒れた腹心の元へと駆けつけたい衝動をその一言によって抑え、少佐は離脱に成功したゼニス・ラプターを先導するように『メリーウィドウ』へと直走る。

『隊長、艦に狙撃専用パックを残存機数分用意させてください! ――帰艦後、艦上狙撃で……!』

『対レーザービーム爆雷を撒けば荷電粒子砲は防げます、すぐに反撃の準備を!』

「――――」

 そんな中、追従する部下達から反撃――最終的には置いて来てしまった仲間達の救援を目指した提案がなされるが、少佐はその具申に応える事無く、耐える様な沈黙を貫く。

『馬鹿、少しは冷静になりなさいよ。――離脱に成功したのに、確実な勝機も無い状況で再攻略を仕掛けでどうするのよ』

『な――エリス中尉、おまえは……!』

『吼えるな……! ……私が居るのに、脱落機を置いてきぼりにしたなんていう事実は許せない――でも、もしも私達がやられて、船もやられたら――リトル達の行動が無駄になる……うざったい話よ』

『――っ』

 普段からイラついているような表情をしているエリスだが、今の彼女のソレはその憤怒の度合いを表す様に、まるで般若の如き様相であり――少佐に意見を上げた2人の部下も、その悔しさを感じ取ったのか黙り込む。

 そうして生まれた重苦しい沈黙の中、撤退に成功したゼニス・ラプター達は沖へと機首を向け、潜航準備を終えつつある“メリーウィドウ”へと帰還する。

「着艦した機体は直に艦内へ移動しろ。支援攻撃中のプテラスの弾薬が尽きる前に潜行できる態勢を整えなければ……いままでの事が全部無駄になるぞ!」

 母艦へと辿り着いたゼニス・ラプター達は、過酷な状況を潜り抜けただけあって、今にも崩れ落ちそうな状態であったが、少佐はそんな彼等の尻を蹴る様に指示を飛ばす。

「行動不能の機体は引き摺ってでも格納庫内に引き入れろ。ここまで来て脱落機をだすような真似を――な、なに!?」

 その最中、起動させたままのサードアイシステムが偶然捉えた映像に、少佐は思わず声を上げる。

 狙撃・索敵支援用の望遠映像が捉えた映像――それは爆炎が吹き荒れ続けている沿岸部にて、首にの半分を穿ち飛ばされた“ベネイア”がゆらりと立ち上がり、次の瞬間にはエナジーライガーもかくやという急加速によって“四足”の一体に組み付いた光景であり――。

「――っ!?」

 2つの機獣が接触したその瞬間から、“四足”の外装に半透明な薄緑の結晶――“ベネイア”が損傷部位から流しているZiリキッドと同じ色の結晶が凄まじい勢いで生え始め、“ソレ”が“四足”の大半を覆った瞬間、もがいていた“四足”がバラバラに粉砕される。

「……なんだ? アレは――?」

 相手を結晶化させ、分解せしめたソレ――ゼニス・ラプターにあんな事が出来る事実を――少佐は知らない、知らされていない。

「――! まずい……!」

 少佐がその動揺に混乱していたのはほんの一瞬であり、彼の目が“四足”の動きを発見した瞬間、今までの物とは別の動揺がその表情に走り――次の瞬間にはその危惧が現実となり、海岸線に2条の光が走る。

 その光は、ラフィーアらしくない挙動――次の獲物を狙うかのように視線を巡らせていた“ベネイア”に向けて放たれた荷電粒子砲の光であり、2機の“四足”が放ったそれは“ベネイア”の上部と左側の過半を容赦なく蒸発させ、動力装置と片足を失った機体が再び地面に倒れ込む。

「っ!? 止め……!」

 そして、第1射を終えた2機の内の片割れ、“ベネイア”の左半身を焼いた“四足”がそのまま第2射を照射せんと身構え、止めを刺しに掛かる。

 優秀な部下であり、同時に自身の後を継いでほしいと願っていた少女が失われてしまう事に彼が恐怖した瞬間――。

「な……っ!?」

 荷電粒子砲照射体勢に入っていた“四足”は唐突に無数の爆炎に包まれ、甲高い風切り音と共に幾つもの翼が少佐達の上を突き抜けるように擦れ違って行く。

「フルンティング……!? どこの機体だ!」

 “メリーウィドウ”の上空を通過したソレは、伝説上に存在する剣の名を冠した機体――2つの巨大な武装コンテナを背負った細身のドラゴン型大型ゾイドにして、ウェシナに30体しか居ない筈の第5世代機であり――。

「っ!? 5体も……!」

 戦略兵器として認識される程の圧倒的な力を持ったウェシナ最強の翼が5体――射撃体勢に入っていた“四足”に幾つものミサイルの雨を叩き込んだソレらは、“四足”の上空で綺麗な宙返りと共に次のミサイル群を開放、地上に居る獲物に対して再び無数の弾体が殺到する。

 それに対し、不利を認識した最後の“四足”は殺到するミサイル群に向けて荷電粒子砲を照射、空を両断するかのように連続照射した光によって降り注がれるミサイルの大半を消滅させつつ、撤退を開始する。

「早い……!」

 僅か一瞬で数百メートルの距離を取り、本格的な逃走に入ろうとする“四足”の機動性能は異様であったが、フルンティングのそれは更に上を行っており――上空に居た筈の1機が、次の瞬間には土煙を纏った状態で“四足”に対して蹴りを振り抜いており、吹き飛ばされた“四足”にもう1機のフルンが襲い掛かり、無力化する。

『――――これが、第5世代機同士の戦闘か……』

 ――……自国の機体とはいえ……空恐ろしくなるな。

 事態の急変――自分達に都合のいい状況とはいえ、その急転直下の状況に隊員達が呆然とする中、少佐は素直な感想を思う。

 フルンティングが示した結果――自分の部隊を壊滅寸前にまで追い込んだ敵を僅か十数秒で無力化したその性能に、少佐は味方といえども畏怖とも恐怖ともつかない感情を覚えたのだが――。

「……セラ、彼らがどこの部隊の連中だか判るか?」

 だが、隊を預かる立場に居る少佐はその感情を引き剥がし、自分達を救ってくれた存在に対する当然の礼を送るべく、艦隊の目であり耳でもある彼のパートナーでもあるセラフィルに通信を送る。

 しかし――。

『あ、敵味方識別装置(IFF)を発信していないので判りません……。それにこの子達……“無人”ですわ』

「なに……?」

 返ってきた予想外の返答――内容もそうだが、セラフィルと親交の深い少佐ですら初めて聞く、その怯えた様な震える声に、彼は思わず疑問の声を上げる。

『私が知覚できないような遠隔地から、フルンクラスのゾイドを5体も同時に遠隔制御するなんて……そんな事が出来る人間が存在するの……?』

 その言葉はZA能力者ではない少佐には窺い知れない事柄であったが、ウェシナ有数のZA能力者であるセラフィルが、狼狽のあまり満足な応えを出せない状況の中――崩壊した港湾部に降り立ったフルンティングの内の1体が残骸の様に転がっている“ベネイア”を丁寧に抱き上げ――。

「――っ! 待て!」

 ソレに倣うように他のフルンティングが撃破した2体の“四足”を拾い上げ、彼等はそのまま東――ウェシナ・サートラル方面へと飛び去って行った。




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