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「……二週間、ですか……意外と長かったですね」

 ロムルス軍港を出港し、西へと進路を向けたフィアーズランス艦隊旗艦――“レイフィッシュ”の後部甲板からニカイドス島を眺めていたラフィーア・ベルフェ・ファルスト中尉は、徐々に離れて行く島影に対して静かな感想を呟く。

 整った顔立ちに物静かな雰囲気を纏った彼女は、その小柄な身体に容赦なく吹き掛かってくる海風になびく黒髪を押さえながら、“レイフィッシュ”と擦れ違っていく交代艦隊を見送っており――。

「ま、北側の領海(アンダー海)全体を警戒する為の戦力でもある俺達の事を、いつまでも局地防衛なんぞに回して居られないって事なんだろうよ」

 そんな呟きに対し、ラフィーアの横――海を背にしながら愛銃を玩んでいた銀髪黒目の“見掛け”は少年に見える男性士官――アッシュ・バルトール中尉が律儀に応えを返す。

「本国の反応は何時も遅いのよ。さっさと代わりを寄越してくれれば、もっと早くに帰れたのに」

 そして、2人から少し離れた場所で彼女達の事を見ている栗色の髪と瞳をした――いつも不機嫌そうな顔をしている女性士官、エリス・ウォルレット中尉が手厳しい言葉で締める。

 ロムルス基地奪還作戦の成功より半月。西方大陸都市国家連合(ウェシナ)本国から派遣された交代部隊の到着により、フィアーズランス艦隊の面々はウェシナ・ニザムにある本拠地へと帰還する運びとなった。

 そして、彼女等――同艦隊所属の陸戦部隊であるストライク・フィアーズの主力と言える3人は、示し合わせた訳でも無く同じ場所で鉢合わせ――今、同じ時間を過ごしていた。

「……6機目の陸戦型フェルティング……本国は本気の様ですね」

 そんな中、艦隊と交差するようにロムルス基地へ向かう交代部隊の最後の便――その輸送艦に載せられていた大型ゾイドの姿に、ラフィーアは思わずその名を呟く。

 SAZ−02――スピノサウルス型の大型陸戦ゾイド、フェルティング。

 それはゼニス・ラプターが量産される以前からウェシナの主力を張っている第4.8世代型ゾイドであり――アルバ由来の技術をふんだんに取り入れた同機は、細身でありながら強靭な耐久力と機体出力を併せ持ち、他国から陸の浮沈機と恐れられる大型重量機体だ。

「ふん……墜とされないだけの鈍間じゃないの」

「相変わらず厳しいねぇ、エリスは」

 しかし、ラフィーアの言葉に反応し、すれ違った機体へと視線を向けた2人の反応は軒並み冷めたものであり――その反応はある意味正しい。

 第4.5世代機(ゼニス・ラプター)よりも戦闘能力で遥かに上を行く機体ではあるが、その実は機動力の要である翼を?がれた第5世代機(フルンティング)と言うのが正しく――ストライク・フィアーズのように攻撃力と機動力を両立して求められるような部隊には不向きな鈍重機であると言える。

 ――……ウェシナの重要拠点に必ずと言っていい位に配備されている主力機なのですが……まぁ、ソレを褒めるのはゼニス乗り(私達)のプライドが許さない事ですからね。

 2人の言葉に対し、ラフィーアはそんな共感を思いつつ――拠点の要とも言える同機が大量投入された事実、ウェシナ本国がニカイドス島の利権確保の道を選んだのかもしれないという――彼女にとっては少々都合の悪い予想を考察する。

 確かに、この地を皮切りに本土からニカイドス島に至るまでのグレーゾーン――各諸島群も手中に収めてしまえば、ウェシナは他国の反感を代償に広大な領海を得る事になる。

 そして、そんな判りきった利権を後々の交渉まで堅持し、譲歩のカードとする――本国はそんな事も考えているのかも知れないが、ネオゼネバス帝国の反感を買うような事は避けて欲しいとラフィーアは思う。

 ――……あまり面倒な事には……なって欲しくないものです。

 そのまま考えるのが面倒になる程の選択肢を思い浮かべてしまったラフィーアは、結論を出す事を早々に諦め――同時に『自分の“願い”に影響が出る様な結果になりませんように』と心の中で祈りつつ――。

「……次は、何処へ行くのでしょうか?」

 ラフィーアは自分が知りえぬこれからの艦隊の行き先を2人に尋ねる。

「とりあえず、ニクシーに戻って本格的な補給と休暇の消化をするんじゃねぇの? んで、その後は何時もの様にアンダー海を西へ東へ奔走しつつ、南エウロペ北部周辺のゴタゴタに駆り出される……って所じゃね?」

「リトルが聞いていない事を私達が聞かされている筈がないでしょ? 少しは頭を使いなさいよ」

 しかし、アッシュから返された内容はラフィーアが隊を離れる前と変わらぬ勤務体制であり、エリスに至っては口実という名の水を得た魚のように毒舌が入る。

「エリス……その発言は自分がアホだって公言しているような――」

「うるさいわよ、単純馬鹿」

「…………こんな遣り取りも、随分と久しぶりですね」

 その言葉通り、ラフィーアは軍務と離れた所でこの2人と話す懐かしさを心地よいと思う反面――内心では僅かな焦りを感じていた。

 艦隊の行動が変わっていないと言う事は、即ちニザム近辺に“目新しい懸案事項”が無いという事であり――ソレはつまり、ラフィーアの求めているオーガノイドシステム(OS)に関する新規情報が同地に無いという事にもなる。

 ――……ニクシー基地へ帰還したら、将軍に情報提供をお願いした方が良いかも知れませんね。

 末端に近い立場とは言え、“ゼニス計画”の実行役の1人であるラフィーアの元には計画の全体的な推移情報は入って来ているが――個々の長が個人的に保留としている案件に関しては直接確認するしか手が無い。

「……上手く行くと良いのですが」

 他の場所は殆ど探し尽くしたラフィーアにとって、原隊復帰という行動は灯台下暗しと言う最後の望みを託した賭けであり――残り時間を勘案しても、この手が失敗に終わった場合、彼女は自分に課した“目的”を果たせなくなってしまう。

「ん? どうかしたのか?」

「……いえ、何でもありません」

 些細な言葉も拾い、反応を返してくれるアッシュの事を有難いと重いながらも、ラフィーアはそう言って話題をはぐらかし――。

 ――……いっその事、新しい遺跡等が見つかってくれれば良いのですが……。

 2人の思惑とは間逆であろう身勝手を思いながら、ラフィーアは交代艦隊を見送った。




 ロムルス軍港を出港してから数日後――ウェシナ・ミューズの領海に入った事によって警戒レベルが下げられたレイフィッシュの胴内格納庫では、艦載機に対する大々的なメンテナンス作業が進められていた。

 対象となるのは7機――ロムルス基地奪還作戦時に行動不能に至る程の損傷を被った機体やその後の小規模戦闘で被害を被った全てのゼニス・ラプターであり――。

「……………」

 その該当パイロットの1人であるラフィーアは、喧騒の只中にある格納庫内を横切るように愛機に向かって歩みを進めていた。

「――第5世代機とまともにぶち当たっちまったんだからしゃーねぇだろっ!」

 その途上で、アッシュや彼と行動を共にする事が多い古参の面々が整備班の方々にコッテリと絞られていのが視界に入って来た。

 少々今頃の説明になるが、第5世代機(エナジーライガー改)と第4.5世代機(ゼニス・ラプター)とのキルレシオには1対5以上という大きな壁がある。

 これを簡単に言ってしまえば、エナジーライガー改を1機倒すのに最低でも5機のゼニス・ラプターを失うと言う事であり――そんな天敵2機を相手に、全損を1機も出さずに処置したのはむしろ誇って良い戦果と言える。

そして、優秀な技官であるガーネット大尉の部下である彼らが、その事実を理解していない筈が無いのだが――。

「エリス中尉の機体は殆ど無傷でしたが?」

「――っ! あんな化物と一緒にすんなーっ!」

 そんな彼等がアッシュ達を突(つつ)いているのは、多分、真面目にやらない彼等に対する当て付けと思われる。

 ――…………エリスさんに聞かれていなければいいのですけれど。

 そんな彼等の横を通り過ぎた後に聞こえたアッシュの叫びを危ないと思いつながら――ラフィーアは周囲に居る白い機体を見渡す。

 先程は少々酷な実情を思ってししまったが、この機体(ゼニス・ラプター)が弱いという訳では決してない。

 確かに、自身の装甲を容易に突破できる敵との戦闘になった場合には散々な結果となるが、それ以外――第4世代以下との戦闘に置いては、第5世代機と同等以上のキルレシオを保持している。

 その条件を踏まえた上で、高い運用コスト故に量産化の目途が立たない現行の第5世代機と比較すれば、ゼニス・ラプターは遥かに安価なランニングコストで作戦行動が可能であり――その能力があるからこそ、今のウェシナの主力機として君臨できている。

 ――……9年前の実験が上手く言っていれば、こんな形ではない――もっと違う形になっていたのかも知れませんが……。

 愛機への歩みを進める傍らで、そんな考察を重ねていたラフィーアは、益体もない“もしも”を連想してしまい――その結果として、“あの機体”を思い出してしまう。

 ゼニス・ラプターの前身とも言える機体、真オーガノイドシステム(OS)搭載型の量産型第5世代機――“ゼニス”。

 真OS由来の大出力によってゼニス・ラプターよりも高い性能を有しながら、同程度の運用コストを謳ったウェシナの野心機であったのだが、それは9年前に暴走事故と言う最悪の結末によって方針転換を迫られ――結局、試験機体を処分した後、ウェシナの主力機は今の限定OSを実装した仕様が採用された。

 元々機密性の高い計画であった為、この事故が直接の切欠となった訳ではないのだが――火の無い所に煙は立たないとでも言うのか、それ以降真OSに対する風当たりは益々(ますます)厳しくなり、軍内でも何かと理由を付けられては新規製造した実験機が処分される事態が度々発生している。

 ――……気を付けないといけませんね。

 包み隠さず白状すると、“ベネイア”も“それらの内の一つ”に該当し――その上、後ろ暗い事が無い訳ではないというオマケも付いてしまう為――この事実はラフィーアの“目的”が達成されるまで、他人に知られないに越した事は無い。

「ラフィー? ごめんね、呼び出しちゃって」

「…………いえ」

 と、ラフィーアの思考がそんな危惧に囚われていた最中、上方からの自分を呼ぶ声に彼女は思考と歩みを止め――“愛機(ベネイア)”のコックピット付近で端末を開いていたガーネット・アルトメリア・シールアンク大尉の声に応える。

 整備兵の証とも言えるツナギ姿の彼女は、燈色の髪と青い瞳という2つの色が特徴的な女性であり――今日は制御系の作業が主体なのか、その小柄な身体を包むツナギにいつもの黒ずみは無く、眼鏡を掛けている為か普段とは違った知的な雰囲気を醸し出していた。

 そして、ガーネットの声を追ってラフィーアが見上げた彼女の愛機――奪還作戦の際、治したばかりの左腕を穿ち飛ばされるという小さくない損害を被った“ベネイア“は、そんな傷等最初から無かったかのような完璧な状態にあり――。

「――――」

 それを確認したラフィーアは、その万全の姿に思わず顔を綻ばせる。

「取り敢えずこっちまで上がって来て、IR(イミテーション・レゾナンツ)デバイスのマッチング確認だけだから」

 そんなラフィーアの表情を知ってか知らずか、ガーネットはそう続けるとコックピットの中へと消えていき、ラフィーアもそれに続く為にハンガーの端を目指して歩みを再開する。

「いらっしゃい。それじゃ早速……IRデバイスを繋ぐ準備をして」

「……はい」

 そうして機内で待ち構えていたガーネットはラフィーアが手に填めているデバイス受信機との接続端子を差し出しながらそう告げ、ラフィーアはその言葉の通りに端子を自身の手甲に取り付けながら“ベネイア”のシートに座る。

「よし、それじゃ同調開始から機体を動かせるようになるまでいってみよっか」

「……わかりました」

 シートの背後、巨大な円筒状の検査装置を脇に抱えたガーネットはその言葉と同時に端末の方に集中し、ラフィーアも愛機の起動手順を開始する。

 以前にも説明したが、IRデバイスとは義手を動かす為の神経素子とそのアナログ情報を接続機器に伝える発信機とを組み合わせた物であり、ソレに情報を受け取る受信機を組み合わさる事で搭乗者は機体を自分身体の延長のように扱う事ができるようにする機構である。

 そして、その極小発信機を体内に埋め込む事を転換手術と言い、ラフィーアはソレを両手首と両肘の計4箇所に埋め込んでいる。

 ――……機構自体は単純ですが、その制御機構――情報を搭乗者からの一方通行とし、パイロットの精神負担を無くす――を実用レベルに到達させるまでには、数え切れない程の“消された犠牲者”を出した代物なのですよね……。

 “ゼニス計画”の遂行者として上から聴かされた様々な情報の1つ、あまり知りたくは無いIRデバイスの開発経緯を思い出してしまったラフィーアは、若干気を落としつつもガーネットの言葉通りに“ベネイア”の全身に起動情報を送って行く。

「――ん、IRデバイスと神経束との反応齟齬は誤差範囲内ね。いや〜移植したばっかりの腕をふっ飛ばしたりしたから、どんな事になっているかと思っていたけれど……問題が無くて良かったわ」

 その検査――休眠状態から待機状態へと移行させる行為自体はものの1分と掛からずに完了し、満足な結果だったのか上機嫌なガーネットの言葉が背後から響いてくる。

 言葉だけを聞くと、その物言いは機体を損傷させたラフィーアの事を責めている様にも聴こえるが――長年の付き合いから、ガーネットのソレが自分自身に向けた確認の為の独り言だという事をラフィーアは理解しており、その考察を邪魔しないように沈黙を続ける。

「確認作業はこれで終了っと。いや〜、ついでの事とは言え、済ませておかないと報告書を上げられないからねー」

「…………ついで、ですか?」

 待機状態に至った機体を再び休眠状態へと追い戻す為の手順を取っていたラフィーアは、ガーネットから発せられたその言葉に違和感を覚え――。

「そ、ついで。本題は……“ベネイア”のゾイドコアの事を聴きたくて」

「……っ」

 続けられたガーネットの言葉――ついさっきまでラフィーアが考えていた危惧に、彼女は総毛立つ程の戦慄と共に、思わず硬直してしまう。

「いやー、前々から少しおかしいなぁ……とは思っていたんだよ」

 そして、そんなラフィーアの状態を知る由も無いガーネットは、いつもと同じ声音でその疑問に至った経緯の説明を始める。

「OSの代謝物である対レーザービームコーティングの層が他の個体よりも厚く、その上でコア出力の揺らぎが激し過ぎる……極めつけは今回の左腕部の神経束の接合速度の速さ」

「――――」

「行動不能だったとは言え、駆動系の損傷だけで済んでいた“アウトラー”よりも先に完全な状態に戻ってしまうんだかねー。これで興味を持たない方がおかしいよ」

 ガーネットが言葉にしていくソレ等の事象は、知られたくない事実に至る確かな証拠であり――前置きも無く確信を突かれた衝撃に動揺していたラフィーアは、それが拙いと判っていても、応える事も誤魔化す事も出来ずに沈黙で返してしまう。

「………………」

 いや、正確に言うならば――動揺で凍りついていたのはほんの僅かな時間であり、今のラフィーアは“自分がガーネットの発言に対して思ってしまった対応”に恐怖し、固まっていた。

 ガーネットは非常に多くの情報網を持つ、優秀な人材であり――そんな彼女が興味を持ってしまえば“あの事件”にまで知識の手を伸ばしてしまうかもしれない。ならば――。

 ――……ベネイアが処分される危険性(後々の憂い)を絶つのであれば、ラフィーアの最大の“後ろ盾”である“ゼニス計画”の統率者達――ウェシナ・ファルストの代表や将軍達に掛けあって“彼女”を排除して貰った方がいいのかもしれない。

 少し考えれば方法は幾らでもある筈なのだが、ガーネットに対する正しい評価を持つラフィーアは、まず最初にそんな最悪の選択肢を思い浮かべてしまった。

 その思考――少佐達の名前を出して嫌われるだけならまだしも、先輩であり頼れる友人でもあるガーネットに対し、一瞬でも“そんな事”を思ってしまったラフィーアは自分の思考に混乱し、応えを返せないまま沈黙を続けてしまう。

「……ラフィー?」

 その長すぎる沈黙を不審に思い――主に心配から、ラフィーアに歩み寄ったガーネットは、その表情にハッと表情を硬くし――。

「……ごめん。そんなに聴いちゃいけない話題だとは思っていなくて……ごめんね」

 謝罪と共に話題を打ち切り、元居た場所に戻ってテスト用機材の撤収作業に入る。

「…………」

 自分がどんな顔をしていたのか、結局の所、ラフィーアにも判らなかった。

 しかし、事実として彼女達に生まれてしまったその気まずさが晴れる事は無かった。




 ラフィーアとガーネットの仲が気まずくなったその一件から2日後。

 西方大陸北西地域――ウェシナ・ニザム領、ニクシー基地への帰路を進んでいるフィアーズランス艦隊は、未だにアンダー海洋上を西に向けて航行中であり――同艦隊を構成する護衛艦の囲いの中心、旗艦レイフィッシュの居住エリアにある一室。

「……エリスさんは、基本的に戦闘中は立ち止まりません……そこを取っただけでも、ゼニス・ラプターが想定している挙動パターンから大きく逸脱しています」

 ラフィーアは自分の背後から同じモニターを凝視している“見掛け”は少年の男性士官――この部屋の主であり、同僚でもあるアッシュに対してゼニス・ラプターの挙動に関する講義を行っていた。

『ロムルス基地奪還作戦時にエリスが見せた機動を真似したい』

 つい先程そんな要請を受けたラフィーアは、“渡りに船”とばかりにその話を了承し、アッシュに与えられている士官室に入室したのが大凡十数分前。

 始めこそ「……どうやればここまで散らかせるのでしょうか」と、アッシュに宛がわれている士官室の状況が気になって仕方のなかったラフィーアであったが、彼女の意識は既に講義へと向いており、彼の理解度を横目で確認しながら締めに入る。

「……機体の姿勢制御……特に重心移動に関しては才能としか言い表せない位に飛び抜けて居ますから……あの挙動を真似るのは至難の技です」

 そして、説明を終えたラフィーアはそう言い切り、エリスの真似をする事は無理であり、ソレに時間を割くのは無意味であると暗に示してみるが――。

「そこをどうにかして欲しくてな。とりあえず、駄目そうな所があったら指摘してくれるか?」

「…………はい」

 しかし、初めから“チャレンジする事”が前提であったらしいアッシュは、そんなラフィーアの助言を無視するように部屋の端から端末と電気ポット大の電子機器を取り出し、自身の両腕に装着したIRデバイスの受信機と変換装置(その箱)とを接続する。

 アッシュが自分のIRデバイスと繋いだ物は、デバイスからのアナログ的な複合出力を端末画面上に映し出されたゼニス・ラプターを模したコンピューターグラフィックに反映させるものであり――。

「――準備完了、っと……ラフィー、そっちは?」

 ガーネットが趣味で作り出したソレは、イメージトレーニングを容易にする物として部隊内で重宝されている品でもあり、そんなアッシュの言葉と共に待機状態のゼニス・ラプターを表現した機体CGが端末上に表示される。

「……アラートから1秒後に着弾で構いませんか?」

「構わないぜ。……まったく、シミュレータールームの改装が終わっていれば、もっとまともな訓練ができるんだがな」

 その準備に並走して端末で補助設定を詰めていたラフィーアはそんな問いをアッシュに投げかけ、彼は応えと共に愚痴を返してくる。

「……ニクシーに戻るまではどうしようもない事です。……デバイスの接続は1つだけで良いのですか?」

「おう、機体の挙動だけなら片手で充分だ。――行くぜ」

 ――……凄いと聞いていましたが……噂通り、高度なデバイス適正を持っているんですね。

 打合せと世間話が折り重なった会話の中、アッシュが何気なく発した言葉にラフィーアが感心した瞬間――プログラムが開始され、簡易CGで表されたゼニス・ラプターが挙動を始める。

「――ふんっ!」

 まず、スタート直後に機体正面へ出現したアラートに反応し、画面上の機体は左側の全スラスターを逆噴射させて半旋回しながら側面へ移動する事で被弾判定を回避。

 そして挙動によって浮かび上がってしまった左足を右足による重心移動で強引に接地させ、回避に用いた運動エネルギーを打ち消すように踏ん張った瞬間に次のアラート、正面からで数は時間差で2つ。

「つぅらぁっ!」

 その危機に対し、アッシュは今回スラスターを使わず――初弾を機体が潰れたかのような急激なしゃがみ込みで回避し、武器をホールドしている事になっている両前足の手首(使える)部分と沈み込ませた両足のバネを最大限に開放し、瞬間的な大跳躍で次弾の被弾判定を飛び越える。

 そうして滞空中に発生したアラートをスラスターによる旋回機動で回避しきった機体は着地と同時に衝撃を逃がすように踏ん張り――回避不能と判断した次のアラートを正面装甲で受けるような挙動を取った後、再び回避挙動による舞を再開する。

 アッシュが行う機体機動――急激な回避行動後にわざわざ機体を制動させるような動きを取っているのは、機動の基点となる挙動に被弾時の衝撃を受け流しやすいような体勢を取るような動きを組み込んでいる為であり――。

「…………」

 彼自身はその動きに不満を洩らしていたが、コレ自体も熟練パイロットでなければ実現できない高等なテクニックであり、今までの動きに対してラフィーアが言える言葉は無いのだが――。

「っと、こんな感じなんだが……助言とかって出来そうか?」

「……ゼニス・ラプター乗りならそのままで良いような気もしますが……失礼します」

 しかし、アッシュの言葉にラフィーアはそう応え、断りを入れてから彼女もIRデバイスの受信機である手甲を右手に嵌め――変換装置と繋がったままのアッシュの右手に自身の右手を押し当てる。

「おっと、直接指導をしてくれるのか?」

 IRデバイスは搭乗者とゾイドとの情報の双方向性を排除し、搭乗者からの一方通行とする事で反応の向上とパイロット保護とを両立した機構ではあるのだが――。

「……はい。……抵抗しないでくださいね」

 発信機の上に発信機を重ねる事で、上の発信機が発した情報の流れを下の発信機が“感じる”事は可能である為、視覚情報と併せれば動かし方のコツのような物を掴みやすくなるという裏技がある。

 そして、ソレを実施するべくアッシュの右手に自身の右手を重ねたラフィーアは、もう一度プログラムを走らせ――CGで模倣されたゼニス・ラプターの舞が再開される。

「――えげつないな」

 そうして再開された機動は、先程と同じ機体とは思えない奇抜な物だった。

 正面に出現したアラートに対して半旋回しながらの横滑りで対処したのは同じであったが、それ以降は足を止める様な制動行動を一切せず、反撃するタイミングこそ考慮しているものの、被弾した際の衝撃を全く考えない――回避が成功する事を前提に動いている様な動きをラフィーアは取らせ続ける。

「…………こんな感じでしょうか」

 十数分後、プログラムに区切りのついたラフィーアはアッシュの右手に重ねた自身の掌を引きはがしつつ、彼との間にある椅子の背もたれに身を預けるように身体を伸ばしながらそんな吐息を漏らす。

「……我流の、考え無しな挙動ですけれど……機体各所に装備された7基のスラスター……兵装によってはもっと増えますが……ソレ等全ての動きと噴射時に引き起こすモーメントを全て考えて動かすのがエリスさんの動かし方です」

「なんか、話を聞いているだけでも俺には向きそうに無い動かし方のような気がするなー」

「……機体の置かれている状況やその姿勢制御すらもゾイドコアに任せず、自分で完全に把握した上で操作するような物ですから……私も、自分の行っている事が視覚的に感じ取れるシミュレーターだから出来ていますが……実戦では出来る気がしません」

 ラフィーアの締めとなる説明を、何とも言えない嫌そうな表情で受け入れたアッシュに対して彼女は更なる説明を返し――諦めさせるような流れを再び形成する。

 ――……そもそも、こういう挙動は情報が一方通行のIRデバイスよりも、情報が双方向だったというプロトタイプの方が……。

「…………?」

 そんな思考を思った瞬間、ラフィーアは自分の頭の中に浮かんだその考えに対し、何故か違和感を覚えたが――。

 ――……今はアッシュさんとの会話に集中する時ですね。

「……実際の所、私も基本的にはアッシュさん同じような動かし方をしていますし……実を結ばない努力よりも、昇進試験の勉強をなさった方がよいのではないでしょうか?」

 そう思考を割り切り、この違和感は後で考えようと強く記憶に留めながら、アッシュに対して無理であると言う事を再び提案しつつ、建設的な代案を提示する。

 戦時中の場合ならいざ知らず、昇進と言う物は戦果をあげれば勝手に上がると言う物ではなく、その階級に見合った知識が必要となるものであり――隊を預かる身である士官としては、そういった勉強は欠かせない責務でもある。

「なんだよ、ラフィーまで少佐やセラフィルと同じような事を言うのかよ」
 だと言うのに、アッシュにはその方面に関する誠意と努力が欠けており――彼が口にした2人からは『中尉に昇進できた事が奇跡』などという暴言を吐かれていたりする。

「とにかく、もう一回だ。フィアーズの特攻隊長がエリスの奴に笑われる訳にもいかないし、ラフィーだってロムルスを奪還した時、似たような動かし方をしただろ?」

「…………」

 先の奪還作戦の最後の時、ラフィーアが愛“ベネイア”に対してゼニス・ラプターらしからぬ回避重視の挙動を実行したのはアッシュの言葉通りの事実だが――その時、彼の乗機である“アウトラー”はエナジーライガー改に突き飛ばされ、行動不能に陥って居た。

 ――……あんな状態で……よく見ていましたね。

 と、その事実にラフィーアが素直に感心した瞬間――。

「いくぜ……!」

「……っ」

 そう言ってプログラムを再開させたアッシュの左手――ラフィーアの肩に乗せられている方の左手が思いっきり握り締められ、その万力の様な圧力にラフィーアが耐えるような呻きを漏らす。

「おぁ……!? すまん!」

「…………大丈夫です。……私も、よくやりますから」

 上手く制御しようと力み、受信機を付けた部位を痛めるのはIRデバイス転換手術者の職業病のようであり――今回は自分の身体ではなかったが――ラフィーアの言葉通り、よくある事故である。

「脳味噌のリミッターが微妙な状態の膂力で掴まれて、大丈夫な訳無いだろう?」 

 しかし、アッシュはそう言って流れるような――本当に惚れ惚れするような手際でラフィーアの上着の止め具を外し、ネクタイを一動作で抜くとシャツのボタンに手を掛けようとする。

 ――……ゾイド人としての血が濃い為に、見掛けは10代中盤といった所ですが……やはり年上なのですね。

 そんなアッシュの所作に、ラフィーアは彼の見掛けが歳不相応の理由――ゾイド人の血、正確に言えば“長寿系の濃度”の事を思う。

 その特異性を簡単に表す例を述べると――89歳で子を成し、100歳になっても前線で活躍したヘリックU世の史実が的確であり、血の濃さや条件によっては平均年齢の倍、もしくはそれ以上の長命になれるのが“彼等”である。

 ――……さて、どうしましょうか。

 動揺から立ち直って落ち着く為に、アッシュの生い立ちに関する状況を思考したラフィーアであったが、シャツのボタンが粗方外されつつある現状から流石に危機感を覚え――対応の考察に移る。

 アッシュのこの行動はとっさの事――怪我の具合を確かめようとする良心的な善意によるものだったと思われるが、そうであったが故にプライベートで彼が何をしているかが良く判る手際でもある。

 そして、外見が外見なだけに、こんな“事故”であっても小柄のラフィーアとの組み合わせであればギリギリ微笑ましい遣り取りに見えなくもないのかもしれないが――。

 ――……血の濃さによって成長速度もまちまちとなってしまうのですが……その存在自体が希少な為、現行では一般人と同じく実年齢を基準とした教育課程や法律で括られる……この方式は、やはり問題がある様な気がしますね。

 先の説明通り、アッシュは“長寿系”がよく発現する特権階級にある人間でも無いのに彼等と同等かそれ以上の濃さを有してしまった難儀な人物であり――今の年齢に至るまでの知識が詰め込まれた10代の少年と言うのが最も的確な人材でもある。

 そんな経緯から、ラフィーアは今の状況をその外見通りに嗜めるべきか、それとも年上に対する様に冷徹に行動すればいいのか――判断に迷ってしまっていた。

 ――…………深く考えず、ゼフィーと接する時のように……一人の友人と接するように、とりあえず声を掛けましょうか。

「…………アッシュ、さん?」

 放置すればするほど悪化していく自分の状況に、ラフィーアの内心は大混乱状態であったが――知り合いに居るもう一人の困った長寿系である“彼女”の事を想い浮かべながら、ラフィーアは抗議の言葉をアッシュに向ける。

「おわぅ!? しまった、いつもの癖で……!」

 そんなフィーアの言葉で我に返ったアッシュが慌てて取り繕おうとするが、シャツをはだけさせ、その下に包まれていた白い肌と下着が見えている時点で流石にもう遅い。

 そして、間の悪い事は続く物であり――。

「アッシュ中尉殿、失礼します。ガーネット大尉から“アウトラー”の修理報告書を――」

 ロックされていなければノックもせずには入ってくるのが彼等の慣習だったらしく、言葉と同時に入室して来た少尉――エリスの部下の1人であり、奪還作戦の時に彼女の引っ掛けに嵌った彼だ――は、振り返ったアッシュとラフィーアの状況に絶句する。

「あ、え……し、失礼しましたっ!」

 そして、何とも言えない沈黙が両者の間に流れた後――彼は持っていた書類と一緒に回れ右をし、部屋の外へと駆け出してしまう。

「……アッシュさん」

「すまん。……あーあ、しかも奴かよ……まぁ、口は堅い奴だから話が広まる事はねぇが……ああ言うのは誤解だって説得するのが大変なんだよなぁ……」

 都合2度。名前だけを呼ぶ事で非難の意思を伝えたラフィーアに対し、アッシュは心底反省したといった様子で項垂れ、そんな言い訳の様な言葉を返してくる。

「……アッシュさんは、エリスさんの事が気になっているのですものね」

 彼はエリスの部下であり、その関係を伝って自分とアッシュが“そういう事”をしていた等という誤解が彼女の元にまで届いてしまったりしたら――彼の想いが届きにくくなってしまうと考え至ったラフィーアは、場を和ますように彼女らしくない言葉を送る。

「あぁ? なんで?」

 しかし、当のアッシュはさも心外だと言わんばかりの淡白な返答を返し、ラフィーアの顔に僅かな困惑の色が差す。

「……前にお話ししていましたよね、強い人が好きだって」

 その話題は、もう何時の物かも思い出せないような昔の話であるが――ラフィーアとしてはとても意外な言葉であり、今も印象に残っているアッシュの言葉である。

 ――……エリスさんは強い……と言うかよりも、攻撃的と言った方が適切なような気もしますが……士官としての学もあって、生身の一個人としてもパイロットとしてもかなり凄いレベルにあり――なにより、スタイルが凄く良いです。

 ラフィーアが連想しているアッシュへの勝手なイメージと言うのもあるかもしれないが、彼自身の言動からしても彼の好意がエリスに向くのは当然だとラフィーアは思っていた。

 そして、今回の話はそんなエリスに負けたくないというアッシュの願いから来たものだったのだと考えていたのだが――。

「アレは虚勢を張ってるだけで、強いとは言わないだろ?」

「………………」

 しかし、ラフィーアのそんな勝手な予測はアッシュの容赦の無い一言によってあっさりと否定され、同時に彼女はスルリと得心に至った彼のエリスに対する意見に、素直に驚く。

 ――……そうですね……そう言われて見れば、そうなのですね。

 今までラフィーアが感じていたエリスに対する疑問――まるで故意に悪意を振り撒いているようなその行動、よく見ていると演技をしているかのような彼女のそれは――アッシュのその一言で納得できるような気がする。

「まぁ……確かに、顔形や身体はドストライクだったりするんだが……恋愛ってのはそれだけでするもんじゃないだろ、多分」

 そう言ってからアッシュは、『ソレと聞かれる前に言っておくが、今回の訓練は特攻隊長である俺が切り込み役を拝命し続ける為で、他の考えなんてない』と、言葉を重ね――。

「ま、ともかく……今回は助かったぜ、ラフィー」

 最後にそんな言葉で会話を締めに掛かる。

「……いえ、私が手伝いたかっただけですから」

「おう、ガーネットの奴となんかあったんだろ? まぁ、奴も時折遠慮がねぇ奴だが……根は気が利く良い女だからな〜。あと暫くしたら、また話せるようになるって」

「………………」

 だが、アッシュから続けられたその言葉に――ラフィーアは再び頭が真っ白になる程に驚いてしまった。

 ――……どうして、その事を……?

「俺がガーネットのお手製の訓練装置にデバイスを繋ぐ時、一瞬顔をしかめたろ? ……というか、理由が聞きたいなら『どうして?』とか言葉にした方が伝わるぜ?」

「……はい」

「よし。あぁ、そうそう……さっきの奴に誤解の説明をしながら書類を持ってくるように頼まれてくれない?」

「……判りました」

「サンクス。んじゃぁな」

 そう礼を言って立ち上がるアッシュから、気の所為か追い出される様に道を空けられたラフィーアは、着衣を正しながらその流れに乗る様に部屋の外へと足を向ける。

 ――……勉強、きちんとなさればいいのに。

 先にも述べた通り、アッシュは長命が約束されている人物である。

 それが無能であれば大問題だが、真っ当なルートでストライク・フィアーズに入り、隊長に任命されている時点で有能である事は間違いが無く――その経歴を踏まえれば、経験が物を言うこの世界においては非常に貴重な人材でもあると言える。

 そうした状況を考慮した上で、先程発揮した洞察力に加えて真っ当な知識も合わされば凄い所まで伸し上がれる筈――と、今のアッシュの在り方をとても惜しいと感じながら、ラフィーアは彼の部屋を後にした。




 そんな一件からほぼ1日が経過したレイフィッシュ館内――電探室。

 ブリッジと電子的に直結しているこの部屋は、艦のレーダーや通信機器と言った電子兵装を専属的に処理する第2の指令所と言っても過言ではない重要エリアであるのだが――。

「それで、色々な所に逃げ回っていらっしゃる……と、言う事なのですね」

「――――」

「…………」

 この部屋の主であり、同性でも見とれてしまう程に綺麗な銀髪に加えて抜群の容姿も兼ね備えた女性と、その部下であり、嘗ての協力者でもある栗色の髪をした快活そうな少女――そんな二人からの“言葉”と“視線”による指摘に、弁明のしようが無いラフィーアは分の悪い沈黙で返す。

 アッシュの部屋での講義から丸1日。

 そろそろ行く宛ての無くなってきたラフィーアは、今朝から彼女達――セラフィル・セイグロウ大尉とメルナ・クナーベル准尉の2人が詰めているこの部屋に身を寄せており、今は午後のお茶会を共にしていた。

 ガーネットとの一件から考えると約3日、ラフィーアは彼女と会う確率が最も少ないと考えた場所で自分の業務をこなしつつ、自らの考えを纏めて居たのだが――。

「何があったのかはお聞きしませんが、思い切って会ってしまった方が色々と楽になるとおもいますのよ?」

「…………」

 行く先々でそんな気軽な助言を向けられており、内心ではかなり参ってしまっていた。

 当のラフィーア自身も、ソレが一番楽な方法だというのはよく判っているのだが――。

「……………………」

 今の自分がすべき事は、慢心している自らの不徳を正す事にあり――それ無しにガーネットと再会するのは絶対にやってはいけない事だと考えているラフィーアは、その助言に応える事も出来ずに沈黙する。

「……根が深そうですわね」

 その沈黙に、『困りましたわね』といった風な呆れを声音に乗せたセラフィルは、そのままラフィーアに掛けている力を強める。

 少々今更な事になるが――セラフィルのお茶会にラフィーアが参加した場合、セラフィルのラフィーア抱き付き会(?)に変わってしまうのはいつもの事であり――ラフィーアが随分と久しぶりな気がする背後からの柔らかな重みを背中に感じていると――。

「でも……周囲の人に気を使って、自分が“重み”を被ってしまうのはラフィーアさんの良い所だと思います」

 傍で何故か羨ましそうな視線をラフィーア達に向けていたメルナが、次の話題を振って来る。

「もう……そんな事言われてしまったら、私がこうしてラフィーちゃんと遊んでいるのも駄目になっちゃうじゃありませんか」

 メルナの言葉にそう答えたセラフィルはあっさりと自分の楽しみを中断し、一歩後ろに下がってから自分の席に戻ろうとする。

「……私は、別に――」

 そんなセラフィルに対し、ラフィーアは決して迷惑でない事を伝えようとするが――。

 ――……あぁ、そういう事ですか。

 その行動がメルナの言葉に従ったのではなく、遊ぶ対象を自分からメルナの方へと移したのだと理解したラフィーアは、続けようとした言葉を留めて大人しくその流れに従う。

「そんな上官思いなメルナ准尉に――イエローカードを一枚です。本日中にもう一枚手に入れる事が出来ましたら……クーさんの所へのお使いを御願いしますから、注意してくださいましね」

「ひ、ひぇ? ぉ、横暴です……」

「あらぁ〜……何か言いまして?」

「い……いえ、何にも言ってません! 言ってませんよ!?」

 程なく自分の席に戻ったセラフィルは嫋やかな口調のまま、ラフィーアの予測通り“遊ぶ”対象をメルナに変更し――投げかけられた公私混同の容赦無い冗談に対し、メルナはあっさりと音を上げる。

「あ……そ、そうだ! 私、“ZA能力者”ってどういう事が出来る人なのかってよく知らないんですけれど……どんな人達なのですか?」

 そして、そんな危機的状況に陥ったメルナは、経験上これ以上支えきれないと察したのか苦し紛れに強引な流れで次の話題を振ってくる。

「うふふ、スルーしても良いですけれど……逃がして上げますわ。え〜と、そうですわねぇ……簡単に言ってしまえば、“ゾイドの事が判る人”もしくは“ゾイドを操れる人”……でしょうか?」

「――え〜と……」

 主にセラフィルの気紛れからメルナの目論見どおり話題はそれたのだが――それにメルナが安心したのも束の間、セラフィルから返された抽象的過ぎる答えに対し、聞き返して墓穴を掘る訳にも行かないメルナは半分泣きそうな表情でラフィーアに助けを求めてくる。

「……できる事の説明で構いませんか?」

「はい……御願いします、ラフィーア――中尉」

 あくまでも中立の立場を取るラフィーアはその救援要請に応じ、メルナから返された応えの最後、その思い出したかのように付け加えられた階級に笑みを覚えながら説明を開始する。

「……パイロットとしての適性の事から説明すると、生まれながらにしてIRデバイスを……いいえ、双方向型ですからもっと優秀な力ですね……とにかく、エースパイロットになれる事が確約されているような人……と、言った所でしょうか」

「ちなみに、どの位の適性かと申しますと……戦闘訓練を受けて居ない私でも、ZA能力者専用機――ウェシナ国内でも滅多に見られない機体ですから、本当に“もしも”の話しですけれど――ソレに乗れれば、ラフィーちゃんとエリスちゃんが率いる2個小隊の相手が出来ちゃう位ですわ」

 ――……もう少し行けると思いますが……追求しないでおいた方がいいですね。

 話の途中から『自分も話したいですわ』という視線をラフィーアに送っていたセラフィルに応えるように補足を譲ったラフィーアは、セラフィルの言葉にそんな反論を思いながら――メルナが返すであろう言葉を待つ。

「た、確かに凄い力ですけれど……でも、それだけでウェシナが国として厚遇するのはおかしいんじゃないんですか? 腕が良いパイロットだけなら他にもいっぱい居ますし……そう考えると軍が厚遇しているのはおかしい気が……」

「……もちろん、厚遇される理由は“そんな事”ではありません……例えば、古代ゾイド人の遺跡に……“稼働状態にある彼等が使っていたゾイド”が残っていたりしたら?」

 そうして返された予想通りの反応に、ラフィーアは次の議題を挙げ――。

「言語とかが根本的に違いますし、基本的に彼等は自己防衛状態にありますので、普通の人では手出しできない代物ですけれど……私達であれば、説得して仲間に引き込む事が出来ますわ」

 そして、先程と同じようにセラフィルがそれに答えを続ける。

 それがウェシナの――正確には、その原形を築いたアルバの高過ぎる技術力の秘密であり、彼等はそんなロストテクノロジーを独占する事によってZAC2103年の段階で、現代でも飛び抜けた性能を有する第5世代機を数多く保有する事に成功しており――他の列強国を跳ね除けてウェシナを独立に導いたのはその力があってこそと言える。

 そして、ゼニス・ラプターにも当然のようにその技術は流用されており、戦闘力では他の新鋭機に一歩劣るものの、運用コストで他を圧倒する理由はここにある。

「……他にも、捕獲が不可能とされる海洋型の超々大型野生ゾイド……存在こそ確認されているものの、巨大過ぎるその体躯故に生け取りが出来なかった彼等を容易に懐柔出来たら?」

「私達のフィアーズランス艦隊の『レイフィッシュ』『メリーウィドウ』『ヴィルコスタント』『エクスパール』の4体や、ウェシナの他の艦隊を形成している200m級以上の子達は、全てそうやって引き入れたゾイド達ですわ」

 ちなみに、フィアーズランスの構成艦を含むソレ等全ての艦艇が、完全な戦闘機械獣化されていないのはその巨体の維持を簡単にする為であり――その維持・管理の為に、全ての艦艇にはZA能力者が2人以上乗艦している。

「―――――――」

 戦闘能力だけを話していた時は懐疑的だったメルナであったが、ラフィーアの語る『もしも』とセラフィルが語る自分達の『実績』によって彼等能力者の偉大さ――というよりも存在の重さに絶句する。

「……ゾイドの意識をダイレクトに感じてしまう為、狂ったゾイド……現在の不完全なOSの影響下にあるゾイドの近くに寄ると、その意思に引っ張られて精神障害を引き起こしたりする症例もありますので……絶対的強者と言う訳ではないのですが――」

 そんなメルナに対してラフィーアは最後の補足を入れ――。

「自分で言うのもなんですが……ただ生きて行くだけなら、とても便利な才能と言うのは確かですわね」

 『もう十分楽しんだ』といった表情をしていたセラフィルはそう言って話題を締める。

「そうなんですか……って、あれ? OS搭載機の近くに居るとそんな事になってしまうんじゃ、主力機の殆どがOSを搭載している昨今のウェシナ軍に所属できないんじゃ……?」

 その予想以上の内容に半ば呆然としていたメルナであったが、すぐにその問題点に気が付き、質問を返してくる。

「それはコレ……ザクルス特製のノイズキャンセラーがあれば大丈夫なのですわ」

 そんなメルナ対し、セラフィルは応えと同時に自分の耳に付けているイヤリング――ゾイドコアの破片のような赤い結晶が埋め込まれたソレを見せ付ける。

 セラフィルが差し出したソレは、一見ただのアクセサリーにしか見えないのだが、実績として凶暴化したゾイドとZA能力者との同調を阻むフィルターの役目を果たしており――能力者の従事に無くてはならない物となっている。

「ザクルスからコレをお預かりする前……学生の頃にはOSが原因の頭痛でしょっちゅう倒れてしまっていたのですけれど、今ではもうスッキリですわ」

 その動作原理はウェシナでは解読できていないのだが、事実としてソレには効果があり、ウェシナ軍に関係しているセラフィル以外のZA能力者の方々は皆、形は違えどもその鉱石が付いた物を所持している。

ちなみに、ザクルスとはウェシナ・サートラルに本拠を置くZA能力者の協力・補助組織であり、その組織の正体は――。

「――っ!?」

 と、ラフィーアがそんな裏事情に思いを馳せた瞬間、セラフィルが跳ね上がるような勢いで席から立ち上がり、部屋の左手側――大きな視点で現すと、艦隊の進行方向左手側に視線を固定し、睨み付ける様な鋭い表情のまま何も無い中空を凝視する。

「……?」

「セラフィル……大尉?」

 その唐突なセラフィルの動きに対し、理解の追いつかない2人はただ呆然とその姿を見上げ――。

「セラフィル大尉……っ!」

 そんな凍りついた空気の中を打ち砕く様に、レイフィッシュを専属としているもう一人のZA能力者――セラフィルの直属の部下に当たる男性士官が電探室へと飛び込んでくる。

「貴方にも“判った”という事はどうやら正解のようですわね……メルナ准尉、クーさん……いえ、フゥーリー少佐に伝令、『能力者探知。対応レベル、イエローを発信』と」

「は……え?」

「館内放送は別の事に使いますから、通信が繋がらない場合には伝令に走って下さい。准尉、急いで」

「は……はい!」

 嫋(たおやか)やかなプライベートモードから一転し、上級士官らしい鋭い言動へと変わったセラフィルの言葉によって、事態の緊急性を察したメルナは自分の席へ走り、ソレに続くようにセラフィルと彼女の部下であるZA能力者も自分の席へと向かう。

「私は他の3艦のZA能力者達と協力して索敵強度を強めます」

「OKですわ。私は――プロブ艦長、聴こえますか?」

 部下からの提案を受け入れたセラフィルは、そのままこの艦の指揮所――いや、艦隊の意思を決める場所へと通信を開く。

『大尉? ……何事かね』

「レイフィッシュ付きのZA能力者として報告致しますわ。艦隊の現在位置より南西方向、約150kmの場所辺りに――」

 そうして開かれた通信パネルに映る、短く切りそろえられた髪と髭に鋭い視線を光らせた初老の男性――この艦隊の頂点に君臨するプロブ・ウォルレット大佐に対し、物怖じする事無くセラフィルは自分の役目を果たす。




 それが後に言う“TYPHON(ティフォン)”紛争の始まりであり――。

 ラフィーアが自ら定めた“目的”が完遂に至り、“ゼニス計画”がその結果を得る為の戦いの始まりでもあった。




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