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 西方大陸都市国家連合(ウェシナ)に連なる都市国家の一つ、ウェシナ・ファルストが保有する大規模海洋戦力――フィアーズランス艦隊。

 500m級ウルトラザウルス“レイフィッシュ”を旗艦とし、護衛艦として3隻の200m級ウルトラザウルスを擁するこの艦隊は、敵地への単独侵攻も考慮して結成された攻撃艦隊であり、強力な陸戦部隊も有していた。

 ストライク・フィアーズ――先のニザム平野での戦闘に置いて、圧倒的とも言える戦果を示した部隊がソレであり、彼等を収容した艦隊は今、アンダー海洋上を東へと進んでいた。




 航行中の艦隊の中心、3方を護衛艦に守られながら洋上を進む“レイフィッシュ”の胴内格納庫。

 そこは“レイフィッシュ”の中で最も広大な場所なのだが、艦載するゼニス・ラプターを全て収めた今、その広大さにも霞みが掛かっており――様々な機材とソレ等の動作音が犇めき合う中、機竜達の整備作業が行われていた。

「変わりないみたいで安心したよ、ラフィー」

 そして、そんな喧騒に包まれた格納庫の片隅で、明るい燈色の髪をしたツナギ姿の快活そうな女性が歓待の言葉と共に黒髪の士官服姿の女性を抱きしめていた。

「……ガーネットさんも、元気そうでなによりです」

 ラフィーと呼ばれた女性――肩下まで伸ばした黒髪と同じ色の瞳、綺麗と言える顔形に物静かな雰囲気を纏っている彼女は、先日の戦闘で大きな戦果と共にストライク・フィアーズに復帰したラフィーア・ベルフェ・ファルスト中尉その人であり、彼女は自分の事を歓迎する抱擁に対して自分からも腕を回す事で応え、言葉を返す事でその思いを受け止める。

「まぁ、いっつも目が回る忙しさだったけどね」

 その応えにツナギ姿の女性――ガーネット・アルトメリア・シールアンク大尉はおどけたような応えで返し、懐かしさを形にするように抱擁を強める。

 耳に掛かる程度で乱雑に切り揃えた髪、好奇心がにじみ出ているような生き生きとした青い瞳に赤の髪、そして周囲に活力を振り撒くような雰囲気を伴った彼女は、ラフィーアと対極にあると言っても過言ではないような女性ではあるが――。

「1年半、か……長かったような、短かったような……」

 彼女達はストライク・フィアーズの専属技術士官と整備班長という間柄であるのと同時に、士官学校時代の先輩後輩という仲であり、彼女達はラフィーアが本隊から離れていた間の溝を埋めるように抱擁を続ける。

 そんな彼女達の周囲――ラフィーア程ではないとはいえ、ガーネットも小柄と分類できる体格であり、服装を考えなければ高等学校にでも迷い込んだかのような雰囲気を醸し出していたのだが――。

「さてと……ちょ〜と名残惜しいけれど、仕事の話に移ろっか」

 見掛け上がどうであれ、彼女達は互いに既に成人を迎えて久しい軍関係者であり、抱擁を解いて1歩離れえると、今までのフワフワとした雰囲気を微塵も感じさせない真面目な空気と共に、2人は自分達の傍らに佇む巨体を見上げる。

「ず〜と心配していたけれど……予想した通りの状態で帰ってきたわね」

 その巨体――機体の要所を解体された状態で吊り下げられ、今も数人の作業員が各所で作業を行っているゼニス・ラプター“ベネイア”を見上げたまま、ガーネットは率直な感想を言葉にする。

「……腕、交換してしまったのですね」

「まぁね。神経束の再構築を待たないといけなくなっちゃうから、あんまりしたくは無いんだけど……ここは思い切ってしまった方が良さそうだったから」

 そう言いながらガーネットは傍らにあった端末を操作し、そこにゼニス・ラプターを模した3D画面が浮きあがらせると――表示された機体の様々な部分が赤や黄色に染まる。

「“ベネイア”の事……相当こき使ってたみたいね。ゾイドコア由来の自己修復能力のおかげで動けはするけれど……調べてみれば、色んな所がガタガタだったわ」

「……ウェシナに縁のない場所ばかりを廻っていましたので。……どの位で目途が立ちそうですか?」

 少し咎める様なガーネットの言葉に対し、ラフィーアは言い訳のように事実を返し、建設的な“先”の意見を問い掛ける。

 ゼニス・ラプターはウェシナの最新鋭機に分類される機体であり、西方(エウロペ)大陸内でも場所によっては補修作業に難儀するような機体だ。

 ラフィーアがこの場所を出て1年と半分――彼女はその間、暗黒(ニクス)大陸以外の様々な場所を“放浪”していたのだが、リミッターを設けた輸出仕様を販売している中央(デルポイ)大陸はまだ良いとしても、ウェシナと縁の無い東方大陸では満足な補修を受ける事が出来なかった。

 ――……“ベネイア”には、ずっと、しんどい思いをさせてしまいました……。

 内心でそんな負い目を謝りながら、ラフィーアはガーネットの方に意識を向ける。

「ん〜、明後日位には良い所に漕ぎ着けられると思うよ。……特に足周りは出て行く以前に状態に戻る訳だから――もう凄いと思う」

「……期待しています」

 その返答に安堵の言葉を返しながら、ラフィーアはハンガーに収まっている白い愛機を見上げる。

「それで……ここに戻ってきたという事は――何か手掛かりを掴んで来れたのかな?」

 そんなラフィーアに対し、ガーネットは期待含みの視線を彼女に向けながら、そんな問いを投げるが――。

「……残念ながら、あまり実のある内容ではありませんでした」

「あらら」

 話題を向けられたラフィーアからの返答はあまり芳しいものではなく、ガーネットは困ったように顔をしかめる。

「……独自行動を納得させるだけのレポートは書いて来ましたが、ヘリック共和国に目新しい技術は無く、東方大陸には真っ当なオーガノイドシステム(OS)すら無い状況でした」

 肩書きだけとはいえフゥーリー少佐の命で動いているラフィーアは、彼に報告していない情報をガーネットに――たとえ、上官であり友人でもある彼女に対してでもその詳細を話す事が出来ない為、詳細を省いた言葉で応える。

「……ネオゼネバス帝国の方は本国が動いていますから、私が出る幕はありません。……ですから、残る当ては――」

「未だに開拓が本格化していない南エウロペ大陸か、ガイロス帝国の忘れ物が置いてある可能性がある北エウロペ南西端地域……という訳ね」

 そんなラフィーアの事情をすぐに把握したガーネットは、それ以上詳しく聴かずに話を打ち切ってくる。

「……はい」

「判ったわ。ありがとうね、忙しい所に時間を取らせてもらっちゃて」

「……いいえ、私もガーネットさん……いえ、大尉とお話ししたかったですから」

「どういたしまして。え〜と、次はフゥーリー……じゃなくて少佐の所に顔を出すんだよね? ……くれぐれも気をつけて――というか、厳粛な態度を取ってね、お願いだから」

「……いつもの事ですが」

「それでもやって良い事と悪い事があるちゅーの。……ともかく、“ベネイア”の事はしっかり見ておくから、また後でね」

 そう言い切ってからガーネットは踵を返して“ベネイア”の元へと歩いて行き、ラフィーアも待機エリアに向うべく館内通路を目指して歩き出す。

 ――……確かに困った事ですけれど……そんなに目くじらを立てる事なのでしょうか?
 と、ガーネットの心配を余所に、ラフィーアはそんな事を思いながら喧騒の只中にある格納庫を後にした。




 格納庫での邂逅から十数分後。

 ラフィーアは先に挨拶をしに行った筈のメルナ・クナーベルと合流しつつ、独自行動中の成果を報告する為、ストライク・フィアーズの隊長――つまり、この艦隊に搭載されている全てのゼニス・ラプターを指揮する立場に居るフゥーリー・クー少佐の元に向っていたのだが――。

「う〜む」

「…………」
 “レイフィッシュ”の待機エリアに存在する中央ミーティングルーム――作戦前のブリーフィングを行う際に使われる大部屋の中心にて、ラフィーアは頭の上から響く唸り声と身体を包む感覚を適当に受け流しながら、話を次に進めるタイミングを計っていた。

「抱き心地はあんまり変わってないみたいだな、中尉」

「……本当にお変わりないようですね、少佐」

 そんな中、頭上から届く男の声――背後からラフィーアの事を抱きしめ、彼女の頭の上の顎を乗せながらその抱き心地を楽しんでいる上官――フゥーリー・クー少佐に対し、ラフィーアは随分と久しぶりな気がする遣り取りを返す。
 
 白を基調としたウェシナの軍服で身を包んでいる彼は、北エウロペ大陸の南部地方では一般的なこげ茶色の髪と瞳をした30代前半の男性であり――その彫りの深い顔と中肉中背のガッシリとした体格は、歴戦の戦士を連想させる。

 その外見の通り、他人に誇れるだけの経歴を持った優秀な軍人なのだが――今は悪戯好きの子供のような雰囲気を醸し出していた。

「いや、この一年半で育ったかなーと思ってな。とりあえず、確認の為に」

「……セラフィル大尉に見つかっても知りませんよ」

 ラフィーアの言葉に上った女性――セラフィル・セイグロウ大尉はフィアーズランス艦隊の統括オペレーターを務める女性士官であり、現在進行形でラフィーアを背後から抱き締めている少佐の内縁の妻と言う立場にある女性でもある。

 当然、ラフィーアの発言は突かれれば最も痛い言葉の筈なのだが――。

「はっはっは、私は嫌がっている女性を眺めるのも好きだが、女性に苛められるのも大好きな人間なんだぞ?」

「…………相変わらずですね、少佐」

 しかし、むしろ告げ口して自分の事を困らせてくれと言わんばかりの堂々とした少佐の態度に、ラフィーアは呆れているかのような――それでいて懐かしんでいるかのような吐息を呟く。

 ちなみに、ラフィーア自身のコネも有ったにせよ、関係各所に手を回し、技術士官という役職であったラフィーアをストライク・フィアーズに登用したのは彼であり――比較的自由に動けるゼニス乗りという状況を望んでいたラフィーアからすれば、とても大切な恩人でもある。

「うむ、中尉もそこで目を回している新顔の嬢ちゃん並みに嫌がって、張り手の一つでもかましてくれると上官としては嬉しいのだが」

 少佐の言葉に部屋の片隅へと視界を振ると、魂が抜けたような状態で座り込んでいる女性――ラフィーアが独自行動中に協同したオペレーターであるメルナ・クナーベルが目を回していた。

 ――……流石に、何の説明も無しに挨拶に向かわせたのは……刺激が強過ぎたでしょうか。

「……上官侮辱罪か何かで処罰されますね」

 その惨状に対して細微な後悔を思いながら、ラフィーアはそんな正論を投げかける。

「その前にセクハラとかで訴えれば俺が降格処分かなんかだろうよ。――さて、そろそろ仕事の話をしようか?」

「……はい、判りました。……では――」

「っと、待った待った。こっちから話そう」

「……?」

 そんな正論による言葉遊びに同じ様な冗談で返した少佐は、態度こそ変わらないままだが口調を真面目なものへと移し――その流れに乗って報告に入ろうとしたラフィーアを、少佐は慌てて止めに入る。

「俺達の庭でもあるアンダー海辺りの近況と先の殲滅戦の詳細。どうせ話す事なら聞かれる前に話してしまおうと思ってな」

 その強引なイニシアチブの取り方を、ラフィーアは当然疑問に思い――少佐はその疑問を見越したように自分が話すべき内容を告げる。

「…………」

しかし、ラフィーアはその発言に対しても『この場合、部下から先に報告するのが定石なのでは?』という意思を滲ませた沈黙を少佐に差し向ける。

「中尉の話を聴く為にはこの腕を解かないといけない様だからな。このまま話せるこっちが先にネタばらしをして、その間に中尉の身体をもう少し楽しもうと言う魂胆だ」

「――――」

 そんなラフィーアの疑問を感じ取った少佐は、堂々とそんな言葉を言い切り――呆れたような彼女の沈黙すらも彼は笑って受け入れ、彼女を抱きしめたまま懐から端末のリモコンを取り出し、正面にある大型モニターを器用に操る。

「よっと……これが俺達の管轄内で起こった昨今の状況だ」

 そして、僅かな電子音が響いた後、ミーティングルームの壁の一面を占める大型モニターにアンダー海周辺の地図が表示され、北西部――ガイロス帝国の本土である二クス大陸に近いエリアを中心に数多くの赤い×印が添付される。

「……多いですね」

 1年半前の経験から、地図上に添付された赤い×印は何らかの問題があった場所だと当たりをつけたラフィーアはその状況を思考し、ここを離れる前に確認した年間統計と比較すると現在の数は2倍近くにも上る筈、と結論付けた彼女は素直な感想を述べる。

「ちなみにこれは年間統計ではなく、ここ半年の状況だ」

「…………ガイロスの連中、今の休戦状態を止める心算なのですか?」

 ZAC2109年――第2次大陸間戦争終結の年。

 この時、他の列強と比較して最も多くの戦力を保有していたガイロス帝国は、独立戦争によって他国が軒並み弱体化したのを機とし、エウロペ大陸への再侵攻を画策し――これが後の独立戦争と称される戦乱の発端になった。

 戦争終結のゴタゴタから満足な統治組織も無く、配備されている戦力の殆どが第1世代機であると思われていたエウロペ大陸は、帝国にとってさぞ魅力的に映ったのだろうが――その侵攻より僅かに早く、北エウロペ大陸にはアルバの主導によってウェシナが結成されていた。

 そして、第5世代機を数多く保有していたアルバは、北西部に侵攻して来たガイロス帝国軍や北部に駐留していたヘリック共和国の残存部隊を一蹴し――その勢いのまま両国に戦争を吹っ掛けたアルバが内部崩壊し、その後にウェシナが正式に独立を果したのが10年前。

 ――……ヘリック共和国とは平和条約が締結されていますが、ガイロス帝国とは正式な休戦条約すら結ばれていない為……変な風に転べばいつ戦争状態になってもおかしくない状況ではあるのですが……。

「いや、捕捉したり目撃したりしている機体の大半は隠密性に欠いた通常仕様の第1世代機ばかりだ。何が目的かは知らんが……連中とは別口だと思う。――ちなみに、俺の1個上までは同じ意見だ」

 総兵力ではともかく、個々のゾイドの能力ではウェシナ側が圧倒している為、今までのガイロス帝国軍が差し向ける戦力(嫌がらせ)は直接戦闘を避ける機体――最低でも隠匿性を向上させたセイバータイガーか、そういった事が専門のライトニングサイクス、もしくは主力機であるジェノザウラーNEXTの隠密仕様を割り振っていた為、確かに殺られる為に出てくるようなゾイドを出してくるのはおかしい。

「……別口。……だとすると、この動きは戦争を幇助させる為の陽動? ……いいえ、それ以外にもいくつか可能性が……」

「まぁ……そんな訳でな。前回のニザム平野戦はそういった連中の尻尾を掴む目的もあったんだが――」

「……何も掴めなかった。……と、言う事なのですね」

「捕縛した生き残りから俺達が引き出せたのは“TYPHON(ティフォン)”とかいう組織名らしき単語だけで、あとは本国からの追加報告待ちだ」

 決して何も掴めなかった訳じゃないぞ、と冗談めかしたように場の雰囲気を明るい方向に持って行きながら、「問題はソレだけじゃなくてな」と少佐は次の話題を振る。

「もう耳に入っているかと思うが……今向かっているニカイドス島でも動きがある」

 そうして続けられた少佐の言葉は更にトーンが下がっており、ソレだけでも事の重大さを周知するような重みを感じつつもラフィーアは次の言葉に備える。

「知っての通り、あそこはウェシナと友好関係にあるネオゼネバス帝国の領土なんだが……数日前にデカイ騒動あったらしくてな。情報は未だに混乱していて確定した情報は無いのだが――まずい状況らしい」

「………」

 その話の流れからラフィーアが記憶の中にあるニカイドス島の立地状況や歴史経緯などを引っ張り出し、同時に少佐がモニターの表示をかの島の物へと差し替える。

「結論から言えば、島に配備されていたネオゼネバスの部隊に対し、ガイロスの連中が奇襲攻撃を実施。デルポイ大陸側にあった港湾施設や生産施設を先んじて占拠する事でネオゼネの補給線を潰し、着々と勢力範囲を拡大中……って言うのがほぼ確定した情報で――これは現時点で想定出切る中で最も悪い状況の予想勢力図だ」

「……凄いお祭り状態なのですね」

 表示された紫色――そのガイロスの象徴色は島のほぼ全域、北西側にある山地以外の全て占めており、これが事実だとすればニカイドス島はガイロスの連中の手に落ちたと言っても過言ではない状況になる。

「あぁ、ここ数年では一番の大火事だな。……本当に良い時期に帰って来てくれたものだよ」

 ニカイドス島はデルポイ、ニクス、エウロペの三大陸の中心にあると言っても過言ではない島であり、手中に収めた際に得られる領海の事も考えれば、その重要度は推して知るべしという所で――全ての列強国が領有権を主張している火薬庫のような場所でもある。

「……主張こそすれど、実際に保有の理のある国はネオゼネバスとガイロスだけですからね。……少し意外ですが、穏健派のガイロス皇帝も制圧を許可したという流れなのでしょうか?」

 ネオゼネバス帝国と終戦条約を結んだのはヘリック共和国であり、かの国とガイロス帝国は暫定休戦条約しか結んでいない。

 ――……条約すら結んでいないウェシナよりはマシと言えばマシですが、こんな時代では休戦条約など紙切れ同然という事なのでしょうか。

「多分な。ま、だからと言って黙って渡すような事にはならんと思うが」

 そう言い切ってから少佐はこっちの話は終わりだと言わんばかりにモニターの電源を切り、ラフィーアに寄りかかる――というか圧し掛かるような重さを強めて来る。

「……それでは、私からの報告を――」

『少佐、来たわよ』

 その重い親愛の形を堪えながら、ラフィーアが言葉を発しようとした瞬間――乱雑なノックと共に氷の様に鋭い女性の声が部屋に差し込まれてきた。

「っと、時間切れか……中尉、報告は後で聴く。エリス中尉、入っていいぞ」

「――なんでリトルが居るの?」

 そして、少佐から入室の許しを得た女性――エリス・ウォルレット中尉は、入って早々その綺麗な眉を歪めながら忌々しげにそんな言葉を投げかけてくる。

 薄茶色の髪と瞳、そして常に不機嫌そうな表情をしている事が特徴である彼女は、ラフィーアと同じストライク・フィアーズの士官であり――その長身と均整の取れたプロポーションとが相俟って、目元さえまともにすればそれだけで軍の募集ポスターのモデルになりそうな程の美女でもある。

 ちなみに、ラフィーアとエリスとは同い年なのだが――主に背丈の影響から、ソレを最初に看破できる人間は限り無く少ない

「ラフィーア中尉を艦長の所にまで案内してもらおうと思ってな」

「……リトルの御守をする為に、わざわざ私を呼んだの?」

 会話を続ける少佐に対するエリスの態度――入室前から上官と部下との間柄とは思えない言葉を言い放つ彼女に対し、少佐はあくまでもいつもの口調を崩さずに応えを返し、そのやり取りが“何時もの事”である彼女も臆した風も無く毒舌を重ねる。

「…………」

 そして、少々今更になるが――エリスの言う“リトル”とはラフィーアの事を指している。

 エリスの言質を辿れば、これは“言い難い”と言うにべも無い理由によって勝手に決められた呼称であり――更に蛇足の突っ込みになるが、本来のリトルという単語には“可愛い”と言う意味を含まれているらしいが、エリスの言動からはそう言ったニュアンスを感じる事はできていない。

「いやー相変わらずの絶好調だな、エリー」

「1人で歩かせればいいじゃない。……あと、私はエリーじゃなくてエリス。次に間違えたら誤射で撃ち殺すから」

 そんな遣り取りの中、少佐はからかう様な感想をエリスに向けるが――そもそも会話すらしたくも無いと言った雰囲気を醸し出していた彼女は、上官の言葉を無碍に撃ち落としながら身を翻し、部屋から出て行こうとする。

「理由は2つだ。この艦にはラフィーア中尉が外れてから編入されたバカも多い。そんな所を貴重な戦力を1人で歩かせる程俺は間抜けじゃない」

 しかし、少佐はその後ろ姿に理論的な説明を突き付ける。

「ふ〜ん。で、もう1つは?」

「君の毒舌を向けられても動じないのはラフィーア中尉ぐらいだからな。久しぶりにたくさん話が出来るだろう?」

「――ふん。勝手に言ってなさいよ」

 言動とは裏腹に、やけにゆっくりとした歩みで受け答えをしていたエリスは、少佐の最後の言葉と同時に一度だけ振り返り、『早く付いて来なさいよ』といった視線をラフィーアに突き刺し、再び歩き出す。

「とまぁ……そう言う訳だ。ラフィーア中尉、そこで目を回している新顔はセラの所に送っておく、帰りに拾ってくれ」

「……判りました。……エリスさん、よろしくお願いします」

 ラフィーアの事を抱きしめていた腕を離し、彼女の事を開放しながら少佐はそう言って半歩後ろへと下がり、ラフィーアは少佐への応えと共に再び歩き出したエリスの後を追う。

「遅い、さっさと付いて来なさいよ」

 手持ち無沙汰となった少佐は、エリスの態度に御手上げのポーズを取りつつ彼女達を見送り――静かな圧搾空気音と共に、ミーティングルームの扉が閉まった。




 恐らく、全ての超ウルトラザウルス級に共通する事だと思われるが――同機種の頭部コックピットは余程の事――それこそ一人で全艦を操るような非常時でなければ使われない。

そしてその類に漏れず、ウェシナの超ウルトラザウルス級は胴体内に指揮所、居住区、格納庫等の設備が全て内包されている。

「…………」

「――――」

 その巨艦の中を移動中のラフィーアとエリスは今、“レイフィッシュ”の胴体前側に存在するエレベーター群の内の一基――居住区と指揮所とを繋ぐ経路の一つに居り――そこは静かな駆動音のみが響く沈黙に支配されていた。

 ラフィーアは必要が無ければ自分から言葉を出さない類の人間であり、口を開けば毒を撒き散らすエリスも話し掛けなければ何の反応も示さない性質の人間である事から、その流れは必然と言えたのだが――。

「独自行動中……なにか珍しい事はあった?」

 静かな振動のみを響かせていた箱の中で、その珍しい事――いや、彼女等の上官からすれば必然と考えられたであろう事態は起った。

「…………特に、目新しい事はありませんでした」

 だが、まさか本当にエリスの方から話しを振って来るとは思っていなかったラフィーアからすると、その言葉は完全な想定外であり――しかし、その事態に対しても彼女は聞き返すような愚は冒さない。

「……隊を離れてから、私はデルポイ大陸と東方大陸を回り……古代技術――主にOSに関する事を調べていました」

 ラフィーアは、エリスが聴きたい事を予想しつつ、彼女に対して“話しても良い事”を考えながら応えを続け――その間に彼女に“伝えても大丈夫な”報告を頭の中で纏める。

「……デルポイ――ヘリック共和国はウェシナと交易関係にある一応の友好国と言う事で、少々無理を押して深く調査してみましたが……OS関係の技術は第2次大陸間戦争初期の頃から大差がない状況でした……今、あの国の主導はゾイドコアを並列させる事による出力増強を主とした新鋭技術を開発の軸としているようですね」

 輸出仕様のゼニス・ラプターが出回っている国であり、上手く手を回せばベネイアの補修が可能であった地域であったが、荒事には多くの制限があり――色々な手続きが面倒な場所でした。と、ラフィーアはそんな思い出を想いながら次の話に移る。

「……東方大陸は未だに特定の主導国が存在していない状態でしたので、危険はあっても調査自体は簡単でした。……ですけれど、BLOXゾイド以外のゾイドを製造する技術土壌も無く、OS技術も導入機すらない状態でしたので……少し、無駄足でした」

 この地域は何もかもが主要国とは勝手が異なり、ベネイアの補給資材も手に入らずに苦労したのだが――逆に法整備が殆ど整っていない故に力で解決するという単純な手が取れた為、色々と楽ができました。と、ここに戻る寸前の記憶を思い返しながらラフィーアは説明を終える。

「結局、骨折り損の草臥(くたび)れ儲けって訳ね。……相変わらず御苦労な事」

 その説明はラフィーアが一年半を掛けた調査報告であったが、その報告はエリスがラフィーアに声を掛けるに至った理由とは違ったのか、彼女はそっけない毒舌で返し――。

「デバイス系……私達の使っているIR(イミテーション・レゾナンツ)デバイスのような物を作っていそうな所はあった?」

 今度は自分から――ラフィーアが結論に至れなかったエリスの意図、その理由を質問と言う形で素直に問うてきた。

「……IRデバイス――操縦システム系ですか……」

 それはゼニス・ラプターにて初めて実装されたウェシナの新機軸の操縦システムの名称であり、搭乗者の意思をゾイドコアにダイレクトに伝え、ソレを実行させるという画期的なマンマシンインターフェイスの名称である。

 その概要は半世紀以上も昔にヘリック共和国で開発された義手を動かす為の神経素子を発展させた物と、そのアナログ情報を伝える発信機とを組み合わせた物であり――ゾイドの方に上記した発信機の情報を受け取る受信機を設ける事で、搭乗者は機体を自分身体の延長のように扱う事ができるようにする物となる。

 そして同時に、その新鋭技術を多用した機体を多数運用するストライク・フィアーズにとって、それは最も身近な機密事項であり――万が一、他国にその情報を流そうとすれば文字通り“首が飛ぶ”程の代物でもある。

「……双方共に機体(ハード)の開発に手一杯で、操縦系統は旧来のまま――良くても個人の力を当てにしたゾイドとの精神リンクが精々……と言った所みたいでした」

 問われた質問に応えつつも、ラフィーアは『どうして彼女がそんな事を気にするのだろう?』と、思考の片隅に予想を立てさせつつ、彼女は実直な報告をエリスに返す。

 確かに、IRデバイスの原型はゾイド側からの思考の逆流という致命的な欠点を有しており、その改善に至るまでには多くの犠牲があったという事をラフィーアは聴いた事がある。

 しかし、その事実はラフィーアが“ゼニス計画”の根幹に関わっているからこそ知り得た情報であり、この事実を知る者はウェシナでも一握りしか居ない事柄である事から、何も知らない筈のエリスがソレに杞憂を抱く筈が無いのだが――。

「――そう」

 そんなラフィーアの心内を知ってか知らずか、エリスは素っ気も毒気も無い――普段の彼女を知る身としては、少々驚きを覚えるような短い返答で会話を打ち切り、ラフィーアからも視線を外し、周囲の全てを無視するかのような何時ものスタンスを取る。

「……こちらでは、何か変わった事はありましたか?」

 先程も述べたように、ラフィーアは必要が無ければ自分から話す事のない性質ではあったが――何時もと違うエリスの様子が気になり、それと同時に会話を続けた方が良いような気がするという直感も重なって、自分から話題をひねり出す。

「リトルの願いと違って、私の願いは自分が動いて解決できる問題じゃないから。――着いたわ」

 しかし、エリス自身と状況がその続きを許さず、エリスはエレベーターの扉が開くと同時に歩き出してしまい――ラフィーアは一人、箱内に残される。

「…………私の願い、ですか」

 そんな中、ラフィーアは最後にエリスから返されたその言葉に思わず固まってしまっていた。

 『願いとは夢の別名であり、尊い物である』というのがラフィーアの考えである。

 ――……私の今の行動は、そんな綺麗な物ではない事ですよ。

 その考えに反するエリスの言葉に対し、そんな自虐的な考えを思いながら――ラフィーアはエリスに続いてエレベーターを降りた。




 時は移り、その日の深夜――。

「……全長500m、主兵装は胴体の左右に装備された二門の3連装ロングレンジバスターキャノンで、胴体の前側下部には6基の魚雷発射管、上部は対空兵装の山……ヘリック共和国のウルトラザウルス級と同じような武装配置をしていますが、胴体の中央の両脇――カタパルトの左右両端に垂直ミサイルの発射口があるのが特徴でしょうか」

 この艦でのラフィーアの自室といえる士官室の一つで、戦隊の主要人物の説明までを終えた彼女は自分の端末に次の資料――旗艦“レイフィッシュ”の画像を表示させながら、この講義を乞うて来た人物に向けてその詳細を伝える。

「――――」

 部屋に居るもう1人――ラフィーアの独自行動中に彼女の補佐をしていたメルナ・クナーベル“准尉”は、ストライク・フィアーズへの正式編入を前に自分の勉強不足を補う為にラフィーアの部屋を訪ね、彼女の言葉に黙々と耳を向けながら――気兼ねなく話せる“友人”として過ごせる最後の夜を過ごしていた。

「……艦隊はこの“レイフィッシュ”を中心とし、3隻の護衛艦を用いて三角陣形を敷いており……その全てが200m級の超ウルトラザウルス級で構成され、先端は“メリーウィドウ”、両脇には“ヴィルコスタント”と“エクスパール”が控えています。……また、これらの艦の兵装は対空・対潜装備を主とした仕様となっています」

 そんな中、ラフィーアの流れるような説明と共に端末のモニターに表示されている画像が艦隊全体を映し出すものへと変化し、一際大きな艦影――“レイフィッシュ”を中心とし、その三方を小振りな艦が守りながら航行しているというフィアーズランスの通常陣形状態が表示される。

「……ちなみに、足に当たる部分がヒレになっている事からも判る様に……全艦共に陸上移動能力はありません。……共和国の類似艦とは違って、純粋な海上戦力と言う事ですね」

「――――」

 この“授業”が始まってから既に一時間程の時間が経過していたが、二人の集中力は途切れる事無く続いており――ラフィーアは淡々と説明を続け、メルナは黙々とメモを取る。

「……あと、潜行能力は一応全ての艦艇が持っていますが……対水封印をせずに実行してしまうと、殆どの兵装が要補修状態になってしまうので……対レーザービーム爆雷とは違い、緊急退避手段の一種として覚えて置いてください」

「えっと……対レーザービーム爆雷も潜行能力も、ネオゼネバス帝国が運用する準第5世代機――セイスモサウルス型超大型ゾイドの登場によって実装せざるおえなくなった防御兵装……でしたっけ?」

「……その通りです。……現在、あの超長距離荷電粒子ビームへの対抗策を持たない機体は役立たずのレッテルを貼られるに至っていますので、原則として直接戦闘を行わない艦隊にもこう言った装備が施されています」

 第2次大陸間戦争の終盤に出現したこの機体は、“第5世代機こそが戦場を支配する”という超高性能機思想が初めて発現した最初の例であり、あのゾイドが戦場に現れてから戦場の意味が一変したと言っても過言ではない。

 ちなみに、ゼニス・ラプターの装甲は古代チタニウム合金複合材とその表面の対レーザービームコーティングで構成されており、セイスモサウルスの長距離荷電粒子砲に約1.5秒程耐えられる事から、回避機動を絶えず行っていると言う前提であれば同機に“対抗できる戦力”として数えられている。

「……艦隊構成の説明に戻りますが……各艦の艦載機は、レイフィッシュがゼニス・ラプター18機と空戦用のフェルティングが3機」

 そう言ってから、ラフィーアは脇道にそれてしまった為に止まりかけた説明を再開させ――。

「……護衛艦にはゼニスが配備されていませんが、護衛戦闘機としてストームソーダーやレイノス、支援攻撃や対潜哨戒、早期警戒等の多目的用途にプテラスが……計15機、3艦合計で45機の航空戦力が配備されています」

その言葉を補足するように、表示された各艦の画像の右下に搭載機のデフォルメ表示が現れ、視覚的な情報の提供を行う。

「……これは全ての艦に言える事ですが、上部格納庫や戦闘時にしか使わない甲板が凄く広いので、実際の最大積載数はもっと多いのですが……現状ではこれが総数となります」

 更に正確に言うならば、平時には雑用から歩兵部隊の護衛、そして艦の非常時には動く対空砲として活躍する恐竜型の第1世代機――ヘリック共和国原産の小型ゾイド、ゴドスが各艦10機ぐらいずつ配備されているのだが――ラフィーアは説明する必要が無いと判断し、省略する。

「数が少ないのもそうですけれど……やっぱり陸戦機や攻撃機を全部フルンティングやフェルティングにするのは無理なんですね」

 そんな思考の下、艦隊戦力に関する説明までを終えたラフィーアが次の説明に入ろうとした瞬間、そんな彼女に対してメルナはどこか残念そうな声でそんな言葉を口にする。

「……そうですね。……私が前に居た時と比べ、ゼニス・ラプターが6機も追加配備されているだけでもかなり優遇されているのだと思いますが……」

 ウェシナは成立して間もない連合国家であり、その勢いたるやネオゼネバスをも凌ぐ物であるのだが――如何せん成立前の主力機体は第1世代機が殆どであった為、成立後に量産が開始された新鋭機はどこも足りていない状況であり――メルナが口にしたウェシナの誇る第5世代機、フルンティングを前線の部隊が導入する等夢のまた夢といった状況にある。

「……最後に主力であるゼニス・ラプターの運用説明に入ろうと思いましたが……この機体の運用方法に関しては問題ないですよね?」

「はい! これに関してだけはセラフィル大尉とも対等に話せると思います!」

 そうしてラフィーアは念の為に答の判り切った問いをメルナに向け、彼女の思惑通り、メルナは明瞭な返事を返してくる。

 ウェシナ軍主力量産機――第4.5世代型の中型ベロキラプトル型ゾイド、ゼニス・ラプター。

 それは、莫大なコストを必要とするエナジーライガー改等の第5世代機とは異なる思想の下、ジェノザウラーNEXTやゴジュラスギガ等という第4世代機以下の全ての機体の駆逐を目的として開発された新鋭機であり――ストライク・フィアーズの主な実動戦力にして、メルナが最も熟知していなければならない機体でもある。

「……主な用途に関しては私の“ベネイア”と差異は有りませんが、戦隊の中には狙撃や近接戦闘を主とする人もいます。……注意してくださいね」

 これまでの共同関係からこの機体の戦力的な立ち位置は既にメルナの中で確立している筈であり、後は彼女の上官となるセラフィル大尉に任せれば全て上手く行く筈、と結論付けたラフィーアは端末の片付けに入る。

「ありがとうございました、ラフィーアさん」

 そして、その動きからこの講義の終わりを感じ取ったメルナは、お辞儀と共に感謝を述べ、脇に置いた資料の片付けを手伝い始め、

「……公の場ではラフィーア中尉でお願いしますよ、メルナ准尉」

 そんなメルナに対してラフィーアは小さな小言を返しながら、電源が落ちた端末を閉じる。

 確かに、いきなり変われと言うのは無理な相談だと言うのはラフィーアにも判っていたが、このまま自分1人に付き従っていた頃の感覚が抜け無いままではこの先やっていけない事は明白であり――メルナもソレの真意を感じ取ったのか「はい」と小さな応えを返してくる。

「……メルナの部屋が割り振られるのは明日になると聴いています。……今日はこちらで休んでいってくださいね」

 そんなメルナに、ラフィーアは最後の話題を振る。

「……? そうなのですか?」

 本来であれば、ラフィーアが自室を取り戻せた様にメルナにも個室――とまでは行かないまでも、同僚となる娘との2人部屋が用意される筈だったのが――。

「……セラフィル大尉が編入の日取りを勘違いしていたみたいで……今日の所は、そういう事になってしまいました」

 数時間前に聴かされたその遣り取り――ソレを思い出したラフィーアは、少々苦い顔をしながらその事態を説明する。

 フゥーリー少佐の相方をこなしている事からも判る様に、セラフィル大尉はとても優秀な人材であるのだが――時折こう言ったお茶目をやらかす人であったりする。

 ――……もしかすると、今までの勉強会の事を見越し――その時間を作る為に仕組んだのかも知れませんが。

「……流石に、1人用なので狭いですが――東方大陸の時よりはマシでしょう」

「は〜い」

 そんなセラフィル大尉に対する考察を最後に、準備が整った事を確認したラフィーアは部屋の照明を消した。



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