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 久しぶりだな、中尉。元気だったか?

 こっちは今、敵性勢力の動きが活発になってきていてな……そこはかに忙しい日々を送っている。

 まぁ、このまま何時もの報告書のノリで話を進めてもいいのだが――この暗号ピースの容量は多いとはいえないのでな、本題に入らせてもらう。

 3日後、俺達ストライク・フィアーズは北エウロペ大陸北西地域……ウェシナ・ニザムの北部エリアに居座っている武装勢力に対する殲滅作戦を実行する。

 方法は部隊を3班に分け、東と西、それと北の3方向から包囲し、南側の高地に追い込む作戦だったが――帰還途中の中尉が丁度良い所を通ると聞いてな。手伝ってもらいたい。

 敵の構成体は良いので第3世代機がせいぜいという弱小だ。帰還の景気付けには丁度良いだろう? 南のニザム高地に追い込まれた敵機の殲滅を命ずる。

 ――活躍を期待するぞ。




 ZAC2124年。

 惑星Ziを揺るがした第2次大陸間戦争が終結してから15年。

 そして、大戦終結後、戦力を温存していたガイロス帝国がエウロペ大陸への再侵攻を実行し――ソレを契機とした西方大陸独立戦争終結から数えれば10年。

 惑星Ziは数多くの火種を抱えながらもヘリック共和国、ネオゼネバス帝国、ガイロス帝国、そして西方大陸都市国家連合(ウェシナ)の4大列強が引き起こす勢力争いの中、平和と呼んでも差し支えのない“表向き”戦乱が無い時代を享受していた、そんな頃――。




 荒廃した岩肌を覗かせる台地を、白い機竜が轟音と共に走り抜けて行く。

 その機竜の名は、ゼニス・ラプター。

 それは、ウェシナが開発したベロキラプトル型の重装甲中型量産ゾイドであり――右前足にマシンガン、左前足にはハンドグレネードランチャーを装備し、両後足には計4機の追加スラスターを配した上で背に巨大砲塔を背負った――フェアリー+と呼ばれる兵装を纏った機体は、時速340km/hという高速をもって戦場へと向かっていた。

『もうすぐ想定戦闘エリアです。ラフィーアさん、気を付けて』

「……ええ」

 その機竜の頭部、多数のモニターが配されているだけの殺風景な機内にオペレーターらしき女性の声が響き、応える搭乗者――無骨な機体の外観とはまったく釣り合わない小柄な女性が、静かな返答を返す。

 彼女の名前はラフィーア・ベルフェ・ファルスト。

 黒鉛の様な艶のある黒髪を流れるままに肩下まで伸ばし、どこかの軍服のような服装に機内と無数のケーブルで繋がれた両手甲という格好で戦場を見渡すその瞳は――髪よりも深い漆黒。

 綺麗と言える顔立ちとメリハリのある体格、そして物静かな雰囲気――ここまでならば欠点一つない美女で通るのだが、今年で22になるというのに思春期序盤で止まってしまった身長から、見方によっては子供と間違えられる事も多々ある女性である。

「……何時ものように、優勢なようですね」

 そのラフィーアの視線の先にある戦火――主戦場である平地の中央に見える要塞を取り囲む様に巻き起こっている爆炎の動きを確認し、ソコから推察できる事実に彼女は当然の事に安堵するような吐息を吐く。

「……このまま一気に突入します。……メルナは軍と共同するのが初めてだったと思いますが、支援を御願します」

 そうして状況把握を終えたラフィーアは、先ほどの声の主であり独自行動中の専属オペレーターであるメルナ・クナーベルにこれからの方針を告げると同時に、愛機(ゼニス・ラプター)にマシンガンを構えさせ、更に増速させる。

『……はい、がんばります』

 ――……行きますよ、“ベネイア”。

 緊張からか声に僅かな陰りのあるメルナの応えを受け取りながら、ラフィーアは愛機――その力の源であり、心の在り処であるゾイドコアにも言葉を掛け――正面から近接中の敵部隊に弾丸の雨を叩き込む。

 近接していた敵機達――ガイロス帝国軍が運用していたイグアノドン型の第1世代機(旧型)、小型機甲ゾイドイグアンは、“ベネイア”の接近に反応こそしたものの、接触と同時に殺到したマシンガンの雨に対し、まともな反撃も出来ないまま粉砕され――ものの数秒で10機前後の機体が物言わぬ残骸となり、増速した“ベネイア”の背後に散る。

『正面に大型ゾイド反応、セイバータイガー3体とヘルキャットらしき随伴機体反応を多数を捕捉しました。警戒を』

「……了解」

 そうして足も止めぬまま敵の第1陣を殲滅したラフィーアの元にメルナからの報告が届き、彼女は視線を上げてその敵を確認する。

 ガイロス帝国製の大型のトラ型高速ゾイドセイバータイガーと、ソレをそのまま小型化したようなヒョウ型ゾイドヘルキャット。

 先程のイグアンと同じく、昨今では流石に旧式感が否めなくなってきているゾイド達ではあるがゼニス・ラプターと比較すれば体躯で大きく勝る相手が3体――随伴機も合わせれば10体以上の敵機が迫っていると言うのに、ラフィーアは眉一つ動かさずに一番近くに居る敵機を凝視し、

「……遅い」

 砂塵を纏って突出して来たセイバータイガーに対し、“ベネイア”のマシンガンで牽制する事でその突進をいなし、交差した直後の僅かな間隙に愛機の左腕に装備されたグレネードを発砲、その赤い巨体を一撃の下に粉砕する。

 そうして接触と同時に主力の大型ゾイドを一機失った敵部隊は、それでも包囲網を敷くべく左右へと散ろうとするが――ラフィーアは左側に進もうとした敵の鼻先に向け、“ベネイア”の背に装備された大型グレネードランチャーを展開、間髪置かずにその巨砲を叩き込む。

 放たれた巨大な弾頭――ウェシナ指標でクラスBに分類される大型榴弾は、そのまま左側の先頭に居たセイバータイガーとその随伴機4体を爆殺する。

 その驚異的な機体の挙動――ラフィーアの思考が機体の動作に直結しているような反応速度は、ゼニス・ラプターに装備されているIR(イミテーション・レゾナンツ)デバイス――彼女と機体を繋いでいる奇妙な手甲があってこその動きであり、圧倒的に優位な立場にある彼女は、しかし注意深く残りの敵に視線を向ける。

「……勇猛な事と勝ちを得る事は……仲が悪いですよ」

 その視線の先にある敵機の動き――接触早々片翼を失ったというのに、逃げようともせずに包囲攻撃に移行しようとする敵部隊に対し、ラフィーアはそんな呟きと共に淡々と次の対応を取る。

 10数秒後、全てが第1世代機(旧型機)とは言え中隊規模の高速部隊をたった1人で壊滅させたラフィーアは、迫り来る第3陣を視界に収めながら、戦友達が支配する戦場に向かって突き進んで行った。




 ――多い、です……。

 “ベネイア”が突き進んでいる戦場から南に5km。

 ニザム山地を越える為に整備された街道上に待機しているグスタフの機内にて、進攻中のラフィーアと“ベネイア”の後方支援を担当している栗髪黒眼の小柄な女性――メルナ・クナーベルは、レーダーに表示されている数に対してそんな畏怖を思う。

 第4.5世代機に対し、第1〜3世代機の混成部隊――性能的に考えるなら、負けの無い戦力差。
 だが、例えカタログスペック的にはそうであったとしても、事実としてレーダーに表示される“数”は戦場に居ないメルナにも根源な恐怖を感じさせる程であったが――。

『…………』

 しかし、メルナの雇い主であるラフィーアが駆る“ベネイア”は、そんな数に対して迷いも恐れも無い真っ直ぐな機動で多数の護衛機(イグアン)を従えたゴリラ型ゾイド――アイアンコングへと急行し、その巨体に向けてマシンガンを発砲する。

 いくら第1世代機とは言え、重装甲大型ゾイドに分類されるアイアンコングの装甲からすれば、40ミリ弾体など脅威にすらならない豆鉄砲なのだが――。

「――流石です」

 ラフィーアの駆る“ベネイア”から放たれた弾丸はアイアンコングの頭部のやや上方――その後方にある大型ミサイルに集中打を浴びせ掛け、対大型ゾイド用の大型炸薬の至近誘爆によってコングを地面に沈ませると同時に、護衛の大半を爆風で吹き飛ばす。

『……レッドホーンの先に居る機体は?』

「第3世代機(エレファンダー)です。電波放射量から指揮官タイプと推察できますが、兵装は不明――先行しているレッドホーン隊と合流するべく、全力疾走中です」

「……ありが、――っ」

 誘爆から生き残ったイグアン達をマシンガンで掃討しつつ、先の“先”の事を訪ねたラフィーアに対し、メルナは調べておいた情報を開示し――ソレに謝意を返そうとした彼女との通信モニターが被弾の衝撃に揺れる。

 近距離レンジに居る次の敵は第1世代型のスティラコサウルス型ゾイド、レッドホーンが3体であり――先のコングと比較すれば総合能力で劣るものの、装火力で勝る同機は得意の突撃戦を取り止め、1体の敵に向けているとは思えない程の弾幕を張ってくる。

 前にもあったその光景――ラフィーアと出会ってから間もない頃のメルナは、彼女の“ベネイア”が被弾する度に悲鳴を上げてしまったものだが――。

『……メルナも判ってきましたね』

「もう一年以上一緒に居るんですから」

 この1年半の協同により、古代チタニウム合金複合材と対レーザービームコーティングによる重装甲を施されたゼニス・ラプターの正面・側面装甲は、艦砲や第5世代機の火力でなければ突破されない事をメルナは経験として理解している。

 ――第4世代機以下の機体に対しては、後ろさえ取られなければ……推進・冷却系が集中させる為に装甲を施せないソコさえ突かれなければ、負けはない。

 メルナのその考え、ウェシナが支配する戦場の通説を体現するように、“ベネイア”は少々の被弾を重ねながらもラフィーアの望む距離まで近接していく。

『…………っ!』

 そして、“その地点”に至った瞬間、ラフィーアは“ベネイア”の背部砲塔を展開し、放たれた2発の榴弾は横一列陣形を敷いていたレッドホーンの両端に着弾し、

「――うわぁ……」

 爆風に押された2体のレッドホーンはそのまま中央の1体へと吹き飛ばされ――背中からぶつかった3体の巨竜は、自身の主要火器の引火とゾイドコアの誘爆によって盛大な爆炎を上げる。

『……次で最後ですね』

 その紅蓮の脇を抜けた“ベネイア”は、次の障害――象型ゾイド、エレファンダーへと接近する。

 ソレに対し、合流に間に合わなかった対城砦攻略用大型ゾイドは背後の味方を守るように地を踏みしめ、Eシールド発信機(耳)を広げレーザーガン(鼻)を振り上げる。

 その敵機には後が無い。

 レーダーサイトを見ればその背後にはまだ多くの敵影があるのだが、その全ては何処かしらに損傷を負った敗走機であり――戦う事は可能だと思われるが、万全の機体でも打破できなかった”ベネイア“を相手にしたとすれば――彼らには悲惨な未来しかない。

 指揮官仕様の機体らしく、その佇まいには部下を守る決意が滲んでいたが――。

「あ……」

 これまでと同じく、接敵より僅か10数秒。

 正面からの背部グレネードの一斉砲撃によってエレファンダーにEシールドを展開させた“ベネイア”は、榴弾の着弾による爆炎が晴れるより早くにその脇を突き抜け、脚部の追加スラスターを用いてその背後で急旋回。

 その旋回中にエレファンダーの背後に向けて乗機左腕のグレネード発砲し、最後の万全機を吹き飛ばす。

『……蹂躙戦に入ります』

 そうして全ての障害を排除したラフィーアは、1機たりとも逃さない事を宣言し、残る敵機の只中へと“ベネイア”を突入させる。

 ――あぁ……凛々しいです。

 そんなラフィーア達に対し、メルナは戦場には相応しくない感情を思いながら――今までの自分が置かれていた思い出と、これからの事を連想する。

 始まりは一年半前の北エウロペ大陸西南地域(ウェシナ・ファルスト)――そこの士官学校を他人に誇れる成績で出たものの、極度の男性恐怖症故に行き場が無くなってしまったメルナが、ひょんな事からラフィーアの専属オペレーターとして拾われた事から始まった。

 メルナの雇い主になったラフィーアは、軍からの特別命令――詳細は聴いていないが、メルナはそう認識している――により、西方(エウロペ)大陸以外の大陸において“何か”を探す任務を帯びており、彼女達は今日に至るまでの全ての期間を一緒に過ごしてきた。

 その間、メルナはオペレーターとして仕事と言う名の実践を行いつつ、プライベートではその凛々しくも愛らしい雇い主を思う存分掻い繰りし――この戦闘が終わればウェシナ・ファルストの花形職業である軍属への夢が成る。

 この結末は、メルナがラフィーアとの協同関係を始めるに至っての最初の約束であったが――ソレが叶う瞬間に至り、彼女はラフィーアと巡りあえた自分の幸運に感謝していた。

『…………メルナ、大丈夫?』

「へ? あ、はい、大丈夫です大丈夫」

 そんな連想――ラフィーアが重点目標を落とした事によって緊張の糸が切れてしまったメルナの緩みを、通信機越しに感じ取ったらしいラフィーアから『問い掛け』という名の釘が刺され、メルナは慌てて意識を現実に戻す。

『……冷静に』

 発見されれば“終わり”である為、メルナ自身の命も掛かってはいるものの――協同の時からラフィーアに守られ続けたメルナには命を掛けているという感覚が掛けており、メルナ自身もソレを治そうと努力はしているのだが、

「はい……でも、キチンと注意してくれるラフィーアさんも好きです」

『…………逃走の危険度が高い敵機のピックアップを』

 どうしても言葉の端々に甘えに近い感情が滲んでしまっており――それが好意であるが故に怒るに怒れないラフィーアは短く言葉を重ね、メルナは頷きと共にその才能を遺憾なく発揮する。

 必至の離脱を試みる敵機達――メルナはその行き先や走行速度等を綿密に計算して置き、ラフィーアが問うた瞬間にソレ等の情報を開示し、戦場を進む彼女に正確な選択肢を与える。

 そこには、士官学校主席で突破したメルナの確かな才能があり、ソレを元に敵機を確実に駆逐していくラフィーアと“ベネイア”の目指す場所――彼女達が到達するべき主戦場はもう目の前に迫っていた。




 ニザム山地の麓に広がる平原地帯、ニザム平野。

 そこで繰り広げられていた要塞の攻防戦――いや、正確に言うならば侵攻側の虐殺劇は佳境を迎えていた。

 当初、百を越える戦闘ゾイド――第1世代機と呼ばれる旧型機が大半とはいえ、地方軍の総数にも匹敵する戦力――が防備を固めていた要塞は、既に一部が崩落するような状態にまで追い込まれており、目に見える脅威のない南側へと退却した部隊とも連絡が付かないような状況に陥っていた。

 そして今――。

「……フゥーリー少佐。……ラフィーア・ベルフェ・ファルスト中尉、現着しました」

 侵攻側が目立った戦力を配置していなかった南側、ニザム高地から矢のような速さで防衛側の最終防衛ラインへと突入してきた一つの白――ラフィーアの駆るゼニス・ラプター“ベネイア”は、跳躍と共に内蔵したミサイルを全て開放、崩壊しつつあった防衛ラインに致命的な穴を幾つも抉じ開ける。

『思ったよりも速かったな、中尉。ほっつき歩いている内にまた腕を上げたのか?』

 事前の打ち合わせでは北側担当の指揮官であり、同時に侵攻側の部隊――ストライク・フィアーズの陸戦隊長を務めるフゥーリー・クー少佐が最初に応え、

『ラフィー……? まったく、何時も良い所を持って行きやがるぜ!』

『戻ってくる場所なんて無いのに……御苦労な事ね』

『エリス中尉……久しぶりでも容赦無しだな』

 続いて西側担当小隊長のアッシュ・バルトール中尉、東側担当小隊長のエリス・ウォルレット中尉が返答を返し、最後に再びフゥーリーがエリスの毒舌に突っ込みを入れる。

『本当の事でしょ? ――B班、緩まないでちゃっちゃと撃ちなさい』

 そんな中、突然の援軍によって緩んでしまった東側からの火線――エリスの指揮下にいる、背部に長距離砲を背負ったゼニス・ラプター達が、彼女の言葉と同時に徹甲弾の嵐を要塞の側面戦力に叩きつける。

『心にもない事を……A班、C班、動揺した敵機をB班の射線上に押し退けるぞ。行け!』

 要塞の北側――少佐の配下、ゼニス・ラプターの標準兵装である両前足にライフル、背にスタンダードキャノンを装備した彼らと、

『C班了解。撃墜スコアを伸ばさせて貰うぜ』

 前足のショットガンや背部のスラッグガンを中心としつつも、全体的に統一性の無い武装を施された西側のゼニス・ラプター達が退避行動によって動きの鈍った敵機群を遮蔽物の外へと叩き出し、射線の通った敵をエリス達の狙撃が確実に仕留めて行く。

『ら、ラフィーアさん……?』

「……“ここ”はこんな所です。……メルナも早く慣れて下さいね」

 通信機から届く陽気で剣呑なやり取りに対し、不安げな声を掛けてきたメルナにラフィーアはそんな返答と共に安堵の吐息をこぼす。

 ――……帰って来たんですね……。

 ラフィーアにとって、凡そ一年半振りの古巣――その懐かしい感触に、長旅に固まった心の奥底がじんわりと緩んで行くのを感じながら、

「……ん」

 “ベネイア”のテリトリーに侵入した敵機群を背部グレネードで纏めて吹き飛ばした。




 ウェシナ領内に現れ、ストライク・フィアーズに補足されてしまった哀れな所属不明部隊の抵抗が完全に消失するのは、それから僅か数分後の事であった。


 ウェシナが発案した“ゼニス計画”と西方大陸北西部に渦巻く因縁の影。

 そして、“ラフィーア”の継承名を冠する彼女の帰還。

 その三つの存在の結末へと至る物語は――この一幕から始まる。




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