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 フィアーズランス艦隊がニカイドス島に進路を定めてから3日。

 ウェシナ本国からの命令を受領し、第2種戦闘態勢へと移行した艦隊旗艦“レイフィッシュ”の待機エリア内――中央ミーティングルーム。

「……概要を説明する」

 その場に集められた陸戦隊員(ストライク・フィアーズ)の面々に対し、ニカイドス島の全域が表示されたモニターを背に立つ、こげ茶色の髪と瞳をした彫りの深い顔立ちの男性――フゥーリー・クー少佐は、真面目な時に見せる落ち着きを払った声でブリーフィングを開始する。

「ニカイドス島に配備されていたネオゼネバスの部隊に対し、ガイロスの連中が奇襲を仕掛け、同地を占拠した事は諸君らも周知の事だと思うが――ネオゼネバス側から本国に奪還作戦に協力して欲しいとの申し出があり……我々に奪還支援の命令が下された」

 少佐はそう言って周知の事実を1つ1つ確認させるように現状の説明を終えると、彼は背にしたモニターの脇へと移動する。

「まずは、コレを見てもらいたい。ニカイドス島は北西部にシドニア・マリネリス山地を抱き、中央部には森林や平野……所によっては砂漠も存在するという変化に富んだ地形を有する島であり――ネオゼネバス側は北と南、ガイロス帝国側の港湾部に多くの戦力を配置していたのだが……」

 そして、少佐の言葉に続く様に、ニカイドス島の全域図を表示していたモニターに公表されているネオゼネバスの軍事施設の詳細が表示され――。

「しかし、ガイロスの連中は大胆にも東側の港湾施設を先んじて占拠。後に、同地奪還の為に分散したネオゼネバスの主力部隊を我々が想定していた以上の大兵力によって撃破し、今は島の北西地域に逃げ込んだネオゼネバス側の残存部隊を包囲していると思われる」

 悪化する状況の推移に追従するように、ガイロス帝国軍の予測進路やネオゼネバス帝国軍の損失を表す×印等が書き足されて行き、最終的にはネオゼネバス側の主要施設のほぼ全てに×印が記され、島全体――シドニア山の周辺以外がガイロス帝国の象徴色である紫に染まる。

「4大列強の中でも高い軍事技術を持つネオゼネバス軍が構築した警戒網を、ガイロスの連中が如何にして掻い潜ったのか……そして、ネオゼネバス側や我が連合の予想を上回る戦力をどのようにして集結させたのか……ガイロスの動向には多くの疑問が残るが、このままニカイドス島を連中に明け渡すわけにはいかない」

 少佐がそう言い終えると同時に、島の全体図を表していたモニターの尺が広がり、航行中のフィアーズランス艦隊――この場に居る彼等の存在がモニターに表れる。

「奪還作戦に際し、我が隊の担当は南側の沿岸地域――ネオゼネバス側の主要軍港だったロムルス基地とその周辺であり、現在はガイロスの連中の補給拠点となっている同地点を攻略する」

「……ヘマをした国の尻拭いを、私達がしろと?」

 そうして更新された地図データに追従する形でブリーフィングを続けていた少佐の声を、横合いからの鋭く冷めた女性の声が問答無用で遮る。

「――質問は後にして欲しかったのだがな、中尉」

「手間が省けていいでしょ?」

 本来であれば懲罰ものの言動を躊躇無く行うその女性――エリス・ウォルレット中尉が発したソレは、他の誰にも出来ない荒業であると同時に、この場に居る殆どの人間が思っている総意でもあり――大多数の隊員達がその推移に注目する。

「ま、それもそうだな……結論を先に述べるが、この作戦――我々にも賞品がある」

 しかし、“その先を知っている人間”としては、その発言こそが待っていた“言葉”であり――エリスの質問に対し、少佐は何かを期待させるような言葉を続けてから“本題”に入る。

「戦闘予定地域が離れている事もあり、攻略の担当地域以外にネオゼネバス側と情報の交流が無い状態だが――それ故に、こちらも自由に動けるという訳だ。その為、本作戦での我が部隊の最重要目的は基地の攻略それ自体ではなく……ガイロスの連中が鹵獲したエナジーライガー改の奪取にある」

 そうして少佐はウェシナ本国がネオゼネバス帝国の支援を行うに至った理由を開示する。

 エナジーライガー改――それはネオゼネバス帝国が誇る第5世代型のライオン型大型ゾイドの名称であり、旧来型の欠点であった稼働時間問題を解決したその機体は、現在のネオゼネバス帝国軍の実質的な最新鋭機でもある。

 “第5世代機こそが戦場を支配する”

 その思想は第二次大陸間戦争終結後以後――正確にはその後の西方大陸独立戦争からの通例であり、該当する機体の情報はその国の最重要機密と言える。

 ――……日常的に行われている事とは言え……政治は面倒ですね。

 先程少佐に突っかかったエリスの横に座っている小柄な女性士官――ラフィーア・ベルフェ・ファルスト中尉は、上官である少佐の説明に対し、ウェシナ上層部がその決定に至った裏事情に目を伏せる。

 少し考えれば判る事だが――奪還支援を受諾したウェシナが、エナジーライガー改の奪取を行うであろうという事はネオゼネバス側も当然予測している。

 しかし、このまま事態を放置すれば、自国の最新鋭機が第5世代機開発で後塵を拝しているガイロス帝国の技術土壌にされてしまうのが目に見えており――この支援要請の裏側には、そんな事態に陥るのであればウェシナに掠め取られた方がまだマシというネオゼネバスの苦渋の決断が見え隠れしている。

 ちなみにウェシナとネオゼネバスとの関係は今の所良好であり、この先にも特に問題になりそうな懸念事項も無く――また、ウェシナには古代ゾイド人の技術に長けたアルバ由来の第5世代機開発土壌がある為、エナジーライガー改に対する重要度はさして大きくないのだが――。

 ――……得られる機密は貰っておこうという魂胆なのでしょうね、本国としては。

「今回、我々はロムルス基地に対して部隊を3班に分けてアプローチする」

 ラフィーアがそんな事を思っている中、少佐の説明は次の段階に進み――モニターにはフィアーズランス艦隊とロムルス基地のみに集約拡大した地形データが表示され、艦隊からロムルス基地周辺に向けて3つの矢印が伸び始める。

「1班は港湾施設正面から強襲し、施設を制圧しつつ対空砲を破壊する強襲チーム」

「2班は補給物資を満載した空戦用フェルティングと共に空挺強襲を仕掛け、1班の後詰と制圧した施設の防衛に当たる制圧チーム」

「3班は他の班に先んじて目標より西に50kmの地点に上陸し、陽動もしくは1班の援護として目標後方より奇襲を行う支援チーム。――今回はこういった手で行く」

 モニターに向き直り、矢印の1つ1つを指してその役割分担を説明した少佐はそこで一旦言葉を切り――。

「作戦の都合上、私は2班に入る事になる。エリス中尉、アッシュ中尉、ラフィーア中尉……この三人が揃うのは随分と久しぶりだが――何時もの通りだ、分担を決めておけ」

 各班のリーダー候補となる3人に視線を振ってから、それぞれに確認を取るような視線を送る。

「はいはい」「おうさね」「……了解」

「作戦開始は明日1700。――準備を始めろ」

 視線を振られた3人の返事を確認した少佐は、最後にそう宣言し――。

『サー、イエッサー!』

 ブリーフィングに参加した隊員達は了解の言葉と共に各々の準備の為に走り出す。

 ――……色々ありますが……ここが変わっていないのだけは助かりますね。

 そんな中、ラフィーアは久しく感じていなかったその熱気に酔いながら――エリスと共に、アッシュの元へと歩いていった。




 そして、時間は移り――作戦発動より半日後。

「……この辺りが限界ですね」

 ロムルス基地より西方30km地点に到達したベロキラプトル型の重装甲中型ゾイド――ゼニス・ラプター“ベネイア”の機内で、愛機の狙撃用カメラ(サードアイ)から送られてくる望遠映像を眺めていたラフィーアはそんな呟きを洩らしていた。

 他の隊に先んじての潜入に成功した第3班――ラフィーアを小隊長とした2小隊、計6機のゼニス・ラプターはロムルス基地の長距離レーダーの範囲外にあるマリネリス高地の森林内にて足を止めていた。

『誰かさんのおかげで統率が殆ど取れないだもの。ここに来るまでに発見されなかったのは奇跡ね』

 そして、ラフィーアの呟きを毒舌で拾う女性――薄茶色の髪と瞳に、いつも不機嫌そうな顔をしている彼女――補佐役として3班に強引に参加して来たエリスは、そんな答えと共に自分の麾下にある2人の隊員を見遣り――。

「……突然表れた隊長ですもの、疎まれて当然です」

 次にそれ以外――本来ラフィーアの直轄となる2体のゼニス・ラプターを操る2人の新米隊員に鋭く険しい視線を飛ばし、彼女の指示を徹底させる。

 ちなみに、隊の兵装はラフィーア自身とその貴下にある2人が自由選択の手兵装に加えて背に展開式グレネードを装備した重火力仕様。

 エリスとその部下2名は手にライフル、背に長距離砲とセンサーを装備した狙撃戦仕様となっている。

『――いっその事、上陸時に敵と接触できれば楽だったのにね』

 ラフィーアの自嘲によって発生した沈黙の中、今回裏方に回ったエリスが唐突にそんな言葉を投げかけ――潜入失敗を望むその発言の端々(はしばし)には、“戦闘になれば認められるのにね”という彼女なりの配慮が滲んでいたのだが――。

「……少し不謹慎ですよ、エリス中尉」

『事実よ。――で、どうするの? 私の“アイリス”やこっちの2人でも、流石にこの距離での有効打は無理だけど?』

 過失を望むエリスの事をラフィーアはやんわりと窘めるが、それで動じる彼女ではなく、鋭い言葉で話題を打ち切ると同時に現実的な相談に入る。

 エリスの率いる隊――狙撃戦を得意とする彼等のゼニス・ラプターが装備する長距離実弾兵器の長射程をもってしても、ここからロムルス基地内部に展開中の敵部隊を撃破するのは流石に無理がある。

 そして、その言葉と連動するようにロムルス基地の外周に爆炎が昇り――第1班が行動を開始し、時間通りに本作戦が実行された事をラフィーア達は確認する。

「……まだです」

『あらそう』

 エリスの期待が込めたような視線をラフィーアはそっけなく躱し、その発言にエリスはアッサリと手を引いたが――。

『……所詮は戦隊長の情婦か』

『どうしてこんな奴を……』

 エリス等と同じくその爆炎を視認した新兵――ラフィーアの直轄下にある筈の2人は、そんなラフィーアの言葉を腑抜けと取ったのか口汚い言葉と共に不満を顕にする。

『――――』

 エリスはその2人の言動を、何時もの不機嫌そうな顔で眺めていたが――。

『左方に反応……? 私達の背面に伏せていたの?』

 機体のレーダーが感知した敵機の存在に緊張を強めた次の瞬間、ラフィーア達の視線の先、潜んでいる森の中から何体もの大型ゾイドが飛び出して行く。

 機種はトラ型の大型ゾイドセイバータイガーの隠密仕様を筆頭とし、チーター型の中型ゾイドライトニングサイクスの他、類似機種の随伴機――総計20機以上の高速部隊が森林を飛び出し、戦闘状態に陥ったロムルス基地に急行する為に走り去ろうとしていた。

「……やはり居ましたね」

 彼等はラフィーア達を捕捉していた訳ではなく、ただ単に巡回中に急襲の報を受けて急行しているだけなのだが――まぁ、現状ではそれに大した意味は無い。

 ――……敵の巡回ルートが基地の左手からなのか右手からなの判らない為に、確率は半々でしたが……。

 事実としてラフィーアの予測は見事的中し、先程の彼女の発言を無視して1班の行動開始と同時に突っ込んでいた場合、乱戦に追い込まれて合流が遅れるのは誰が見ても明らかとなった。

「……各機、突撃の準備を。……陣形を崩した状態で目前を移動中の敵哨戒部隊の後背を突いた後……1班の支援に入ります」

 ――……まぁ、逆のルートであっても基地で接触と言う流れになっただけですから……気軽な手でしたね。

『相変わらず良い勘をしているわ。――撃ちなさい』

 エリス達は乗機のコアジェネレーターを本格機動させるのと同時に狙撃砲を発砲し、無防備な後背を晒していた敵部隊の先頭――隊長機と思しきそれを脱落させ、同時にラフィーアの隊が大型砲塔を開放、敵集団のど真ん中に榴弾を放り込みながら突撃を開始する。

 この僅か数十秒後、ガイロス側のロムルス基地パトロール部隊は『敵部隊と接触』の一報も発せられぬまま壊滅した。




 ロムルス基地は今――激戦の直中にあった。

 水平線の先に表れた艦隊より“独力で”海上を滑るように突撃してきた白の部隊――6機のゼニス・ラプターは、海岸に敷かれていたガイロス帝国軍の防衛線をいとも簡単に食い破り、既に戦火はロムルスト基地の奥深くにまで達していた。

 対するガイロス側は大きく劣る質を数で補うべく、ロムルス基地を中心として広く分散させていた戦力を基地に集中させ、的確な指揮統制によって包囲殲滅に追い込もうと奮戦していたのだが――。

『――っ! なんだ!?』

 1発の巨砲がロムルス基地司令塔に突き刺さり、耳を劈(つんざ)く轟音と共にガイロス側の頼みの綱であった指揮系統を完全に爆砕する。

「……遅くなりました」

『ラフィーか!? 相変わらず良い仕事をする……!』

 その一撃から僅かに遅れ、弾頭の発射元であるゼニス・ラプター“ベネイア”のパイロット――ラフィーアが、ロムルス基地の防壁を飛び越えながら1班の指揮者であるアッシュ・バルトール中尉に到着の一報を告げ、彼は彼女の言葉にどこか楽しげな応えを送る。

 基地内の各所――この会話の最中にもガイロス側の防衛戦力を削っていく1班の兵装には統一性が無く、これは隊を預けられたアッシュが各隊員の意見をそのまま通した事によるものなのだが――。

 ――……あの方々にとっては、ソレが正解なのですね。

 それ故に猛者揃いの古参兵達は、先程ラフィーアが放った一撃によって総崩れになりつつあるガイロス側の包囲網を猛烈な勢いで削って行く。

「……状況は?」

 ラフィーアはそんな彼等の動きを確認しながら、ソレを支援するべくガイロス側の包囲網の反対側――挟撃となる立ち位置へ愛機を走らせつつ簡素な問いを投げ掛ける。

『妙な機体が居る上、ねちっこく抵抗されていたが――今ので逃げに転じたようだな』

「…………」

 アッシュからの返答の中にあった言葉の一部に、ラフィーアが顔を顰めた瞬間――。

『――私の事は無視なのね』

 愚痴とも取れる言葉と共に、防壁上に登ったエリス隊から放たれた弾丸が基地の敷地を横切り――それぞれが狙った獲物を一撃の下に撃ち倒す。

『? 今の、新型?』

 そして、着弾と同時に防壁から飛び降りたエリス隊――その先頭に立つゼニス・ラプター“アイリス”のパイロットであるエリスは、力尽きたと同時に姿を現したスピノサウルス型らしき大型ゾイドの残骸を確認すると同時にそんな言葉を漏らす。

 その機体の外見は、ダークスパイナー――第2次大陸間戦争中期以降、ヘリック共和国軍を大いに苦しめたスピノサウルス型の特殊電子戦用大型ゾイドに似ていたが、外装のレイアウト――特に、後ろ足を覆い隠す程の大型ユニットの存在からも判る通り、全く別の機体である事が見て取れる。

『あぁ、多分、そいつがその妙な機体だな』

『「妙な機体だな」って、貴方……何の対策もしないで戦っていたの?』

 アッシュは無統制なまま突撃してくる敵の包囲部隊を駆逐しつつ、天気を聞かれたかのような気軽さでそんな応えを返し――それに対してエリスは先程のラフィーアと同じような表情で彼を問い詰める。

『レーダーに映りやがらねぇし、光学迷彩を使っているのか視認もし難い。どうせ豆鉄砲しか持ってねぇんだ、そんなのに構けるより制圧を重視するのが筋ってもんだろうよ……とっ!』

 しかし、その詰問にアッシュは堂々と独自理論を披露し――その間にも彼が操るゼニス・ラプター“アウトラー”は、ジェノザウラーNEXT――先程のとは異なり、見慣れたガイロス帝国軍の主力T−REX型大型ゾイド――に向かって一気に詰め寄り、散弾兵装の一斉射によってその黒い機竜を粉微塵に粉砕する。

『単純馬鹿め、そんな中で部下に単独行動をさせるなんて……リトル』

「……データリンクを使います。……各機、索敵モードを統合(コンバイル)へ」

 ラフィーアの通信に応え、電子兵装の運用形態を変更した全てのゼニス・ラプターからの情報を受け取り、それを並列化した“ベネイア”はそこで得られた情報を全ての機体へと送り返し――。

『ちょっと……10やそこ等って数じゃないわよ、この新型……っ! 1班、そこの馬鹿と違って素人じゃないんでしょ? コンバイルのリンクを合わせなさい』

 エリスの呻きとその後に続く高圧的な指示に、1班――本来であればアッシュの指揮下にある5人も電子兵装リンク中に入る。

『おぉ! そういえばこんな機能があったな……これで撃ち易くなったぁ!』

 そんな中、アッシュの部下の内の誰かが気を使ったらしく、“アウトラー”の策敵能力も向上されたようで――彼は意気揚々と新型に襲い掛かる。

『単純馬鹿が……リトル、次』

「……はい。……少し拙いですね」

 アッシュの勇猛な戦果――新型の姿が見える前も凄かったが、見えてからは更に凄まじい勢いで敵機を駆逐していくソレを頼もしいと思う反面、ラフィーアとエリスは彼が“目標”を軽視している事に危機感を感じていた。

 戦闘が始まってから20分弱。輸送の為に梱包状態であったとしても――いつソレが戦列に参戦してもおかしくはない時間が経っている。

『相変わらず嫌になるくらいの気の回りだ事……居るとしたら重要度の低い港湾部、あの馬鹿もソレに乗せられて手を伸ばしてない』

「……同じ意見なら安心できます」

 エリスの同意が得られたと同時に、ラフィーアはアッシュ達の支援を取り止め、爆砕した司令塔の方へと愛機を走らせる。

『ふん……そこの新人(ぺーぺー)。編成変更、私の前に出なさい』

 ラフィーアの安堵を鼻息一つで一蹴したエリスは、今になってようやく防壁を超えたラフィーアの麾下にある2人に指示を飛ばす。

『は? 我々は――』

『黙れ、従わないなら突入前の上官侮辱罪で誤射してあげる。――で、あんた等はリトルの護衛……童女趣味には嬉しい事でしょ?』

 その唐突な命令に新米隊員達が意見しようとしたが、それが意味を為す前にエリスは強権でそれを黙らせ、自分の部下に余計な一言と共に新たな命令を下し――。

『ちゅ、中尉殿! 俺は決して――』

『反応する奴が馬鹿。――とっとと行け!』

 策略に引っ掛かった哀れな部下1名の弁明を無碍に叩き落としながら、エリスの乗機である“アイリス”はその尻を叩き、迂回ルートを進み出したラフィーアの後を追わせた。




「……対空砲の無いコンテナ集積所。……恐らく、あそこに……」

 主戦場とは基地施設を挟んで反対側――今さっき爆砕した司令塔の脇を通過しながら、ラフィーアは自身の両脇に付いたエリスの部下に対して自分達が目指す場所を伝えようとした瞬間――。

『どぅわぁっぁ!?』

 目指していたコンテナ群の1つが“内側”から破裂したのと同時に、基地中央――主戦場の直中に居た1班のゼニス・ラプターが盛大に弾き飛ばされ、その機体があった場所に1体の赤いライオン型の大型ゾイドが姿を現す。

『エナジーライガー改……』

「……っ!」

 その赤い機体に対する誰かの呆けた声を気にも留めず、ラフィーアは“ベネイア”の背部大型グレネードランチャーを展開して発砲する。

 その狙いは、1班のゼニス・ラプターを弾き飛ばしたソレにではなく――。

「……当たり、ですね」

 弾体はエナジーライガー改が飛び出してきた大型コンテナの隣、原形を留めたままであった他の大型コンテナに着弾し――その爆風は中に収容されていたもう1機のエナジーライガー改を盛大に弾き飛ばし、地面に転がったソレに組み付いた“ベネイア”は、その頭部を掴み上げる。

「……こちらの機体を確保します、援護を」

 そうして“ベネイア”は右腕に装備されたマシンガンで頭部ハッチを破壊し、強引に抉じ開けたその先にある“中身”にも数発の弾丸を叩き込ませ――。

『時折、中尉はエリス姉よりも怖い方だと思ってしまいますな』

『アレ相手には長くは持ちません……御早く』

「……お願いします」

 ラフィーアはエリスの部下から送られる頼もしい通信を耳にしながら愛機のハッチを開き、援護に対する礼と共に“中身”が撒き散らしたもので赤黒くなった“目標”のコックピットへと飛び込む。

「……計器類は――無事ですね」

 ラフィーアが飛び込んだ機内はさっきまで存在していたものの構成物で赤く染まっており、シート等の構造体はマシンガンの弾丸によって粉砕されていたが――彼女の狙い通り、主要な操縦系は無事であり操縦は可能と見て取れる。

「……手早く済ませましょう」

 そうしてラフィーアは身体に張り付くソレ等を意識の外に置きつつ、記憶の中にあるエナジーライガー改のコックピットの構造を思い出しながら稼動状態にある機体の凍結作業を始める。

 ――……外気の取り入れ口を閉じてタキオン粒子の供給を遮断……警報音。……計器は確認出来ませんが、戦闘機動モードでの炉心維持不能の警告と判断して作業を続行……ゾイドコアを休眠モードにしてコアジェネレーターを強制停止、発電量を削って――。

『――っ!? ちっく……しょうめがぁ!』

『くそ! 102がやられた! 吹っ飛んでくぞ……港湾の3班、気をつけろ!』

 すぐ近くに居る“ベネイア”の傍を1班の物と思われるゼニス・ラプターが掠めて行くのを視界の端に捉え、衝撃によって不安定な機内が震えたが――ラフィーアは微動だにしないまま作業を続け――。

 ――……射撃システムは……あっていますね。……照準を上にして火器を照射……並列してエナジーウイングとクローを全力稼動……。

 機体が内包しているエネルギーを放散させる為に、搭載されている全兵装を無駄撃ちさせたラフィーアは、機内の灯が落ちると同時に機外へと飛び出し、横付けされたままの“ベネイア”のコックピットへ飛び込む。

『相変わらず無茶をするなぁ、ラフィー?』

「……戦況は?」

 今までのラフィーアの行動を確認だけはしていたらしいアッシュが、感心したような通信を回して来たが――それに取り合う余裕は無いと判断した彼女は、端的な言葉で説明だけを求める。

『良くないぜ。雑魚は粗方沈めたが、奴1匹に3機もやられた』

『狙撃しようにも今までの時間稼ぎでネタが割れちゃって下がれない状況。これが使えれば1発で落ちる蚊蜻蛉が……ったく、サマ師め!』

 そんな自分達の何時もの流れに安心したらしいアッシュは、陽気な口調とは裏腹な拙い状況を的確に伝え――それに続けてエリスが然も忌々しといった言葉を向けてくる。

 そんな2人の返答に対し、ラフィーアは第4.5世代機(ゼニス・ラプター)の足回りで第5世代機(エナジーライガー改)の性能に対応できているエリスの方がサマ師だと思ってしまったが――逆に言えば、そんな彼女に攻撃が集中しているからこそ、この程度の被害で済んでいるとも言える。

「……電子兵装の合奏パルスを試します。……各機、機器のモードをP2へ」

『モードP2? あぁ、あれか……って、次は俺かよっ!?』

 ラフィーアが復帰した事による気の緩み――正確には弾幕の微妙な間隙を縫って来たエナジーライガー改は、アッシュが気が付いた時には“アウトラー”の胴体を頭部の角で突き飛ばしており――。

『っ! クソォ、反応しない……クソが!』

 弾き飛ばされて擱座したアッシュの“アウトラー”は、表面上大きな損害を負っているようには見えないが立ち上がる事が出来ずに倒れ伏す。

 その外見通り、ゼニス・ラプターの古代チタニウム合金複合材はあの程度で抜かれる程柔ではないのだが――流石に160tもある機体が高速の突撃を受ければ、衝撃によって関節系統に致命的な被害を被り――あのように動けなくなる。

 ――……次は私ですか。

 そんな中、アッシュ機を突き飛ばした後、ラフィーア達の迎撃火線の網を器用に縫いながら離脱したエナジーライガー改は、彼女が指揮官機であると看破したらしく――第5世代機の常である瞬間移動じみた挙動で突撃コースに入ってくる。

『中尉殿……っ!』

 その機動に反応し、エリスの部下が迎撃しようと機体を振るが当然間に合わず、ラフィーアは“勘”とIR(イミテーション・レゾナンツ)デバイスを最大限に利用して避けようとし――これも当然のように反応し切れず、彼女は左手側に衝撃を受ける。

「……今」

 衝突の衝撃によろめきながら――しかし、エナジーライガー改の角と接触した“ベネイア”の左腕が千切れ飛んで行くのをラフィーアは冷静に見続け、最適な位置に自ら飛び込んで来た目標に対して策を放つ。

 合奏パルス――まだ動ける全てのゼニス・ラプターの電子兵装が同時に放つ電磁パルス照射による目に見えない衝撃波は、“ベネイア”の傍を通り抜けようとした赤い機体を――正確にはソレを制御する電子機器に甚大な衝撃を叩き込む。

 その衝撃による影響は、電磁障害に対する防備が強化されている昨今では僅か数瞬しか効果のないものではあるが――その隙をエリスが見逃す筈も無い。

『狙い時……!』

 そうして、エリスの“アイリス”の狙撃砲から放たれた弾体はエナジーライガー改の右足全てを突き穿ち、前後2本の支えを失った赤い機体はそのまま地面に倒れ込む。

「…………」

 そして、その流れを予知していたかのように“ベネイア”を反転させていたラフィーアは、擱座したエナジーライガー改に向けて愛機を加速させながらマシンガンによって頭部ハッチを破壊し、接近した勢いのまま膝蹴りによってハッチを弾き飛ばす。

 ――……終わりですね。

 ラフィーアは膝蹴りを放った“ベネイア”の態勢を立て直しつつ、呆然とこちらを見上げているエナジーライガー改のパイロットに愛機のマシンガンを突き付け――3発、発砲する。

『相変わらずね』

 機体を無力化され、無防備になった兵士に対する過剰攻撃。

 状況によっては咎められてもおかしくない行動を躊躇無く行うラフィーアに対し、突き放すような――それでいて何処か感心しているようなエリスの声が届くが――。

「……自棄を起こして炉を暴走でもさせられたら……たまった物ではありませんから」

ラフィーアは至極まっとうな理由を述べつつ、先程のエナジーライガー改と同じように“誰も居なくなった”機内に飛び込み、タキオンドライブの停止手順を開始する。

『こちら2班、フゥーリーだ。……どうやらこちらの出番はないようだな』

 そんな中、後詰め兼切り札を務める2班――少佐の部隊がロムルス基地の上空に差し掛かったらしく、落下傘で吊るされたコンテナと共に6機のゼニス・ラプターが自機のスラスターを頼りにした高速降下を実行してくる。

『――予定を繰り上げ、2班は周囲の残党狩りを行う。エリス中尉、連戦になってしまい申し訳ないが小隊1つの指揮を任せる』

『相変わらず人使いの荒い事。……東側に行くわ、付いて来たい奴は私の為の弾丸を持って来なさい』

 少佐の指示に毒舌で返したエリスは、自分に着いてくる筈の小隊員の返答を待たずに“アイリス”の踵を返し――空挺降下したばかりの2班の中で、“理解のある”隊員が操る2機がいそいそと補給物資の入ったコンテナから狙撃砲の弾体を取り出し、その後に続く。

『1班と3班で動ける奴は補給、基地を制圧する歩兵部隊の護衛と基地の守備に当たれ』

 ――……炉心停止、完了。

 そうして少佐の指示によって部隊が次の動きに入る中、ラフィーアは今作戦の最重要目標であった2体目のエナジーライガー改の無害化を完了させ、自分の愛機の元に戻る。

『……奪還作戦は成功だな。各員の奮戦に感謝する』

 その様子を見ていたらしい少佐は最後にそう宣言し、ストライク・フィアーズのロムルス基地攻略戦は完了した。




 フィアーズランス艦隊所属の歩兵部隊が基地を制圧し、同艦隊の部隊がニカイドス島の南西側を勢力化に置くのは――その数時間後の事であった。



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