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 西方大陸、ウェシナ・ニザム領。

そこはアンダー海から北エウロペ大陸へと至る海の玄関口であり、同時にブロント平野を利用した農業資源、ニザム高地を筆頭とした鉱山資源も豊富とされる北エウロペの要地である。

 それ故に、第2次大陸間戦争の最中にはガイロス帝国とへリック共和国が、西方大陸独立戦争時には西方大陸都市国家連合(ウェシナ)とへリック・ガイロス連合が、この地の掌握を巡って激戦を繰り広げた。

 その傷跡は深く――平野は荒野へと姿を変え、道を破壊された鉱山は天然の要害となった。

 ZAC2124年。

 ――この大地は、惑星Ziの歴史に置いて最も目新しい戦乱となった西方大陸独立戦争から10年の月日を経た今に至っても尚、戦争の傷跡を残す土地となっていた。





 ZAC2109年から5年間続いた西方大陸独立戦争後、北エウロペ大陸の覇者となった西方大陸都市国家連合(ウェシナ)は、アンダー海を隔てて接する軍事大国――ガイロス帝国に対する国防の要地として、このニザム領に偏重的とも言える戦力を配置していた。

 それに対応するガイロス帝国は、大きく軍を動かす事こそ無いものの工作員の投入や反体制勢力の支援と言う形で同地への干渉を行い続け――。

結果、ニザム領は拠点を構えるウェシナ軍とガイロス帝国の配した武装勢力との間で小競り合いが絶えない日々が今尚続き、ニザム領は大戦からの復興の足音すら聞こえない状態に陥っていた。

 戦火から逃れる為に人々は土地から離れ、流通の縮小によって経済活動が薄れ、発展も望めない。

そんな荒廃した場所がニザム領の実情であり――それ象徴しているかのように朽ちた要塞が、ニザム平原の北端に存在していた。

 それは嘗てのガイロス帝国軍がニクシー基地の付帯施設として建設し、同基地の後背を守る重要施設として機能していた要害であったのだが――。

 ガイロス帝国とは防衛方針が異なるウェシナの支配下となった今、同連合にとって不要となったその要塞は放置され、風化に任せるがままの廃墟と化していた。

 無用と判断され、放置された軍事施設に人の出入り等ある筈も無く、その場所は無人の廃墟となっていた――いや、なっていた筈だった。

 しかし、その地下深くでは――。





「この短期間でここまでの結果を出されるとは……正直思っておりませんでした」

「いえ お役に立てたのであれば幸いです」 

 朽ちた要塞の地下――そこには地上の荒廃が嘘であるかの様に整備された施設と、それを動かす人の活気に満ちており、その頂点と言える司令所では2人の男性が別れの挨拶を交わしていた。

「可能であれば、他の隊の指導も行って貰いたかったのですが――本社の意向とあれば、仕方ありません」

 1人は見送る側――国に属さない武装組織の長とは思えない仕立ての良い背広を纏った、会社の重役と表現した方が適切と思える初老の男性。

「ここは我々に取っても重要な施設ですからね。後任も既に決まっていると聞いていますし、すぐに忙しくなりますよ」

 そして、見送られる側――薄手のフライトジャケットと厚手のシャツを着込んだ青年は、今までの上役であった司令官に卒の無い応えを返す。

 彼の名はナヴァル・トーラ。

 砂漠の民(ウェシナ・サートラル)の出と思われる堀の深い顔立ち、高速ゾイド乗りらしい筋肉質な身体付きが目を引くものの――それ以外の背丈や体格はウェシナの平均的な成人男性のそれであり、外見から特徴を見いだす事は出来ない青年である。

 しかし、そんな人混みに紛れれば埋もれてしまいそうな彼は、“一部の筋”では名の知れた優秀なゾイド乗りであり、この拠点の高速部隊を率いてウェシナ・ニザム領周辺を荒らし回った首謀者でもある。

 そう――本来放棄されている筈の場所を占有している事からも判る通り、彼等はこの地を統治するウェシナに属する人間では無い。

 そして、その所属を隠す為なのか、2人の服装から帰属する組織を象徴する物を見出す事は出来ないが――部屋の中に1つだけその糸口となる物がある。

 部屋の中央、最も目を引く場所に掲げられた6本の杭をそれぞれが対称となる様に集めたエンブレム。

 ソレは北エウロペ西部に本社を置く、ガイロス系ゾイドの販売・整備を行っている技術集団として名の知れた軍需企業体、TYPHON社の社章であり――。

「では、『決起』の後に……また、お会いしましょう」

 彼等はウェシナ・トポリを主としたウェシナ領の各所にガイロス帝国系ゾイドの補修部品を供給しながら、裏では北エウロペ大陸西部エリア――ウェシナが制定したウェシナ・ニザム領の独立を画策する反体制組織である。

 そして、ナヴァル達はその軍事行動を担当する実働部隊の構成員達であった。

「はい。――また、いずれ」

 体制側からみれば反政府組織やテロリストといった不適格者のレッテルを張られ、駆逐の対象にされる存在。

 しかし、彼等には『ウェシナの都合によってガイロス帝国に対する盾として苦境を押し付けられている故郷の開放』という正義がある。

 その意思の元、この古い要害はTYPHON社の活動拠点の1つとなっていた。





「――失礼しました」

 そうして基地司令との挨拶を終えたナヴァルは、一礼と共に指令所を後にする。

 これでナヴァルが本社から命じられた任務は取り敢えず終了となり、彼はこの場所で得た経験や思い出に浸る様に、通路の両端から響いてくる、ここでの日常に耳を傾ける。

 地上施設こそ荒廃の極みにあるこの要塞は、ニクシー基地と同じく地下構造体にこそ真価のある施設であり――占拠しているTYPHON社の手によって施設は今も尚“生かされて”いた。

 その鼓動とも言える活気は施設の最奥とも言えるこの場所にまで響く程であり、この拠点の士気が如何に高いかを物語っている。

 そして、この基地の大動脈とも言える中央管路まで戻れば、その鼓動は更に明確になり――遠くからゾイドを整備している工具の稼働音や整備員の声、稼働試験中のゾイドの駆動音等が鼓動として伝わってくる。

 ――本社の地下と同じで、潜んでいるのは同じなんだが……こっちは最前線だからな。

「ま、辛気臭くなくていいか」

 ナヴァルがそんな心地よい喧騒に浸っていると――。

「いよぅ、ナヴァル。どうだったよ、ここの連中は?」

「っ!? ……ラオ爺? 後任は貴方でしたか」

 唐突にナヴァルの身体を揺らした衝撃と背後からの男の声――それが恩師の挨拶だった平手と声だと思い至った彼は、その問いに応えながら姿勢を正す。

 背後に立っていた男性の名前は、ラオ・アクアビッス。

 背格好は引き締まっているが、何処となくだらしないような雰囲気を醸し出している男性――。

 その容姿を述べるなら、若かりし頃に武道を齧っていたと思しき壮健な中年、と言うのが適切な表現だろうか。

 しかし、その正体は第2次大陸間戦争の最初期から高速ゾイド(セイバータイガー)を乗り回し、幾つもの撃墜記録を持った歴戦のゾイド乗りであり――ナヴァルに高速ゾイド乗りの基礎を叩き込んだ恩師でもある。

 ――今にして思えば……ほんと、いろんな事を教えられたよなぁ……。

 北エウロペ大陸にガイロス帝国軍が襲来した時、進駐した軍隊と現地民との小競り合いに巻き込まれたナヴァルはそこで両親を失い――最終的に、当時傭兵として各戦線を渡り歩いていたラオの小間使いとして拾われた。

 そして、ナヴァルがラオの経歴――ナヴァルが両親を失う切っ掛けと言えるガイロス帝国軍に与していた――を理解したのは、彼に拾われてから大分時間のたった後だった。

 その事実を知った直後にはナヴァルも悩みもしたが――最終的には仕方のない事だったと考えられるようになっていた。

 そうして西方大陸独立戦争が最も激しかった頃、傭兵としてこの地で活躍し始めたナヴァルは、北エウロペ周辺でソコソコ名の知れた高速ゾイド乗りになっていた。

 ――今にして思えば、平穏の無い人生を送ってるもんだな……。

 そんな昔のゴタゴタを思い出しつつ、ナヴァルは自分がここに来る事になった切欠を思い出す。

 北エウロペ大陸の支配者と言えるウェシナから見えれば、反体制勢力――テロリストと分類されるTYPHON社の真意を知っても尚協力すると判断できる人材を探し出すのも難しいが、戦力となる人材の確保は更に難しい。

 そんな状況の中、TYPHON社は縁故を主体とした古風ながらも確実な人事方式を取っており、第2次大陸間戦争終結後、雇い主を失って野盗寸前にまで身を落としていたナヴァルをTYPHON社に引き込んだのもラオである。

 ちなみにラオ本人は生粋の独立傭兵だったが、西方大陸独立戦争の折に当時のTYPHON社の重役に命を救われた事を機に同社の所属となったとナヴァルは聞いている。

 その後、ラオは警備会社程度の戦力しかなかった実働部隊を小国の軍隊並みにまで拡大させる基盤を築く事になり――そんな経緯から同社のパイロットで彼に縁のある人物は多い。

「トポリの方の隠蔽拠点は引き籠り状態になりつつあってな。セイバー乗りでも役に立てる場所を希望したんだが――ナヴァルが前任とはな。……俺も歳を取る訳だ」

 現在のウェシナを主導している3国――エクスリックス・ファルスト・サートラルと折り合いの良くないトポリはTYPHON社の良い隠れ蓑となっており、その先にあるフロンティア共々、軍事系を引き払って生産拠点に特化させた場所も増えたと聞く。

 ――……パンドラの情報は、やっぱり正しいんだな。

 そんな状況――ナヴァルがパンドラと出会った当初から言っていた彼女の予測が現実のものとなっている事実に、彼女の凄さが実感として感じられてくる。

「本社に帰ると言っても少しは時間があるんだろ? どっかで一戦やってみないか?」

「それはとても魅力的な話ですが、場所をどうしましょうか……」

 そんな遠くの事を考えていたナヴァルにラオはとても魅力的な提案を発し、ナヴァルは思考を切り替える。

 この隠匿拠点の中層に存在する演習スペース――主に戦闘ゾイドを使用した射撃訓練場として使用しているエリアを貸し切れば、模擬戦に十分な場所を作れない事も無いが――。

 ――機会もそう無いしだろうし、この人とやるならば互いに全力を出せる場所が良い。

 ラオは高速ゾイド乗りでありながら、渓谷や基地施設内といった閉所での戦闘を得意としていた人であり、彼の得意な場所を提示しても逆に不信を買いかねない。

「そうですね――では、次の工作任務のついでで訓練スケジュールを申請し、それを隠れ蓑にして――」

「……冗談だよ。ナヴァル」

 予定を詰めるナヴァルに、ラオは妙に落ち着いた静止の声を上げる。

「ラファルのエースパイロットであり、TYPHON社の命運を握る次期主力機のテストパイロット様に勝てる訳がないだろう? それくらい察してくれよ」

 そうして、ラオはおどけた様に今のナヴァルの立場を口にし、この話題を閉めに掛かる。

「……ラオ爺の御指導があってこそ、ですよ」

「ははっ、嬉しい事を言ってくれる――ここの訓練教官と言っても、決起までの短い間だろうさ」

 その流れに別れを察したナヴァルは、久しぶりの再会だった事もあって本心からの言葉で返してしまい――その毒気の無い感情に、ラオは朗らかな苦笑を返す。

「――決起後もなんだかんだで忙しいだろうが……その気があるなら、こんど酒でも奢ってくれや」

「是非に」

 そうして続けられた再会の約束に、ナヴァルは明確な快諾で応える。

 訓練教官と言えば普通なら実戦に至る為の練習の監督者となるのだが、戦力の乏しいTYPHON社にとってはただ遊ばせる余力は無く――ナヴァルが何時ぞやに行った基地強襲の様な事も実施する、かなり高度な綱渡りを強いられる激務である。

 ――……まぁ、ラオ爺ならなんとかするだろうな。

 ナヴァルは『自分でも出来たのだから』という信頼を最後に、ラオ爺と別れ――。

 この会話が、隠匿拠点での最後の会話となった。





 ナヴァルが隠蔽拠点を発った数日後――。

「……お、見えてきたな」

 陸港へと降下を開始しようとしているホエールカイザー改の客室から望める光の洪水――ブロント平野最大の港町、オルリア市の夜景に、ナヴァルは思わず声を洩らす。

 ニクシー半島よりも遥か西、ウェシナ・ニザム領の西端に存在するブロント平原の西側中央――。

そこには戦火によって荒れ果てた他のニザム領内と同じ領域とは思えない様な光景が広がっていた。

アルグラ海と接したオルリア市は海運の要所ではあったものの、大陸間戦争や独立戦争時に主戦場となったのがニザムの東側に集中した事から度重なる戦火から逃れ――。

 そして、TYPHON社が本拠と定めた事による設備投資と技術開発、郊外に建設された本社施設から安定供給される電力によって、列強国の都市部にも劣らない程の発展を果たしていた。

隠蔽拠点を発ったナヴァルは、大胆にも二クシー基地の衛星都市――本社とは逆方向に存在する――敢えて言えば敵地のど真ん中へと向かい、そこからウェシナの国内定期便を利用してオルリア市へと戻っていた。

 ちなみに、ナヴァルが使用した航空会社はグランドカタストロフの折に無用の長物となったホエールカイザーを大量に買い取り――その後の惑星磁場安定後、確保した同機を使用して空輸業を席巻したセイリオス社を使用した。

 ――……ま、基本といえば基本だがな。

 その真意を改めて思う事で、ナヴァルはこの面倒な回り道をやり過ぎだと考えてしまう自分の慢心を打ち消しつつ、客室乗務員の指示に従って座席のベルトを締め直す。

 確かに、隠蔽拠点からゾイドを使用して陸路を走れば、半日と掛からずに本社のあるオルリア市に戻る事は出来る。

 しかし、人の出入りが無い筈の隠蔽拠点からオルリア市方面への人・物の動きをウェシナ軍に察知されれば、TYPHON社が行ってきたこれまでの隠密行動が水泡に帰する事になる。

 現状TYPHON社の行動が露呈している可能性は限りなくゼロに近いのだが――それでも警戒するに越した事はない。

「本日はセイリオス423便、オルリア行きをご利用頂きまして、ありがとうございました」

「はい、お疲れさん」

 そうして滞りなく搭乗口を抜け、手続きを済ませたナヴァルは窓口の受付嬢の可愛いらしい声に応えを返しながら、空港エントランスに入り――。

 ――荷物も異常なし、後を付けられている形跡もなし……っと。

 それとなく周囲を確認しつつ、未だに込み合っているエントランスホールを抜けて外へ踏み出したナヴァルは、煤煙に汚染された、ささくれた様な苦い風というオルリア市特有のあまり嬉しくない歓迎を受ける。

 その風はオルリア市の発展の証とも言える物――増え続けている工場やそれを支える市街地から排出されている、除害しきれない汚染の残滓であり、発展の代償とも言える産物である。

「――仕方ないと言えば、そうなんだがなぁ……」

 実質的にこの町の顔役となったTYPHON社も環境管理の努力はしているが、権限を持たない企業体が出来る事には限界があり、オルリア市の周辺環境は年々悪化していると聞く。

 ――古代技術以外にも、砂漠の緑化といった環境保全の最先端も堅持しているサートラルと協力できれば、もう少し変わってくるんだろうがな。

「…………まぁ、無理な話だからな」

 エクスリックス、ファルスト、サートラル――。

御三家とも言われるウェシナを作った3国は、ニザムに損な役回りを押しつけている連合の実質的な支配者であり、この状況を維持したまま協力する等という事はニザムの民にとって認められる事ではない。

しかし、例え今の状況が覆ったとしても、今に至るまでのニザムの民の遺恨が晴れる訳でもなく――ソレが平和的に改善出来るのであれば、TYPHON社はそもそも行動を起こそうとはしていない。

 そして、その意志がニザムの民の総意、TYPHON社が柱としている義であるのだが――。

「――面倒な話だ」

 理論の権化とも言えるパンドラと関わり始めてから、ナヴァルの中に生まれた澱み――理想や動機等の想いをどこか他人事のように感じてしまう事実を、あえて言葉とする事で濁しながら、彼はTYPHON社本社施設行きのバスへと乗り込んだ。





 オルリア市の郊外に陣取り、各種工場群に滑走路や陸港すら備える巨大設備群――。

 TYPHON社本社施設タイタニアへと戻ったナヴァルは、地上施設からここの本質、地下千数百メートルの場所に存在する同社発展の要へと至るエレベーターに乗り込んでいた。

 そうして、本社施設地上部に秘匿されている扉を越えてから数分――。

 ナヴァルを乗せた箱は長い暗闇を抜け、本社の地下に広がる巨大な空間――その全容を視界に納めた彼は、その広大な空洞の中心にある存在に目を向ける。

「……相変わらずでかいな」

 岩盤の天井とした地下に現れた、渓谷の様に削られた地層の中――その中心に傾きながら聳えている螺旋貝(オゥルガシェル)型の超巨大ゾイドを見下ろしながら、ナヴァルは思わずそう呟く。

 古代種、グリフティフォン。

 全長1.3kmにもなる巨体を有するこのゾイドは、古代ゾイド人が製造したと考えられる遺物であり――。

 24年前、TYPHON社の代表であるアイヴァン・グランフォードが自社施設の拡張工事の為の大規模な掘削工事を行った際、酷く損壊していたこのゾイドを発見したのが同社発展の始まりだったらしい。

 この遺物によって得られた恩恵は2つ。

 1つは都市の開発・発展に欠かす事の出来ない電力――オルリア市への電力供給用ジェネレーターとして利用法。

 サイズこそ段違いだが、グリフティフォンのゾイドコアもまた他の普通のゾイド同様イオン水が主食であり、TYPHON社はその栄養源としてアルグラ海から水路を引く事によって莫大な代謝エネルギーを獲得するに至った。

 ちなみに、ただの海水から莫大な電力を得るという意味――これがどれ程の利益を齎すかは推して知るべしであり、無尽蔵とも言えるこの代謝エネルギーはTYPHON社の強力な資金源となっている。

 もう1つは、ガイロス系ゾイドの補修・製造で生計を立てていたTYPHON社に古代技術というオーバーテクノロジーを齎した事であり――同社は今、列強国が第5世代機と呼称するゾイドの開発・量産にまで着手していた。

 安価で、しかも比較的安全に莫大なエネルギーを生み出すゾイドコアと、欠損が激しいとは言え高度な技術を提供する管理ユニット。

 それらは大国ですら喉から手が出る程の奇跡であり――TYPHON社によるニザム地方独立という途方も無い願いを叶える為の原動力となっていた。

 ――……まぁ、グリフティフォンが本来持っていたコアジェネレーターが壊れている関係で電力変換に関してちと無理をしてたり、パンドラの相手をするのが非常に面倒だったりするんだが。

 しかし、所々に無理があるとしてもTYPHON社がウェシナと矛を交えるだけの力を得られたのは確かな事実でもある。

――俺が真実を知らされたのは6年前だが……よくもまぁ二十数年でここまで来たもんだ。

 そうして秘匿エレベーターを降りたナヴァルはそんな事を思いつつ、遥か遠くにあるグリフティフォンの頂点を見上げながらそんな感慨を想う。

「甲殻の各所に埋め込まれていた砲が見えなくなっているな……中身はともかく、外側はもう直っていると言う事か」

 ナヴァルは任された役職――正直な話、彼としては固辞したくてたまらない役職だが――の関係上、彼はこの場所に頻繁に訪れなくてはならなかった。

 そして、このゾイドを初めて見た時、その長大な殻には無数の穴が開き、中の砲身が露出していた事から修復中の感覚が否めなかったが――。

 今見あげるその巨体からは、かつての心もとなさは殆ど見る影を顰(ひそ)めていた。

「……もうすぐ『決起』か」

 TYPHON社が偶然発見したこの“希望”は大きく損壊していたものの、“コレ”から光明を見出した同社代表アイヴァン・グランフォードはニザム地方独立の夢を掛けた。

 そして、彼は未だに機能していた“コレ”の管理システムと交渉し、修復と技術転用を続け――同社はここまで来た。

「…………『決起』か」

 そして、ナヴァルはその言葉の先――その実働部隊の一員として、続けねばならない筈の決意を口に出来ないまま、その巨塔の足元へと歩み続けた。





 結局、最後までその覚悟を口に出来なかったナヴァルは、そのままグリフティフォンの底部にあるエントランスハッチまで辿り着いてしまい――。

 その厳重な警備を顔パスで通過したナヴァルは、そこで社長が別件で遅れているという伝言を受け取った。

 ――まぁ、俺なんかよりはるかに忙しい人だからな……。

受け取った文面に対し、自分の様な下っ端に対する伝言があるだけでも有難いとナヴァルは思いつつ、彼は先に管理室に向かう旨を社長秘書に伝え、グリフティフォンの中心とも言える管理区画――この巨大なゾイドの全てを操る場所へと踏み入った。

 通常区画と管理区画を隔てる扉の先――そこは外観の様式こそ同じであったが、発する雰囲気が全く異なる異界であり、有事の際には重装歩兵すら軽く細切れにするレーザーが雨霰と照射されるキルゾーンになると聞いている。

 TYPHON社の代表であるアイヴァンですら管理ユニットの許可無しには扉を開ける事すら許されない領域。

 しかし、そんな物騒な場所をあっさりと通過したナヴァルは、その更に奥――管理室の扉に手を掛ける。

「(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラが対応します。――お帰りなさいませ、ナヴァル・トーラ」

 そして、管理区画と管理室との光の差に目を細めたナヴァルに対し、抑揚の無い言葉が向けられる。

 それはパンドラと名乗った彼女が表せる最大限の歓迎の声であり、光に慣れたナヴァルの目に、管理室の奥から出迎えにあらわれた青いドレス姿の女性が映る。

 ――……まぁ、変わるわけはないな。

 その恰好――武骨な兵器の中において、場違いとも思えるその出で立ちがどうしても最初に目に付いてしまう。

 しかし、それを省けば重厚な礼服を着こなせる長身と無表情ではあるものの整った顔立ち、この地方では珍しい緑色の長い髪に瞳孔の黒色を含まない赤一色の瞳は、生者とは思えぬ独特な魅力を放っている。

 加えて違和感の元凶である青いドレスも、装飾こそ控えめであるが上質なソレであると見て取れ、その折り重なった布越しにも判る程にメリハリの付いた身体は成熟した女性の色香を薄らと滲ませていた。

「邪魔するよ、パンドラ。――今日は外から降りて来たんだが……修復作業はかなり進んでいるんだな」

 そんなパンドラの事を初めて見た人間は、恰好が世間一般の常識から少々ズレているとは言え、どこかの名が知れた所の令嬢と考え至るのが普通であり――ナヴァルも最初に会った時はそう結論付けていた。

 しかし、ナヴァルがパンドラと呼んだ彼女は、見掛けこそ人間のソレだが――その正体はそもそも生き物ですらない。

 ナヴァルがパンドラ自身から聞いた話によると、この巨大なゾイドの管理ユニット――内部防衛機構(コアガード)と対人応対(インターフェイス)を兼ね備えた外部端末というのが正しい在り方となるらしい。

「現在、本機の修復率は30%程となっておりますが――貴方方によって拡張・改造された部位とを併せれば、稼働状況は84%に達します」

 そして、ナヴァルはこの厄介な存在からその主人の様な者――パンドラ曰く占有者――として指名されてしまい、管理区画を自由に通行する権利と彼女との受け答えを行える自由という、2つの分不相応な役割を押し付けられていた。

「そうか、上手く進んでいる様で何よりだ。――こいつはおみやげだ、受け取ってくれると嬉しい」

 ナヴァルはそう言ってパンドラの冷たい手を取り、その包みを渡す。

「……おみやげ、ですか?」

「その表情からするとまだ知らないな? 拡張部位のメモリーバンク、辞書、一般常識フォルダ内にある情報を確認しろ」

 首をかしげるを通り越し、身体全体を傾けて疑問を表すかのようなパンドラの仕草をナヴァルは不覚にも可愛いと思っていしまったが――彼は僅かな見栄と占有者としての意地を総動員し、勤めて厳しい口調でパンドラに命じる。

「了解しました。フォルダの検索を開始します」

 ――……勝手に指定したくせに、こいつの言う“占有者”に相応しくない行動を取ると後が怖ぇーからなぁ……。

 素直に命令を実行したように見えるパンドラの様子を眺めながら、ナヴァルは今日に至るまでの艱難辛苦を思う。

パンドラ曰く――『当機には情報が不足しています。――協力願います』

 パンドラと出会ってから最初に言われたこの言葉は、彼女自身がこの世界の事を知る為の受け答え――情報ではなく感覚としてのもの――だったようなのだが――。

そのやり取りはナヴァル自身にも高い教養と知識を要求するものであり、彼はこの歳になって初めて世の学生が味わう勉学の有難さと苦難を知る事となり、その上で世界の大手新聞の社会面を閲覧するという日課まで課せられる事となった。

 パンドラ曰く――『パイロットであるなら、乗機の事を知らねばならないと思考します』

 基礎分野の学問に目途が付いた頃、そんな言葉と同時に今度は工業系――材料学からシステム工学と言った、ゾイドに関するありとあらゆる専門科目の学習を課せられ、ナヴァルは再び新しい教本を開く破目になった。

 とは言え今まで感覚と経験でゾイドを動かしていたナヴァルにとって、この経験は確かな力となったのも事実ではある。

 相棒となるゾイドの様々な機微が判るようになったのと同時に、整備の人間とも対等――とはいかないまでも“会話”が成り立つようになった事から、他のTYPHON社のパイロット達から一目置かれるようになった。

 パンドラ曰く――『ナヴァル・トーラは、自分の能力を知る必要があると思考します』

 ソレらの座学が落ち着いた頃、今度はパンドラが直に教鞭を取るZA能力者が有する力――ナヴァルが“感覚”と称していた能力の教育が始まった。

 この項目に関しては、戦闘面に置いて他に類を見ない優位性となってナヴァルを助けているが、定期試験で及第点に達しなければ実行されるチクチクちまちまとした言葉攻めは正直思い出したくもない。

 これ等の半強制的な学習に加えてTYPHON社の実働部隊の一員としての通常業務も続き、更にはパンドラとの遣り取りの報告等が増えたと言えば、巷で耳にするブラック企業という待遇が合致するのだろうが――。

 しかし、その状況と絶対的に異なるのは、機密保持契約費と称する報酬によってTYPHON社からの給与が十倍近くにまで膨れ上がった事と、本社近辺にナヴァルが居る場合、その生活に関わる負担の一切をパンドラが仕切るようになった事が言える。

 それまで炊事や洗濯といった生活に関わる事を他人に預けた事の無かったナヴァルにとって、衣食住に時間を取られないという事実はとても新鮮な感覚であった事を――彼は今でも覚えている。

 そんな経緯により、強制学習や新しい任務の負担はパンドラの献身的な行動によって相殺されており、彼自身も利点のあるこの状況を心地よいと思い始めていた。

「――――検索を完了しました。しかし、当機は(仮称)グリフティフォンの管理ユニットであり、これを受け取るべき立場にありません」

 ナヴァルがそんな地獄の様な過去の日々と馴染みつつある今を再確認し終えた頃、情報収集し終えたらしいパンドラは、送り主が最も落胆する言葉を返してくる。

「いいんだよ、そんな事気にしなくて。――あんまりごねると、命令形にするぞ?」

 しかし、ナヴァルはそのつれない返事にも――否、パンドラと接してきた6年の過酷さが入り混じった日常の中で見出した、彼なりの楽しみを実行に移す。

 パンドラと付き合い初めた事でナヴァル自身が漸く自覚した事だが――彼は対人関係において気の置けない関係を大切にする性質のようだった。

 そして、長く深い関係になるであろうパンドラともそんな関係を築ければ、この先楽であろうとナヴァルは考えており、渡そうとしては突っ撥ねられる今までのプレゼント群もそんな関係の切欠になればと言うささやかな攻撃だったのだが――。

「ナヴァル・トーラは当機の所有者ではなく、当機の占有者です。そして、改めて申しますが、現状の(仮称)グリフティフォンの運用権限の最上位者は当機にあり、現所有権は存在を確認出来ない創造主にあります」

「ぬ……」

 しかし、いつもの様に旗色はナヴァルの拙い方向に向かっていく。

「現在の状況は、本機に重大な欠損が生じている事を苦慮する当機と、本機の技術を欲する貴方方が互いの欠点を補完する為の処置だと言う事をお忘れないように願います」

「判った判った、調子に乗り過ぎたのは謝るよ。――しっかし、どうして俺かねー」

 パンドラなりの最後通牒――その先を聴いた事が無い為、これが本当に最後かどうかは不明だが――にナヴァルは見掛け上降参の意を示しつつ、TYPHON社内での自分の階級に分不相応な今の立場を愚痴る。

 TYPHON社の命運を左右しかねない古代技術の管理ユニットとの折衝ともなれば、パイロット風情であるナヴァル等ではなく、会社の長であるアイヴァンが交渉に当たるのが本来の形である筈なのだが――。

「こちらも何度か申し上げていますが、当機の規定には本機の所有・管理・占有を行う者は“能力者”――貴方方の言う“ZA能力者”を宛てる事という記述があり、当機はこれを覆す事はできません」

「――ZA能力者、ねぇ……」

 これも何度も交わされた遣り取りに、ナヴァルは胡散臭そうに呟く。

 世の中では疑問視する風潮もまだ強いが、ウェシナではその力を有すると思われる人材を手厚く集めて優遇しており、北エウロペにおいてはその存在は他国のどの場所よりも確かになりつつある。

 そして、ナヴァル自身もパンドラからその理論の手解きを受け、その存在を強く感じられる様になった力ではあるが――彼女がそこまで拘る理由を、彼は理解出来ないでいた。

「そして、ナヴァル・トーラの能力は本機の運用規定値にまったく達しておりませんが、貴方方の中で“ZA能力者”と呼べる存在はナヴァル・トーラしかおりません。よって現在は当機が行える権限を用いてナヴァル・トーラを占有者として記録し、運用しております」

 ナヴァルはパンドラの言う定型文を聞き流す為の思考を重ねる中、彼女は律儀に何度も彼に告げている単語を言い続ける。

「互いが互いを利用する為に設定した規定です。双方が不利益を被らない為にも、確実な履行を望みます」

「悪かったって。――ところで、俺がコレをパンドラに提供するのは、グリフティフォンにとって不利益なのか?」

 そうして、一通りの想定できる反論を受けた所で――ナヴァルはお土産(これ)を買った時に思い付いた反撃を開始する。

「…………付与された意味は不適格と思考しますが、物品提供に関しては問題にならないと判断します」

 そして、ナヴァルが考え連ねたその予測通り、パンドラは彼の言葉を論破出来ず、しぶしぶと言った形でお土産――ヴァナ湾原産のアーシャ貝を加工した、オープンホール型のネックレスを受け取る。

 ――ようやく1勝か……だが、この感じだったらこのまま連戦連勝できるかもしれないな。

「これは――金属含有量の多い巻貝型ゾイドの外殻ですか。……このサイズではゾイマグタイトの変換効率に届きませんね」

「一応言っておくが、食べてくれるなよ。装飾品なんだからそのカテゴリー通りに使ってくれ」

 ナヴァルがそんな確信にも似た予測を思う中、受け取ったネックレスを検分していたパンドラから発せられた言葉に驚きつつも、彼は一応釘をさしておく。

「…………というか、食えるのか? ソレ」

「“この系統の貝型ゾイドからゾイマグタイトの合成が可能”との記録を当機は保持していますが、現在、該当する製造法の情報に損傷が見受けられます。……指標となる構成物があれば、合成機構の復旧にも目途が立つと考えられますが――」

 同時に非常に気になる――というよりも、後で社長に必ず報告しなければならない情報を語るパンドラにナヴァルは細心の注意を振るが、当の彼女は唐突に言葉を切り――。

「――ナヴァル・トーラ。TYPHON社社長、アイヴァン・グランフォードが本機エントランスに到着しました」





 ――何度経験しても、慣れそうにないな……。

 社長が到着したとの連絡をパンドラから受けて数分後、ナヴァルは自分の上役であるTYPHON社社長、アイヴァン・グランフォードと対面していた。

 エウロペ大陸の帝国製ゾイドの販売シェアナンバーワン企業の経営者にして、幾つもの野心を秘めたTYPHON社の代表。

 その外見を一言であらわせば、神経質そうな老齢の男性と言えばいいだろうか。

 砂漠の民と似た堀の深い顔立ちではあるが、北方(ガイロス)由来のソレはナヴァルとはまた違った雰囲気を醸し出しており――年齢から来る皺に長年の労苦で刻まれた痕が加わる事で、ある種の近寄り難い圧力を発している。

 しかし、その歴戦の経営者を以ってしても、異文化の産物にして理論の権化であるパンドラとの折衝は困難を極め、その緊張を無意識に解こうとしたのか社長は自身の胸元に忍ばせた“箱”へと手を伸ばそうとするが――。

「アイヴァン・グランフォード。以前も申し上げた通り、煙草(ソレ)の持込みはおやめください」

 アイヴァンのその挙動に対し、管理室の空気を凍り付かせるパンドラの容赦ない言葉が部屋の中に響き渡り、彼女と彼等を中心とした世界が静止する。

「――吸う心算は無いのだが?」

「ソレの常習性は有害薬物と同等であると記録されており、事実として禁止領域で運用されている事案を多数認識しています」

「ここの環境維持システムは群を抜いているとの報告を受けている……此方から願い出た事とはいえ、協力体制を敷いている者の趣味趣向を許すぐらいの配慮は見せて欲しいものだが」

「本機内で作業中のTYPHON社人員の潜在的な喫煙者は38名。生物というものは低きに落ちるものです。組織の頂点に居るアイヴァン・フランフォードが規律を破ればその下に居る全員が喫煙を始める事になります」

 アイヴァンの長年の思いが鬱積している様な反論に、パンドラは冷徹で容赦の無い――いや寧ろ先程よりも強烈な、まるで煙草に恨みでもあるんじゃないかと思えるような鋭い反論が返される。

「尚、それら全ての人員の喫煙が行われた場合、機内センサーや環境維持システムのクリーニングの為、当機及びドールを含む本機の全自己修復機能を毎月一週間程割り振らなければなりませんが――よろしいですか?」

 パンドラが言葉を重ねる度に引きつっていく社長の表情に、ナヴァルは胃が痛くなってくるのを感じつつ――。

「判った判った。――俺は社長と話がある、パンドラは中央で通常の状況に戻れ」

「――了解しました、ナヴァル・トーラ」

 愛煙家と嫌煙家――その絶対に交わる事のない状況の平行線を早々に切り上げて会話を本題に進めるべく、ナヴァルはパンドラに移動を命じ、彼女がソレにすんなり応じる事で世界が――正確に言えば管理室内の空気が動き出す

「え〜と……なんというか――すみません、社長」

「随分と楽しそうで結構だな、ナヴァル? ――報告を聞こうか」

 隠し切れない苛立ちを滲ませているアイヴァンを正面に捉える事で、ナヴァルは一瞬収まった胃痛が再燃し始めるのを感じながらも報告を開始する。

 ここでの話の内容をザックリと纏めてしまえば、隠蔽拠点における出向での結果報告とパンドラから渡されたグリフティフォンの状態報告書の2つに集約される。

 前者は今回の教導の出向先であったニザムの隠蔽拠点の主な任務――ウェシナ・ニザム領の周辺に存在するウェシナの予測戦力分布図とその総戦力の調査報告であり、後者はパンドラが纏めた補修状況や運用状態の報告書となる。

 手渡し等と言う回りくどい方法を取るのは、各隠蔽拠点はその特性上無線通信が使えない事からその報告はそれぞれの人員が自力で運んだデータに寄る為であり――。

 グリフティフォン関連の資料もパンドラがナヴァル以外の人員との接触を絶つ傾向にある事から、ソレ等の報告はこうせざるをおえないのが実情となっていた。

「ニクシーの戦力がまた拡充されたか……詳細は記載してあるか?」

 そして、社長は手渡された資料を入念に目を通しながら――当然、後で見直しもするのだろうが――簡単な質問を重ねてくる。

「察知できた限りは。しかし、何らかの手を打たねばニザムの隠蔽拠点が発見されるような事態も発生しうるかと」

「そうか」

 そうして、ナヴァルは社長が資料に目を通しながら発する散発的な質問に受け答えた後――。

「あぁ、そうだ――社長、ゾイマグタイト……手に入りませんか?」

 先程気になった話題の進言を、社長に向けて開始する。

「――なんだ、やぶからぼうに」

「いえ――パンドラの奴が欲しがっていたので……都合が付けば、と」

「――資材課からはそう言った申請は受けていないが?」

「え〜と……どうやら、個人的な趣向のようで」

「…………ゾイドコアを活性化させる希少鉱物だぞ? その上、最近ではオーガノイドシステム(OS)の変質にも利用できる事が判り、価値は上昇する一方――手に入れるのは相当に骨をおらねばらなん」

 ナヴァルの返答にアイヴァンはあえて素材の説明をする事で、『そんな物を趣味趣向で手に入れられるか』と言葉では無く口調で返してくるが――。

「ソレが興味深い事を呟いていましてね――『“アーシャ貝”等から合成が可能』とかなんとか……今はその情報の一部が欠損しているらしいですが、見本となる物があれば修復できるかも、とも」

「――――」

 アイヴァンがあえて口にして説明した通り、ゾイマグタイトの希少性は他の鉱石と比較しても群を抜いている。

 ――だが、もしそれを安価な物で代用する手段を発見できたならば……?

 宝石貝であるアーシャ貝は確かに高価だが、ゾイマグタイトの価値はソレを遥かに凌駕しており――合成が出来るとすれば、十分検証するに値する。

「…………鉱床を管理しているウェシナ・ファルストとウェシナ・トポリに試材として発注を掛けてみよう。――まだ我々の真の目的は感知されていない筈だ、積む物を積めば入手できるだろう」

 パンドラの言動の端々から使える技術を引っ張り出すというナヴァルの機転は、既に似た様な成果を示しており――実績がある以上、アイヴァンはその話を断れない。

「頼りにしてますよ、ボス」

「ふん――次の特務が決まるまで、ラファルの調整と同機パイロット候補生の訓練を任せる。パンドラのご機嫌取りだけで給料が出ると思うなよ?」

 そう言ってアイヴァンは席を立ち、管理室を後にする。

 ――……また暫くは、グリフティフォオンでの暮らしか。

 その後を追って管理区画との境界までアイヴァンの事を見送ったナヴァルは、これからの気疲れが溜まるであろう日々に眩暈を覚えつつ――。

「ナヴァル・トーラ。訓練予定の書類作成に入る前に、本日の夕食の要望を確認したいのですが」

 管理室に戻ったと同時に届いたパンドラからの問いに、『これを幸せと思わないと罰が当たるんだろうな』とも考えながら「……肉で」と短く応えた。



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