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 北エウロペ大陸、ウェシナ・ニザム領――ブロント平野、西部。

 オルリア市の郊外に居を構えるTYPHON社本社施設群の1つである広大な演習場。

 そこは、北エウロペ最大の広さを有するロブ基地のそれにも比肩する広大な実験場であり、現在はその中心に要塞を模した構造体が組み上げられていた。

 しかし、演習弾とはいえ幾つもの砲火を交えるその場所も、今は静かな月明かりと僅かな常夜灯による仄かな光、周辺から響く静寂に支配されていた。

 動くもの1つなく、まるで時間が止まっているかのような錯覚を覚える場所。

『演習開始予定時刻まで180セカンド。各員は機器の最終チェックを実行されたし』

 だが、その地下では剣呑な喧騒が解放される瞬間を待っており――。

「…………」

 その熱の一端を担う、黒髪黒眼の彫の深い青年――ナヴァル・トーラもまた、今の乗機であるラファルの中でその役目を果たす時を待っていた。

 チーター型高速戦闘用ゾイド、TZ-[N]P001ラファル。

 それこそTYPHON社が古代種グリフティフォンから得た技術を転用して開発・生産を続けている第五世代機であり、現行の第五世代機の指標であるエナジーライガー改を大きく上回る戦闘力を持ったゾイドである。

 そして、どの国家にも属さず、知られていないその機体は今、表向きの静寂に包まれている演習場の地下格納庫でその時を待っていた。

『(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラが通達します。オルリア市を認識可能な全ての衛星が、掌握済みの設備に置き換わりました。――偽装情報の発信を開始、以後3時間の間、オルリア市周辺は衛星による探査から隔絶されます』

 そして、演習場の地下に潜む全員が待ちわびたその通達によって、地下の喧騒は更に激しいものとなる。

『統括部より各部に通達、情報部は衛星状況の再確認を実施、隠蔽班はステルスフィールドの展開を開始、技術部は各種観測装置の設置・モニターの確認をされたし』

『こちら情報部、衛星で隠蔽班の初動を確認できず。グリフティフォンによる偽装は正常に動作している模様』

『隠蔽班、ティフォリエスによるステルスフィールドの展開を完了』

『技術部、観測機器の設置作業を続行中――仮想敵部隊の展開を始めてもよろしいですか?』

 それらの声は今回の演習に関わる全てのスタッフが最善を尽くさんとする行動と通信の余波であり――。

『許可する。ラファル隊も起動準備を開始せよ』

 その熱の集束点――今回の演習の目的であるラファルのコックピット内でその経緯を静かに聞いていたナヴァルは、その言葉に意識を戦場に赴くソレへと切り替える。

『技術部、了解しました。ナヴァル三等官、聞いての通りです』

「了解だ」

 機内モニターの端、期待を乗せる様にラファルを見上げながら敬礼を送る整備員と通信要員に返礼しつつ、ナヴァルは休眠状態としていた乗機のサブコアをゆっくりと覚醒させ、コアジェネレーターの設定を戦闘稼動状態へと更新する。

『技術部、各機材の設置を完了。観測機器との接続状況の確認――完了しました』

『仮想敵部隊、配置完了。ナヴァル……今日は一筋縄ではいかないからな』

「俺よりも、新人さんを気にしてほしいんだがな……」

 その喧騒と熱気はある種の祭りの様な雰囲気を醸し出しており、そうして伝わる感情は、油断すればこれがTYPHON社の重要なテストである事を忘れそうになってしまう程の熱を発していた。

 ――……これはラファルの問題点や稼働率を探る試験だ。それ以上でも、以下でもないぞ。

 その熱波に中てられたていたナヴァルは、今回の目的を改めて思い直す事で緩みそうになる気を張り直す。

『実働部隊各員、私語は慎め。――ラファルの第7次稼動試験演習開始する』

「ラファル班、了解。ナヴァル・トーラ、ラファル1番機……全兵装の演習モード状態を確認――演習開始」

 統括部の担当官の言葉と共に、演習場の地下――ラファルの存在を隠す為の擬装格納庫から1体の異形のゾイドが飛び出す。

 そのシルエットは、従来のゾイドとは一線を画する形状であり――その端部は、高速ゾイドでありながら走るのに適さぬ程に細く鋭い

 しかし、ラファルはその四肢から発せられるマグネッサーシステムの力場と背部ブースターを巧みに利用し、1120km/hの超高速で目標地点へと突き進んでいく。

 ラファルはこの機動力に加え、ゼネバス砲にも比肩する威力を持った荷電粒子砲も備えたゾイドであり――その攻撃性能は、まさに次世代の第五世代機と称するに相応しいゾイドである。

 そして、その機体を操るナヴァルの今回の目的は『防衛施設の突破』――即ち敵拠点として設定した場所に到達さえしてしまえば完遂となる。

 尚、個人の感性による自由な戦術、そこから発生する機体の問題点を洗い出すのが目的の1つとなっている事から細かなミッションプランは設定されていない。

 ――演習場に設営されている防衛要塞を模した城壁の奥……隔壁に破壊判定を叩き込み、抉じ開けて中に入れば勝ち――簡単な話だ。

「居るな……数は――10機か?」

 今回の状況と共にその完遂までの流れを確認したナヴァルは、今回の演習最大のファクターである仮想敵部隊に思考を移す。

 機種はベロキラプトル型の小型ゾイド、ガンスナイパー。

 ヘリック共和国が開発したこの量産型ゾイドは、小型ゾイドとしては非常に高い攻撃力と機動・運動性を有する優秀な機体だが、流石にこのゾイドで第5世代機を相手にするのは無謀が過ぎる。

 しかし、今の彼らはウェシナ軍の新鋭量産機であるゼニス・ラプターを模した装備――右手にはペイント弾を満載した40mm機銃もどき、左手にはハイ・レーザーライフルとして扱われる大型レーザー照準器を装備している筈であり、演習でのみ通用するソレらの重装備は侮れるものではない。

 40mmはウェシナの標準火器として使用されている弾種であり、非装甲部位であれば跡形もなく粉砕し、例え重厚な装甲であっても継続的な射撃で破壊する事が可能なソレは、強固な装甲を持たないラファルにとっては十分な脅威となる。

 そして、左手のハイ・レーザーライフルに至っては、実戦なら被弾した瞬間に中破以上の損害が確定する程の危険な代物であり――直撃しなければ非撃墜判定は取られないものの、一瞬で逆転される可能性もある要注意兵装だ。

 加えて要塞への急襲を想定した今回の演習において、ナヴァルはそれらの火線を閉所で捌かなくてはならない。

「最初は……城門の上の2体――ぐ、っぅ……」

 ――ったく、オーガノイドシステム(OS)搭載機が相手だと、頭痛がひどいな……。

 敵機の戦力を頭の中で確認しつつ、演習開始前から“感覚”で仮想敵部隊の位置に当りを付けていたナヴァルだったか、OS搭載機達との距離が縮まって来た事でその“感覚”に支障が出てくる。

 パンドラの話によると、ゾイドコアに付与する形のOSはZA能力者に対抗する為に開発されたという話であり――ナヴァルの頭痛はそのOSが発する妨害の結果であるらしい。

「……もう手筈は考えた、あとは経験だけでやるさ」

 そんな確認と共にナヴァルは“感覚”を意識の外に押し出す事で頭痛を和らげつつ、頭の中で組み立てた成功に至る道筋を実行に移す。

 先ずは、跳躍――これ見よがしに開け放たれている最初の城門を抜けず、通常のゾイドでは飛び越えようとも思わないであろう城壁を眼下に収めるべく、ナヴァルはラファルのマグネッサーシステムを全力稼動させる。

「居たな」

 そんな陸戦機とは思えぬ奇襲――高度にして30m前後からの急襲に、城門の上で待ち伏せていた2体のガンスナイパーがギョっと振り返る。

 この程度の跳躍自体はライガーゼロ等の大型高速ゾイドでも出来る芸当だが、ラファルはその跳躍の最頂点――空中に浮遊した状態のまま演習仕様の荷電粒子砲を連続照射し、威力の無い光の薙ぎ払いによって待ち伏せていた尖峰の2体を排除する。

 今の2体も含め、仮想敵部隊はゾイドコアに行動抑制を掛ける事でラファルのセンサー探知外にまで排熱量を落しており――。

 同時に“感覚”で察知した配置から、彼等の目論見が防衛ラインすれすれをキルゾーンとした待ち伏せ十字砲であるとナヴァルは読んでいた。

 ――……それを崩し、ラファルの優位性である上位のキルレシオは発揮するのが今回の仕事と言う訳だ。

『209、210大破』

 仮想敵部隊の2体が演習仕様の見掛けだけは凄まじい光の本流に埋もれてから程なく、撃墜報告が発信されるが――ナヴァルとラファルはここで止まれない。

 そのまま空中を蹴って城壁内部へとラファルを突入させたナヴァルは、ゴールである門の左右に居る2体とその途中に控えていた2体――。

 計4体の仮想敵部隊を行動する暇も与えずに演習仕様の荷電粒子砲を浴びせ掛け、迅速かつ確実にそれ等を撃破、ゴールを塞ぐ壁を射ち抜く最適位置に乗機を滑り込ませる。

 ラファルとゼニス・ラプターとの推定キルレシオは1対9。

 6体の撃墜判定を取った事でナヴァルは数字的には優位に立てた訳だが、地の利と火線の量は依然として仮想敵部隊側にあり、一撃必殺兵器であるハイ・レーザーライフルも存在する事から油断は非撃墜判定に繋がる。

 その事実を再確認しつつ、ナヴァルはゴールを塞ぐ城門の上――城壁の上方から様々な演習弾を撃ち下ろしてくる仮想敵部隊を無視する形で、城門の突破を開始する。

 いつぞやのコマンドウルフの時と同様、反撃を受けないと判った者からの攻撃は熾烈を極める。

 しかし、今の仮想敵部隊の位置に対し、ラファルの兵装では射角の関係でまともに狙う事が出来ず――。

 それと同時に、飛び上がって撃とうとすればその隙を突かれて直撃を受けかねない。

 故に、ナヴァルはマグネッサーシステムの全力稼動による平面的な挙動で猛攻を捌きながら、演習出力の荷電粒子砲を城門に撃ち続ける。

 常に浮いているかのような挙動を取るラファルは、滑るような挙動で機体に追いすがろうとする演習弾を躱(かわ)し、横滑り状態で荷電粒子砲を照射。

 城壁の端に追い込まれた際には反動制御を外したまま荷電粒子砲を照射する事で強烈な後退と射撃――回避と攻撃を同時にこなすというトリッキーな動きを織り交ぜつつ、城門の設定耐久値を削っていく。

 ――キツイな……! 閉所でこの機動性能を発揮するのはやはり無理があるか……っ!?

 傍から見ればラファルが優位なように見えるが、城壁と激突しかねたのは既に6回を数えており、ナヴァルは今の乗機が如何に要塞突入等の閉所戦が苦手であるかを自分の身体で体感していた。

 しかし、その無茶の連続は確実な結果を残し、連続的に照射される演習型荷電粒子砲の連打は、対荷電粒子コーティングが施されているという設定である城門の耐久値を超えつつある。

 あと少しで城門を撃ち抜いたという判定を得て扉が開き、ラファルが目標域に侵入を果たしたという事実によってナヴァルの勝利が判定される。

 その状況に焦った仮想敵部隊の2体が城壁から降りてくるが、ラファルと同じ高さに降りた状態では回避挙動のついでで落とせる程度の脅威でしかなく――彼等諸共ナヴァルは城門の破壊判定を?ぎ取る。

「ゴール、っと――」

 そのまま城門を通過したラファルは、目標域を抜けたという結果を獲得し状況を達成する。

『だぁー! また抜かれたーっ!』

「いや、だから目的は俺じゃなくて新人の育成や機体の粗探しが目的だって」

 その瞬間に発せられた仮想敵部隊のリーダーの悶絶に、ナヴァルはツッコミを入れる。

 ナヴァルの発言通り、この演習はラファルに関する問題点を探る事にある。

 その為、前任者が行った演習の内容を他のラファルパイロットが知るのは全てが終わった後であり――候補生達が仮想敵部隊の周到な囲いを突破できるかは、彼等の能力次第となる。

『101試験終了。――続いて、102の試験を行う』

 統括部からの宣言により、次のラファルの試験が開始され――ナヴァルはそのまま訓練教官として、候補生の状況確認を機内で続ける。

 しかし――。

「――問題は山積だな」

 その結果は、惨敗と言っていい内容だった。

 最初の候補生はラファルの性能に慢心していたのか仮想敵部隊が構築していたキルゾーンにあっさり飛び込んでしまい、十字砲火の餌食となり即時終了。

 次の候補生はなかなか慎重で、最初の城壁ごとソコに潜んでいた2体を荷電粒子砲で消失させたという荒業判定で初動をクリア。

 そのまま城門の途中に居た4体の撃破判定も?ぎ取るという成績を残すも――城門攻略中に壁面に激突した事による非撃墜判定を受け終了。

 いくらラファルが閉所戦を苦手としているとは言え――状況が厳しいTYPHON社は、キルレシオがほぼ同等であれば勝てる戦術を編み出さねばならないのが実情であり、この成績はなかなかに厳しい。

 ――議題に挙がってたラファルの操作性をどうにかするか……技術部が研究していると言う防御兵装を実装させないと、どーにもならないか?

 その結果を報告・是正する立場にあるナヴァルとしては、上への報告をどうするかと頭を捻りながらそんな事を思っていると――。

『(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラよりナヴァル・トーラに警告。ナヴァル・トーラが機乗しているラファルのサブゾイドコアジェネレーターの異常を検知』

 唐突に、パンンドラからナヴァルに充てた通信が開かれ――その自発的な行動と緊張しているかの様な表情を珍しいと彼が思う間も無く、重要で致命的な情報が齎せられる。

「……はぃ?」

 あまりの事にナヴァルの意識が凍結していたのは一瞬。

『爆散の危険性在り、至急対処されたし』

 ――……っ。

 しかし、続けられたパンドラの警告と彼女から強制されていた学習は、その深刻さをナヴァルに理解させるに十分な情報であり――彼はすぐさま対応を開始する。

 積み重ねられた勉学の結果、ナヴァルの身体は無駄の無い動きでコックピット内のキーボードを展開させ、その指は的確な動きでコンソールを叩き、彼の描いた対策をシステムに叩き込んでいく。

 ――設定、メンテナンスモード……メインとサブのコアジェネレーター間の同期給電を停止、給電路の遮蔽隔壁を遮断、接続ボルトメンテナンスモード……本体との接続解除――。

『ナヴァル三等か――』

「周辺機体の退避を!」

 そんな中で届いた統括部の担当官からの湯帳な通信に、ナヴァルは要望だけを叫ぶように伝え、乗機のサブコアジェネレーター処理に集中する。

 ――荷電粒子砲演習モード解除、拡散係数変更――拡散点及び照射座標ポイント、マイナス位置の上方……警告無視、照射……!

「――っ」

 本来外に放出する物を砲身内に向かって拡散するように設定された機体上部の荷電粒子砲は、その設定通りにサブゾイドコアとコアジェネレーター、その力を生み出した荷電粒子砲自体や加速用ブースターを一体化させた背部ユニットを大きく損傷させる。

「っ、ダメか……!?」

 ナヴァルの目論見は、サブコアジェネレーターが抱えているエネルギーを放出させつつ内装近くに損害を与える事で、ソレを緊急停止させようとしたのだが――。

 故障によって妙な回路が形成されてしまったのかサブコアジェネレーターの発電は止まらず、生き場の無い電力が逆流してサブゾイドコアに負担をかけ続けていた。

 ――なら、これで……!

 最初の案の失敗を認識したナヴァルはすぐさま次の案を実行。

 乗機のマグネッサーシステムを調整し、乗機を上下が反対になるまで側転させ――。

「上手くいけよ……!」

 上下の反転した姿勢の中、乗機の背部ユニットを地面にぶつけさせたナヴァルは、そのままの態勢のまま最大出力の横滑りを実行させる。

「づつ……っ――」

 それによって掛かる衝撃と振動は先の比ではなく、ラファルの背中に配されていた2機のブースターは一瞬で弾け飛び、損傷した荷電粒子砲も大きく変形するが――1120km/hで動く機体のフレームは頑強にその負担に耐え続ける。

 ――よし、落ちた……!

 だが、どんなに強固であっても想定していない負荷にいつまでも耐えられる筈もなく――。

 遂に本体フレームとの接合部が弾け飛び、脱落した背部ユニットを確認したナヴァルは、即座に乗機の姿勢を立て直す。

 しかし、背部ユニットにはコア出力にばらつきのあるラファルのゾイドコアから得られる電力を平滑化する役目があり――。

 高いままの需要電力量とコア出力の一時低下が重なった事により、ラファルは失神したように発熱量を低下させ、それによってコアジェネレーターの発電量が一気に減少する。

「根性見せろ……!」

 そんなラファルに活を入れつつ、ナヴァルは機体に残る全力でマグネッサーシステムを稼動、最早危険な爆発物となったサブコアジェネレーターから距離を取る。

 そして、世界から光と音が消えたような錯覚を感じた瞬間――。

 耳をつんざく大爆発と共に、脱落したユニットを中心に巨大なクレーターが穿たれ――莫大な光と熱の放射、かつてのオリンポス山の惨状を小規模化した様な分子崩壊の残滓を巻き散らす。

 危機を脱した安堵による虚脱と目の前に在る惨状に、ナヴァルの思考は腰が抜けた様に脱力するが――。

「パンドラ……助かった」

 その身体は、言わなければならない事――この危機を脱する事が出来たパンドラに感謝を告げる。

『いえ、占有者を守るのは当然の責務です。――無事でなによりでした』

 そんな簡素な礼に対し、パンドラも短な――しかし、微かな安堵が含まれていた様にも聴こえた言葉を最後に通信が切られる。

 そんな僅かなやり取りの後、その惨事を漸く理解した演習場の全てが騒然となり――各部門の其々が対応に奔走する為の通信が嵐の様に飛び交い始める。

「…………問題は山積だな」

 そして、救急隊が消火対応を始めるのをぼんやりと眺めながら、ナヴァルは心の底からそう呟いた。





 TYPHON社本社施設地下、グリフティフォン内の一室にて――。

「…………つまり、この前の事故は俺の所為だと?」

 パンドラの給仕の下、分不相応に豪奢な朝食を進めていたナヴァルは、傍に立っている彼女からの情報に疑問の声を上げる。

「部分的に肯定」

 その疑問に応える背の高い女性――いつものドレスではなく、袖飾りを大きく簡略化した給仕仕様のパンドラは、空になったカップにコーヒーを注ぎ直しつつ短かな同意を返してくる。

「サブゾイドコアの出力上昇を想定していなかった技術部に落ち度がなかった訳でもありませんが、ナヴァル・トーラ以外が搭乗した場合には同現象は発生しないと予測します」

 パンドラが続けた説明に、ナヴァルはソレが自分自身の進退にも関わりそうな問題だと認識し「……むぅ」と小さく呻く。

 今更な常識だが、機械全般はその最大性能の70%程で運用する様に設定されており、耐久限界はその倍になるように設計されている。

 しかし、ラファルのサブゾイドコア周りは使い捨ての側面が強く、生産コスト削減の為にそういった安全率が低く設定されていたらしく――ソレが今回の事故の原因と断定された。

 ――そんで、そんな限界点ギリギリの所で回す設計だったサブゾイドコアが、俺の“感覚”に触発されてヤル気を出してしまい……発電量が安全域を超過して暴走、と。

「ソレ、包み隠さず技術部に報告するんだろ? ……最悪、実働部隊を首になったりしないか?」

 切っ掛けは朝食の最中の思い付き――先の事故の調査依頼を受けていたパンドラの出した結論を聞いたのが始まりだったが、その結果に失職の可能性を感じたナヴァルは『如何にかならないか?』と暗に相談を持ちかける。

「否定。あの状況下において機を捨てず、共に生き残ったナヴァル・トーラの行動は称賛される事はあれど、非難される理由はありません」

 だが、ソレに対するパンドラの返答は明確にして頼もしいものであり――状況は変わっていないが、何とかなるような気がしてくる。

 ちなみに話題に挙がったナヴァルのラファルは、元々使い捨てる背部ユニット周りの損害だけで済んだ事から大事には至っておらず、明日にはテストに復帰出来るらしい。

「尚――(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラは占有者であるナヴァル・トーラの能力を過小に評価していた事を認め、情報を更新します」

「…………それ、褒めてるのか?」

「肯定。能力者の性能は、生まれた時点で確定するという事が当機の保有していた情報でしたが――ナヴァル・トーラには未知の拡張性があるようです」

 口調と僅かな表情の変化から、それがパンドラの出来る最大の賛辞なのだとナヴァルが察するのと同時に、更なる課題を押し付けられそうな悪寒が彼の背筋を駆け巡ったが――。

「……サブゾイドコアには、悪い事をしたな」

 その悪寒が気の所為だったと思いこむ為に、ナヴァルは話題を変える。

 あれだけのクレーターを発生させた事からも判る通り、ラファルの背部ユニットは塵一つ残さず消失。

 演習後に諸外国の衛星監視網が復旧した事によって、ゾイドコア崩壊の痕跡が発覚したらしいが――それは実験中の小型ゾイドによる暴走事故として片付られたそうだ。

 ――自分が爆発したんだから……助かる筈もないんだがな。

 不慮の事故とは言え、自分が操っていたゾイドの一部を自分の手で殺してしまった事にナヴァルが後悔を考えていると――。

「ナヴァル・トーラ、その発言には誤りがあると指摘します」

「なに……?」

 パンドラからの思いも寄らなかった否定の言葉が届き、死者に敬意を表さないソレにナヴァルは眉を顰(ひそ)める。

「ラファルの背部ユニットに搭載されるゾイドコアは、4足系の哺乳類型ゾイドを簡易培養した不完全な生命体であり、背部ユニット外で生存する事は出来ません」

「――それで?」

 例え名目上のお飾りであっても、間違いを正すのが占有者としての正しい在り方だと思ったナヴァルは、今のパンドラの発言を訂正させる心算だった。

「その性質は、戦場で湯水の様に使用されているゾイドコア誘導方式のミサイルと同じ物であり、その損失を惜しむと言う事は、同兵器の使用を否定する矛盾に繋がると思考します」

 しかし、パンドラの続けられた答えは戦場の現実を言い表しただけの理論であり――判断を誤る主な原因である感情を除いて考えれば、隙のない正しい思考だった。

「…………そうだな、お前が正しい」

 今回話題に上がったのは人工的な物だったが――慈愛を向けてもいい対象を、食品として消費する為に育成・飼育するなんて事を人間は日常的にごまんとしている。

 そんな世界の中、使い捨てられる事を前提とした、まともな生物でもない物に向けて慈愛を語る方がおかしいと言うパンドラの言葉は――鋭利な刃物の様に正しい。

「言動及び表情から、ナヴァル・トーラの思考には誤りがあると当機は予測しますが――その理論を訂正する単語を、当機は持ちません」

「…………なんだそれ」

「ナヴァル・トーラのその思考は妥当であると思考しますが――ソレを是正する事が正しいとも当機は思考しており――当機は現在、思考演算を加速中」

 ――…………あぁ、そういう事か。

 自分の発言を自分で否定すると言うパンドラのらしくない言動は、彼女がナヴァルの事で感情と理論の矛盾を考えている片鱗なのだと――彼は長い時間を掛けて、察する事が出来た。

 そして、矛盾を考えるのが人間の特権であり、それが出来るパンドラは――。

「…………」

 そんな確信を得たナヴァルは、微笑みと共に右手に持った空の皿をパンドラに差し出し――彼女の思考が結論に至ってしまう事を阻害する。

「――ナヴァル・トーラ、此方はどういった目的を伴う行動でしょうか?」

「おかわり。これはとても美味かった」

 料理に疎いナヴァルではその名前は判らなかったが、その皿に乗っていたモノが揚げ物である事は確かだ。

 その薄いがサクッとした衣に何らかの香辛料の付いた牛肉、その牛肉も硬過ぎず柔らか過ぎずの――とにかく凄い一品だった。

 確かに、あれば食べたくなる品ではあったが、ナヴァルの真意は別にあり――実際に追加を欲している訳ではない。

 ――と言うか、一番美味かったのは事実だが……本当にもう一皿分の追加を出されたら終わるな。

 ナヴァルは自分の目的を達する為に必要な行動だったとは言え、実際にパンドラに動かれれば自分の胃袋が終わる危惧に彼は今更思い至った訳だが――。

「2式ビーフカツレツ改6型――余剰はありません。本日のナヴァル・トーラの行動予定は――再調理を実施し、軽食仕様としてドールで訓練所に配送する形でよろしいでしょうか?」

 しかし、パンドラはナヴァルのわがままに律儀な対応を返す。

 ちなみに、料理に疎いナヴァルの語彙を拙いままにしているのは、パンドラ独自の料理名の所為でもあり――。

 正式な名前は判らずじまいだが、その発言の意味は最低でも彼女の中に2つあるビーフカツレツのレシピの1つ、その改善を6回行った後の仕様による作という事になるのだろう。

 序の蛇足となるが、先の料理名はどう考えても大量生産される品番のソレだが、実はちゃんと手作りで作っているらしく――ナヴァルが調理場まで付いて行った時、ドールと共同でかなり器用に調理をしていた。

「いんや、ならいいよ。―――悪かったな」

閑話はともかく、パンドラの柔軟な対応をナヴァルは心の底からありがたいと感じつつ、思考をずらすという目的を達した彼は自分の提案をあっさりと取り下げつつ席を立つ。

「――ナヴァル・トーラの言動に不審なパターンを探知。――真意の開示を要求します」

「そんなもんは無いよ」

 唐突な提案とその変更、そして逃げる様な離席。

 これが普通の人間に対する対応であれば、明らかに苦しい言い訳となるのだが――。

「――――」

 しかし、根が誠実な上に確率で動くパンドラはそれ以上の追及が出来ない。

 ――成程、ここまでなら逃げられるんだな。

 もしもナヴァルが“味方”でないのであれば、なんらかの強硬手段が飛んでくる可能性はあるが、“占有者”という“同胞”である彼を追及する場合にはもっと重度の問題行動を起こさなければパンドラは行動出来ないのだろう。

 そんな理解をナヴァルは付け加えながら、彼はその経験を記憶に刻む。

「訓練生の連中が大ポカをやらかさなければ、昨日と同じ頃に帰れると思う。――夕飯もよろしくな、パンドラ」

 帰りの予定を伝えながら『これで2勝目』と、パンドラの扱いを理解しつつある自分に酔いながら、ナヴァルは意気揚々と管理室を後にした。






 後日――。

 先の会話の中でナヴァルが感じた悪寒通り、彼はパンドラの発案したZA能力者の“感覚”を拡大させる実験に付き合わされる羽目になった。

 その内容は、パンドラに対する意思疎通の全てをグリフティフォンのゾイドコアに向けた“感覚”による言葉でしか応対しないというトンデモナイ事であり――。

 それを宣言されたナヴァルの衣食住は、壮絶な危機に晒される事となった。

 その苦行に対し、ナヴァルがパンドラに「はぐらかしたのを根に持ってるだろう」と追及しても、彼女は彼にされた様に「当機は実験を継続中」とはぐらかし続けた。

 この一件から、ナヴァルが二度と調子に乗るまいと心に決めたのは――また別の話である。





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