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 太陽系より遠く、地球より6万光年先にある星――惑星Zi。

 そこは密度の高い金属イオンに溢れ、幾つもの数奇な偶然によって金属生命体と言う特異な生命を生み出した若い星であるが――。

 その血気溢れる幼い大地に地球からの船が飛来した事によって、若い星には分不相応な技術が齎されてしまった。

 その不幸、行き過ぎた力と未熟な歴史のギャップはこの惑星上に他に類を見ない大戦の連鎖を引き起こし――引き起こしたゾイド人、その手段とされた金属生命体の命を無数に浪費した。

 その連鎖の1つの終着点となった第2次大陸間戦争終結から15年――次の戦いに至るまでの準備期間でしかない薄氷の上に立った平和を、世界が謳歌していた頃――。





 北エウロペ大陸西南部――ウェシナ・トポリ領、タム山地。

 全高40mにも達する巨木が乱立する夜の森の中、3体の赤い機獣がその巨体からは想像もつかない程の静かな行軍を続けていた。

 赤い機獣――全高11.5m、全長15.8m、全武装重量90トンにもなる巨大な金属の虎――それは惑星Ziに生息する様々な金属生命体、ゾイドを地球の技術で改造し、この惑星における最強兵器にまで昇華させた産物の1つである。

 そして、この機種はゼネバス帝国が開発した最初期の大型高速ゾイド、サーベルタイガーの最終生産型セイバータイガー・ATであり――。

 その素体である虎の特性を最大限に発揮し、彼等は敵の勢力圏内への潜入を続けていた。

「突撃班、目標地点に到着。輸送班、支援班――現状を報告せよ」

 そんな中、唐突に足を止めた先頭の機獣の頭部――この巨大な獣を操る場所に座る青年は、遥か後方に居る筈の友軍に向けた通信を送る。

 青年の名は、ナヴァル・トーラ。

 髪は黒で、モニターを鋭く見据える瞳は茶。

 パイロットらしく身体つきは筋肉質だが、それ以外は平均的で平凡な印象を受けるが――出自を辿れば砂漠の民の出である事から、その彫の深い顔立ちが特徴と言えば特徴になるだろうか。

 そして、彼を先頭に足を止めた彼等の攻撃目標であるアルエダ基地は、目視は元より充実した索敵能力も有するセイバータイガー・ATのレーダーであっても、まだ認識出来ない程先にある。

 しかし、ここから先は対ゾイド用の対物センサーが無数にバラまかれている筈であり――今彼等の居る場所が、その境界線とされていた。

『陸送班、状況に問題無し。有線通信の中継も良好』

『支援1班、既に配置に到着済み――2班待ちです』

『こちら支援2班。山肌が想定よりも柔らかく、到着までもうしばらく掛かります』

 そして、静かに潜みながら進んできた事からも判る通り、ナヴァル達の通信も無線ではなく――僚機とはレーザー通信、遥か後方の支援部隊とは有線ケーブルを介した通信となっている。

「突撃班了解。……探知されれば作戦は失敗だ、慎重に行け」

 仲間達の報告にナヴァルは潜む事を念押しし、遅れている部隊のポイント到着を待つ。

 ちなみに、ナヴァル達の有線通信は遥か後方の3機のダンゴムシ型輸送ゾイド、グスタフによって構築された陸送部隊を結節点として行っており――戦闘開始と同時に通信ケーブルは投棄される。

 速やかに撤退しなければならない都合上、そのケーブルはそのまま放棄される手筈となっているのだが――。

 ――普及品のケーブルとは言え、これだけ長ければ足が付く可能性があるからな……。

「……無事に回収出来ればいいんだが」

 ナヴァル達の戦果が過大であった場合、手の空いた陸送部隊が可能な限り回収する計画となっており――。

 ナヴァルがそんな最善の状況を考えていると、通信機から接続前特有の僅かなノイズが届く。

『支援2班到着しました』

「突撃班了解。こちらの合図で火力支援と無線封鎖の解除を願う、通信終わる」

 待ちわびたその一報に、ナヴァルは仲間達に突入前最後の通信を送る。

『支援1班了解、通信終わり』

『支援2班了解、通信終えます』

 そして、その返信を確認したナヴァルは乗機に接続された通信ケーブルを切断。

「――行くぞ」

 僚機へ静かな喊声を掛けると同時に、行動を開始する。

 そうして始まった乗機の加速は、疾走開始から僅か十秒足らずで時速240km/hに至る。

 隠密行動が虎の特技なら、木々の障害を無視するかの様な疾走は肉食獣の本懐であり――3体の機獣は、解き放たれた矢の様に暗い森を突き進んで行く。

「……動いたな」

 そんな中発生した、夜空を照らしあげる幾つものサーチライトと薄っすらと響くサイレンにより、ナヴァルはアルエダ基地が突撃班の行動を察知した事を知覚する。

 ――……20mm実弾砲、20mmビーム砲、3連装ミサイル、8連装ミサイル――全兵装、ウエポンフリー。

 その状況を確認しつつ、横目に乗機が装備している兵装の最終確認を行ったナヴァルはそのまま機体上部――背中に追加装備されている8連装ミサイルのトリガーに指を掛ける。

 ナヴァルの乗機が装備する8連装ミサイルポッドの弾頭は、本来積まれている対ゾイド用の大型弾頭ではなくスモークとチャフを満載した特殊弾頭が搭載されており――。

「索敵妨害を仕掛ける。――各機散開、地雷を踏むなよ」

 僚機への通信と共にナヴァルの乗機から解放された8つの弾体は、暗い森を抜けてアルエダ基地の外壁で爆散。

 そうして発生した黒煙はサーチライトに照らされた森の端を覆い隠し、最も狙われやすい基地と森との間――ナヴァル達が飛び出した瞬間を守り、彼等の姿を隠しきる。

 そして、そのまま大きく散開した3体は、基地防壁の薄い場所――森のセンサー共々工作員が事前に調べ上げた弱点――へと一直線に踏み込み、跳躍。

 煙に紛れたまま城壁へと爪を突き立て、それを支点に跳躍する事でアルエダ基地内に入り込む事に成功する。

「取り付いたな? 各機、作戦通り基地の防衛施設を破壊しろ」

 防壁を飛び越えた3機はそのまま基地外周のCIWSや短SAM、レーダー等の防衛設備群に各種搭載火器を叩き込み、非装甲のそれ等を容赦なく蹂躙していく。

 敵が防衛体制を整える前に基地内へと到達出来た時点で、ナヴァル達突撃部隊の目的はほぼ達成出来たと言える。

「……奇襲は成功、あとは――」

 ――……来たか。

 そうしてアルエダ基地に炎の影がちらつき始めた時、ナヴァルは彼自身をここまで生かし続けた特異な才能――ゾイドの存在をおぼろげに知覚する“感覚”――が、次の目標が現れた事を伝えてくる。

 ナヴァルの“感覚”が伝えてくる存在は、狼型中型ゾイド――それを4機のコマンドウルフだと確信し彼は、乗機をその方向へと急がせる。

 工作員からの報告によると、アルエダ基地には12機のコマンドウルフ、30機のゴドスを主とした計50機前後の戦闘ゾイドが配備されているらしいが――。

 ナヴァルの“感覚”は、後続として10機前後のコマンドウルフと20機前後のゴドスが起動準備に入った事を告げてくる。

「総数が違っているな……。――報告よりも多いか」

 ナヴァルの“感覚”は起動しかけている個体以外の情報も彼に伝えており――アルエダ基地内のゾイドコア反応の多さに、彼はその事実を記憶に刻むように呟く。

 その全てを相手にする訳ではない為、それらの追加情報はそこまで重要ではないのだが――。

 ――運用出来る工作員が調べられる情報の精度を、上に伝えるのも仕事の内だからな。

 ナヴァルはそんな事を考えつつ、記録に残せない“感覚”の情報を忘れないように心に留めながら――今の自分の最大の役目であるコマンドウルフ達の処理に集中する。

 セイバータイガーとコマンドウルフのキルレシオは1対3。

 つまり、ナヴァルの乗機1機でコマンドウルフ3体までは相手を出来るというのがゾイド戦の基本常識となるのだが――今、彼はそれを覆さなくてはならない。

「しかも……良い動きをしやがるか」

 動き続ける事が高速ゾイドの基本挙動だが、行動範囲が限られる基地の敷地内においてはそんな攪乱機動を取れる筈もない。

 であれば、その高い機動力をもって迅速に最良な射撃位置へ移動する事が最善となる。

 そして、その挙動を淀みなくこなす敵機の動きは熟練者のソレであり――。

 4体がそれぞれ射撃に適したポイントへ走り込み、ナヴァルは自分と乗機が彼らのキルゾーンに収められつつある事を知覚する。

 ――……ウェストウルフすら配備されない辺境基地とは言え、流石はウェシナ・トポリの戦力か。

 ナヴァルはその事実を改めて認識するのと同時に、横方向に展開する事で半包囲陣形を敷こうとする敵機の動き、“感覚”から伝えられたパイロットとゾイドコアの錬度、その配置から最初の標的を絞る。

「丁度いいな……先ずはお前だ」

 敵陣形の左翼端――各個撃破の基点とするに最適であり、同時にゾイドコアの錬度やパイロットとの同調率も低いその1体に狙いを定めたナヴァルは、乗機の各種兵装を開放しつつ、ソレ目掛けて乗機を一直線に走らせる。

 当然、そんな単純機動を取れば圧力を全く受けない残りの3体から集中砲火を受ける形になる。

 しかし、コマンドウルフの主砲は1基2門。

 ――3体居ても所詮6門でしかない……なら、今の乗機が使える総火線と大差は無い。

 そんなハッタリでナヴァルは自身の平静を保ちつつ、それ等を半ば無視する形で1体に攻撃を集中し続ける。

 勿論、本当に無視してしまえば先のキルレシオが示す通り、装甲で抑えられない程の損傷を受けた乗機は、敵機を1体も倒せずに撃破される所だが――。

 敵機の攻撃タイミングすらも読むナヴァルの中の“感覚”と彼自身の経験が、微細ながらも確実な回避挙動となって敵の火線を逸らし、彼が攻撃を撃ち続けるだけの時間を稼ぐ。

「……止めッ!」

 そして、必殺の間合いにまで乗機が距離を詰めた瞬間、ナヴァルは確信と共に3連装ミサイルランチャーの内の1発を放つ。

 それ1つであれば、回避難度はそう難しくない一撃。

 しかし、乗機からの計4門にもなる集中砲火を捌いている中で発生した、異なる回避機動を必要とするソレの対応を迫られた敵機はするべき挙動に一瞬迷い――。

 その一瞬の隙を突く様に、連射し続けていた20mm実体弾の内の1発が着弾、衝撃にバランスを崩した所に20mmビーム砲や同実体弾の連撃が突き刺さり、その直後に到来したミサイルが止めとなって左翼端の敵機が爆散する。

「1つ」

 そのままナヴァルは敵陣形の穴、横一列の半包囲陣形の側面端部へと乗機を走り込ませ、直近の敵機を盾にする事で他の2体からの攻撃を制限する。

 この段階でナヴァルは“感覚”からの情報によって、その2体が陣形の立て直しに動こうとしている事を知覚し、これ等を無視。

 同時に、味方の攻撃の邪魔になっている事を認識した直近の敵機に攻撃を集中、“感覚”から読み取った敵ゾイドコアの焦りに照準を重ねる事で搭載火器の弾が尽きる寸前に2体目の撃破に成功する。

 ――さぁ、どう動く……?

 現状況は劣勢から互角――キルレシオ的にはナヴァルが優位となったものの、殆ど弾切れに近い乗機の状態により、彼は残った敵機の挙動に細心の注意を払う。

 同時に、会敵から僅か20秒少々という早さで2機を墜とされた防衛部隊の警戒も頂点に達しており、たじろぐ様に前進を躊躇する。

 しかし、彼らは一瞬の逡巡の後に陣形を大きく展開、後続が到着するまでの時間稼ぎに注力する動きを取る。

「だったら――」

 拘束時間こそ短かったが防衛部隊を完璧に釘付けにしていた状況下ならば、僚機達が行っている筈の衛施設の破壊率も十分な数値に達しているだろうと目算を付けたナヴァルは、敵部隊の消極的な態度に便乗して仕上げに掛かろうとした瞬間――。

『ナヴァル教官、援護します!』

「――っ!? 馬鹿、ウルフには……」

 防衛施設の破壊に集中していた筈の僚機が、通信と同時に8連装ミサイルを全弾開放、発射点から最も近い敵機に向かって殺到する。

 セイバータイガー・ATの本来の主兵装であるソレは、対大型高速ゾイドを意識した追尾性能の非常に高い近接信管型であり、一度狙われれば回避は困難を極める。

 しかし――。

 各種砲との混合運用――その極限状態であったからこそ通用したミサイルであったが、それ単体ではコマンドウルフが標準装備しているチャフ・スモークによって簡単に無力化されてしまうという弱点を持つ。

 そして、ナヴァルの予測通り、対象となった敵コマンドウルフは煙幕をばら撒きつつ後退。

 攻撃対象がミサイルの探知外へと逃れた事によって迷走したミサイルが狙うのは――。

――やっぱそうなるか……!

「タイガー、しばらく挙動任せる。――好きに走れ!」

 仲間から放たれたミサイル群が乗機に狙いを定めた事を知覚したナヴァルは、ゾイドを律するコンバットシステムを解除しつつ言葉と“感覚”で乗機に自由を与え、彼自身はミサイルの掌握に力を注ぐ。

 これがただのIFF認識型の自己誘導ミサイルであれば味方を襲うような事はまず発生しない。

 だが、大気成分の都合から電波等の通りが悪い惑星Ziでの主流はゾイドコアを誘導装置とした誘導装置が主流であり――乱戦時には同士討ちが発生するのが常となっている。

 そして、その方式を採用している8発もの高誘導・大威力ミサイルに狙われた今は、通常であれば致命的な状況だ。

 しかし、相手がゾイドであれば――“感覚”を持つナヴァルなら逃れる術がある。

「……相手を見て、相手を想い、その考えに自分の意思を混ぜる――だったな……?」

 先ほどの周辺探知よりも深く、重く彼女の教え通りに迫って来るミサイル群――その中にあるゾイドコアにナヴァルは“感覚”を伸ばす。

「こちらを狙っている数は8、タイプは虫――蜂型……」

 TYPHON社が運用しているゾイドコア誘導式ミサイルの型式――これが解るのも彼女の教えの賜物だが――それからイメージする物を特定したナヴァルは、その内包ゾイドコアの単純な行動原則を利用する形で対応を開始する。

 簡易培養型のゾイドコアを誘導装置として利用するゾイドコアミサイルは、極めて高い誘導性能を獲得しているが、元が生物である以上その思考原則は元になった生物と変わらない。

 今回の場合では、蜂の行動原則――即ち、意図的には群れの仲間を襲わず、そして仲間が指示した内容に取り敢えず従う。

――煙で先が見えない場所が判るな? 俺達のエサはその中に居る……。

 迷走した事でナヴァルの乗機を獲物として補足した彼等に、ナヴァルは“感覚”を経由して自分が仲間である事と新たな目標を伝える。

――中に入った後は、自分で探せ……!

 その認識をミサイルのゾイドコアが受信した所でナヴァルは“感覚”の集中を切り、乗機の手綱を締め直しに掛かる。

『す、すみませんでした!』

「――それよりも防衛施設の撃破率は?」

 自分が放ったミサイルの挙動から状況を理解した仲間が謝罪の言葉を送ってくるが、ナヴァルはそんな事よりも重要な情報を求め――。

『規定値は超えております』

「よし」

 返された結果から、ナヴァルは次の行動――乗機の背部、アサルトユニットの端に付けられた信号弾を起動させる。

 ――内容は、青弾2つ。

「逃げるぞ、急げ!」

 ソレが味方に示す情報は『突撃班、目的達成。成果・大』であり、それを視認した支援班が行動を開始する。

 そして、ナヴァルが交戦中だった2体のコマンドウルフも、あんな状態のミサイルが当然当たる筈もなく健在。

 敵の後続ゾイド部隊も順次起動しつつあるが――。

 一目散に逃走へと転じてアルエダ基地の外壁へと到達したナヴァル達は、すぐさま乗機を基地外へと跳躍させる。

 次の瞬間、信号弾の合図によって放たれた支援班の搭載弾体――180発もの大火力・短距離ロケット弾が雨の様にアルエダ基地へと降り注ぐ。

 それらは、アルエダ基地の防衛施設が完全であれば容易に迎撃出来た筈の攻撃だった。

 しかし、ナヴァル達突撃班の奇襲によって対空防衛機構の大半を破砕されたアルエダ基地にそれを防ぐ術は無く――到達した高威力榴弾の炎は、起動中、待機中のゾイド諸共、基地を鉄屑と瓦礫に変え、その光を背に3体の機獣は走り続ける

「作戦終了、隠蔽拠点まで各機散開して撤収。……大金星を挙げたんだ、移動中にやられんなよ?」

 退却へと移行する最中、ナヴァルは散開前の最後の通信タイミングで仲間全員に対してこの大戦果を労う。

 大型ゾイドの集団投入とはいえ、僅か9機の強化型セイバータイガーで大隊規模の戦力を粉砕した結果――それは今までのTYPHON社、ウェシナ・ニザムの隠蔽拠点最大の成果となるだろう。

 ――……まぁ、褒められたもんじゃないがな。

 戦闘の準備も、宣言も受けていない軍隊に対する攻撃。

 その事実は公表出来る物ではなく――仮に公表したとしても、“交戦出来る組織ではない”彼等の襲撃は、犯罪者のソレと変わらない。

 そんな自虐的なナヴァルの思考とは無関係に、彼等は作戦通り、ウェシナの探査を逃れる為に散り散りに別れ、一路北へ――彼等の拠点があるウェシナ・ニザム領を目指す。



 後に北エウロペ大陸を揺る騒乱『TYPHON紛争』を引き起こした彼等の存在が世に知れ渡るのは――まだもう少し先の事である。




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