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『残火』



 その日、プロトタイプ・ラファルの機動実験を終えて宿舎に戻ったナヴァルは、突然の呼び出しに何事かと驚いていた。

『タイタニアに出頭する事』

 TYPHON社の最新鋭機開発スタッフ――テストパイロットとして選ばれた事から、ナヴァルにも実働部隊員としてそれなりに優秀であると認められた自負はあった。

 しかし、まさか組織の長である社長から直々の呼び出しを受けるとは夢にも思っておらず、権威や上下関係に無頓着であったナヴァルをしても緊張で震えが走った事を今でも覚えている。

 そして、足早に本社へと赴いたナヴァルはエントランスで受付を終えたと同時に何故か地下へと向かわされ――。

 何処に続いているかも判らない秘匿エレベーターの先、刺々しい雰囲気の廊下を越える頃になるとその緊張は不安に近いモノへと変質していた。

 そんな緊張が頂点に極まった頃、重苦しい両扉が開き――その先の管制室の様な部屋に、1人の女性が居た。

 “彼女”を初めて見た時のナヴァルの感想を有り体に言うと、『流石は社長秘書、えらい美人だな』と言うありきたりな納得だった。

 そして、『なんでこんな場所でドレスを着ているだ? ……まぁ似合ってるけど』と言う疑問が続き――。

「――――」

 ナヴァルの思考に様々な疑問が浮かぶ中、渦中の“彼女”もまた値踏みする様にナヴァルの事を凝視していた。

「感応波を確認。アイヴァン・グランフォード、“彼”がTYPHON社唯一の占有者候補となりえる個体です」

「……はい?」

 そんな様子見の果てに交わされた間の抜けたやり取りが、ナヴァルと“彼女”との始まりで――。

「(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラが応対します。大変不本意ではありますが、ナヴァル・トーラを当機の占有者として認識します。以後、よろしくお願いします」

 そんな丁寧なんだか失礼なんだか判らない言動と共に差し出された手を思わず握ってしまった事が――あの素晴らしい日々の始まりだった。




「――目的地に到着しました。ナヴァル・トーラ殿、開けてもよろしいでしょうか?」

「……ああ」

 快適な空調を完備し、望めば景色を眺める事も出来る客室の中――柔らかなシートに身を預けていた黒髪黒目の青年は外からの問い掛けに億劫そうな応えを返す。

 ナヴァルと呼ばれた彼は、彫の深い顔立ちとゾイド乗りらしい細身ながらも筋肉質な体格の青年だった。

 しかし、それ以外に外見的な特徴を見出せなかった数日前とは異なり、今のナヴァルはその暗い瞳――意思を持たない虫の様に世界を俯瞰する有様によって、まるで幽鬼の様な印象を醸し出していた。

 ――…………あの頃の思い出も、今となっては悪夢か。

 先程までナヴァルが浸かっていた微睡を砕いたのは到着時の衝撃のようだったが、今の彼の思考は外よりも内――パンドラや仲間を失った陰惨な現実を知ら占める先程の夢に向いていた。

 ナヴァル達が参戦したあの戦闘――今では『TYPHON鎮圧戦』と呼ばれる戦いの後、ウラガンの機内で茫然としていた彼は戦場跡を巡回中だったウェシナ軍の部隊に捕縛された。

 そして、他の実働部隊の生き残りと共にオルリア市郊外に構築された仮設基地の捕虜収監施設に収監されていたのだが――。

「失礼します。グスタフでの移動はここまでとなり、後は徒歩で目的地まで向かう事になります。ニザムとは環境が大きく異なり、慣れないかと思われますが……ご容赦を」

 ハーノ・ファナッシュと名乗ったこの男によって、心神喪失にも等しい無気力な時間を過ごしていたナヴァルは正規の手順で収監施設から開放され、ここまで連れ出されていた。

 金髪碧眼の長身に、皺一つない白い軍服を着こなしている育ちの良さそうな優男。

 その佇まいはナヴァルとは住む世界の異なる人種に思えたが、ハーノにおるナヴァルへの対応は手厚く――。

 道中の待遇も捕虜――いや、所属する国家を持たない為に犯罪者か――に対するモノとは思えない丁重な扱いを受けていた。

 ――……どんな意図があるんだかな。

 内心ではそんな真っ当な疑問を抱きつつも、ナヴァルはハーノに促されるまま客室の外へ出る。

 そうして踏みしめた大地は熱く、2本の白い巨石が反射する日差しがナヴァルの目を焼いた。

 ――ここは……ウェシナ・サートラルか?

 その痛みを伴う眩しさに目を細めたナヴァルの中にそんな予想が浮かぶ。

 ナヴァル自身がこの町に訪れた事はないが、パンドラに命じられて勉強させられたサートラルの気候、オルリア市からのグスタフでの移動時間――。

 そして、目の前に聳える巨石を利用した門と砂漠のど真ん中にあると言う立地は、教本に載っていたウェシナ・サートラルの首都サートラルの特徴そのものであり――多少の教養があれば、それは間違えようのない推察だった。

「我等の長が貴方と会って話をしたいとの命を受け、ここまでお連れしました」

「……そうか」

 裁判抜きで極刑に処されてもおかしくない犯罪者を収監施設から引き抜ける様な人物が居る事は、意思を閉ざしたナヴァルの中にも興味をもたげさせた。

 しかし、漸く見つけた自分の願いを失った現実の前では、それも一抹の炎であり――滲み出たナヴァルの好奇心は燃料の無い火の粉の様にすぐに消え失せる

 そして、捕虜を出歩かせるなら手錠が必要だろうとナヴァルは自ら両手を差し出すが――。

「手錠等の拘束は必要ないとの指示を受けています」

 ――……なに?

 そんな従順過ぎるナヴァルの行動に対し、ハーノはその行動に反する言葉で応え、その異様な対応にナヴァルは疑念の目を強める。

「不用心かと思われるかもしれませんが、フィーエルによる監視が行われており脱走は不可能です」

「……ああ」

 ハーノの意図は不明だが、どちらにしても抗おうという気概を失ったナヴァルに指示を無視してここを離れるという意思は残っていない。

「では、“断層”に向かいますので御同行願います」

 そうしてハーノはナヴァルの脱走を疑いもしない様な所作で歩き出し、動機もないナヴァルはそれに大人しく付いて行く。

 ――…………極端な町だな。

 その道中、左右に映る白い町並みに対してナヴァルはそんな感想を思う

 レッドラスト特有の強い日差しと殺人的な高温の所為もあるのだろうが、町の動脈である筈の大通りは輸送ゾイド達の専用道路と化しており、人通りは閑散としていた。

 しかし、その外側に連なる家屋や店舗からは様々な喧騒の余波が滲んでおり――極端な厳しさと暖かさが織り交ざったソレは、ここの統治者の気風を表しているのだとナヴァルは直感する。

 そんな他所事をナヴァルが思う中、ハーノは白い町並みの片隅――適度に補修されているが、外見からでは何を扱っているのか判らない店に入る。

 薄く軋みを上げる扉の音と共に入った寂れた店内は、これまた外見からでは医療品なのか爆発物なのかも判らない、薬品のような物が並べていた店であったが――。

「ハーノ・ファナッシュ中尉、ナヴァル・トーラ殿をお連れしています」

「話は聞いている。……通れ」

 そこはハーノ達の隠し拠点だったようで、ハーノは店主が示した裏の隠し扉へとナヴァルを案内し、彼等は店の外見とは釣り合わない先進的な大型エレベーターで地下へと潜る。

 ――深いな……それに、この感じは――。

 まるで、グリフティフォンが埋まっていたTYPHON社の地下の様だとナヴァルが考え至った瞬間、開け放たれたエレベーターの扉の先に“ソレ”が在った。

 距離感を狂わせる程に巨大な、螺旋を描く細い巻貝。

 TYPHON社が修復・改造した為なのか、パンドラが守っていたソレとは若干形状が異なるが――パンドラの本機とよく似た巨大な螺旋貝(オゥルガシェル)型ゾイドが、はまり込んでいる断層から綺麗に削り出された状態で聳えていた。

 ――…………グリフティフォンの、同型艦……か?

「あの中で我等の長がお待ちです」

 そして、ナヴァルの中でその巨体に対する理解が追いつくのを待っていたかの様なタイミングでハーノは言葉を発し――彼等は歩みを再開する。

「――あまり驚かれないのですね」

 その道中――聳える同型艦の巨体を見上げてもその全容を収める事が出来ない所にまで近づいた頃――ハーノは意外そうな言葉を漏らす。

「……まあな」

 あの巨体を見て平静で通すナヴァルが珍しかったのだろうが、彼はハーノの問いに素っ気ない応えで返す。

 先程のハーノの言動が、表面上でこそ平静を装っていたが、穿って視ればソコには自分達の“古代種”の威容に対する誇りの様な驕りが滲んでいた。

 その驕りが満たされなかったのも意外だったのだろうが――初めてアレを見て驚かない奴が居れば、確かにそれは珍しいのだろう。

 ――……驚いていない訳じゃない。だが……。

 しかし、ナヴァルが感じた感情は、ハーノが思うソレとは方向性の違うもの――。

 その感情はパンドラの姉妹かも知れない存在がこんなにも近くに居た事に対する驚きであり、その想いは畏怖とは似ても似つかない感傷だった。

 そうして、ナヴァル達は同型艦の乗降ハッチを抜け――艦内を更に奥へと進んで行く。

 ――さっき抜けたハッチも、内装も……ここまで歩いた艦内通路の経路も、全て同じか……。

 その道中の調度や構造からここがグリフティフォンの同型艦であるとナヴァルは確信し、行き先が管理室かもしれないと思い至った頃――。

 ナヴァル達の視線の先、グリフティフォンと同じであれば通常区画と管理区画を隔てる扉の前で金髪赤眼の少女が彼等を待っていた。

「ファナッシュ、お疲れ様。あとは私がやるからいいよ」

 曇り1つ無い金髪に、整いつつも愛らしさの残る顔立ち。

 その中心に収まる赤い瞳は幼子の様な好奇心を滲ませているが、ソレ等を収める身体は既に十分過ぎる程に完成されており――。

 白を基調としたどこかの士官服姿という畏まった装いであったが、その上質な布地に押さえつけられた身体のラインには覆いきれない艶があり――想いを閉じた今のナヴァルであっても、二度と忘れないだろうと思える程に綺麗な少女だった。

「んー……貴方が、スカイクラウ21の所有者――じゃなくて、占有者さん?」

「……さぁ、どうだろうな」

 そんな少女が発した問いに、ナヴァル逸らかすような応えを返す。

 ナヴァルに“スカイクラウ21”という名称に心当たりは無かったが――“占有者”という肩書は、今のナヴァルにとって忘れられる筈もない特別な呼称だった。

「――そう。私は……んー、今の場合には――スカイクラウ04所有者代理、ゼフィリア・トゥルー・ジェナス……でいいかな? これで答えてくれる?」

 しかし、ナヴァルにとって譲れない思い出があるのと同時に、“同じ存在”と関わりがある者が誠意を持って名乗っている事に応えない事もまたその想いを汚す行為であり――。

「…………グリフティフォン占有者、ナヴァル・トーラだ」

 ゼフィリアの名乗りに、ナヴァルは観念した様に自分が預かっていた立場を名乗る。

 ここまで来てしまえば、ナヴァルにも“スカイクラウ21”というモノが何を指しているのかは理解出来た。

 しかし、自分達が築いてきたものを崩した者達にパンドラの名前すら覆されるのは遺憾ともしがたく――ナヴァルは敢えて自分達の名付けた仮称で通す。

「ありがと」

 そんなナヴァルの意地をどう捉えたのか、ゼフィリアは短い言葉と笑顔で答え――。

「……ちょっと歩こうか?」

 そんな提案を挙げたゼフィリアはナヴァルの応えを待たずに身を翻し、グリフティフォンの同型艦――彼女の言動が確かならスカイクラウ04という名称なのだろう――の管理区画を離れ、通常区画の方へと歩いていく。

「――――」

 言葉の端々こそ愛らしい印象を与える疑問形で区切られているが、その言動には相手に有無も意見も許さない、言い知れぬ威圧感が混ぜられており――

 何かに見張られている様な“感覚”に既視感を覚えながらも、ナヴァルはゼフィリアの背を追った。




 そうして、初見だが見知った艦内を存外長く連れまわされ、流石に飽きが出て来た頃――。

「――ねぇ、どうしてTYPHON社はウェシナに戦いを吹っかけたの?」

 クルリと踵を返したゼフィリアは、そんな質問をナヴァルに投げ掛けてきた。

「戦争は交渉の最終段階になるから――ニザムの独立なんていう妥協のしようがない結果を得る為に、交渉を飛ばしていきなり戦端を開いたのは判ったんだけど……」

 真っ直ぐにナヴァルを見据える赤い瞳とその唐突な核心にナヴァルが驚きで答えられない中、ゼフィリアは器用に後ろ歩きを続けながら質問を重ね――。

「TYPHON社の待遇に何か不満があったの? オルリア市はファルストの代理統治で不都合を感じてたの?」

 声音こそ可愛らしいが、その言葉は猛獣の視線の様に鋭く――ゼフィリアの持つ管理ユニットの入れ知恵なのか、彼女は的確で無駄の無い質問を重ねてくる。

「…………」

 ウェシナがオルリア市に対して理に適わぬような重税を敷いていれば、そもそもTYPHON社は正規軍とまともに殴り合うような軍備を整えられなかった。

 そして、代理統治をしていたウェシナ・ファルストが圧政を敷いていたのならば、『決起』はもっと大規模になり――もしかしたら、成功したかも知れない。

 ――…………そう、ソレは随分前から判っていた。

 自分達が理に反する事をしている事も、自分達が成そうとした結果が道義に反しているかもしれない事も。

「もしもTYPHON社がニクシー基地周辺にあったら――物凄く自分勝手で共感する気も起きないけれど、理由は作れると思うんだ」

「――――」

 そして、ゼフィリアは唐突に基地問題を口にするが――ナヴァルも昔考えた事のあるその仮説から、ナヴァルはゼフィリアの意図を理解する。

 人間が百人も集まれば、一人ぐらいの狂人が混ざるのは世の常であり――それ故に、軍関係者による問題は根絶できない。

 その為、そんな改善できない事を旗印に反体制勢力と仮想敵国とが共謀して基地排斥の動きが発生するのもまた世の常と言える。

 しかし、ウェシナに二クシー基地が渡った時、既にその周囲は度重なる戦火によって更地と化しており――今基地の周辺で暮らしている連中は基地の需要を目当てに移住して来た商人達の関係者だ。

 ――だから……そんな『もしも』が有っても、理由にはならない。

 この仮設の場合では、基地の方が先に在る以上その環境が嫌なら他に行けばいい。

 ――…………そうか、つまりはそう言う事か。

 ゼフィリア達の考えた『もしも』を現実にしたとしても、ソレは武力に訴える程の理由にはならない。

 故に、ゼフィリア達はTYPHON社が動いた理由――それが本当に判らないのだろう。

「でも、オルリア市は二クシー基地の影響を受けていない場所で、今までは目立った問題もなかったから統治体制も穴だらけ。…………なんで戦いを起こしたの?」

「――――本当に判らないんだ」

 ナヴァルがゼフィリア達の真意を把握出来ても、その答えを知らないナヴァルは雨の様に重ねられるゼフィリアの問いに、苦(にが)く苦(くる)しい言葉しか返せなかった。

 ナヴァルがTYPHON社の状況に関われる様な立場になった時、既にTYPHON社の目的は確定しており――彼がソレに疑問を感じた頃、もう自分達は後戻りが出来ない場所に居た。

 旗印はニザムに独立を。

 だが、その旗印に乗っていた社員や構成員達は、その大きくてあやふやな形に各々の夢を重ねていただけで――本当の動機を知るのは社長しか居なかった。

「――そう。……でも、ナヴァルが21の占有者だって名乗るなら、ソレじゃダメだと思うよ?」

「ああ、そうだな。そんなんだから、俺は――間違えたんだろう」

 ――もしも、俺が惰性に流されず、気が付いていた間違いを覆す為の動きを起こしていれば――きっと、パンドラや仲間達を失わずに済んだ。

 ゼフィリアの言う正しい言葉にナヴァルが自虐的な肯定で応え、そのどうしようもない後悔を使ってナヴァルが更に自分を追い詰める中――。

「んー……。ナヴァルの判断は、間違っていないと思うよ?」

 ナヴァルの言葉を静かな視線で聞いていたゼフィリアは、一度考えるように目を瞑ってから――ナヴァルが思いもしなかった、彼を認める意見を向けて来た。

「なに………?」

「大きな力の行く末を担う立場なら、もっと多く相談して、自分からも動いて事を考えないといけないのは本当だけど――」

 ナヴァルの認識を否定するその言葉に、彼が八つ当たりにも似た感情を向ける中――ゼフィリアは考え込むように目を瞑ったり斜め上の虚空を見つめたりと、考える事に集中しているのか落ち着かない様子で言葉を続ける。

「21を使い熟せなかった? んー、違うかな? ……組織が使える状況にしなかった?  まぁいいや。そんなんだから21に関わる組織は死んだけど、ナヴァルは最後の所を間違えなかったから――今、ここで生きてる」

 最後は適当に纏めた感が駄々漏れだったが、その言葉には何をしても折れそうにない絶大な自信が滲んでおり、『自分がここに居る事すら許せないナヴァルの考えは間違っている』と、ゼフィリアは持てる全力で指摘してくる。

 ――……だとしたら、今こうして生きている事も俺の間違いなんだろうよ。

 しかし、そんな真っ直ぐな肯定も、漸く見つけた願いを失ったという結果を得たナヴァルの想いは変えられず――彼は自分への憤りを思い続け、あの瞬間の喪失を抱き続ける。

「……1つだけ、聞いてもいいか?」

 だが、そうやって自分の感情を固めたナヴァルにも生まれた大きな疑問――。

「なーに?」

「何で俺達を厚遇する?」

 ナヴァル達がまだ生かされている理由――絶望に沈む彼を楽にさせてくれないその行動の真意を、この状況の“首謀者”であろうゼフィリアに問い掛ける。

「国家に属さない武装組織――テロリストや海賊なんかに人権は無い。……他の連中もそうだが、なんで抑留なんて言うまどろっこしい事をしている?」

 人間は、何もしなくても――唯そこに居るだけで金が掛かる。

 人権に配慮しなければならない類の国家であれば、声だけは大きい理想主義者のソレを恐れて人道的な行動を取らなくてはならない事もあるが――。

 しかし、可能ならば迅速に排除したいのが国家の思考となる。

 そして、ナヴァル達を拘束しているウェシナが無駄な事を容赦なく切り捨てられる理論一辺倒な法体制を敷いている事も合わせれば、さっさと処分を下して終わらせてしまうのが今の状況に置ける『普通』だ。

「トポリの卑怯者と違って、貴方達は自分の願いを叶える為に自分の命を賭けたから」

「…………なに?」

 ナヴァルの疑問――正当な結果としての“終わり”を下してくれない事への問いに対し、ゼフィリアはナヴァルが考えもしなかった言葉を返してきた。

「綺麗なモノ、凄いモノに敬意を表すのがニンゲンなんでしょう? だから、私はプリゼアに“猶予”を頂戴って話しておいたの」

 “歯向かったから叩き潰した。でも、貴方達の行動は素晴らしかった。”

「…………無駄な事をしたな」

 ゼフィリアの言葉にはそんな勝者の傲慢も垣間見えていたが――何も残らなかった自分達を肯定する彼女の言葉に、ナヴァルは『現実を見ろ』と返す。

「その価値があると私が判断したから、私の出来る事をしただけよ」

 しかし、ゼフィリアは『ソレが勝者の判断よ』と自らが正しいと断じ、言葉の終わりと同時にカツンと靴の踵を鳴らして足を止める。

 その背後には、事務的な調度でありながらも可能な限り意匠を凝らした通常区画とは異なる、無骨な扉があった。

 ――確か、この先は……格納庫の上部通路への入り口だったか?

 グリフティフォンと同じであれば、そこには何も無い広い空間が在る筈だった。

 しかし、元々の構造段階から設置されていた電源や給排水設備の状況から、それが格納庫として使われる事を意図していたのは明白であり――同型艦であるならば、それは同じなのだろう。

 そして、そんなナヴァルの予想は殆ど的中する。

 開け放たれた扉の先は、かつて見たグリフティフォンの格納庫の上層と同じ構造をしていた。

 しかし、存在を秘匿されていたグリフティフォンですら倉庫として使用していた同型艦のソコは、まるで閉鎖されているかの様な暗がりに満ちていた。

「付いて来て」

 足元が僅かに判る程度の儚い明かり――そんな暗闇の中へとゼフィリアは躊躇なく足を踏み入れ、ナヴァルもその背を追って使われていないと思しき格納庫に入る。

 ――……何の意図があってこの場所に連れて来た?

 グリフティフォンと同じであるならば、ここから先に部屋は無い。

 それが意図する事はつまり、ここが目的地と言う事なのだろう。

 ――だっだ広いだけの場所に? 内情を知られたくないなら、船室が幾らでも有るのに?

 相手の意図が判らないという状況にナヴァルが様々な思慮を巡らす中、ゼフィリアは真っ直ぐに歩き続け――。

「この辺で良いかな? フィーエル、明かりを点けて」

 大凡、格納庫の中心あたりだろうか――そこで足を止めたゼフィリアの言葉と同時に、眠っているモノを起こさないような配慮が加えられた薄明りが周囲に灯る。

「――っ!?」

 そして、その光が薄明りであったが故に、闇に慣れていたナヴァルの目は周囲にあるソレ等を一瞬にして理解してしまった。

 ――なん、だ……これは……。

 AZ−07フルンティング。

 TYPHON社を終わらせた悪魔にして、ウェシナに30体しか居ない筈の第5世代機。

 上部通路から辛うじて最下層の床が見える程度の光の下、ナヴァルとゼフィリアの周囲には――その白い機竜達が整然と並べられていた。

「……100――いや、150機以上……か?」

「178体。今は使い時が無いから、全部眠って貰ってるけど……私と繋がってはいるよ」

「…………」

 そして、ナヴァルと同じZA能力者――その力の差はマッチの火と太陽の炎のソレに等しいが、同じ世界を感じられるからこそ“繋がってはいる”という意味も彼は理解した。

 ――これ全部を、同時に操れると……?

 いや、改めてゼフィリアを見れば、今ナヴァルが立っているスカイクラウ04とも“繋がっている”ような雰囲気を感じ――。

 今にして思えば一ヶ月程前に“アルフェスト”で感じた“感覚”も、恐らく目の前の少女が発していたモノであると――ナヴァルは漸く理解する。

「――ねぇ、私は怖いでしょう?」

「……っ」

 そして、ナヴァルがゼフィリアの力の大凡を理解したタイミングで――目の前の小さな悪魔は、その最適なタイミングでナヴァルを威圧する。

 傍から見れば、ただ単に底の知れぬ赤い眼光をナヴァルに向けただけだった。

 しかし、その全容はこの場所に在る周囲全てのゾイドの視線をナヴァルに向けさせ、その視線全てにゼフィリア自身の感情を乗せる事によって、見えない圧力の十字砲火をナヴァルに浴びせ掛けており――。

 この小さな悪魔は、影響下にあるモノ全てを使ってナヴァルの折れている心を更に挫きに掛かっていた。

 そして、抗える者など居る筈もない視線の集中によって、ナヴァルの脳髄には魂の奥底にまで届く程の恐怖が刻み込まれ――意思とは無関係に、身体は数歩後ろへとたじろぐ。

 相手がウェシナ軍であれば、動機を失った今のナヴァルであってもパンドラと共にウラガンを駆っていた時の力さえあれば打倒してみせると言う夢を持つ事は出来る。

 だが、目の前に居るこの小さな悪魔は――人の域ではどんな力を持ってしても倒す事など出来ないと、心が挫けてしまった。

「――――」

 なぜ、この小さな悪魔が態々手間を掛け、ナヴァルをここに呼んだのかは判らない。

 だが、今はそんな理由を飛び越えて――ただ、この小さな悪魔の視線から離れたい。

 ソレが出来るなら、人が人である証である思考を放棄し、ナヴァル・トーラと言う存在である事すら手放してもいいと彼が想ってしまった時――。

『ナヴァル、トーラ……また、会えます。……どうか、貴方もそのままで――』

 ――……っ。

 その捨てようとした心が、1つの言葉を思い出す。

 ――そう、だったな……。

 今、まだナヴァルが此処にいるのは――その言葉に、希望を託したからだ。

 そして、パンドラがそう願ったのならば――死んでも枯れても、ナヴァル・トーラという存在はあの時のままでなければならない。

「………………それで、お前さんは――俺に何をさせたいんだ?」

 その誓い、死よりも重く強固な約束を芯に、ナヴァルは目の前の小さな悪魔に向けて言葉を差し向ける。

「――あれ? ……んー」

 そんなナヴァルの返答に対し、ゼフィリアは最初に意外そうな表情を見せ――ソレが崩れた後に、とても満足そうな笑みを浮かべる。

「面白い人だけど、つついちゃダメ? ……シンシア達を説得するのが大変? そこはいつものように力押しで――え、契約に抵触? あ、そっか。私、約束したんだっけ……」

 ――…………なにか、とてつもなく物騒な事を言っている気がするな。

 傍から見れば可愛らしくも可哀想に思える独り言――恐らくゼフィリアと繋がった状態にあるスカイクラウ04の管理ユニットと相談しているのだろう――を彼女は続ける。

「ま、いっか。能力は低くても、優秀な人だったら子供も優秀になれる可能性が高いもんね」

「…………は?」

 そして、そんな場違い極まりない言葉で内輪話を終わらせたゼフィリアは、左斜め上の虚空に向けていた視線をナヴァルに戻し――。

「ここにナヴァルを呼んだのは、頼みたい事――というか取引かな? ソレがあったからだよ」

 見ているこっちまで楽しくなってくる様な、晴れ晴れとした心地の良い微笑と共に本題を紐解き始める。

「私がナヴァルに頼みたい事は――」

 困惑から僅かに固まっていたナヴァルの事などお構いなしに、ゼフィリアは言葉を続け――。

 そうして挙げられた信じがたい提案に、ナヴァルは驚愕と共に枯れた炎を僅かに燃え残らせるだけの目的を手に入れた。




 同じ“遺産”と関わった者同士の語らいから時間後――スカイクラウ04の管理室内にて。

「ナヴァルはちゃんと帰した?」

 幾つもの端末が放つ光に溢れた管理室の中央、コントロール・シートで極甘コーヒー片手に精錬工場からの収支報告書を斜め読みしていたゼフィリアは、自らの腹心に前振りもなく話題を振る。

「経歴を改竄した上で、ウェシナ・サートラル軍に所属する大尉として登録。TYPHON社への潜入工作員としてウェシナ・ニザム領オルリア市に派遣中としました」

「ええ、それでいいわ」

 前置きもない無茶振りだったが、スカイクラウ04の管理ユニットでもあるフィーエルの最適な対応に、ゼフィリアは満足げな応えを返す。

 ゼフィリアがナヴァルと会おうと思った切っ掛けは、“あの子”との交渉――否、あれは強迫に等しいか――の主題に上がった人物に興味が沸いたという程度の事だった。

 しかし、本格的に調べてみれば、意図はどうであれ“撃たなかった”事で今のウェシナ軍上層部を救ってくれた存在だと知り――話をしてみれば予想以上に興味深い男性であり、引き入れておきたいと思える人物だった。

「しっかし、あの時は危なかったわねー」

 そして、話の経緯からこの前の戦闘を連想したゼフィリアは、今では『TYPHON鎮圧戦』と呼ばれている戦闘の感想を話題に乗せる。

「――――」

 当事者にして責任の一端を担っているフィーエルの前でこの案件を愚痴るのは、嫌味と取られても仕方なく――自分の持ち主であるゼフィリアの言葉に、フィーエルは降参しているかの様な沈黙を続ける。

 ――ちょっと慢心が過ぎていたのは事実だものね。

 ゼフィリアとしてはフィーエルを責める心算は無いのだが、あの結果はお互いにとって良い薬だろうとゼフィリアは訂正を避ける。

 結果だけしか見れない者からすれば、先の戦いはウェシナの完全勝利に等しい状況と見えるが――実際の所は、薄氷を踏むような辛うじて得られた勝利だった。

 ――他人事だけど……此処まで追い詰められるのは独立戦争末期以来かしら?

 戦闘が行われていた頃には、ゼフィリアも裏であんな危機的状況になっているとは思いもしていなかったのだが――。

 戦闘終結後の各種調査が完了してから、ウェシナが如何に危険な状況に立っていたかを知り――その状況に震えた事を思い出しながら、ゼフィリアは昔に聴いた事を想う。

 『戦争が始まってしまった時点で軍隊は既に半分負けている』と言う意見からも判る通り、戦争状態に陥ってしまった国家が『勝利』と言える状況になるのはとても難しい。

 プリゼアとその話をしていた時、『被害ゼロの完全勝利を続ければ戦争が始まっても負けにならないじゃん』とゼフィリアが言ったのに対し、プリゼアが『貴女にしか出来ない事をベースに考えないで』と返したやり取りからも判る通り、ゼフィリアはその理論を理解出来ないでいる。

 だが、ゼフィリアの腹心であり御意見番のフィーエルとシンシアから異口同音で『残念ながらプリゼアの方が正しい』と言う見解を貰ったゼフィリアは、理解出来ないソレを正しいと認識しており――。

 ――使うだけでも戦力は消費され、被害が出れば大枚叩いた安全保障の価値が目減りし、本国に被害が出ようものならもう勝ちとは言えなくなる……面倒くさい話ね。

 そんな国家の状況を鑑みれば、蹂躙戦になっていようが虐殺していようが一撃でも本国に入れられてしまえば『敗北』であり、戦いとは常にギリギリの状態の連続――加減をしている余裕はない。

 そして、ソレを熟知している今のウェシナ・ファルスト軍は、戦力的に勝っていようとも手加減を一切しない。

 TYPHON社側からすれば溜まったもんじゃない状況の中、スカイクラウ21――ナヴァル達がグリフティフォンと言っていた“古代種”は、最後の瞬間までウェシナの本国であるウェシナ・エクスリックスに一撃を入れる力を残し続けた。

「……男運も良いみたいだし、貴方の妹は優秀ね」

「スカイクラウ21は本機を発展させた次世代型であり、同状況を知り得ない当機が予想に失敗した事は致し方の無い状況と推察」

「素直に『優秀な妹がいる事を知って肩身が狭い』って、言ってもいいのよ?」

 自身の予測演算が外れたと言う事実に対して遠回しな言い訳を向けて来るフィーエルに、ゼフィリアは意地悪な甘えと判った上でその本質を口にしてフィーエルを煽る。

 国家は黎明期に一番伸びる。

 そして、その伸び代が潰える前に衰退に備え、無能がトップに立つような惨状になっても国家としての足を止めずに済む体制を作って置かなければ、遠くない未来にその国は滅びる。

 ゼフィリアの思うソレは父やプリゼアの受け売りだが――。

 その真実がどうであれ、もしもあの瞬間に衛星反射砲が照射されていれば現行の優秀なウェシナ軍上層部が責任を取る羽目になり――結果として、ただでさえ出遅れている列強とのゼロサムゲームに遅れを取る事になっていたのは事実だろう。

 ――トポリの卑怯者どもは、ソレが全く分かってないけれどね……。

 そんな似合わない思案の最後に、ゼフィリアは頭の痛い夢想家連中の事を思考に乗せる。

 今回の一件でもウェシナ・トポリは爆撃の為の道を作ったストライクフィアーズ、囮と後詰めを担った二クシー基地部隊の両隊の被害が少ない事を槍玉に挙げ、連中は「横暴だ」とか「虐殺だ」と宣って来ている。

 二クシー基地方面――性能で勝る敵機を相手にすると言う厳しい状況の中、人的被害を極めて少なくする采配をした現地指揮官には砂太陽勲章を山程授与しても報いきれないと言うのに。

「――――」

「そんな顔しないでよ。経緯は拙かったけれど、結果は上々なんだから」

 ゼフィリアの中で他所事が纏まったのと同時に、そろそろ開放しないといじめ過ぎになると感じた彼女はそう言ってフィーエルを沈黙の檻から開放する。

 先の戦闘の内情が厳しかったのは事実だが、結果としてスカイクラウ21はリバイン・アルバとウェシナの物になり、ニザム地方における反体制勢力も一掃出来た。

 加えて、攻略に使用したクラスAAA弾頭12発をリバイン・アルバの消費期限切れ寸前の弾頭と入れ替える工作も成功しており――保有戦力の更新も含め、ゼフィリア達が弄した策は全て成功したと言える。

 ――……今の私達だと、クラスAAA弾頭(アレ)の新規製造は出来ないものね。

 クラスAAA弾頭の製造技術は元々アルバの物だった。

 しかし、ゼフィリアの手元に残っていた製造施設は彼女が昔しでかしてしまった惨事の穴埋めとして自ら破棄する羽目になってしまい、彼女達はウェシナが誇る最大火力の供給源を失っていた。

 だが、様々な裏工作に従事する身としてはその火力が時として必要であり――今のゼフィリア達はエクスリックスで造られたモノに頼らざるをおえない状況に追い込まれていた。

 ――製造施設を自前で造れない事もないけれど……そんな無駄金使う位なら、技研に投資するか、精錬工場拡張を許可するか――フィーエルに渡して組織にとって有益なモノを作って貰った方がいいものね。

 とは言え、理論ではそれが正しいと判ってはいても、まどろっこしい供与よりも自力での安定的な供給を確保したいのがゼフィリアの本音ではある。

 そして、供給が途切れればゼフィリアが独自供給を目論む事はプリゼアも理解しており――今回の事件にリバイン・アルバが関わる切っ掛けとなったアルフェストでの弾頭の横流しも、かれこれ数年前から続いている彼女等の定期業務であった。

 ――…………まぁ、今回みたいな怪我の功名は流石に予想外だったけど。

「――“アルフェスト遺跡”の開発工廠跡で発見された、ディフィド等の資産はどう致しますか?」

「……取り敢えずこっちに連れて来ては貰いたいけれど――アレ重いから、今の子以外を私の中に入れたくないのよねぇ」

 沈黙から解放されたフィーエルからの質問に、ゼフィリアは自身の頭痛の原因でもある“母の形見(ディフィド)”に思考を移す。

 これまでの研究の結果、“古代ゾイド人”の戦闘ゾイド――スカイクラウと同じ技術体系に属する“古代種”の力を引き出す為には、ZA能力者と呼ばれる存在が必須であると言う経験則が得られている。

 性能が高ければその分負担が大きくなると言う単純な話ではないが、“古代種”はその必要能力値が押し並べて高く設定されており――。

 スカイクラウ04と現行のリバイン・アルバが保有する戦闘ゾイドの過半を意識下に入れている事に加え、幾つもの“生きている遺跡”と話を付けているゼフィリアの人間離れした力をもってしても“古代種(ディフィド)”の負荷は重い。

 その負担は大凡の苦痛であれば楽しみに変えられるゼフィリアをしても避けたいと思う程であり――先の事を考えないのであれば、可哀想だがこのまま死んで貰いたいのが彼女の本音ではある。

 ――……技術の保持も“約束”に含まれているから、そんな事は言えないけれど。

 リバイン・アルバはウェシナ建国前の暗部と“古代ゾイド人の遺産”を管理し、有益な結果を同国に齎す事でウェシナと共生する。

 ゼフィリアの預かり知らぬ所で交わされた昔の盟約であるが、大ポカをやらかしたアルバの咎を清算し、シンシア達が生き永らえる為にそれしか無かったと聴いており――。

 今回見つかったディフィド達も、ウェシナがソレ等を扱える技術レベルにまで到達したとフィーエルが判断した時に全て明け渡さなければならないとされている。

 ――だけど、調査済みの“遺跡”で見つかったのは拙かったわね……1回謝って来た方がいいかしら。

 ウェシナやガイロス帝国が仕出かした事の後始末をするのには慣れているが、今回のようにリバイン・アルバが管理している“遺跡”で想定外(イレギュラー)を出し、盟約を破ってしまう事態は結成後初めての事だった。

 ――うん。こんな問題で途切れる様な数の貸しは預けてないし、向こうも何も言って来てないけれど……会いに行こう。

「一度話はするけれど、“遺跡”に居る全部にはまた眠ってもらうわ。……場所はどうする?
フルン達にどいて貰って04の中に入れる?」

 そんな方針を心に決めつつ、ゼフィリアの口は戦後処理で残る最後の案件に関する確認を問う。

「――ディフィドは本機と同時期に開発された機体ではありますが、本機の艦載機ではありません。秘匿工廠への移送を提案します」

「んじゃ、シンシアの管轄ね。打ち合わせよろしくー」

 そうして返って来た方針をゼフィリアは了承し――保管すると言う結果以外はどうでもいい案件を丸投げした所で彼女は席を立つ。

「――ゼフィリア様、どちらに?」

「ラフィーには暫く会わないって決めたの破りたくないから、プリゼアのとこに行ってくるわ。――儀礼用のフルンを回すの、お願いね」

 そう言ったが最後、ゼフィリアはフィーエルから返されるであろう万全な応対を待つ事なく管理室を後にする。

 ――…………長寿族なんて言っても、良い事なんて無いわね。

 その一幕の最後――管理室の扉が閉じる瞬間、ゼフィリアはそんな実感を思う。

 それが最善だと思っていても何かを選択すれば好きな人は離れ、問題を解決してもその分と同じだけの問題が降ってくる。

 『積み重ねた利権で生き、思うがままに今を楽しみ、遊びたい奴と夜を越える。長寿族最高―』と言うのはアルバ結成前から彼等の傍にいる“古代ゾイド人”の言葉だが――。

「……シンシアが言ってたけど、ゼアル爺の言葉は間違っているね」

 家族も居らず、組織の長でもなければそんな風に考える事も出来るのだろう。

 しかし、ゼフィリアには自分を取り巻く幾つもの縁があり、彼女にもそれを手放す気は毛頭ない。

 故に、ゼフィリアの道は遠い縁類であるヘリックU世と同じ様に、波乱と後悔に満ちた――平穏とは程遠い生涯を辿るのだろう。

 ――……ま、次の楽しい事を見つけるだけよ。

 そんな“らしくない”未来を夢想しながら歩みを進めていたゼフィリアは、その予想を打ち消す結論と共にサートラルの市政庁への直通エレベーターに乗り込む。

 ここの行き先はサートラルの市政庁であり、その高層発着場ではフィーエルに叩き起こされて起動準備を始めている移動手段(フルンティング)が待っている事だろう。



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