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『機神』




 ――インリー……墜とされたんだな。

 “パンドラの世界”の中で彼女が提示した状況は、先程のウェシナ軍特務中隊撃退の成果を覆す程の危機だった。

 北部第4防衛ラインを突破したウェシナ軍艦載機部隊と迎撃に出たインリオールのレムナントは、TYPHON社の最終防衛ラインの内側で会敵。

 そして、その結果だけを簡潔に述べれば――大破2、中破1、小破1という結果を残してレムナントは大破。

 同時に最終防衛ラインを構築していた対空兵器群も大きな損害を受け、敵艦載機部隊は次の行動に移るべく陣形を再編中となるらしい。

 それらの情報は衛星から光学情報とグリフティフォンの観測器を併せて得られたモノだったが――。

 光学情報以外の情報が得られた事で、漸くその正体に関する片鱗が掴めつつあった。

 ――こちらの対空陣地攻略の為に分散していたのにも関わらず、インリーがこれだけの戦果しか挙げられなかった……進攻速度は遅いが、やはり敵は新型の第5世代機と考えるのが妥当か?

 一対多数との戦闘を主眼に置いたレムナントがアレだけの成果しか出せなかったという結果により、北部防衛線を突破してきた敵部隊がただのゼニス・ラプターでない事は確定的と言える。

『画像情報からは、ゼニス・ラプターと類似した機体との情報あり』

 ――インリーが十数機のゼニスを半分も墜とせないとは思えん。……最大望遠下では難しいと思うが、最優先で情報を分析してくれ。

『了解』

 ――…………インリーの生死は判らないのか?

 その命令を終えた所で、ナヴァルは戦場では余分と言える情報を求める。

『レムナントの損傷状況から、生存の可能性は有り』

 ――そうか…………すまなかった。今後のプランは?

 その我儘にパンドラが答えてくれた事に感謝しながら、ナヴァルは意識を切り替える

 そして、それに倣うように彼の周辺に漂う情報が一新され――北部を主軸としたTYPHON社の残存戦力とウェシナ軍の戦域図が投影される。

『東部は戦況が拮抗しており、防衛線の再構築も完了しつつありますが――北部は陸上戦力が手薄であった事から被害が大きく、本機直近の対空防衛網に致命的な問題が生じております』

 パンドラの音声情報と並走する形でナヴァルの意識内に投影されている地図情報が更新され、グリフティフォンの東側の戦線はかなり距離が開いているのに対し、北側は敵の勢力表示こそ狭く細いが、その先端はもう目の前にある様に見える。

『北部の敵艦載部隊の対空陣地を狙った動きから、敵勢力は低空進入による爆撃によって本機に損害を与える事を目的としていると予測されます』

 ――低空からの爆撃……まさか、フルンティングか?

 ウェシナ軍が有する30体しか存在しないとされる第5世代機。

 アルバの遺産故に操縦方法が難解過ぎる為に持て余しているとの情報もあるが、フェルティングと同等の防御力にエナジーライガー並みの機動力――そして、それらを覆い隠す程の積載量は戦略兵器とすら評される正真正銘のバケモノである。

『現在、本機内に存在する予備戦力――工兵ゾイドに対空兵装を携帯させ、FCSを本機とリンクさせる事で防衛網を再構築中です』

 ――……無茶な案だな。

 恐らくパンドラもナヴァルと同じ懸念を想定しており、急造の防空網は侵出して来るであろう爆撃機(フルンティング)本体ではなく、投下された弾頭の処理を目的とした布陣なのだろう。

『――ナヴァル・トーラには代案が?』

 ――いや……。――そうだな、確かに無茶でも現状ではソレしかない。

 地上の敵艦載部隊の迎撃はウラガンや残存のラファルが行う為、ソレが成功すれば対空に出る工兵ゾイドの危険は少ないようにも思える。

 だが――。

 恐らく、間に合わせの対空砲如きで弾頭――恐らく、クラスAAA――を撃墜すれば、余波で彼等はまず焼かれる。

 ――……で、俺は何をすればいい?

 その無慈悲な結果を深く考えない為に、ナヴァルは次の行動を問い掛け――。

『先行しているラファル2機と共同し、近接する敵部隊を撃退してください』

 その質問に呼応して視覚情報が広域から狭域へと切り替わり、周辺の味方機と敵艦載機部隊の詳細な現状が表示される。

 ――無茶を言ってくれるなぁ……3対24――インリーのレムナントや予備機とはいえラファル部隊を抜いて来た連中相手に、8倍か。

 それ以外に手段が無いのは判っているものの、そんな詳細不明だらけの難敵とぶつからねばならない状況に愚痴をこぼすと――。

『――状況に変化あり。北側から進行中の敵勢力は単独の様です』

 状況が、妙な方向に動き始めた。

 ――……どういう事だ?

『スキャン続行中――敵ゾイドコアの反応係数が異常、状況の推察を開始――完了。オーガノイドシステムを利用した侵食能力の拡張を行っている模様』

 ――いや、聞いた事のないな単語混じりに端折って言われても、よく判ら……って、なんだこれ? 突出して来ている敵機の情報……? それよりも敵部隊の動きを――。

 ナヴァルとしては今考えても仕方のない敵機の能力よりも、この不可解な状況に関するデータを求めていたが――“パンドラの世界”の中の情報は、天敵と相対した動物の様にソレに関する物だけで埋まっていく。

『――機体全体がゾイドに対する侵食系のウィルスに変容しつつある、と要約します。本機にワクチンプログラムを展開させますが、突破される可能性あり。本機と接触された際の危険性は爆撃による被害よりも上位と予想されます、本機への接触を防いで下さい』

 ――……了解した。

 “パンドラの世界”の中に居ても把握出来ない程の過剰な情報により、ナヴァルには彼女が言っている事の半分も理解できなかったが――。

 常に最善と思われる行動を選択するパンドラが、全体を見渡さずに一個体に過剰な情報収集を行う。

 その行動、その不可解を、パンドラが焦っている――言い換えれば、怯えていると看破したナヴァルは、その重大さに意識を改めつつ、物理的な接触が極めて危険であると思考に刻み込む。

 しかし、状況は変化し――戦力差は3対1。

 ――……軍隊が単独侵攻なんて許す筈が無い。突出している奴は囮と考えるのが妥当か?

 その状況からナヴァルは伏兵などの不確定要素が無ければ負けは無いと判断し、普通ではないパンドラの状態から、周辺警戒を強めると言う当たり前の事を彼女に伝えようとした瞬間――。

『先行したラファル、共に撃墜されました』

 その前提を覆す、ありえない情報が飛び込んで来た。

 ――2機共……? この短時間で?

『爆炎の発生、およびIFFの消失を3重のルートで確認――収集した撃墜までの経緯を提示します』

 ナヴァルが疑問を感じたのと同時に“パンドラの世界”の中に新しい情報が浮かび上がり、彼はソレに集中する事で彼女が確認した情報を把握する。

 情報の中身は殆どが光学映像であり、その中心には重厚な白い装甲を纏った機竜――ウェシナの主力であるベロキラプトル型中型ゾイド、ゼニス・ラプターの姿が映っていた。

 ――いや……少し、形状が違う、か?

 提示されたソレは不鮮明な情報であったが、以前に別の個体と遭遇して死にかけた事もあるナヴァルはそこから些細な違和感を覚え――中心に映るソレが、普通とは違う機体だと認識する。

 そして、次に目に留まったのは行軍に旋回機動を自然に組み込んでいる敵新型の挙動だった。

 ソレ自体は狙撃を警戒する基本動作であるが、そこに背後を警戒する動きを違和感なく加えている事から、この敵パイロットが相当な熟練者であると言う事をナヴァルは理解する。

 続けて、推進材が切れる事を気にしないかの様に吹かし続けられるスラスターの光から、推進機構も新機軸を使用しているとナヴァルが看破した所で――。

 ――ラファルの荷電粒子砲を弾いているな……まさか、こいつの装甲は……。

 それらよりも目を引く敵新型の性能――本来のスペック上あり得ない装備がある現実を認めると共に、ナヴァルは敵の全容を見極めようとする。

 だが、そんな努力をあざ笑うかの様に映像は核心部分に至る。

 いくら熟練者であっても2対1という劣勢は隙を生み、敵新型の注意が逸れたその瞬間を突くように片方のラファルが必殺の位置取りに入った瞬間――。

 ――…………なんだ? あの射撃精度は?

 まず、敵新型の背後を取ったラファルが敵新型の目晦撃ちにも見える反転中の一撃で落とされ――。

 その後に何故か動きを止めた敵新型の側面を突こうとしたラファルも、その機動中にハイ・レーザーライフルの直撃を受け、爆散する。

 先行していたラファル達を葬ったそれらの射撃は、まるで“回避した後の機動が判っている”かのような狙撃であり、それまで追い詰められていたのが嘘のような挙動でもあった。

 ――パンドラ、何か判るか?

『同結果以外の情報が不足している事から、敵新型の狙撃に関する予測を実施出来ない状態にあります』

 ウラガンと敵新型との会敵予測時間は、現実であれば数秒の時間でしかない。

 だが“パンドラの世界”の中に在って、疑似的な思考加速状態にあるナヴァル達には対策を話し合うだけの時間はあった。

 しかし、それでもその僅かな暇は無限ではなく――。

『敵新型――ゼニス改と仮称――荷電粒子砲の射程内に入ります』

 その対策が完全に固まらぬ内に、ウラガンは敵新型を攻撃レンジに捉えつつあった。

 ――ゼニス改、だな? 判った、次からはそう思考する。

『ゼニス改の搭載兵装の挙動に対する予測演算を最優先としますが、敵機の光学兵器の有効射程内に進出した際には、細心の注意を払ってください』

 ――了解だ。先制打……行くぞ。

 当面の方針を固める事すら出来なかったが、注意しなければならない点を纏めたナヴァルはウラガンを更に加速させ――第5世代機のトップスピードでゼニス改の推定索敵圏内へと急襲、敵が反応するよりも早く荷電粒子砲を叩き込む。

 それはエナジーライガー並みの機動性能とセイスモサウルスに比肩する火力を併せ持った、ウラガンの必殺の一撃となる筈だったが――。

 ――っ、やはり直撃でも抜けんか……。

 ゼニス改の正面装甲を直撃した荷電粒子砲が効果を成していない事を確認したナヴァルは、ウラガンに照射を取り止めさせ、即座に機動。

先程の映像にあったラファル達と同じく、ゼニス改の横か後ろを取るべく機体を再加速させたナヴァルの対し、敵は先制打の返礼をするべくハイ・レーザーライフルを構える。

 それに対し、ナヴァルはゼニス改の行動の先を予測演算しているパンドラからの情報を頼りに回避挙動をウラガンに取らせ続け――。

 ――これは……やけにしつこい照準だな……!

 現実では感じる事も出来ない応酬の結果、反撃として放たれたゼニス改のハイ・レーザーを際どい所で躱し、その背後へと抜けながらナヴァルは呻くような愚痴をこぼす。

 その執拗な狙いは一秒すら長く感じる“パンドラの世界”で幻視した未来を随時更新させる程の異常であり――今の一合も、何度回避した結果なのかすら覚えていない。

『先程の回避補正は、総計11回実施しました』

 ――そんな情報要らんっつーの。……敵の解析は?

 パンドラからの律儀な返答に突っ込みを入れつつ、ナヴァルはウラガンをフルスロットルで走らせ続ける。

 先程の一合によってゼニス改の背後に抜ける事には成功したものの、ウラガンの軌道はその一合を無事に切り抜ける為に使用した“連続的な”回避挙動によって旋回を諦めざる負えない状況に追い込まれており――。

『ゼニス改外装のエネルギー放射を解析――エネルギー転換装甲を実装している模様』

 ――やはりか……なら、ラファルを墜とせるゼニスが居たって言う報告は事実だったと言う事か。

 そして、“今も”現在進行形で無数の照準予測線がウラガンの背後に走っており、ナヴァルは対策を詰める時間を稼ぎ――可能ならばゼニス改の背後を“完全”に取るべく、ウラガンに疾走を続けさせていた。

 ――セオリー通りだと、背後が弱点だと思うが……?

『確認します』

 ――頼む……っ、しっかし良く回る……!

 この状況をナヴァルが維持出来ているのは彼がパンドラと慣性中和機構の保護下にある事で連続的な加速Gを無力化出来る為であり――これでは確かにラファルでは勝ち目が薄いと彼は実感する。

 ――あのゼニス改の武装は、両手のハイ・レーザーに背部の大型砲塔が2門……この状況で相手をするのは最悪だな。

 互いの姿を視認した後の状況では、機動力よりも火力と装甲で圧倒するゼニス改の方に部があり――。

 傍から見た通りの一方的な状況の中、ナヴァルはゼニス改の様子を窺い続ける。

 ――本質的な動きは普通のゼニスと同じだが……あのエネルギー消費を賄えるコア・ジェネレーターに積み替えた? ゾイドコアが違うのか?

 これまでの動きからナヴァルはゼニス改が装備一式を大電力消費系に換装した“だけ”のゼニス・ラプターだと看破し、パンドラからの確定情報が来るまでにその攻略法を模索する。

『予測演算終了。――ゼニス改の後方には有効な防御兵装は配されておりません』

 そして、そんなナヴァルの思案が固まった頃――パンドラからの返答と同時に繋がっている“パンドラの世界”にゼニス改の調査情報が提示される。

 ――了解した。……突っ込むぞ!

 このまま続けてはゼニス改が息切れする前に素体がチーター型のウラガンがへばると踏んでいたナヴァルは、パンドラの情報からそれを確信。起死回生の賭けに出る。

『ナヴァル・トーラの思考を確認。各種バックアップ、及び慣性中和機構に耐衝撃反応の準備を確立』

 ナヴァルの無茶を阿吽の呼吸でサポートするパンドラの反応を頼もしいと感じながら、彼はウラガンの軌道を急変させ、ゼニス改へと真っ直ぐに突入する。

『砲身挙動を探知、照準予測線に留意されたし』

 ――っ!

 わざわざパンドラが警告したそれは、1つを躱すともう1つの照準予測線がウラガンを補足し、それに対応した頃にはその前に対処したモノが補正されて直撃コースに乗って来るという難解極まりない代物だった。

 そんな生死を分けるイタチごっこが、僅か3秒の短い間で何十回も繰り広げられるが――。

 虚を突かれたゼニス改の補正の方が、先に音をあげる。

 ――ぬぅぁあぁぁぁっ……!

 まだ、ゼニス改の照準が確定しない内に攻撃予測線が現実の光となり――光速すらも遅いと錯覚する極度の緊張の中、ナヴァルは照射されたハイ・レーザーライフルの眩しさを横目に見送れた事で、最初の賭けに勝ったと確信する。

 それは非常に際どいものだったが、それに勝ったナヴァルは獲得した間隙を逃さず、ゼニス改との間合いを一気に詰め――。

「掛かった……!」

 そして、その突撃を背後に回り込むものとゼニス改が錯覚した事で、ナヴァルは次の賭けにも勝利し――旋回を始めようとした敵への衝突コースにウラガンを突っ込ませる。

 ウラガンの両前足に装備されたTYPHON社の新兵器、エネルギーブレード。

 本来であれば対レーザー・ビーム用の防御兵器であるEシールドの面を、半ば質量を持つ程まで重層化して収束。

 近接戦闘用のエネルギー兵器に衝撃力を持たせたこの兵装は、ウラガンの奥の手とも言える隠し玉である。

 ゼニス改のエネルギー転換装甲は既存のエネルギー兵器では貫通不可能なレベルの防御力を有するが、連続的なエネルギー放射を続けるエネルギーブレードを側面にぶつければ、装甲の隙間を突けるのではないか?

 この奇策は、そんなナヴァルの思惑があっての一撃だったのだが――。

 ――ちぃ……っ! なんつぅ反応速度だ。

 しかし、エネルギーブレードが接触する瞬間――回避挙動を取ろうとしていたゼニス改は突如としてウラガンへのショルダータックルを慣行。

 結果、側面装甲の継ぎ目にエネルギーブレードが到達する前に発信機を潰された事で、ナヴァルの思惑は頓挫し――あまつさえカウンターを受けたウラガンは大きく弾かれ、彼はその衝撃に鈍い呻き声をあげる。

『左脚部を中心とし、ウラガンの体幹に反応異常発生。各フレームに8%前後の変形が発生したと予測。姿勢安定に問題発生、機動・運動性能15%低下、調整を開始――衝撃反動中和に難あり、再挙動可能まで1.3秒』

 そして、同時にパンドラから伝えられた被害は無視出来る様なものではなく――。

 ――っ!?

 “パンドラの世界”の中ではとても永く感じる1.3秒の間隙の中、衝撃で動けないウラガンに向け、ゼニス改のハイ・レーザーライフルがゆっくりと差し向けられる。

 ――っ、粒子砲拡散モード――散布角と出力を最大で照射っ!

 その1秒先の終わりが現実になるよりも早く、ナヴァルは起死回生の目眩ましを命じ――その意図を認識したパンドラは一瞬のタイムラグもなく照射を実行。

 そうして巻き上げた砂塵と粒子反応による磁場妨害は絶大であり――。

 ――機体制御が安定したら全力で跳躍させろ! ……時間が欲しい、なるべく長く浮遊を――!

『了解しました』

 ゼニス改の反応が鈍った事によって一秒先の死を乗り切ったウラガンは、攪拌された微粒子に紛れるように跳躍。

 そのままウラガンは目眩ましの結果――地表に含まれる微細な重金属粒子と荷電粒子による化学反応や巻き上げた砂塵群のかく乱係数――を超えないレベルでマグネッサーシステムを使用し、煙の影に隠れる様に中空に漂う。

 ――……なんだ? あの動きは?

 そうして決戦場に生まれた一時の静寂の中、ナヴァルは攻略の糸口にもなり得るゼニス改の新たな側面を推察する。

 “パンドラの世界”を使っての回避挙動にも追い縋って来る照準補正に関しては――あまり考えられない事だが、ゼニス改にも彼女と同じ様な存在が張り付いていると考えれば、これは説明が付く。

 だが、エネルギーブレードによる奇策を挫いたあのショルダータックルは、前後の挙動から回避を想定いていたと思われるゼニス改のパイロットが成した結果とは考えられない。

『先のゾイドコア反応係数の異常数値から推察し、既に敵の全制御はOS(オーガノイドシステム)が一括で管理・実行していると推定します』

 ――OSが一括で機体を制御? ……異常なゾイドコア反応に莫大なエネルギーゲイン――まさか……!

 高出力のコア出力を得る為にウェシナは半ば禁忌と化している真OSに手を出した。

 そして、その結果としてあの機体は第2次の頃に噂となったデススティンガーのように、OSに乗っ取られているとナヴァルは考え至るが――。

『ナヴァル・トーラ、その思考には誤りがあります』

 そんなナヴァルの最悪な予測を、パンドラは間髪置かずに否定する。

『先のカウンターの結果により、敵OSは効率を重視する為に敵搭乗者にも影響を与えていると予測出来ますが――機体挙動の主導が敵搭乗者にある事から、敵ゾイドコアと敵OSは敵搭乗者に強く恭順していると推定します』

 ――主体はあくまでの敵パイロットにあるが、制御の統括は真OS……敵のパイロットの意図しない対策を打ってくる可能性があると?

『肯定』

パンドラの返答を読み解せば、難敵である事に変わりは無いという単純な話しであるとナヴァルは考え至り、彼女もそれを追認する。

 ――……面倒な話だ。

 それはつまり、虚を突いた必殺のタイミングであったとしても、敵にとっての最善な反応が選択肢として残っていれば――高い確率で対応されてしまうと言う事に他ならない。

『また、敵OSが使用可能な演算リソースの総量から、今後は当機の予測演算の裏を突かれる可能性があります』

 ――? ……成程な。

 いつもの様にパンドラの言っている事をすぐに理解出来なかったナヴァルであったが、並列して提供されたデータ群から彼はその意図を把握する。

 ――性能では演算に特化しているパンドラに分があるが、応用が効く上に機体制御系をゾイドコアに任せている敵さんの方には余裕がある、と。

 加えて補足すると『答えを出すのは早いが最適解しか出せないパンドラは、理解されてしまうと判りやすいんだろうな』と、ナヴァルは状況を理解し――彼女に読まれて拗ねられないよう、すぐに思考を切り替える。

 ――ありがとう、重要な情報だった。分は悪そうだが……付き合ってくれるか?

『当機の全機能は、現在ナヴァル・トーラが運用する仕様となっております』

 ――……そうだったな。反動制御、頼むぞ。

 こんな極限状態の中でふと訪れた普段のやりとりに、ナヴァルは適度な脱力と得難い心強さを感じつつ――眼下に居る、OSの化け物に向き直る。

 その視線の先に居るゼニス改は、隙を伺う彼を探すように敵意を全周囲に振り撒いており――。

 ――まるで、狙おうとしただけでも察知されそうだな……。

 その敵意―――機体に内蔵されたOSの視線にナヴァルがそんな予感を考えた瞬間、それをなぞる様にゼニス改が顔を上に向ける。

 ――って、マジかよ……っ!

 その最悪な反応に、ナヴァルは荷電粒子砲を即座に照射。

 寸での所で気付かれてしまったものの、そうして放たれた光は回避に転じようとしたゼニス改の上部を捉え、その白い機竜を光の重圧によって地面に縫い続ける。

 ――……っ、このまま背後に降りるぞ!

 そして、ナヴァルはこの勝機を逃す事無く片を付けるべく、彼はその勝利へと至る方策を思考し――。

『了解しました』

 ナヴァルの行程を読み取ったパンドラは、惚れ惚れするような反動抑制と高度調整でそれを現実の物とする。

 だが、ゼニス改も黙ってそれを受ける筈もなく――ウラガンの移動による重圧の変化を巧みに利用し、離脱に向けて動く。

 ――逃がすな、当て続けろ!

 しかし、背後という優位を得たウラガンはゼニス改の旋回機動に対して強烈な横滑りで側面やや後方の位置に張り付き続け、荷電粒子砲を照射し続ける。

 その防御力、側面装甲ですら荷電粒子砲を受け付けない執拗なまでの頑強さに、『このまま防ぎ切られるのでは』という疑念が浮かぶものの、覆し様のない現実はナヴァルの目論見通りに運び――。

 ――っ、獲った……!

 照射角度の影響から、ゼニス改の装甲を叩く粒子の一部が飛沫の様に敵の右前足の付け根へと流れ――余波とはいえ非装甲部位を突かれた右前足は連続する旋回機動に置いていかれる様に地面へと脱落する。

 ――このまま……!

 破損部位に照準を移動させ、その非装甲部位に直撃を当てる。

 あと数瞬もあればそれが現実になろうとした瞬間――。

『荷電粒子砲、照射限界。機体の排熱と各所再調整を実行開始――粒子砲の再使用可能まで12秒』

 パンドラの警告と共に、荷電粒子砲の光束が残滓を残して消失する。

 ――っ! あと少しぐらい持た……。

 この難敵を排除する絶好の機会を逃した事に、ナヴァルは苛立ちの声を上げるが――冷静に“パンドラの世界”を見渡せば、そこは赤い警告表示が敷き詰められていた。

 ――……今のポジションを維持する、機動系を現状のまま持たせろ。

『了解』

 そうして、一瞬の静寂を得た戦場が再び動き出す。

 使える推進機材の全てを使用し、ゼニス改の右斜め後ろを取り続けようとするウラガン。

 それに対し、強烈な旋回機動でウラガンを正面に捉えようとするゼニス改。

 常軌を逸した動と点――ソレを成す2体の、命を賭けたロンドが再開される。

 ――さっきはすまなかった……状況を。

『現在、荷電粒子砲の冷却を優先中。機動・運動性の低下は補正プログラムの調整にて最適化中――機能低減が増加、各機関の稼働率は74.32%』

 ――……それでいい、頼むぞ。

 もしもパンドラが居なければ、最初のダメージを受けてからここまで戦えなかった事。

 今、彼女が提示した状況もかなりの無茶の上に成り立っており、そう長くは持たない事。

 それ等を“パンドラの世界”から認識したナヴァルは、ただ一言感謝を想ってから――動き続けている状況に集中する。

 ナヴァルが“パンドラの世界”に集中していた中でも回り続けていたソレは、1秒が長い今の彼等にとって、いつ終わるとも知れない死の舞踏だった。

『応急冷却完了』

 だが、永遠に続くかとも思えたドッグファイトの最中、パンドラの声がそれに終わりを告げ――。

――連続照射で行く、なんとか持たせろ!

 ナヴァルはその決意と共にトドメとなる荷電粒子砲を照射する。

 狙いはゼニス改の右腕があった部位。

 ウラガンの損傷による機動・運動性能低下が響き、再び後ろを取る事は叶わなかったが、先程の奇襲によって右腕を失ったゼニス改のソコは内部構造体が剥き出しの状態になっており、この場所であればE転換装甲に支えられたあの重装甲を無視できる。

 位置取りの関係から、パンドラの補正が無かったとしても当たる様な状況。

 しかし――。

 ――っ!? なんつぅ……!

 絶体絶命の危機に陥ったゼニス改は、あろう事かコックピットが在る筈の頭部を盾にする事で破損部位への直撃を防ぎに掛かる。

 ――だが……!

 しかし、それは悪あがきにも等しい一時凌ぎであり、無理な体制で冷却口を塞がれたゼニス改の頭部は抑え切れない荷電粒子砲の熱によって赤色化し、変形していく。

『ゼニス改、左腕ハイ・レーザーライフルに動きあり』

 ――それはブラフだ、このまま照射し続けろ………!

 その最中にもたらされたパンドラからの警告に、ナヴァルは即座に否定を返す。

 荷電粒子砲の熱と光が散乱している状況下にあって、ウラガンからは直接見る事が出来ないゼニス改の挙動を把握するパンドラの情報処理能力は流石と言える。

 だが、管理システムと言う縛りの中に居る所為なのか――駆け引きが甘い。

 ――あれが健在なら、もっと撃たれている。……このまま押し切るぞ。

 惑星Zi最強の荷電粒子砲と謳われるゼネバス砲と同等の粒子ビームを受け止め続けているゼニス改の頭部の赤色化は素人目に見ても致命的であり、あと数秒も照射すれば確実に撃破に至る。

 ナヴァルがそう確信し、“パンドラの世界”では2分近く――現実では数秒間、ウラガンは荷電粒子砲を照射し続ける。

 しかし、最後の一押しに至った瞬間、その光の奔流の端に見慣れた白い光とは異なる光が視界に映り――。

 ――なんだ……っ――!?

 ウラガンから見える、ゼニス改の左腕に残されたハイ・レーザーライフルの端。

 それを包む、Ziリキッドと同じ青色の光と結晶――その異様に危機感を抱いたナヴァルは荷電粒子砲の照射を中止させ、ウラガンを即座に跳躍させる。

 ――ハイ・レーザーを撃った!? なら、なんでもっと早くに……っ!

 次の瞬間、跳躍したウラガンの影をハイ・レーザーの光条が撃ち抜き、その辻褄の合わないゼニス改の行動にナヴァルは困惑するが――。

『敵機、連続照射を実施中』

 ――っ! 空中機動制御、横へ飛べ……!

 ゼニス改から振り上げられる攻撃予測線を避け――“パンドラの世界”の中、追い縋るソレを避けて避けて避け続ける。

 ゼニス改に残された左のハイ・レーザーライフルは見るだけでも恐怖を感じる程の光を吐き出しているが、規格を遥かに超えるその光の代償は明白であり、照射元のソレは既に赤く融解しかかっている。

 ――この一合、これさえ躱せば……!

 そうして、1秒間の中で繰り広げられた予測演算の戦いは、“パンドラの世界”の中ではナヴァル達の勝利で幕を閉じ――。

『回避成功。機体挙動を維持しつつ、各所負荷のチェックを――』

 ――っ、まだだ! もう一回吹かせ!

 “パンドラの世界”の中では避けていた光。

 だが、ナヴァルは自身の中にある力――パンドラとの縁を結んだ彼の“感覚”が察知した本能的な危機を彼女とウラガンに入力し、その寒気にも似た恐怖から逃れようとする。

 しかし――。

 ――避けきれないか……?

 パンドラの予測演算を上回ったゼニス改のハイ・レーザーの激流が、現実の破壊となってウラガンを引き裂いた。






 ハイ・レーザーライフルの光は純粋な熱線故に衝撃は無い。

 しかし、デスザウラーすら軽々と両断する一撃を受けた損害は大きく、警告アラートと同時にオーバーヒートした電子機器群がフリーズし――。

 ナヴァルが何の対応も出来ないまま、ウラガンは地表へと激突した。

 ――……くそ、どうなった?

 その衝撃にナヴァルが気を失う事は無かったが、コックピット機能が失われた事で目と意識が状況に追いついて来ない。

 ――……? パンドラからの情報の支援が無い? “パンドラの世界”から外れただけじゃないのか?

「…………パンドラ?」

 そして、混乱した意識がその大切な意味を思い出すよりも早く――ナヴァルの身体は動き出す。

 ――……システムが落ちた? 再起動を……いや、コア・ジェネレーターに損傷があったら機体が吹っ飛ぶ――まずは二次電源でチェックを……。

 その水の中に居るように曖昧な意識の中――ナヴァルは何度も読み直し、訓練した手順で起動方法をセミマニュアルに切り替え、ウラガンのコックピット機能を再起動させる。

 起動選択は外部センサーと各種モニター、機体制御系に絞る事で消費電力は少ないが重要な物のみを指定。

 ――起動したら状況をチェックして……操縦系やコンバットシステムがヤられていたら、パンドラから教えられた“感覚”で直接制御し――っ!?

 朦朧とした意識のまま、その先の事を夢想していたナヴァルの目の前――復旧したモニターの先には、巨大な銃口が突き付けられていた。

「パンドラ――再同期を掛けつつ、どっちでも良いから機動させろ!」

 その一瞬、死を直前にした事で漸く意識が先鋭化する。

 その銃口が何なのか、先程の一撃の結果がどうなったのかもまだ判らない。

 だが、ゼニス改に残された主兵装――左側のハイ・レーザーライフルも既に融解している筈であり、敵には動いているウラガンを仕留められる兵装はない。

 ――……だが、足を止めれば殺られる。

 その危惧を回避するべく、ナヴァルはコックピットが機能不全でもウラガンを容易に操れるパンドラに回避を命じたのだが――。

「……パンドラ? どうした?」

 しかし、いつも打てば響くような反応を示してくれたパンドラの応えがない。

「パンドラ――無事か? 返事を……!」

 そこで漸く、ナヴァルの中心にあったパンドラは必ずそこに居ると言う慢心が薄れ、彼女にも終わりがある事――もう“居なくなってしまったのではないか”という恐怖が今更になって浮かび上がってくる。

「パンドラ……っ、くそ――グリフティフォン管理ユニットっ! 起きろ……再起動だ!」

 今のナヴァルは、もうパンドラの事を物扱いするような事はしたくは無かった。

 だが、コックピットを埋める銀砂となっているパンドラに意思を伝える術は呼び掛ける以外に無く、ナヴァルはあらゆる名前で彼女の事を呼び続ける。

 そうして、ナヴァルがそれ以外の全てを捨てるかの様に言葉を嗄らし、目の前にあった死が居なくなっている事にも気が付かなくなった頃――。

『――再起動を実行、各機関より情報収集を開始』

「…………心配させてくれる――大丈夫か?」

 姿のないパンドラから、目覚めの声としては色気も減ったくれもない返答が成され、ナヴァルは現実から目を背ける様にパンドラの生存に息を吐く。

『処理演算過多によるリソースの不足に伴い、予測演算及び慣性中和機構の制御に支障が発生中。同化融合にも制限あり』

「おまえが無事なら、今はそれでいい。……外の情報、取れるか?」

『同化融合状態への移行を再実行します』

 その言葉と同時に、ナヴァルの意識は再びパンドラ達の中に埋まっていき――今までと比べれば反応が限りなく遅くなった“パンドラの世界”に入り込む。

 ――……やはり、こんな状態か。

 そうして得られた情報は、ナヴァルが考えていた通りの惨状だった。

 ウラガンの機体状況はほぼ全てが赤表示であり、ハイ・レーザーライフルの直撃を受けた左側の脚部全般に至っては存在しない(ノーシグナル)状態。

 内装系は比較的損傷は軽いが――“パンドラの世界”に深く入れない以上、その情報が既に彼女が手を加えた後の状態なのかどうかも、今のナヴァルには判らなかった。

 そして――。

 ――見逃された、か……。

 パンドラが再起動する前――ナヴァルに現実を突き付けたゼニス改の姿は、もう何処にも居なかった。

「……鹵獲されたら目も当てらない。ウラガンに時限式の自爆プログラムを組んでから脱出するぞ」

 あのゼニス改が何の意図を持ってナヴァル達を見逃したのかは判らないが、結果として生き残る事は出来た。

 だが、北部防衛ラインに置ける最後の砦であった自分達が突破された事――。

 それはつまり、『決起』の要諦であるグリフティフォンに被害が発生し、計画が頓挫する事が確定したという事に他ならず――こんな最初で“綱渡り”から落ちたという事実に、ナヴァルの思考はじんわりと絶望に染まっていく。

 しかし――。

『脱出は不要と提案します。現在、機動補正プログラムを作成中です。――しばらくお待ちください』

 その深い絶望の中にあっても、パンドラはその名前に込められた願いの様に――ナヴァルに向けて先に至る道筋を作り出す。

「まだ……動けるのか?」

『機能は大きく制限されますが――可能です』

 半ば放心しているようなナヴァルの問いに、パンドラは力強い断言で返答する。

 左半身を失ったウラガンは、本来なら自力で立つ事も這う事も出来ない状態なのだが――。

『――完了しました。挙動補正及び反動抑制に95%の障害有り、機動戦は不可能と思考してください』

 その言葉と同時に機体管制系の情報が一新され、“パンドラの世界”の中に新しいマニュアルが掲載される。

「こんな状態だからな、動けるだけでも上等だ。……奇襲を仕掛けたい。何か、支援策――やれるか?」

 それを大急ぎで斜め読みしつつ、ナヴァルはあの化け物に対する逆転の手立てを考える。

『複合ステルス機構の動作に問題はありません。――タイミングを合わせ、本機のブローディスターバーも起動させます』

「……原始的な電波妨害か。こっちのセンサーも使えなくなるが、バックアップは頼むぞ?」

 そのやり取りを最後に、ウラガンは右足と両肩のスタビライザーに内蔵されたマグネッサーシステムだけで器用に起き上がり、しっかりと静止する。

 今のウラガンは右側の脚だけで浮いている状態――傍から見ればさぞかし奇妙な立ち姿をしているだろうが、パンドラによって構築された急造の機動補正プログラムはその異常を超越し、損壊している機体を前へと進ませる。

 ――反撃を受けたら終わる、回避されたら追う事も出来ない。……一撃だ。察知されていない状態のまま、一発で終わらせる。

『ゼニス改、本機外装と接触――エネルギー転換装甲、接触短絡によってダウン。再起動まで6秒――ゼニス改、本機外装への直接攻撃を開始』

「そう急かしてくれるな」

 ナヴァルがそんな思惑を巡らせる中、ゼニス改はグリフティフォンに接触。

 その状況を逐一伝えてくるのはパンドラなりの焦りの表れなのだろうが、ここで過度に急げば致命的な失敗に繋がりかねない。

 ――もう後がない……焦るな、焦るんじゃないぞ、ナヴァル・トーラ。

『外装の損傷率40%を突破、エネルギー転換装甲再起動不能。外殻を突破されました――内部に侵入されます』

「攻撃ポイントに到達した、このまま撃って構わないな!?」

 ここから荷電粒子砲を照射すれば、確実にグリフティフォンの内部も小さくない損傷を被るが――今までのパンドラの言動から、まとめて吹き飛ばした方が被害が少ないと判断したナヴァルは返答を待たずにウラガンを射撃体勢へと移行させる。

『後方に高速移動物体、6機』

「――っ、なに……!」

 ――まさか、この優勢下で味方が居るまま爆撃を……!?

『――――対衝撃保護を実施』

 まともな軍隊であれば起こりえない筈の現実とその先の未来にナヴァルが怯んだ瞬間――その言葉と目を焼く白い閃光が、彼の視界を圧倒した。





「――――暗いな」

 光に圧されて意識を失ったナヴァルが薄っすらと目を開けると、そこは何もない暗闇の只中だった。

 そして、そんな闇に恐れを抱くのは生物の性である筈だが――その暗闇は、ひどく穏やかな暖かさに溢れていた。

 何も見えず、何も聞こえないが――その温かさは、常に一人であったナヴァルの記憶の奥底にも僅かに残る、母と呼ばれるモノに抱かれている様な安らぎに思えた。

 しかし――。

 ――…………ここに居ては、拙い事になる。

 その感情は穏やかな惰眠の中にあっては無力とも思える焦燥だったが――その思考と行動に強く興味を示していた存在が居た事。

 そして、その存在に惹かれ、傍に在りたいと願っていた事を、ナヴァルは薄っすらと思いだし――。

 ――……そう願うなら、ここから起きないと。

 何も望まない彼女に応える為には、彼女が興味を抱いたと思ったモノに努力を示さねば――傍にいる事も許されない。

 ――お前は、そんな事を気にもしていないんだろうけどな。

 しかし、思案し行動するナヴァルの事を良しとしていた彼女の事、その彼女に顔向け出来ないのは避けたいという強い想いが、ナヴァルの意識を外へと引き上げていった。





「――何が、起きた……?」

 そうして意識の埋没から目を覚ましたナヴァルは、何かによって押さえられている頭を強引に振り、ぼやけている視線と思考を起こそうとする。

「……確か――」

 意識が落ちる寸前に感じたのは、尋常ならざる閃光と衝撃――そして、それ以降は記憶がない。

 ――痛みが無いから身体的な損傷は無し……目が良く見えないのはさっきの閃光のせいか?

 ふやけた視覚はまだ回復しないが、それでも得られる情報からナヴァルは自分の状態を診断し、朧のように霞んでいる思考の土台となる現状を固めていく。

 ――機体の状態は……体勢から考えるに、倒れているのか?

 自分の身体――機体の体幹と同じ角度になる筈の頭部(コックピット)が斜めになっている事から、乗機であるウラガンはかなり傾いた状態にあるとナヴァルは推察し――。

「……戦闘待機状態ではない……擱座したのか――戦闘……?」

 ――戦闘……そう、今は……っ!?

「パンドラ、無事か!?  状況はどうな――」

 ナヴァルが今の状況に意識が追い付いたと同時に、彼の視覚は明確となり――その目の前の状況に言葉を失う。

「ナヴァル……トーラ、の、復調を……確認」

 鮮明になったナヴァルの目の前。

 その目と鼻の先とでも言うべき所に、同化融合状態ではない――見女麗しい女性の姿に戻っていたパンドラの、ほっそりとした首元があった。

 そして、ナヴァルの頭部を守るように回されていたパンドラの両腕と、彼の顎下を圧迫する2つの圧力がその混乱を加速させるが――。

 視界の端、コックピットを覆い尽くしていなければならない筈のパンドラのドレスがZiリキッドと同じ色の結晶に置き変わっているという異様に、ナヴァルは言葉を失う。

「――何が、あった……?」

「現在……(仮称)グリフティフォン……中枢部に、OSによる……浸食汚染が、発生……しております」

 知らず知らずに漏れ出たナヴァルの疑問に対するパンドラの応えは、絞り出すように弱々しく――その言葉の端々に混じる罅が入っていくような異音に、彼は言い知れぬ不安を覚える。

「状況から、本機の復旧は……不可能と判断――当機は、本機の放棄を決定……規定に従って、管理システムの……独立稼働を実行、しましたが……」

「――っ」

 そして、『本機の放棄』という単語によってナヴァルの思考は先程までの戦況に追い付き、機内の光――奇跡的に生き残っていたモニターに視線を向ける。

 そこには、黒い粉塵にまみれた空の中に聳える、僅かに傾いだ塔のような構造物だけが映し出されていた。

 ――あれは、グリフティフォン……か?

 TYPHON社の切り札にしてパンドラの本体は――まだそこに在った。

 だが、そのすぐ近くに在った筈のTYPHON社の本社施設タイタニアの雄姿は何処にも無く、幾つもの半球状に抉られた地面の上で螺旋貝(オゥルガシェル)型の巨体だけがそこに立っていた。

 ――やられたのか……。

『――当機が実施した、メインシステムとゾイドコアとの……直結により……本機と、管理システムとの切り離しに……失敗。現在、当機は……OSによる、初期化工作を受けています」

 自分の居た場所が失われたと言う衝撃――その事実を受け止めようとするナヴァルに対し、パンドラは更なる情報を押し込んでくる。

「…………待ってくれ、少し……」

 ナヴァルが最後に感じた閃光と衝撃はクラスAAA弾頭の爆撃によるものであり、パンドラに何か致命的な事が起こっているという認めたくない事実も、彼は理解している。

 しかし――。

 元々『決起』が成功する可能性が低い事も理解していたが――それでもラオ爺や同僚、教育した部下達の死が無駄であり、パンドラや社長が長年を費やして積み上げたモノが砕かれたという結果の衝撃は甚大であった。

「なお……ウラガンに、対しては……当機が取得した、データを、元に……ワクチンプログラムを、実施。汚染の、心配は……ありません」

「……無用だ、こちらの心配は……しなくていい。パンドラは自分が生き残る術に全力を尽くせ」

 TYPHON社の目的は潰えた。

 だが――今はまだ、自分達は生きている。

 挫かれ絶望によったナヴァルの思考は、その現実を拠り所に立て直しを図ろうとし、彼の本質に在るパンドラを生き残る為の“希望”としようとするが――。

「――当機は、本機との……接続の解除に失敗、した事から……侵食汚染を、中和出来ない、状態にあります。――現状の当機でも……実施可能な、ナヴァル、トーラの、願いを……提示して、ください」

「――っ」

 パンドラは、ナヴァルが既に察していた現実が正しい断言し、彼の手に何も残らないと通告する。

 少しでも可能性があるならば、パンドラは動いてくれる事を――ナヴァルはこれまでの付き合いから理解していた。

 そして、そんなパンドラが否定を断言すると言う意味も。

「本当に、なんともならないのか……?」

「当機が、TYPHON社の所属である内は――不可能です」

「……っ」

 それでも僅かな可能性を求めた言葉は――しかし、明確な言葉によって否定され、ナヴァルは逃れられない現実に目を瞑る。

「まだ、10%程……処理機構が生きております。――ナヴァル、トーラ……まだ、当機に出来る事が、ある内に――判断を……」

 そんなどうしようも無い現実の中、パンドラの言葉と同時に生き残っていた機内のモニターに幾つかの文字列が表示される。

『1番コア・ジェネレーター、シャフト破断により機能不全。ゾイドコア反応なし、2番3番コア・ジェネレーター起動不能、電源喪失状態』

『コンデンサー残存電荷95%、衛星ネットワーク状況良好、衛星掃射砲に異常を認められず、反応材の励起状態良好』

『目標地点に対する衛星反射砲の運用照射可能限界まで、残り9分』

『衛星反射砲、効力照射可能時間――3秒』

 その表示は、パンドラが最後に受け取った未処理の命令に関する状況を示すモノであり――。

 パンドラは自分が終わる今際の時でさえ――与えられた命令を保持し、その可否を待っていた。

「――――」

 僅か、3秒。

 だが、その3秒は死んで逝った者達が願っていた光であり――。

 自分達が成した事は無駄ではなかったという証を刻むソレは、『決起』を早々に諦めていたナヴァルであっても『撃ちたい』という衝動を覆し難いものだった。

 しかし――。

『人間の主な生命活動である経済が危機に陥った状況以外――主義主張で戦乱を引き起こす事は、最も愚かな者の所業であると判断します』

 パンドラならそう答えるだろうとナヴァルが思い至った理論は、“パンドラの世界”の中にも記載された真理であり――。

「…………撃つな。――もういい、終わったんだ」

 前者の理由を盾に、無理を押してTYPHON社に協力してくれていたパンドラに対し、後者の所業――目的もない殺戮をさせる事は、ナヴァルには出来なかった。

「逝くな……死ぬな、パンドラ」

 ナヴァルとパンドラの関係は、突き詰めてしまえば彼女が常々言っていた通り『利害が合致しただけ』であり、それが事実であると判っていたナヴァルも彼女に感じる親しみをただの錯覚だと押し込んでいた。

 だが、自分が生きている間には訪れないとナヴァルが思っていたパンドラとの別れが、とても近くにある物だと知り――それが現実となった今、ナヴァルに残った衝動は彼女を失いたくないという感情だけだった。

「――その、命令は……」

「命令なんかじゃない。多分、これは俺の――」

 その今更になって直視した身勝手な本心と共に、ナヴァルは目の前の崩れ始めているパンドラを抱きしめる。

 それだけで硬化したパンドラの身体に罅が入り、ナヴァルの掌は血の通っていない機械に触れた様な冷たい感触を返してくる。

 生命と言う枠から外れなければならなかったパンドラにとって、その冷たさは当然の感触だが――例え熱を持たぬ身体でも、彼女がナヴァルに与えた時間は暖かかった。

「TYPHON社の事は諦められる。だが、お前の事はどうやっても諦められない」

 ナヴァルにあるというZA能力が無くなれば――もしくは、もっと優秀なZA能力者が現れれば、パンドラは容易く彼を捨てるかもしれない。

 それでも――。

 ナヴァルにとって、パンドラの近くに居た時間――彼の傍に在り続けたパンドラは、とても美しく、眩しかった。

「お前の事を、俺はずっと見ていたい……だから生きろ、どんな事をしても……!」

 その願い――パンドラが不可能と言った事を覆せと言うナヴァルの言葉は、土竜(モグラ)に空を飛べと言っているかのような、道理の通らない希望だった。

「――了解、しました。……貴方々の夢を、使用し……交渉を試みます」

 しかし、その無慈悲な現実、不可能と思える希望に対し――パンドラは応えるという意思を返す。

「…………夢を、使う?」

 不可能を超えようとしないパンドラは、彼女が出来る事にしか応えない。

 故に、それに応えるというパンドラの言葉は彼にとっては余りにも法外な幸運である筈なのだが――。

 その内容、ナヴァルの知りえない言葉を柱としたパンドラの返答に、彼は一抹の不安を思う。

「―――――」

 しかし、パンドラはただ静かに瞳を閉じ、ナヴァルの希望を実行する為の努力を始め――。

「……パンドラ?」

 どの位の時間が過ぎただろうか――不意に、ナヴァルの頭部を抱き竦めていたパンドラの腕の力が緩む。

「ナヴァル、トーラ……また、会えます。……どうか、貴方もそのままで――」

 そうして、ナヴァルの事を覚えるように視線を下げたパンドラは、彼女が一度も見せた事の無い、人間の様な微笑みを彼に投げ掛け――。

「―――――パンドラ?」

 今まで片鱗すら見た事の無かったそんな表情を最後に、パンドラは電源を失った機械のように停止する。

 そして、ナヴァルが僅かにたじろいだ衝撃を切っ掛けに――彼が支えていたモノの崩壊が始まる。

「ま、て……」

 その崩壊を止めようとナヴァルが手を伸ばしても、その動きはパンドラだったものが銀砂へと変わる事を加速させる事しか出来ず――。

 考える事も、驚く事も出来ぬ間に――そこに姿が在った事が幻だったかの様にパンドラの存在は消え失せ、コックピットの中にはナヴァルと積もる銀砂しか居なくなる。

「パンドラ……?」

 存在の冷たさも感じなくなったナヴァルの腕が、呆然としたまま銀砂の中を探し――その指先が、細い何かに触れる。

「これは…………」

 アーシャ貝を加工した、オープンホール型のネックレス。

 パンドラだったモノである銀砂に半ば埋まっていたソレは、彼女が渋々受け取ってから――しかし一度も手放そうとせず、最期まで彼女が身に付けていたナヴァルと彼女との間にある繋がりの証だった。

「――――っぁあぁぁ……!」




 この日――後に『第1次TYPHON鎮圧戦』と呼ばれる紛争は終結した。




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