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『希望』



 北エウロペ大陸西部、オルリア市に本拠を構える軍需複合企業TYPHON社。

 同社は第二次大陸間戦争以前から存在する技術集団であり、昨今の急速な躍進によって西方大陸以外の国家や企業からも注目されつつある企業であった。

 しかし、その正体は大企業グループを隠れ蓑として西方大陸都市国家連合(ウェシナ)への抵抗を続ける北エウロペ最大の反政府組織であり――。

 24年の長きに渡ってニザムの独立という志を灯し続けた彼等は、遂にニザム独立の切り札足り得る“古代ゾイド人の遺産”――戦略兵器にも転用可能な“古代種”を復活させた。

 螺旋貝(オゥルガシェル)型の超巨大ゾイド、“古代種”グリフティフォン。

 自らが持つ巨大な光学兵器と惑星Ziの宇宙(ソラ)を覆う衛星を使用し、惑星に飛来する隕石を焼く防衛機構――。

 それを地表に向ける事で戦略兵器へと転用させたTYPHON社は、その威圧と保有する戦力を背景として西方大陸ニザム地域独立の『決起』を発動。

 保有する通常戦力――“古代種”の技術を利用し、量産に成功した新機軸の第5世代機――による電撃戦によってTYPHON社はウェシナ・ニザム領西部を制圧し、『決起』の初動を成功させた。

 ――だが、ブロント平地の制圧を完璧な形で終えた彼等の歓喜は長くは続かなかった。

 TYPHON社の行動は細部に至るまで厳重な秘匿下で行われていたのだが――どんなに気を払っても情報は洩れるという事なのか、彼等の思惑とは裏腹にウェシナは奇襲を受けたとは思えぬ早さで状況を纏め、対応を開始。

 『決起』が発動してから僅か2時間後には査察という名目でニクシー基地より派遣された大部隊がTYPHON社の勢力圏の東部外縁にまで接近する事態に至っていた。

 この迅速な対応から『決起』が事前に察知されていた事は明白となったが、既に動き始めていたTYPHON社は『決起』の継続を決定。

 査察の受け入れを拒否すると共に、ブロント平地全域を制圧した実働部隊の再編成を急いでいたのだが――。

 ブロント平地の東端、ヴァナ湾西南部では戦闘が開始されてしまっていた。





 ニザム高地からブロント平地へと至るなだらかな森林地帯の中を、剣の様に細いシルエットで構築された異形のゾイド達が稲妻の様な速度で突き進んでいた。

 真昼の陽光の下、その光を否定するかのような黒い塗装を施されたチーター型ゾイド――TYPHON社製試作量産型第5世代機、TZ−[N]P001ラファル。

 走るのにそぐわない細い四肢に埋め込まれた4基の大出力マグネッサーシステムにより、地表を滑空する彼等の姿は従来の高速ゾイドのソレとは似ても似つかない挙動だった。

 しかし、素体本来の姿を捨て、機能に徹した事で得たその力はエナジーライガーを超える機動力とセイスモサウルスに比肩する火力の両立という結果を与えており――。

 惑星Zi屈指の攻撃性能を有するゾイドが3機、1つの小隊として組織的に動き、獲物を求めて北東へと進んでいた。

「残り20km……!」

 そんな彼等の先頭、指揮を預かるガエ・ユーロ八等官はその距離を思考に刻み込むように仲間へ状況を伝達する。

 TYPHON社実働部隊による東部迎撃行動の最中――ガエ率いるラファルの一隊は侵攻するウェシナ軍前線指揮所の目前にまで迫っていた。

 実働部隊の現在の任務は、本社施設及びグリフティフォンの防衛である。

 しかし、その最精鋭戦力が機動力と火力に優れるラファルである事から、彼等はその優位性を生かす急襲と離脱の連続により、ブロント平野に進軍しようとするウェシナ軍をかき乱す事で押し留めていた。

 そして今、主戦場から離れニザム高地側へと迂回する事で、ガエ隊はヴァナ湾南部を行軍中のウェシナ軍の側面を突こうと図り――。

 グリフティフォンからの情報を頼りに突き進むガエ隊の先――そこにはゴルドスやグスタフ等で構築されたウェシナ軍の前線指揮所が有る筈だった。

 ――努めて冷静に……過信するな。だが、相棒は信じろ……。

 その好機に際し、ガエは教官であり彼の乗機の前任者でもあるナヴァル三等官の教えを思い返す。

 TYPHON社の実働部隊と比較し、数で勝る上に総合的な質でも優位性のあるウェシナ軍の指揮所に何の妨害も無く辿り着ける事等――冷静に考えれば不可解極まりない話である。

 ――ラファルの機動性を把握で来ていない……そう思うのは、たぶん危険だ。

 今までガエ達が重ねた訓練に置いて、自分の力を過信して叩き潰された経験は山の様にあり――その苦い記憶が今の状況に裏があると彼に伝えていた。

 この状況はウェシナ軍に仕組まれた事。

 つまりはウェシナ軍が故意に作った隙であり、この道の先には幾重にも重ねられた罠が待ち構えているとガエは想定する。

「……だが、それでもやる事は変わらない――そうですよね、教官」

 しかし、例え今の状況が誘い込まれたものだとしてもソレを突破出来ればウェシナ軍の思惑を崩し、抑え込まれてしまっている状況を打破する事が出来るのもまた事実であり――。

 それが罠と判った上で、ガエ達は交戦予測区域に突入する。

『1時方向、敵待ち伏せ――ウェストウルフっ!』

 そうして亜高速で仕組まれた道を突き進んだラファル小隊の前に、待ち構えていた敵機達が現れる。

 ウェシナの狼型量産ゾイド、SAZ−00C・HAウェストウルフ・ヘビーアーマー。

 纏っていた隠蔽布を振り払い、何層にも重ねられた白い装甲を露にしたその機体達はウェシナの現行主力機であるゼニス・ラプターよりも後にロールアウトしたゾイドである。

 だが、最精鋭量産機として設計・開発されたゼニス・ラプターとは対照的に、低コスト化と長大な稼働時間の確保を念頭に開発されたウェストウルフの性能は低い。

 しかし――。

「――っ、やはり張って来るか……!」

 仲間の警告にラファル全機が攻撃態勢に移行しようとした瞬間、まだ有効射程距離外に居る白い狼型ゾイド達は機体各所のランチャーから弾体を射出。

 放たれた低速弾体群は敵部隊の四方に散り、その範囲全てを覆い尽くすように爆発したソレ等は、戦域に半透明な煙幕をまき散らす。

 その物体の正体は対レーザー・ビーム攪乱幕。

 惑星Ziに吹く磁気風を利用する形で浮遊する対エネルギー兵装用の妨害材であり、アナクロではあるがそれらの特殊兵装を運用出来る汎用性により、ウェストウルフはウェシナの機甲戦力の一翼を担っていた。

『ちっ……くそ、こっちにも隠れてやがった! 10時方向にもウェストウルフの中隊!』

『3時方向に迎撃機らしき機影、遠い――コマンドウルフと推定、総数不明』

 隠蔽布を纏って隠れていた最初の中隊を皮切りに次々と現れる敵機は、本来であればラファルの障害にもならない旧世代機ばかりである。

 だが、攪乱幕が漂う今の戦場においては、強力な実弾兵装と軽快な機動力を両立するソレ等は非常に面倒な難敵として立ち塞がっていた。

「……どうする?」

 敵の攪乱幕の浮遊時間は約10分。

 しかし、その僅か10分の間、武装を荷電粒子砲に統一しているラファルは攻撃手段を失ったに等しい状態に追い込まれており――本来であれば紙屑程度の障害でしかない敵機を突破できない事態に晒されていた。

「――――どうする?」

 接近するのは危険極まり無いが、しかしソレを抜けられれば多大な戦果を得られると言う悩ましい状況に、ガエは僅かな後退と回避行動を重ねながら自問する。

 相対する敵ゾイド達は攪乱幕が無くなれば何も出来なくなる弱小機である事から、ラファルの機動力で強引に効果範囲から脱する事で前線指揮所を狙いたい衝動は強い。

 だが、進路を塞ぐウェストウルフの主兵装――その背に載る二門の40ミリガトリング砲は近づけば近づく程危険性が増していく射撃兵装であり、全ての最短路に三倍近い数を配された現状での強行は危険極まりない賭けであった。

 そんな博打に対し、攪乱膜が全て地表に落ちるのを退がりながら待ち、その効果が失われたと同時に遠距離からの荷電粒子砲によって眼前の敵を蒸発させるのは一見すると安全な策に思えるが――。

 その時間稼ぎをしている隙に、先程の報告にあった敵コマンドウルフ部隊――恐らくニザム高地側から背後に回り込もうとしている――からの中距離実弾射撃による一方的な追撃で損害を被る可能性がある。

『8時方向、ゼニス・ラプターらしき熱源を――っ!?』

 そんな進むも留まるも悩ましい状況に、ガエ隊が回避行動を続けながら隙を窺う中――部下からの追加報告と共に小隊の近辺に榴弾の爆炎が吹き上がる。

 地表を滑空する様な機動を続けるガエ隊を焦らせる様に降り注いだ榴弾の雨は、この奥で待ち構えている筈のゴルドス等から放たれた遠距離砲撃であり、鈍足な機甲部隊にも狙って当てられない様なソレに当たるラファルではないが――。

 その砲火はガエ隊の行動を制限する為の物であり、被弾すればただでは済まない榴弾とけん制として撃ち込まれるガトリング砲弾の雨によって損害を蓄積させるのがその役目なのだろう。

「……これ以上は無理だな。一時後退する」

 この包囲網の最中、先程接近を察知したゼニス・ラプターが退路を塞いでしまえば反撃できない状態のまま十字砲火に晒される事を理解したガエは、仕切り直しを決断する。

『っ……ここまで来て退くぐらいなら、突入を……!』

「だめだ。連中に代わりは幾らでも居るが、こっちは俺達が失われれば戦線が崩壊する」

 数に勝るウェシナ軍は前線指揮所の一つが壊滅した程度の損害なら簡単に立て直してくるが、少数の機動戦力で戦線を支えているTYPHON社の実働部隊――。

 その最大戦力であるラファルの損失はそのまま他方面で敵を抱えている他のラファルの負担に直結し、そのネズミ算的に増える負荷の増加は連鎖的な戦線崩壊を招きかねない。

「ニザム高地を通る迂回ルートでブロント平地中央の補給所まで退がる。……大丈夫だ、連中がこの方針を続けるなら、まだ機会はある」

 レーザー・ビーム攪乱幕の範囲外であれば、ラファルを止められるゾイド等まず居ない。

 その事実通り、ガエ率いる小隊は然したる妨害も受けずに戦域を離脱し――ヴァナ湾西南部の森林地帯に一時の静寂が訪れる。

 今回の一幕に置いて退いたのは実働部隊であったが、侵攻するウェシナ軍はその行動とは裏腹に遅延戦闘まがいの消極的な戦術を取っており、ラファルに対応できる体制が整っていなければ迷いなく退がる事で戦力の損失を抑えていた。

 だが、度重なる戦闘の結果、稼動機の減少によって戦線の立て直しが効かなくなり――いずれ攻勢が頓挫するのは明白であった。

 しかし、継戦能力に問題を抱えるラファルもまた、迎撃行動を重ねれば重ねる程に空中分解の危険性が高くなるのも事実であり――。

 ウェシナ軍の前線指揮所や補給部隊を叩く事で早急に戦闘を終結させたい実働部隊と、重厚ながらも柔軟に動く戦線で対抗するウェシナ軍本隊は、どちらが先に破綻するかの根競べを続けていた。




 そうして――ヴァナ湾西南部での戦端が開かれてから、既に30分が経過していた。

 ウェシナ側の即応によって奇襲の優位性は失われたものの、TYPHON社は『決起』に際する本社防衛プランに則り、実働部隊はニザム基地から襲来する敵部隊を勢力圏外で抑える事に成功していた。

 その拮抗状態は予備戦力を持たないTYPHON社にとって武装組織としての寿命を縮める悪手であったが、二倍以上の戦力差がある状況であれば十分過ぎる結果であり――。

 彼等は稼いだ時間の先にある希望――タイムリミットまで堪える事によってグリフティフォンの衛星反射砲の照射が可能となり、その光によって状況を一転させ『決起』を軌道に戻す未来を目指し、奮戦していた。

『北部より進攻中の敵性部隊、北部第4防衛ラインと接触』

 しかし、ウェシナ軍がニザムで動かせるもう一つの戦力――艦隊戦力の動きによってTYPHON社の海洋戦力と北部防衛線は崩壊の危機に陥っていた。

 要約すれば、少数の艦載ゾイド部隊による急襲。

 だが、TYPHON社の想定を大きく上回る機動戦の結果、遅延戦術と予備戦力のラファル隊による対応を想定していた北部の防衛戦力はその驚異的な進行速度によって壊滅的な被害を被っていた。

 そして北部防衛線の要諦であるラファル隊――遅れながらも揚陸地点を急襲した彼等すら撃退した敵艦載ゾイド部隊はTYPHON社本社施設への進攻を開始。

 結果、TYPHON社は東と北からの挟撃に晒されつつあった。

『北部第4防衛ライン損耗率40%を突破。陣形崩壊により戦線の維持が困難――突破されます』

 その経過を淡々と告げるパンドラからの通信――冷静さを強調する感情を排した声(マシンボイス)で伝えられる戦況は、刻一刻とTYPHON社の崩壊の足音を知らせていた。

 ――……早過ぎる。

 そして、その報告を高速ゾイド特有の狭いコックピットで聴く、彫の深い顔立ちが特徴的な青年――。

 TYPHON社実働部隊のエースであり、グリフティフォンの占有者でもあるゾイド乗り――ナヴァル・トーラ三等官は、その戦況を不審に思う。

 戦線が膠着した東部はともかく、喫緊の危機となりつつある北部に対してTYPHON社も手を拱いていた訳ではない。

 防衛ラインの再構築や他方面の戦力を引き抜いての増援――付け焼き刃ではあるが、突貫で調整を完了させたラファルすらぶつけ、その進行速度を押し留めようと死力を尽くしていた。

 だが――悪手である逐次投入という形とは言え、ラファルを追加で6機も投入したというのに北部から進行している敵艦載ゾイド部隊の進攻速度は殆ど衰えなかった。

 ――集中投入すればする程、ウェシナの主力であるゼニス・ラプターの戦闘力は飛躍的に増大する……だが、艦載出来る程度の数でこんな事が可能なのか?

 ラファルとゼニス・ラプターの推定キルレシオは1対9。

 ラファルの方が単体での性能で勝っている事から、撃退されたとしても敵に損害を与えていなくては計算が合わないのだが――進攻速度が衰えない事から、交戦したラファルは敵に損害らしい損害を与えられていないと考えられる。

 ――その上、パンドラは北部のジデビア諸島の海上警戒網が突破される時から該当機体が出撃していたと観測している……そんなのっけから推進剤を使っているなら、連中はもうガス欠になっていなくては辻褄が合わない。

 衛星の光学情報しか確かな情報が無い事から、パンドラの情報収集力をもってしても敵艦載ゾイドがゼニス・ラプターらしいという事しか判らない状況――。

「――っ、まだ起動できないのか!?」

 その未知への恐怖と状況を読めないもどかしさが言葉となって発せられ、その声はウラガンのコックピットの外――機体の調整を続ける整備員を無為に急かさせる。

 TZ−[N]P003ウラガン

 ナヴァルの今の乗機であるこの機体は、TYPHON社の主力量産機として設計された第5世代機であり、ラファルの完全版として開発が進められていたゾイドである。

 前級であるラファルと同じく、高い機動性と大火力を両立した従来の常識を遥かに超える攻撃性能を持った機体ではあるが、その姿は前級よりも洗練されており――。

 機能性を重視せざるをおえなかったラファルと比較し、技術革新によって素体であるチーター型の特徴を生かせる外装を施せた事により、その姿は兵器でありながら芸術品のような優美さすら備えていた。

「あと4分で慣性中和機構のチェックが完了します!」

 だが、ウラガンをラファルとは異なる正規量産型と足らしめる慣性中和機構――。

 10Gを超える負荷の変動が連続的に発生する高速ゾイドの操縦負担を限り無く0とするパイロット保護機構は、先の演習の通り未だに不完全なままであり――ウラガンはその全性能を発揮できない状態にあった。

「……急いでくれ」

 しかし、この戦況に際し、第5世代機の絶対数が足りない事からTYPHON社はウラガンの実戦投入を決定。

 ナヴァルはその指示に従い、完熟訓練中だったこのゾイドに搭乗者したのだが――突貫作業で実装に漕ぎ着けた慣性中和機構の起動に手間取り、未だに地上にも出られない状況にあった。

 戦況を俯瞰的に表すパンドラからの情報が齎されているナヴァルからすると、今のTYPHON社が存続するか壊滅するかの分水嶺に立っている事が痛い程に良く判る。

 ――たとえ、この山場を抜けたとしても……『決起』完遂までの道は難しい状況の連続だが――。

 何も出来ないまま、ここでウェシナ軍に踏み潰されでもすれば洒落にもならない。

 ――……頼む、成功してくれ。

『レムナント、地上に出ました。――北部の迎撃に向かいます』

 次期主力量産機の選定で凌ぎを削った同僚であり、知人でもあるインリオールの出撃通知にナヴァルがハッと顔を上げた瞬間――。

「慣性中和機構のチェック……完了しました!」

 整備員からの待ちわびた言葉が届く。

「っ――起動する、モニタリングを!」

「了解っ! ……どうぞ!」

 整備員からの返答と同時にナヴァルはウラガンのコア・ジェネレーターを本格起動させ、出力が安定域に到達したのと同時に主機と直結している慣性中和機構に火を入れる。

「――起動を確認、制御プログラム順調に稼働中」

 慣性中和機構――ソレはグリフティフォンの内包プラントから生産されたブラックボックスだらけの機材と大深度地下でのみ採掘出来る希少鉱石、プラネタルサイトを利用する事で実現した最新マグネッサー技術の塊である。

 動作原理も判らぬ機材を根幹に置いている事から、設計段階から信頼性を疑問視する声も少なくない装備であった。

 しかし、高性能化を続けるゾイドに対し、その操縦負荷はパイロットが許容出来る限界を既に超えており、同機構はその問題を解決する切り札となる筈だったが――。

「マグネッサーシステムによる防護フィールドの構築を確認、出力安定の確立――疑似信号による全力機動テストを……っ!?」

 起動手順をこなすナヴァルとモニターしている整備員が順調にチェックコードをクリアしている中、次のテスト内容をナヴァルが口にしようとした瞬間、けたたましい警告音がウラガンのコックピットと機外モニターに響き渡る。

「防護フィールドの維持に異常発生!? 慣性中和装置のブレーカーが――!」

 データ上で仮想的な負荷を増大させた瞬間に起こったソレは、慣性中和機構の根幹が突発的な出力変動に対応出来ない事の証であり――。

 設計段階から指摘されていたソレは、同機構がまだ戦闘に耐えられる代物でない事を明確に表していた。

「……再起動を。全力機動前は安定していたんだ、その状態で運用する」

「無茶言わんでください! 戦闘機動中に慣性中和機構の不具合が発生すれば、良くても三等官の身体が圧潰、最悪の事態ともなれば――」

「――――」

 その先は、今のナヴァルであれば言われなくても判っている。

 機体が内側から潰れた事によるコア・ジェネレーターの破損で済めばいいが、ゾイドコアが異常な状態で停止する事によってエネルギーの逆流が発生すれば、何時ぞやのサブゾイドコアと同じ状況が起こる恐れがある。

 ラファルの試験の時に起こってしまった暴走事故の際、補助程度の出力しかないサブゾイドコアですら試験場に大穴を開ける程の惨事となった。

 それがウラガンのゾイドコア――限定的とはいえエナジーライガーを超える電力を運用するソレ――が過負荷崩壊に陥れば、どんな被害が出るか判ったものではない。

「判った。……なら、このまま出す」

「……っ、正気ですかっ!? 今のウラガンではラファル以下の――いえ、そんな負担が掛かる状態では三等官が連続的な戦闘に耐えられませんよ!」

「粒子砲を撃てるだけでもマシだ! 検査器との接続をカットして――?」

 慣性中和機構は、この戦闘には間に合わない。

 そして、ソレがあるままでは戦場にも出られないと言う状況と、本社の喉元にまで脅威が迫っているという焦燥が、ナヴァルに冷静さを欠いた命令を出させようとするが――。

 焦りにあてられていたナヴァルの視界の端に映った予想外の存在によって、その思考を乱していた熱が一気に冷やされる。

「――――パンドラ?」

「え……?」

 その呆けた様なナヴァルの声につられるように整備員達もそちらへ振り向き――。

 油と金属片に塗れた地下工廠とは不釣り合いなその存在を見た事によって、この場に居る全員が――主に困惑によって沈黙する。

 金属の様に光を弾く緑色の長い髪と、全てを透かす硝子の様な赤い瞳。

 そして最良な状態で時間を止めたかの様に完成された肢体を青い重厚なドレス姿で包んだ長身は、その周囲が工作機械の散乱する工廠内である事を忘れさせる程の存在感を有していた。

 しかし、誰の目にも留まるであろう彼女はそもそも人間ではなく、グリフティフォンと対になる“古代ゾイド人の遺物”――同艦の維持や制御を統括する管理ユニットというのが正しい表し方となる。

 その在り方故、グリフティフォンから1歩も外に出た事の無かった管理ユニットが同艦の外に居ると言う事実に周囲が動揺し、硬直する中――。

 パンドラは、ウラガンのタラップの傍に辿り着く。

「(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラが応対します。――現在、本機は極めて危険な状態に陥りつつあると当機は予測しています」

 だが、足を止めたパンドラから発せられた言葉は、ここに居る誰もが感じている判り切った事だった

 今まで殆ど姿を見せなかった管理ユニットがわざわざ火急の工廠に赴き、作業を滞らせてまで誰もが判っている事を言いに来る。

 その行動――身勝手な願いと判っていても、この苦しい状況の中に現れた予想外の存在に向けてしまった期待。

 ソレを挫くようなその言動に、周囲の空気が淀み始める。

「当機は本機の維持と制御を成す為に存在しておりますが、このまま状況が推移した場合、当機の目的は果たせないと推察します」

 だが、パンドラはそんな周囲の空気を他所に、普段と何一つ変わらない説明と経緯に重きを置いた言葉を続ける。

「よって、当機は本機の安全を確保する為、ナヴァル・トーラへ当機の能力を提供します。これを用い、敵部隊を排除してください」

 そうして続けられる言葉は、初めてパンドラを見て、その言動を知った整備員では端的過ぎて理解出来ない提案だった。

「――――」

 しかし、パンドラの底知れぬ能力を知るナヴァルは、その提案に一筋の光明を見出す。

「…………何が出来る?」

「ウラガンのコックピットに取り付き、慣性中和機構の管制を行います。――当機の演算機能を運用すれば、同機構はその真価を発揮出来る筈です」

「そんな事が――って、ちょっとまて、何処にそんなスペースがある」

 慣性中和機構が動けば、ウラガンが今抱えている問題は全て解決する。

 だが、戦闘ゾイドのコクピットは狭く、高速戦闘型となればソレは凄まじいの一言に尽きる。

「問題ありません。パイロット保護も考慮し、ナヴァル・トーラにも取り付く仕様の同化融合を実行します」

 しかし、パンドラはそんな問題を意にも解していないようで、迷い無い所作でタラップを軋ませながらナヴァルと同じ目線に立つ。

「取り付くって……というかお前、タラップが軋む程って何キロあるんだ?」

 そこまで来て、ナヴァルは漸く音の正体――パンドラが動く度に金属製のタラップが悲鳴をあげている事実に気が付き、ツッコミを入れる。

 ここまで気付かなかったのは、パンドラの言葉を理解するのに集中していた所為だが――。

 一度気が付いてしまえば不安が不安を呼び、女性に体重を聞くと言う地雷も含め、ナヴァルは自分が危機的状況に陥っているのではなかろうかと考え至る。

「当機の重量は298kg、誤差+−2となります」

 だが、当のパンドラはまるで天気を聞かれたかのような気軽さで――しかし、聞き間違いと思いたい数字を返してきた。

 ――……は?

 気分を害する事はなかったようで問題は一つ解決したが、新たに発生した問題――。

「ちょ、おま……」

 そんなモノに上から組み付かれる恐怖と驚きにナヴァルが抗議の声を上げようとした時、もうパンドラは跳躍していた。

 300kg近い重量物の落下荷重――死んだなとナヴァルが妙に達観した終わりを夢想した瞬間、彼の視界は淡くも優しい光に包まれる。

『瞬間的な分解と同化を同時並列で行いますので、ナヴァル・トーラに障害を与える事はありません。――当機の構造分解の完了を確認、接続を開始します』

 その光の残滓の中、コックピットシートに座るナヴァルの上に舞い落ちたパンドラは微かな残像を最後にその姿を淡い粒子へと分解し、彼女の静かな声が、まるで耳を通していないかのように頭の中に入って来る。

 ――っ、なんだ?

 そして、頭に響く感覚以外の情報――ナヴァル自身とコックピットシートの上に降り積もる、パンドラだったモノを見つめていたナヴァルの視界に様々な情報が混じり始める。

 ナヴァルの視界である目線の高さにまで持ち上げた自分の右手を見ている視界と、ウラガンが見ているモノである地下工廠を映す光学映像と各種センサー群の情報を、同時に見ている様な感覚。

 その本来見えないモノを見ている感覚に、ナヴァルは戦慄にも似た疑問を覚え――その問題、起こっている現象を理解するべく思考を回し始める。

 ――さっきの声といい……どうなってる?

『情報処理の統合を終了。機体構造の把握、及び慣性中和機構のソフトウェア更新を開始』

「パンドラ? ……どうなって――っ!?」

 そんな不確定な情報だらけの思考の中、先程と同じパンドラの声がナヴァルの頭の中に届き、彼がそんな疑問を投げ掛けると――。

 ――これは……グリフティフォンが管制しているウェシナ・ニザムエリアの情報に――ウラガンの機体管制情報……現在の戦術予測に、俺自身とパンドラの状況…………か?

 そのどれか一つを知るだけでも多くの時間を必要とする情報の洪水が、質問の応えであるかの様にナヴァルの意識の中に発生する。

 人には過ぎた、情報の海。

 しかし、その膨大な――人間の処理能力を遥かに超えていそうな情報の嵐に晒されて尚、ナヴァルはこれと言った不調を感じなかった。

『ナヴァル・トーラ、現在当機は各種設定を更新中となります。脳の神経細胞への保護機能は問題なく動作しておりますが、設定が完了するまで外に目を向けるのはお止めください』

 その不気味さ――人間の域を越えてしまったような戸惑いをナヴァルが感じていると、三度目となるパンドラの声が彼の脳内に響き、意識の中に浮かび上がる情報と合わせ、彼は今自身が置かれている状況を漸く理解する。

 ――これが、“パンドラの世界”……彼女が見ているモノ、か。

 無数の情報の洪水の中を泳ぐ

 ナヴァルがそれに溺れないのは、パンドラのサポートがあってこその様だが――確かにこれは、人間を辞めねば至れない領域だ。

 ――……最初っからこうして協力してくれれば、色々早かったんだがな。

 その圧倒的過ぎる世界を垣間見たナヴァルは、思わず素直な本音を漏らしてしまう。

 パンドラのこの力をそのまま量産する事は出来ないだろうが、彼女が制御している状態を模倣すれば、まともに動く慣性中和機構の実装にも目途が立っていただろう。

『本機能はナヴァル・トーラが有する能力を遥かに上回る数値を要求する物であり、コレをナヴァル・トーラが運用する為には、本機及び当機に多大な負荷が発生します』

 そんな身勝手な本音を読み取ったパンドラは、しかし咎める素振りも見せずにいつもの定型的な返答で応える。

 ――…………すまない。また負担を――と言うか、お前……こんな状態になっても元に戻れるのか?

 その普段と同じやり取りからナヴァルは自分の考えが軽率だったと思い至り、謝りながら自分を戒めるが――しかし、同時にそんな危険性を考えてしまい、その真偽を問い掛ける。

『主な問題は本機に特例を承諾させる事にあり、負荷自体は翌日分のリソースで相殺出来るレベルです。ナヴァル・トーラに落ち度は――無い訳ではありませんが、問題とはなりません』

 ――――むぅ……。

 こんな危機的状況の中でもチクリと刺してくるパンドラの一刺し。

 そんな日常に、ナヴァルは不覚にも安堵を覚えてしまったが――その認めたら普通である事を諦める事になりそうな感情を打ち消す様に、彼は自分の目で周囲を見渡す。

『制御プログラムの構築を完了致しました。戦闘の影響による補正修正と最適化は引き続き当機が担当します』

「了解だ」

「三等官? どうかしましたか?」

 そうして巡らせた視線の先に――怪訝そうな顔でナヴァルを窺っている整備員の姿があった。

 ――ん? なんだ、この反応。

『同化融合状態に集中し、外部の情報に対して無反応となっていた事が問題であると推察』

 ――成程な……。

 近くにいた人間がいきなり彫像の様に固まれば――まともな人間なら、誰でも心配する。

「いや、問題ない。――全力で行けるそうだから、出すぞ?」

 戦闘中以外でこの状態になるのは注意した方がいいと思考の端に刻みつつ、ナヴァルはウラガンの起動準備を再開する。

「――っ! 待ってください、そんな確証は……」

「……なら、再テストを実行してくれ」

 パンドラを全般的に信頼しているナヴァルとしては、彼女が出来ると言うのであればそんな心配は無駄だと思う。

 だが、それを知らない人間を納得させる事は出来ないだろうとも思い至り、すぐにその妥協案を提案する。

 ――パンドラ、その間に今の状況説明とブリーフィング……良いか?

『了解しました』

 コア・ジェネレーターと慣性中和機構の出力をテストモードに設定し、整備員達がモニタリングを始めるのを視界に収めながら、ナヴァルは意識を内面に――パンドラとウラガンの居る世界に集中する。

『本状態の当機の機能は、主として接合状態にある存在同士の情報共有を主としており、補助として機体各種システム補強と慣性中和機構の維持・制御を行っております』

 たったそれだけの意識の変化により、ナヴァルの周囲には無数の情報が浮かび上がり――パンドラの言葉と共に、それ等の意味が彼の中に染み込んで来る。

 慣性中和機構の管制はパンドラが全機能を掌握、問題なく使用可能。

 FCS含む機体管制の全てはパンドラと従来システムとのハイブリット。

 ZA能力者に対する対OS(オーガノイドシステム)へのレジスト処理は、以前の子機の時と同じ様に実施可能。

 ウラガンの機体自体に変質は無し、細かな相違点は―――――。

 ――ウラガンの慣性中和機構は内向きのまま……パイロットと機体保護に限定されるのは変わらないと言う事か。

 それ等の情報に集中しない様、ナヴァルは努めて横目で見る様な感覚で提示される情報を眺めながら、確認しなくてはならない情報だけを意識に止める。

 ナヴァルが今行っている情報の見方は、今までのやり取りで理解したこの状態の正しい使い方の筈であり――彼はその具合を確かめながら、把握した状況の真偽をパンドラに確認する。

『機械は設計された事しか実施出来ません。拡張の余地が無い機能を実装する事は不可能です』

 ――その通りだな……。戦闘支援は? さっきの感じだと、かなりとんでもないバックアップを得られそうだが?

『情報に関しては本機からのバックアップが、機体の管制に関しては当機が演算補助を実行します』

 ウラガンは高機動ゾイドではあるが、半浮遊型である事から接地面の状態を把握する必要性が低い。

 その為、索敵性能に関しては必要最低限度の物しか有していないのだが――パンドラの接続に障害が出なければ、グリフティフォンの探査能力をそのまま転用可能となるらしい。

『また、分解・接続状態の当機は、ナヴァル・トーラとウラガンとを接続するマンマシンインターフェイスとしても機能します』

 ――……つまり、操縦方法が変化すると?

『当機がナヴァル・トーラの意思をウラガンのゾイドコアに伝達します。ナヴァル・トーラは通常の操作手順を思考して頂ければ、スキャン精度が向上すると予測』

 ――……本隊とぶつかる前に体感したいんだが?

『最大の脅威は北部の敵艦載機部隊と予測。ウォーミングアップとして東部から侵出中の中隊を目標とする事を提案します』

 パンドラの返答と同時に東部戦線の情報が意識の中心に浮かび上がり――敵本隊から離れて行動する中隊の詳細と予測侵攻ルートが脳裏に表示される。

 だが、それは――。

 ――いや、あのー……パンドラさん? 準備運動でフェルティング1機と随伴ゼニス・ラプター2機で組まれた小隊を3組――計9機の難敵で構築された中隊を撃退しろと?

 表示された目標の戦力は、小隊を組んだラファルでも撃退が難しい程の大戦力だった。

『北側の敵戦力はそれ以上の難敵と予測』

 ――まぁ、そうじゃなければここまで追い詰められないわな……。

「――――」

 そこまで打ち合わせた所で随分と話し込んでしまったと思い立ったナヴァルは意識を自身の外側に向け、外を強く意識する事で“パンドラの世界”から離れる。

「――もう終わったか?」

「三等官? カップ麺作るのと訳が違うんですよ!? 無茶言わんで下さいっ!」

「……なに?」

 慣性中和機構の各種想定負荷データを取り終える程度の時間はとうに過ぎていたとナヴァルは感じていたが――時計を見ると整備員の言葉通り、確認を提案してからまだ一分と経っていなかった。

 ――……他にも色々と付加されている機能があるという事か。

 まだ開示されていない、この状態のパンドラの機能――。

 しかし、その片鱗を理解したナヴァルの思考――それに含まれる僅かな疑問に対し、いくつもの答えと情報が“パンドラの世界”から送り込まれてくる。

「……それは無用だ」

 とても興味深いそれらの情報が気にはなったが、ナヴァルはソレを無視する事で意識を現実に留める。

「――三等官?」

「……すまない。何でもないよ」

 “パンドラの世界”からの情報に独り言を返しているナヴァルに怪訝そうな顔をする整備員に断りを入れつつ、ナヴァルは思い付いた次の可能性を試しに掛かる。

 ――まだ時間があるようだな? ……侵出して来ている特務中隊のヤり方、こんなのはどうだ?

 そう言ってから、ナヴァルは自分が思うイメージをパンドラが何処まで認識出来るのかを試すように、頭の中で組み上げた戦術を強く思う。

『――――確認完了。ナヴァル・トーラの提案の下、ミッションプランを作成します』

 出来れば画期的だな、と思った発想――次の瞬間には消えてしまうような不確かなイメージを、しかしパンドラは明確な情報として変換し、ナヴァルの脳裏に投影してくる。

 ――……出来るかも、とは思ったが――凄ぇな。

 言葉が無用になるとは思わないが、こういったイメージまで共有出来るという事実は戦場に置いて確かな優位性になる。

『同化融合による思考加速時間を一時的に低減――慣性中和機構のチェックが完了したようです』

「――三等官! 終了しましたっ!」

 パンドラがそんな報告を向けて来るのと同時に整備員からの声が耳に飛び込んでくる。

「……問題は無いようだな? 出るぞ!」

 そうしてナヴァルの号令の下、整備員が散って行く。

 最後にウラガンを固定していたロックが解除されると共に整備員達が使用していた両脇のキャットウォークが左右へと跳ね上がり――白い機獣が漸く開放される。

「3番エレベーターで地上に出る。――ミッションプランの受信も問題ないな?」

 この非常時に何を悠長な事をと思うかもしれないが、高い機動性と長大な加害範囲を持つ荷電粒子砲を武器とするラファルやウラガンが戦場に与える影響は非常に大きい。

 その為、同士討ちを避ける為にもそれぞれの戦闘範囲を理解しておく事は必須事項であり――。

「受信、問題ありません! 3番エレベーター……開放します」

 その確認を終えたナヴァルの操るウラガンは、地下工廠に到着した搬出入用大型エレベーターに滑り込んだ。




 TYPHON社の本社の真下に隠匿された地下工廠は、グリフティフォンの在った場所程では無いものの、地下深くに存在している。

 そして、地上と地下工廠とを繋ぐ搬出入用大型エレベーターは、重量物を昇降させる都合上、駆動速度が遅く――。 

『ナヴァル・トーラ。貴方は何故“希望”がパンドラの箱に入っていたのか……思考した事はありますか?』

 ナヴァルが上から下へと降りていくエレベーターシャフトの外を眺めていると、同化融合状態のパンドラから思いもしない言葉――彼女らしくない、抽象的な問いが投げ掛けられて来た。

 ――珍しいな……どうした、急に?

 パンドラから話題を振って来るのはこれが初めてと言う訳ではない。

 だが、戦闘開始寸前という緊迫した状況下で水を向けるのは、目的達成を第一とするパンドラらしくない行動であり――ソレを不思議に思ったナヴァルは、その内容ではなく質問自体に対して疑問を投げ返す。

『――――』

 しかし、パンドラの中で先程の質問の重要度は随分と高いらしく、彼女はその質問に至った経緯ではなく、先を促す様な沈黙で返してくる。

 ――そうだな……通説だが、悪所の中にも良いものはあるとか、どんな物でも使い道はあるとか……そんな意味じゃないのか?

 その関心の高さ――パンドラ側から届く熱に、ナヴァルはどう応えたものかと対応に迷ったが――彼は自分が知る知識と思い付いたままの言葉でそれに答える。

 お伽話の『パンドラの箱』は、絶望とか疫病とか面倒なモノが詰まった箱という話だった筈だが、そんな中にも使えるものはある――言い変えれば、どんな世界だって希望はあると言っているのだとナヴァルは覚えていた。

『肯定。それが通説となります。――ですが、当機は拡張部位のメモリーバンクにて、とても興味深い情報を発見しました』

 そして、パンドラはナヴァルのあやふやな記憶が正しかった事を伝えた後――。

『パンドラの箱に希望が入っていた訳――それは、希望も災厄の一つであるからだ、と』

 そんな、身も蓋もない絶望的な説を口にした。

 ――それはまた……皮肉った解釈だな。

 TYPHON社が用意したメモリーバンクの中にあったという事は、一般にも出回っている史料と思われるが――どうしようもない事を考える人間も居るもんだとナヴァルは思う。

『現状を推察する為の情報の一つでしたが――その文面と現在のTYPHON社の状況とを対比するに、その情報が正しいと当機は思考』

 ――いや、ちょっと待て。それは……。

 しかし、ナヴァルがその捻くれた説に否定的な感情を思う中、パンドラはその静かな熱の籠った言葉を紡ぎ始める。

『当機に命名された“パンドラ”という仮称は、TYPHON社に希望を齎す者という願いを込めたとアイヴァン・グランフォードから説明を受けましたが――それは正しい判断だったのでしょうか?』

 そうしてナヴァルの静止を押しのけるように続けられた言葉は、自分の存在の是非を問い掛けている様な――いつも唐突に差し向けられる、パンドラの本心に触れるものだった。

 その言葉や口調はいつものパンドラと変わりないのだが、彼女と長く接していたナヴァルには、理論を含まない問いを発する事自体がこの上ない異常であると判り――。

「――――」

 恐らく、それはパンドラの根幹――延いてはグリフティフォンの未来を左右しかねない言葉であるとナヴァルは考え至り、“パンドラの世界”から外れてまでも彼女にとっての“最前”を考えようとする。

『――今日に至るまでの損害、アルフェストに置ける調査部隊の壊滅、そして現在の戦況――それらを鑑みるに、当機はその仮説が正しいのではと思考しています』

 しかし、ナヴァルがその答えを導き出すよりも早く、パンドラは自分が導き出した結果を彼に伝え始めてしまう。

「お前、それは――」

 発掘した“古代種”――グリフティフォンに光明を見出したTYPHON社の希望は、その皮肉な内容の通り、希望の名を騙った災厄だったのでは?

 かなり遠まわしであるが、そう問い掛けてくるように感じるパンドラの問いに対し、ナヴァルが迷いながらも否定の答えを返そうとするが――。

「…………」

『――本機は“何か”を守る為に存在していたと予想されますが、その“何か”は既に失われていると当機は判断しております』

 どんな言葉を選べばパンドラにまで届くのかとナヴァルが考えている内に、パンドラは次の答えを続けてしまい――迷ったままの応えは、伝える機会を失ってしまった。

『よって、当機はその欠落している情報の復旧と並列し、新たな目的を仮設定しておりました』

「――――その内容は?」

 その失ってしまった機会――時間を巻き戻す事等出来る筈もなく、ナヴァルは自分の答えを諦め、パンドラの決めた彼女の未来を促す。

『貴方方と最期まで共に存在し、その最期を把握する事。――これが協力関係を築いた当機に相応しい目的であると考えました』

 そうして続けられた言葉は――自らを厄災と定義した自虐的な物とは異なり、今までの共同関係が良好であった事を示すような、信頼を言葉にしたとも取れる、心地よい宣言だった。

『今に至るまで明言した事はありませんでしたが――当機は当機が全損するまで、貴方方に対して選択可能な範囲での支援を行う用意があります』

「……こんな時でも、全部とは言わないんだな」

『肯定。当機を保有するに値する能力を有する者に対してでなければ、本機を含む全機能の提供及び移譲を行う事は出来ない。そう、本機と当機の基本概要に記載されております』

「相変わらず手厳しい事で」

 それはパンドラが常々言葉の端に乗せている定型文であるが、彼女が定めた仮設定――期待が込められていると思うと、何の根拠もないが何でも出来そうな力が湧いてくる。

『地上へのハッチ、開きます。――同化融合状態への再同期を実施します、ウラガンの操縦に意識を集中してください』

「了解だ」

 先程は自分から離してしまったが、今までのやり取りから慣れも生まれており――ナヴァルはすんなりと“パンドラの世界”に入り込む。

 ――『余分な事をするなら、それは十分人間だ』、か……。

 パンドラやその先に居るウラガンと意識が混ざる刹那、何時ぞやの言葉がナヴァルの脳裏を過る。

 その言葉はインリオールから聴いた独特な理論だったが――その言葉が真実なのだと、ナヴァルは今更になって実感する。

 パンドラは規定の権化の様な奴だが、その行動に意味や感情を乗せられるのは人間以外に他にない

 そして、パンドラが時折滲ませるその意味や感情は、長く隣に居たナヴァルでも判り難い代物だが――。

 この状況を凌げば――いや、パンドラにのしかかっている問題を解けば解く程、ナヴァルはその綺麗な在り方の片鱗を見る事が出来るのだろう

 ――……その為には、お前達が邪魔だ。

 全ての準備が整ったナヴァルが害意を向けるのは、グリフティフォンが認識している敵勢力――ウェシナが展開する、北の少数部隊と東の大部隊。

 多大な私怨が混じっているが――この時のソレが、ナヴァルが初めて自分の意志で戦う事を決めた瞬間だった。




 TYPHON社の特殊戦闘用ゾイド、ティフォリエス程強力では無いものの――ウラガンにも光学迷彩を伴う複合ステルス機構は装備されている。

 幾つもの大出力兵装を使用する都合上、その排熱から戦闘機動中にステルス性を維持する事は不可能に近く、設計段階で幾度となく廃止の憂き目にあった装備であるが――。

 仕様が特殊ではあるが、ウラガンも奇襲を本懐とする高速ゾイドである事から行軍中の動きを察知されないと言う優位性は必須である。

 そう力説した設計者に押し込まれる形で、同機構はウラガンに搭載されていた。

 開発中にはデットウェイトと後ろ指刺され続けた機構。

 しかし、設計者の正しさを証明するかのように、ウラガンに搭載された複合ステルス機能はその性能を発揮、目標に気付かれる事なくそれらを射程に収める事に成功していた。

「――――」

 攻撃開始までの静寂の中――自身の緊張を解く様に、ナヴァルは休止状態となっている荷電粒子砲のトリガーを離し、握り込む。

 目標はニザム高地を越える事で実働部隊が展開する防衛ラインを迂回し、その後背にある実働部隊の簡易補給所を突こうとしているウェシナ軍の特務中隊

 狙撃仕様の狭い照準の先にはその白い機獣達が映っており、有効射程ギリギリのソレを見据えるナヴァルの意識の周りには、パンドラから提供されている大気・風速・惑星自転や磁気風による影響等の情報が漂っていた。

 ――考えようと思えば、休止解除による照射時間の遅れを含めた敵の予想推移まで出してくれるんだからなぁ……。

 結果は撃ってみなければ判らないが、この予測結果通りの精密射撃を個人で実現出来るならば、貧弱な対物ライフルで大型ゾイドを倒す事も夢ではないだろう。

『ナヴァル・トーラ、意識を集中してください。現在の運用兵装はアンチマテリアルライフルではなく、広域を加害する荷電粒子砲です』

――……判ってるって。

 例え話にも甲斐甲斐しくツッコミを入れてくるパンドラに苦笑しながら、ナヴァルはウラガンの主兵装である荷電粒子砲のトリガーを引き、起動信号を送る。

 本来ならその行動一つで大半のゾイドを蒸発させる破滅の光が照射されるのだが、今のウラガンではそうはならない。

 機体の排熱を抑える為、待機電力すら受けていなかった荷電粒子砲はトリガーを引いた事で漸く火が入った状態であり――通常ならこの段階から加速器の準備運転が入るのだが、パンドラの手で入念に下準備されていたソレはものの数秒で励起状態に至る。

 しかし、如何に立ち上がりが早くとも、集束するエネルギーとコア・ジェネレーターの全力稼動によってウラガンの発熱量は跳ね上がってしまい、その異常を察知した敵特務中隊が警戒態勢に移行しようと動く。

 ――――間に合うか……?

『問題ありません』

 その僅かなタイムラグに焦るラファルを嗜める様な声と共に、トリガーのロックが解除され、彼は動き始めた敵特務中隊に向け荷電粒子砲を発射。

 そうして照射された破壊の光は、敵の左翼と中央の部隊の間を突き抜け――。

『敵中央小隊左翼のゼニス・ラプター大破、左翼小隊右翼の同機体は中破。共に行動不能の模様』

 ――よし、退がるぞ。

 照準通りの戦果を確認したナヴァルは予定通りウラガンに退避行動を取らせ、彼の乗機は直接戦闘を避ける砲兵の様に離脱を図る。

 この動きは荷電粒子砲による奇襲を受けた特務中隊がどう動くかを探るものであり、誘う様な鈍い動きがチーター型に似つかわしくない行動であると警戒されるのが懸念事項だったが――。

『敵部隊、陣形を変更――損傷した機体を排し、両翼に万全な機体を展開』

 自分達が相対しているのがウラガンだけだと判ると、敵部隊も腹を決めた様で――戦場が動き始める。

 まず、中央のフェルティングが損傷した2体のゼニス・ラプターを抱えて後退を開始。

 そして、再編された2つの小隊はナヴァルのウラガンを半挟撃するべく大きく陣形を開き、スラスターを吹かして間合いを詰めてくる。

『ナヴァル・トーラの予測は正しかった模様』

 ――……あんまりうれしくないがな。

 パンドラの口振りは最適解を予測したナヴァルを讃えるものだったが、彼はソレに憮然とした顔で返す。

 フェルティングが脱落機を捨てて突出してこない。

 それはつまり、ウェシナ軍がこの特務中隊の進攻が失敗するよりもゼニス・ラプターを失う事を恐れている証拠であり――。

 言い換えれば、自分達にはこの戦いよりも先に成す事があると言うウェシナ側の余裕でもあった。

『敵部隊、更に接近――フェルティング、背ビレを展開。攻撃態勢に入った模様』

 ――……了解だ。敵左翼から始めるぞ。

 その短なやり取りと同時に、4基16門のロングレンジビーム砲と狙いすましたハイレーザーライフルによる飽和攻撃がウラガンに殺到する。

 SAZ−02フェルティング。

 ウェシナ軍が保有する陸の浮沈機にして、同軍が初めて導入した第4.8世代機はまさに歩く要塞である。

 その重厚なE転換装甲は対応火器である光学兵器と成形炸薬系の殆どを無力化し、同装甲材が苦手とされる運動兵器の類ですら頑強に耐える防御力は、脅威なんて言う言葉が空虚に思える程の絶望であり――。

 同機撃破の為にはゾイドコアの体力切れを待つか、多大な損害を受ける覚悟で包囲・連続的な攻撃で排熱不良(オーバーヒート)させる以外に対処する術が無いと言うのが諸外国の見解であった。

 しかし、その驚異的な性能とは裏腹にフェルティングの基本戦術は随伴機の支援に重きを置いている。

 一つは随伴機の盾となる事、もう一つはその広域拡散兵器で敵群隊の数を減らしながら強力な敵の行動を阻害する事。

 この特性により、単機種ではウラガンやラファルの脅威とならないゼニス・ラプターであっても、その支援の庇護下にあれば保有火力を十全に発揮する事が可能となり――脅威度は一気に跳ね上がる事となる。

 強力な盾と精度に優れた火器による酷くシンプルで単調ではあるが、それ故に突き崩すのが難しい連携。

 ナヴァル達の操るウラガンはそんな複数の大火力――来たるべき諸大国との会戦に備えた、本来なら大部隊に向けられるべき飽和攻撃を浴びせられていた。

 粒子と光によって織り成される熱弾の洪水、凱龍輝ですら一秒と持たずに蒸発させられる程のエネルギーの嵐。

 だが――パンドラが付与した力は、その現実を覆して余りある物だった。

『予測演算負荷、許容範囲内』

 掠めただけでも装甲を溶かされるフェルティングのロングレンジビームの網と、狙い澄まされたゼニス・ラプターのハイ・レーザーとの間に出来る僅かな隙間――。

 4条同時に殺到するビームの間隔の中でレーザーを避けるという離れ業の連続により、ウラガンは敵左翼への移動を続けていた。

 ――良く生きていられるもんだ……っ!

 ウェシナ軍の最精鋭と言うだけあって、敵機のFCSも相応に上等なモノの筈なのだが――ソレでも殺到する熱弾は当たらない。

『敵機のFCSパターンを把握――予測演算の最適化を実施』

 その原理は、パンドラが敵機全ての砲身の動きを同時並列的に予測する事によってソレ等が照射されるよりも早くナヴァルの視界に包囲網が表示され――。

 それを見たナヴァルがパンドラに回避地点を指示し、その回避機動の意思を彼女がミリ単位の誤差も許さずにウラガンへと伝える事で実現した妙技であった。

 その上――。

『敵左翼のフェルティング、砲身挙動に変化有り』

 ――っ、跳ぶぞ……空中機動を制御っ!

 パンドラの警告から攻撃がウラガン到達するまで、現実では一秒にも満たない間しかない。

 しかし、そんな一瞬ですら長く感じる程の高速思考――“パンドラの世界”の中に居る今のナヴァルには、その刹那の内に僅かな会話を交わす余裕があった。

 警告のあったフェルティングの攻撃は、片方のロングレンジビーム砲を連続照射したまま機体を旋回させる事による、4条の熱弾による八つ手の様な範囲攻撃。

 照射時の反動を無視した機体への負担もさる事ながら、敵機が内蔵するコンデンサーの電荷を一気に消費する賭けだった筈だが――。

 その動きを把握し、対策を打ち合わせたナヴァルはウラガンを跳躍させる事で八つ手の隙間を通り抜け、空中でもある程度の挙動が可能な乗機のマグネッサーシステムを駆使し、追い撃つ様に殺到するハイ・レーザーも捌ききる。

『ポイント到達。敵右翼からの火線が減少』

 そして、その先でも待っていたもう一機のフェルティングからのロングレンジビーム砲――着地点を狙ったソレを躱した所で、パンドラから待ち侘びた合図が来る。

 敵右翼の射線に敵左翼を重ねる事で、敵の攻撃を制限する位置取り。

 反撃を始める為のここに至るまで、現実ではすれば一分にも満たない刹那だったが――ナヴァル達の体感では十数分にも渡る緊張の連続による結果だった。

 ――慣性中和、頼むぜホント……っ!

 予定位置に届いた事で、ナヴァルはウラガンに発揮出来る限りのフルスロットルを命じ――。

『突入します』

 パンドラからその指示を受けた乗機はそれを忠実に実行する。

 第5世代機の代名詞とも言われるその機動――相対する者からすれば瞬間移動とも錯覚する加速によって、ウラガンは敵左翼の側面へと一気に間合いを詰める。

 ――今っ!

 しかし、その超加速すら遅いと感じる“パンドラの世界”の中 、ウラガンが最適なポイントに到達した瞬間にナヴァルは乗機に急制動と旋回を指示。

 その瞬間、僅かな土煙と共に足を止めたウラガンは、敵左翼部隊の側面やや後方――ナヴァル達の目標であるゼニス・ラプター達を、フェルティングという絶大な盾の範囲外に捉えられる場所に居た。

 ――撃て……!

 そして、目標となった彼等がその事実を“知覚”するよりも早く、ナヴァルはウラガンの荷電粒子砲を照射、敵左翼を構築していた2体のゼニス・ラプターのゾイドコアより後ろ側全て消し飛ばす。

 ――このまま行くぞ。

『了解しました』

 何が起こったかも理解出来ていないであろう敵左翼を尻目に、ナヴァルは次の指針を確定。ウラガンに敵右翼を目指させる。

 今に至るまでと――そして、これからも続けていく亜音速の超加速と、その速度を一瞬にして零にする急制動の連続。

 その反動として表れるG(加速度)は、本来であれば搭乗者を挽き潰すだけの負荷を持っている。

 しかし、ウラガンに搭載され、パンドラが制御している慣性中和装置はナヴァルに負担が発生する事を許さない。

 ――実現すれば凄まじい事になるとは思っていたが……まさかこれほどとはな。

 機体挙動時に発生する慣性の中和。

 それは即ち、高速ゾイド最大の問題点である搭乗者への負担を無くす事により、パイロットが操縦に集中出来るという事であり――。

 今のウラガンにはパンドラと言う絶大なオマケが付いているが、このゾイドの命題である慣性中和装置の量産に成功すれば、似たような挙動を熟練パイロットなら誰でも出来るようになる。

『敵右翼、此方の行動を察知した模様』

 ――っ……間に合う、このまま突っ込めっ!

 一秒すら長く感じる“パンドラの世界”の中、慣性中和機構の未来と言う他所事を考えていたナヴァルを現実に引き戻すよう、彼女からの警告が入る。

 その警告通り、左翼の惨状とウラガンの行動に気が付いた敵右翼のフェルティングは陣形を整えるべくナヴァル達の方に向き、随伴のゼニス・ラプターもその背後へと移動しようとしているが――。

 ――反動抑制、連続照射……!

 ウラガンはその陣形の横を稲妻の様な速度で通り抜けたと同時に急制動を掛け、敵部隊の背後で急旋回と共に荷電粒子砲の連続照射を実施。

 地面を薙ぎ払うように照射された光は、右翼を構築する2体のゼニス・ラプターの両足を纏めて消し飛ばし――攻撃を終えたウラガンは、弾かれたかの様な再加速によって超高速の離脱を図る。

 ――敵の射程外まで退避して様子を見る。その間に機体のチェックを。

『了解しました』

 奇襲や最後の範囲攻撃の結果からも分かる通り、一門程度の荷電粒子砲では足止めも出来ないフェルティングを撃破するのは容易ではないが――。

 その難敵達が随伴機を全て失った事によって後退を開始すれば、南部の状況を更に長い間膠着させる事が出来る。

 ――いや、もしかしたら……。

『敵部隊、損傷機を回収しつつ撤退を開始』

 ――よし。

 これだけの性能があれば、グリフティフォンの照射が始まるまでの時間稼ぎ以上の事――大攻勢を掛けて来ているウェシナ軍を撃退する事も夢ではないかもしれない。

 今のウェシナ軍の最精鋭と言えるフェルティングとゼニス・ラプターの混成部隊を相手に対し、完勝と言える結果を得たナヴァルは確かな自信を持ってそんな希望を思うが――。

『北部に動きあり――レムナントが撃墜された模様』

「――っ、なんだと!?」

 そんな希望を打ち砕くようなパンドラの報告にナヴァルは大きく意識を乱し、集中が途切れた事で彼は“パンドラの世界”から外れてしまう。

 そして、その機体制御の途切れは、ウラガンに立ちくらみのような障害となって現れ――。

「とっ……くっ、危なかったな」

 あわや転倒に至る寸前の所でナヴァルは機体を立て直す。

『ナヴァル・トーラ、情報を提示します。同化融合状態への再同期を実行してください』

「……すまない」

 パンドラの声に、ナヴァルはウラガンを北部へと転進させながら、自ら進んで“パンドラの世界”へと再び沈み――彼女から提供される無数の情報を閲覧する。

 ――――そうして齎された情報は、信じられないモノだった。




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