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『夢跡』



 ウェシナ・サートラル領北部――“アルフェスト遺跡”。

 レッドラストの砂塵に半ば埋もれたこの場所は、北エウロペ随一と言われる程に広大な“古代ゾイド人の遺跡”であり、整然と並べられた石柱と吹き込んだ熱砂とが織り成す情景は、自然と人工物を溶け込ませた独特の美しさを照らし出していた。

 だが、その情景を形作っている熱砂は“アルフェスト遺跡”の保全に多大な悪影響を与えており、掠れた石柱群の惨状からも判る通り、過酷な気候による風化は地上に存在する“遺跡”群を削り、その意味を徐々に剥ぎ取っていた。

 加えて、その保全に関わらなければならない西方大陸都市国家連合(ウェシナ)も、幾度となく調査を行っても“ガリル遺跡”の様な価値ある情報を見出せず、国家事業としての“アルフェスト遺跡”の研究を中止して久しい状況にあった。

 そうして半ば放置されている惨状が今の“アルフェスト遺跡”の実情であり――太古の昔から存在していたであろうこの“遺跡”は、そのまま時間の流れに磨り潰されるだろうと言われていた。

 とは言え、現時点に置いて価値を見出せなかったとしても“アルトフォー遺跡(暴走遺跡)”の様な危険が無いとは言い切れなかった為、ウェシナは“アルフェスト遺跡”の立ち入りを原則として禁じ、その管理をアルフェストに行わせていた。

 そんな経緯から、アルフェストは“アルフェスト遺跡”に隠されているとされる“遺産衛星”のパスコードを求めたTYPHON社の制圧対象となり――。

 昨日アルフェストを制した同社実働部隊は、“アルフェスト遺跡”に調査部隊を派遣、ウェシナが発見できなかった地下への入り口を目指し、探索を始めていた。

 その調査部隊の先頭――ゴリラ型のコマンドゾイド4体で構築された部隊を先導している指揮官機の機内。

 どんな機種であろうとも滑らかに操る巧みな操縦技術はTYPHON社実働部隊のエース、ナヴァル・トーラのソレだったが――。

 しかし、機内には凡庸とも取れる黒髪黒目の色や特徴と言えば特徴となる堀の深い顔立ちを見る事は出来ず、代わりに骸骨を模したような格好の人間がそこに居た。

 ――しっかし……理には適っているらしいが、面妖な格好だな……。

 その骸骨姿――使用していないサブモニターに反射して映る自分自身の姿に、着用者であるナヴァルは、そんな率直な感想を思う。

 ナヴァルがふと視線をずらした度に目に留まってしまうその出立ちは、今作戦の為に用意された特殊なパイロットスーツ――旧ゼネバス帝国が開発した強化服を改造した品であり、その外見に違和感を覚えながらも彼は今の乗機を進ませ続ける。

 歩兵支援用のゴリラ型ゾイド、ゴーレム。

 旧ゼネバス帝国が開発したこの白いゾイドが今のナヴァル、そして今回彼に預けられた部下達の搭乗機であり、彼等は子機の案内の下、隠匿されている地下工廠へと迷い無く歩みを進めていた。

 尚、少々蛇足にはなるが――このゴーレム達はTYPHON社よる改造が施されており、武装は過剰な40oガトリングから機体サイズにもマッチした20oガトリングに換装され、探索任務に用いる為の様々なオプションも追加装備されている。

「――しっかし、こうやって“遺跡”に入るのは初めてなんだが……本当に、通路が巨大なんだな」

 “古代ゾイド人の遺跡”の通路は、類に漏れず広く、そして天井が高い。

 これには『“遺跡”群の全ては工場の様な物であり、そこで生産された物品の搬送路である為』と言った説や『古代ゾイド人は儀式的な事柄を重視する種族であり、“遺跡”の設計は宗教的な要素による物である』と言った様々な学説が挙げられていた。

 ナヴァルの呟きは、今も何処かで熾烈な学術論争が繰り広げている筈のソレに終止符を打ってくれるかも知れない存在に向けての問い掛けでもあった。

「“アルフェスト遺跡”に関しては、工場説、祭祀場説の両方が適合するとの記録が残されています」

 そして、そんなナヴァルの遠回しな質問に対し、機内に居るもう一人。

 緑色の長髪と人形の様に整った顔立ちの、生者とは異なる魅力を発する美女――。

 十数センチ大という手乗りサイズでありながら、ナヴァルに対して十全以上の万全なサポートをしてくれているパンドラの子機は、機内の中央コンソールの隙間に腰掛けた状態でその答えを返してきた。

 尚、子機の本体であるパンドラは重厚なドレス姿であっても判る程のメリハリの有る身体の持ち主であるが――。

 今の彼女(子機)の大きさであれば、その男性の目を引き過ぎる色香も芸術と言えるレベルに落ち着いていた。

「グリフティフォンの開発工廠になる訳だから、工場説が合っているのは良いとしても……儀式的な要素もあるのか?」

「祭祀場に偽装する必要があった事から、同形の建築物と似た趣向を凝らしたとの情報を有しております」

「……偽装? 一体誰に対して――」

 そうして返された“アルフェスト遺跡”に置ける学説の回答と新たな疑問に、ナヴァルが質問を重ねようとしたが――。

「目標ポイントに到達。こちらが地下工廠への入り口となります」

 その言葉を遮るように子機は仕事の話で切り返し、ゴーレムの主モニターの左端にマーカーが表示され、ナヴァルは頭を世間話から探索へと切り替える。

「……通路の壁にしか見えないんだが?」

 だが、ゴーレムの主モニターに表示された子機の指定したその場所は――何の特徴もない通路のど真ん中にある壁面だった。

「動力は既にここまで届いていないようです――破砕して開口を願います」

 ナヴァルは子機の正確さをその身で体感しており、その発言に間違いは無いと彼は思ってはいる。

 しかし、そんなナヴァルであっても思わず不安を感じてしまう程の疑念に、子機は要請という確かな応えを返し、彼の乗るゴーレムは繋がっている彼女からの情報を頼りに壁面の一部を破壊目標と認識、照準と標的がモニターに表示される。

「良いんだな? そんな荒っぽい事をして」

「それ以外に手段がありません」

「……んじゃ、遠慮なく」

 その明確な言葉にナヴァルは意識を改め、彼の引いたトリガーに従ってゴーレムの左肩に装備された重火器――生半可な装甲なら易々と貫通する20mm徹甲弾が風化した壁面に容赦なく叩き込まれ、扉の形をした弾痕が刻みつけられる。

「よっと…………本当に開口部か」

 そうして下準備を終えたナヴァルは、ゴーレムにパワーハンドでの正拳突きを叩き込ませ――その一撃によって弾痕で作られた扉は本物の開口部となり、その先の深い縦穴への入り口となる。

「――って、深いな……」

「物資搬出入用の大型昇降機、その最上部となります。――エレベーターワイヤーは全て脱落しており、フレームにも腐食が発生している模様」

「んじゃ、予定通り自前のワイヤーを使って降りる、と」

 現れた通路を検分していた子機からの報告に、ナヴァルはゴーレムに追加装備された背部ラックから降下用のワイヤーロープを取り出し、随伴している部下2人に片側の先端を投げ渡す。

「――アルゼラはローメル課長の所に戻って状況を説明、拠点の設営を要請してくれ。イクバルとロゼンタは拠点の設営準備を始める前にこのワイヤーを保持しててくれ。……俺とパンドラが先行する」

『拠点を固めつつ捜索したほうがいいのでは?』

「いや、何が起こるか判らない以上、この施設と関連しているパンドラを最前列に置いた方が問題を回避出来るだろう? ――あとの指示は先々で随時伝える……保持、頼むぞ」

 部下の疑問にそんな予測で答えつつ、ナヴァルは部下がワイヤーロープの保持を固めたのを確認してからゴーレムに降下を始めさせる。

 そうして、降下を始めてから数分後――。

「――しっかし……広さはともかくとしても、なんで隠してあったんだ?」

 底の見えぬ降下と周囲に他人の目が無い状況。

 そして、閉所で子機と二人きりという状態に、ナヴァルの口は先程確認し損ねた疑問を差し込む。

「本機の初期型の建造が始められた頃の情勢では、同機の建造を隠匿する必要があったとの事」

「ふ〜ん。――古代人にも色々と……って、初期型? お前みたいな奴が量産されていたと?」

「“アルフェスト遺跡”に到達した事で認識可能となった情報となりますが――どうやらそのようです」

 ナヴァルの世間話から始まった重要案件に対し、子機は彼女にとっても思いがけない情報だったと言う表情――長年彼女を見ていた彼だからこそ分かった機微の変化だったが――を見せ、彼は追加情報を聴き逃さない様にと意識を改める。

「……膨大な情報を処理しきれてないのは聴いているが、自分の出自ぐらいは――っと……ゴールか」

 だが、そんな集中を妨げる様に、下方を映していたメインモニターに床の様な構造物が映り、程無くゴーレムの脚部がその物体に足を付ける。

 ここがエレベーターシャフトの中と言う事なら――ゴーレムは今、エレベーターの天井部に立っている事になるのだろう。

「――量産云々の件は、あとで絞ってやるとして……次はどうする?」

 地に足が着いた所で、ナヴァルは上方の部下達に合図を送ってワイヤーロープを落させ、ソレをゴーレムに収容させながら次の行動を子機に問い掛ける。

「正面、上方約3mに開閉部があると記録されています。コレを破壊し、その先の通路――三叉路を右に進んでください」

「了解だ」

 そして、次の力押し要請を受けたナヴァルは先程と同じ様に20oガトリングで指定された場所に弾痕を刻み、最後はワイヤーロープを利用した跳び蹴りでゴーレムは通路へと転がり込む。

「突破、と。――イクバル、聞こえるな? こちらはパンドラの指示した中枢に向かう。ロゼンタはそのまま残って後続と拠点の設営、イクバルは降下してこちらの通信の中継とバックアップを頼む」

『了解』

 上に残してきた部下に次の指示を送ったナヴァルは、ゴーレムの体勢を立て直しつつ、パワーハンドで背部ラックからサーチライトを取り出させ、行く先の通路を照らさせる。

「しっかし、真っ暗だな……本当に生きているのか?」

 地下である為か、地上と比べれば風化の度合いは若干マシではあるが――それでも生きているようには見えない通路の状況に一抹の不安を覚えたナヴァルは、ゴーレムの歩みを再開させながら世間話と言う名の情報収集を再開する。

「当該施設の状況は全て不明となっております」

「おいおい……」

「本施設は、本機に対する親機のような管理機構の存在を確認出来ず、また放棄されてからの経過年数も不明の為、現状を推計する事も不可能となっております」

 どう好意的に見ても不安しか感じさせない子機の状況説明に、ナヴァルの不安は幾何級数的(きかきゅうすうてき)に加速していくが――。

「しかし、閉塞したTYPHON社の状況を改善する為には、これ以外の手段が無いのが実情となります」

「もしもここが死んでたら、ウェシナにバレた上にこれだけの戦力を無意味に動かした事になる、か……ぞっとしないな」

 子機の言う状況は紛れもない事実であり、ナヴァルは諦めた様に天を仰ぐ。

 もっとも、ここは地下でありゴーレムの機内でもある事から、太陽の光なんて見えないのだが。

「可能性を疑うのであれば、ここが本機の開発工廠であるという事実も予測となります」

「……気が滅入って来た」

「興奮剤でも合成しましょうか?」

「そんな危なそうな物を提案してくんな。――行き止まり……ゴールか?」

 ナヴァルと子機がそんな楽しくも悩ましい、会話という名の情報交換を続けている内にゴーレムは再び壁の前に立ち止まる。

「中央工廠の隔壁と予測。先程までと同じく、破砕して進行を続けてください」

 パンドラの言葉と同時に、ゴーレムのFCSが壁――正確に言えば左右に開くタイプの自動扉のようだ――を障害と認識、最適な破壊箇所にガトリングの照準が指向される。

「了解っと。……しっかし、こんな風にぶっ壊しまくって大丈夫なのか?」

「防衛機構は既に機能を停止していると予測。急ぐ事を推奨します」

「んじゃ、仰せのままに」

 これも恒例となってきた確認の後、ナヴァルは今までと同じように20mmガトリングガンのトリガーを引き、弾痕が扉の形を成した所でパワーハンドによる正拳突きを叩き込み、2枚の扉を中空へと弾き飛ばす。

「――さっきよりも深いな」

 その先に在ったのは、機載用の大光量サーチライトですら届かない程の闇。

 そして吹き飛ばした扉の落下音が、ゴーレムの鋭敏なセンサーでなければ聞き取れない程に遠く――そしてかなり時間を置いてから返ってきた事から、この場所が先程とは比べ物にならない程深いエレベーターシャフトだというのが判る。

「機材搬出入用のエレベーターは――他と同じように、脱落しているようです」

 ナヴァルがそんな推察を思う中、ゴーレムのモニター越しに吹き飛ばした扉の周辺を確認していた子機が結果を上げてくる。

「今回も自前ので降りるしかない、と。――床下は配線とかが大量に埋設されているのが建物の基本なんだろ? いいのか?」

 その報告に、ナヴァルはゴーレムに降下用のワイヤーロープを固定する為のアンカーを準備させつつ、ソレを打ち込む場所の確認を取る。

「側面や上面であれば、埋設配管を破壊する危険性は低下します」

「杭が外れて落下する危険性が上がるっつーの。……イクバル、聞こえるか? ロゼンタに降りてきて貰って配置を更新、今打ったマーカーの所まで進出してこっちのバックアップに来てくれ」

 パンドラの対案――もしかしたら彼女なりの冗談なのかもしれない返答に苦笑しながら、ナヴァルはゴーレムを操作して床にアンカーを打ち込み、もう随分遠くに居る筈の部下に次の指示を送る。

『了解です。――マーカーを確認、上の連中も行動を開始したようです』

「ちなみに、何か起こったら即死らしいが……警戒は怠るなよ?」

『嫌な冗談を言わないで下さいよ……ロゼンタが降下を開始しました、引き継いでから移動を開始します』

「了解。こちらは今から目標部への降下を開始する」

 そして、その指示が順調に回っている事を確認した所で、ナヴァルはゴーレムにワイヤーロープを力の限り引っ張らせる事でアンカーの状態を確認、乗機に降下を開始させる。

「……なーんか、当たりっぽい感じがするんだが――もしそれが確かなら、ここがお前の生まれ故郷になる訳か」

 先程とは比べ物にならない程に深く暗い闇に、先は長そうだと判断したナヴァルは感覚から至った予感、その感想と共に会話を再開する。

 ――…………パンドラの生まれ故郷、か。

 ただ単に『パンドラの生まれた場所を見れる』という些細な事だと言うのに、何故かソレを嬉しいと感じる自分が居る事にナヴァルは僅かな戸惑いを感じていたが――。

「ナヴァル・トーラの予測が的中したとしても、ここが本機の建造された場所である事が確定するだけであり――親機との関連性は発生しません」

 しかし、そんなナヴァル自身にも判断の付かなかった機微は、彼が考えもしていなかった予想の否定によって――その真意に彼が気付く間もなく、霞の様に消し飛ばされた。

「……? どういう事だ?」

「親機は惑星上の生存圏防衛を迅速に実現する為、その礎となる事を希望したZA能力者をベースに生成された存在であり――強引にでも『生まれ故郷』を定義するのであれば、対象となった古代ゾイド人が生まれた場所、もしくは分解された場所になると推察します」

「生存圏防衛ってなんの話だ? ……いや、それよりも――」

――なんか最後の方で物騒な単語を聞いたような……。

「本機が建造・運用されていた当時の惑星Ziは、隕石による被害が極めて多く発生しており――その被害を根絶するべく、本機は建造・量産されたとの事」

「――――」

 子機(パンドラ)が唐突に重要な情報を話し始め、ソレをナヴァルが必死に覚える事は二人の日常であったが――。

 ナヴァルは、初めて“気が付いてしまった事実”を先送りに出来る事に感謝し、続けて与えられる情報を吟味する。

「…………さっきの量産云々も絡むか……しかし――成程、な」

 ――……グリフティフォンの砲が惑星外に向けられているのはその為か。

 直接照射すればゼネバス砲が豆鉄砲に思える程に強力なレーザー砲が、何故直上方向を基本として据えつけられているのかはTYPHON社技術部で最も大きな疑問となっていた。

 結局、その疑問に対する結論は出なかったものの、今では『衛星反射砲の仕様である』という理論を吹っ飛ばした結論がTYPHON社の定説となっていたのだが――真相はそういう事だったらしい。

 ――惑星に飛来する隕石を蒸発させる兵器……確かに、惑星外へ撃つ事を想定していたのならば全て説明が付くか。

「……さっきの最後――分解云々はどういう意味だ?」

 TYPHON社の技術部の長年の疑問が氷解した所で、ナヴァルは今のやり取りの最初の方に発生した“もう1つの疑問”――避けて通る訳にはいかない事実に足を踏み入れる。

「本機運用の必須事項である省力化を実現する際、ソレに不可欠な自立機構の動作精度、及び安全性の確保は、当時の技術力をもってしても困難を極めたとの事」

「…………確かに、無人化は必須だな」

 ――……そう、ソレは理解している。

 何時飛来するかも判らぬ物に備える為には、常に万全の体制を整えなければならない。

 だが、あれだけ巨大な兵器を人間が絡む仕様で運用すれば――隕石を焼失させる前に人件費などのコストが運用側を滅ぼすだろう。

 ――あんなものを作れた古代人でも、兵器の無人化には難航する……兵器としての無人化ではなく、付加された演算能力や電子戦能力が暴走して自分達に牙を剥く事を恐れた、って事か?

 いつの世も、人は自分以外の存在を完全には信用できない。

 “既に気が付いている事実”を避ける様に、ナヴァルが無人化のメリットとデメリットの極致を考え、そんな寂しい現実を思う事に逃げていると――。

「しかし、惑星に飛来する隕石群の迎撃は急務であり、本機建造の発案者は自身をシステムの一部とする事で自立機構の補助、及び安全性の確立を成す計画を提唱――計画賛同者の多くは反対しましたが、発案者の独断によって同計画は強行され、親機のメインフレームが完成しました」

「――っ」

 そんな時間稼ぎを勘案しない子機は、彼女にとっては淡々とした事実を躊躇なく言葉とし――ナヴァルが“既に気が付いていた”その業が現実であると伝えてくる。

「………………つまり、お前は――」

「親機は、そのようにして生成されたメインフレームをベースに量産された、管理ユニットの内の1体となります」

「――――」

 ナヴァルはこの一瞬、事実として言葉と思考を失った。

 未来があり、同時に罪も無かったであろう人間が、自分を捨てる。

 その覚悟、その悲壮を実行出来るだけの意志が望んだ願いとは、どれ程のものであったのだろうか。

「……お前はそれでいいのか?」

「――ナヴァル・トーラ。『それ』に該当する項目が複数存在する為、最適な返答を行えません」

「……機械に縛られる為に死ぬ羽目になったお前自身の事、そんな事をしてまで創った本機を、俺達――TYPHON社の勝手な目的に利用される事」

 子機の言葉を信じるなら、パンドラがこうして此処に居るのはその分解された存在自身が望んだ事の様だが――。

 何故か、そうだとしてもナヴァルはその事実に強い憤りを感じていた。

 そして、それ以上に思うのは――後悔にも似た感情。

 自分を殺してまで地上を守ろうとした、パンドラだった者の願い。

 その意志――何かを守ろうとした思いを、他人を害する物として使おうとしている自分達への怒り。

 ソレ等はナヴァル自身ですらどういう経緯で発生した怒りだったのかも判断が付かない、八つ当たりの様な感情であったが――。

「まず、前提として――親機は、ナヴァル・トーラを向上心に富んだ優秀な男性であると認識しております」

「――はぃ?」

 その曖昧な憤りに対する子機の返答は、またしても予想外過ぎるものだった。

「ZA能力値が規定に至っていないのが残念でなりませんが――ナヴァル・トーラと合流出来た事は幸いであると親機は判断しています」

 ゴーレムのコンソールから見上げる子機の視線は、何時ぞやのパンドラの時と同じように迷いが無く――余りにも真っ直ぐな信頼の視線に耐えられず、ナヴァルは視線を逸らしながら乗機の降下を加速させる。

「そして、親機のメインフレームの原形となった存在は、その生命に課した目的を達成出来た事から、その結果に満足していると推察できます。――よって、親機に関連する項目において、現状では不具合は発生しておりません」

 いつぞやのパンドラの時の様に、その発言はナヴァルを褒め倒す様な言葉の洪水であったが――続けられた補足説明と併せれば、パンドラは今の境遇を良しと考えており、彼の憤りが完全に思い違いだと彼女は言っている様だった。

「――――」

 ナヴァルからすれば、ソレでも納得出来ない感情はある。

 だが、その事実を観測出来るのが当事者であるパンドラしか居ない事から、彼女がソレを良しとするのであれば、もうナヴァルに言える事は無い。

「…………TYPHON社に勝手に使われるのはいいのか?」

「本機及び親機は、保有する規定の範疇に置いて、所有者かそれに準ずる存在に使役される事で、その能力を発揮する事が可能となります」

「…………」

 そうして、もう一つの理由も肯定されてしまったナヴァルは、本当に返す言葉を失ってしまい、沈黙する。

「現状、親機が保持する規定にも欠損が見られる状況ですが――その様な不完全な状態であっても、ナヴァル・トーラの判断の多くが妥当であると推察し、その決定を順守するのが妥当であると親機は判断しています」

「…………綺麗過ぎるのも問題だな」

 人が本来持っている『執着』という煩わしい感情をまるで意に介しない、現状の最善のみに従うその思考は、得てすれば危うい考えでもある。

 だが、人間では到達する事の出来ないその境地に、ナヴァルは素直な感嘆をもらす。

「ナヴァル・トーラ。言動に子機及び親機をシステムとして看做(みな)していない発言を――センサーが床面と思しき金属反応を探知」

 ナヴァルの呟きは子機(パンドラ)を称える様な物だったが、彼女はそのニュアンスをどう錯覚したのか、いつもの小言を始めようとするが――ゴーレムからの情報に、機械的な反応に移る。

「――っ、止めるぞ」

 そして、それを聴いたナヴァルは即座に対応し、ゴーレムに降下の手を止めさせると同時に、再び持たせたサーチライトで周囲を確認させる。

 いつの間にか狭い縦穴は広い空洞へと姿を変えており、サーチライトの光は地下とは思えぬ広大な空間を照らしていた。

「……当り、だな」

 地下水の浸水と風化、崩れた落ちた天井による損傷が激しいものの、グリフティフォンが在るタイタニアの地下と似ているその形状――そして、数年間それらを見続けてきたナヴァルの直観がその確信を呟かせる。

「――降りるぞ」

 そうして、一度は止めさせた降下を再開させたナヴァルは、ゴーレムが安全に落着出来る高さにまで降りた所でワイヤーロープを手放させ――盛大な水柱と共に、その白い機体が床面に着地する。

 ――結構な量の水が溜まっているな。

 浸水した地下水の大半がここに集まっているのか、衝撃で跳ね上がった水柱が引いた後もゴーレムの半分程までが水に浸かっていた。

 ――……取り敢えず、ここから上がった方がいいか。

 その構造上、ゾイドは陸戦機であってもある程度の防水は確保されている。

 しかし、そうであっても水に浸かり続ければ駆動系や推進系に悪影響を及ぼす可能性がある事から、ナヴァルはゴーレムを浅瀬へと手早く進ませる。

「――目標を発見」

 そうして僅かな高台に進み、ゴーレムが半水没状態から脱したのと時を同じくして子機から次の目標が示される。

「何処だ?」

「左側遠方、上方推定50mに管制室と記録されている構造物を発見」

 子機に指定された場所をサーチライトで照らすと、その言葉通り、周辺の壁面とは明らかに異なる構造体が薄らと映し出される。

「アレか……。――と言うか、登る為の道が見当たらないんだが?」

 ナヴァルは次の目的地となった管制室と、そこに至るまでの道筋を確認しながらゴーレムに歩みを再開させるが――やはり目標周辺に昇降装置らしきものは見当たらない。

「壁面内の館内通路が在るとの情報を発見しましたが――」

 そんな状況の中の、子機からの追加情報にナヴァルはサーチライトを管理室下方に向ける。

 ――う〜む……。

 子機の言葉通り、確かにそこには今までの大型昇降機とは異なる、人間サイズ専用と思しき扉が薄らと映し出されるが――。

「まぁ、こんな状態じゃ機能していないわな……どうする?」

 今までの“遺跡”の内情を見ればその内部の状態も容易に想像が付き、ナヴァルは子機に次の案を促す。

「管制室側面部に取り付き、外部から強制的に開口部を形成する事を提案します」

「結局力押しかよ……ロケットブースターとマグネットアンカーの併せ技でどうだ?」

「管制室の構成材の情報を検索中――可能と判断」

「OKだ。……管制室の下に着いたらやるぞ」

 そうして子機の提案から次の方針を確定させたナヴァルは、瓦礫等が散乱している周囲の状況を確認しつつ、可能な限り急ぎ足でゴーレムを目標へと向かわせる。

 ――……未知の素材なんで、腐食具合から経過年数を判断出来ないが……いったいどれ位の年月が経っているんだろうな。

 管制室に向かう最中、その荒れ果てた周囲の情景にナヴァルは詮無い事を考える。

 人間が使用する建材の種類は山の様にあるが、突き詰めてしまえば人工物としては石材が一番長く原形を保っていられるとされており、“古代ゾイド人の遺跡”も遺されている部材は石材に類似する物が多い。

 ――そんなに永い時間が経っても、この場所に居た証が残るのは……幸せなのかねぇ。

 ナヴァルはその廃墟群をただ虚しいだけの夢跡と考え、この時代にまで遺せる物を創りながら、絶滅の道を辿った彼等を嘆かわしいと感じていた。

 だが、それと同時に、かつての彼等が居たからこそ今こうしてナヴァルがパンドラと出会えた事も事実であり――その奇跡は、有り難いと感じていた。

 ――ちと、身勝手な考えだな。

 ナヴァルがそんならしく無い事を考えている内に、ゴーレムは管制室の下方に辿り着き、彼は周囲を確認しながら乗機にマグネットアンカーを準備させる。

「――届けよ」

 取っ掛かりとなる足場は無く、管制室までの距離はビルの十数階分の高さに比肩する。

 ナヴァルはその高さの感覚をゴーレムの光学観測で測りつつ、ジャンプとロケットブースターで可能な限り機体を上昇させ、その最大上昇点からマグネットアンカーを上方に投げ飛ばさせ――。

「今か……?」

アンカーの先端が管制室の底部に最も近づいた所でナヴァルはアンカーに電圧を掛け、管制室の構造体にアンカーを吸着させる。

「…………電圧掛けてくっ付けた後で何だが――本当に大丈夫なんだろうな?」

 マグネットアンカーからの衝撃――上昇の頂点からの落下エネルギーを強引に押し留めた反動を身体に感じながら、ナヴァルはふと思いついた疑問を口にする。

 ゴーレムの全重量に加え、落下の衝撃まで支えたマグネットアンカーの電磁石は非常に強力な物が使用されている。

 当然、ソレから放射される電磁波はシールドが不完全な電子機器を容易に機能不全へと追い込む程であり――使いようによっては、兵器としても転用できる程の代物である。

 子機が事前に許可した事から、ナヴァルはその言葉通りに行程を実行してしまったが『管理室のシールドに障害が発生していた場合、内部の電子データが消失してしまうのでは?』 と、彼は今更になって考え至る。

「周辺の状態、及び施設全体が電源を喪失している状況から、既に電子機器の類は機能してないと判断しました」

「…………それでどうやって情報を収集しろと?」

 しかし、その疑問に対して子機から返ってきた返答は、またもや予想の斜め上を行く代物であり――ナヴァルが知る常識ではどうしようもないその状況予測に、彼は呆れたような問いを返す。

「管制室の内部が原形を保っているのであれば、問題ありません。レーザートーチは管制室側面部の指定の場所に沿って実施して下さい」

「了解。……空気はありそうだが、出る時は流石にスーツを密閉した方が良いか」

 説明されなかった情報収集の方策にナヴァルは一抹の不安を覚えたが、子機が大丈夫と言えばまず間違いは無い筈であり――彼はそれ以上の詮索を放棄。

 そして、そんなやり取りをしている間にマグネットアンカーを伝って管制室の真下に辿り着いたゴーレムに、ナヴァルは次の行動を入力する。

 まず、周辺の頑強な構造体に左手と両足を掴ませる事で機体を固定し、マグネットアンカーへの給電をカット。

 そうして吸着力を失って垂れ下がったマグネットアンカーを振り子の原理で管制室の上方へと投げ飛ばして再通電し、ここから上へ向かう為の足掛かりを得る。

「……これの初期型が70年も昔に作られたって言うんだから、スゲェ話だよな」

 今は無きゼネバス帝国が開発したこの歩兵支援用ゾイドは、マイケル・ホバートと言う天才科学者の執念によって生み出された史上最強のコマンドゾイドである。

 歩兵が運用出来る最大火力である無反動砲(対ゾイド兵器)を一発は防げる正面装甲に、そもそもそんな物が掠めもしない機動・運動性能。

 加えて、センサー群も優秀な物を装備し、攻撃力もこのクラスとしては十分以上の物を有する。

 その充実した機能により、歩兵部隊ではどれ程の人員が居てもこのゾイドの撃破はまず不可能であり、同クラスのへリック共和国製ゾイドであっても対応する事すら難しい機体であった。

 しかし、そんな化け物ゾイドを有していても、へリック共和軍の数の暴力の前では一時の英雄にしか成れなかったというのが歴史の無常ではある。

 ナヴァルがそんな事を思う中、彼の操縦を忠実に実行しているゴーレムはマグネットアンカーに繋がれたワイヤーと周囲の建材を利用し、パンドラに指示された場所で機体を固定、持ち替えたレーザートーチで開口部の作成に入る。

 精密な開口部を形成出来る反面、使用時間に制限のある切り札(レーザートーチ)はその性能を遺憾なく発揮して管制室の側壁に扉を生成し、ゴーレムは卵すら掴めると豪語された器用さで生成された扉だけを弾き剥がし、管理室への道を作る。

「よし、開けるぞ」

 その工程をやり終えたナヴァルは再びゴーレムを固定させ、機体が完全に静止しているのを確認してからコックピットハッチを開放する。

「頼むから、動いてくれるなよ」

「ゼネバス帝国のコンバットシステムは優秀です。自立稼動はありえないかと」

 ナヴァルがそんな杞憂を呟く、パイロットスーツの開口部――外付けの小物入れに滑り込んだ子機から冷静な突っ込みが返される。

「判っちゃいるが、気分的にな……」

 ――……そうか、パンドラには呼吸の必要が無いんだったな。

 長時間密閉された地下となれば、未知の細菌類の発生、残存有機の分解による酸欠や圧力差による有毒ガスの滞留といった致命的な危険が山の様に転がっている。

 そんな悪環境の中を平然としている子機を見て、ナヴァルはそんな事実を今頃になって思い出す。

 ――もう、生き物ではないのだからな……当然か。

 先程語られはしたが、その現実を実際に目にしてしまうとナヴァルの中に物寂しい様な感情が浮かんでくるが――。

 自分の身勝手でしか無いソレを頭の端に追いやりつつ、ナヴァルはゴーレムの腕を経由して管理室の側壁へと辿り着き、そのまま内部へと進入する。

「――――死んでいるように見えるんだが?」

 そうして辿り着いた管理室の内部は、今まで通ってきた遺跡の状態と同じ様に荒れ果てており――辛うじて原型を留めている様に見えるソレ等は、例え電力供給を回復させたとしても機能するようには見えなかった。

「可能性はまだ存在しています。――現地点より右奥の場所に制御盤が存在するとの事。向かってください」

「了解……っと、ここだな? 扉は……動かないな、蹴破っていいか?」

「現在採用されている普及品よりも強度で勝る金属鋼板製です。腐食しているとはいえ人力での破壊は不可能かと。――マスターキーを使用し、両サイドの蝶番を破砕してください」

「それ、名称が違ってるぞ。しっかし、また力押――って、よく考えたらこんな所を撃って大丈夫なのか?」

 子機の指示でナヴァルはショットガン――警察機構等が扉の蝶番破砕用として使う事からマスターキーと呼ばれる事もある――に手を伸ばし、彼女が言った通りの場所に向けてソレを構える。

「指摘に感謝します。親機に対するレポートを更新する事で対応いたします。――弾丸が下方に向かわないように射撃してくだされば、問題はありません」

「……仰せのままに、とっ!」

 そして、これまでの時と同じ様に、子機の最終確認を貰ってからナヴァルはショットガンを発砲。

 都合十数回の射撃で全ての蝶番を破壊し、本来の開閉方向とは真逆な方向に開いた扉に残った部位――本来の鍵と思われる機構――にも内側から弾体を叩き込み、その重厚な2枚の板を盤体から切り離し、床に落とす事で盤内を完全に露出させる。

「中身は……ハードディスクか? ――やっぱり電子機器の類は死んでるみたいだが……」

 強引に開けた扉の先は、記録媒体が整然と並ぶ重要ブロックの様だったが、他の類に漏れず、それ等は原型の面影を僅かに感じられる程度にしか形を留めていなかった。

「中央下部に厳重にシールされた情報集積用の補助部材が在るとの事。周囲4点の固定金具を外す事で内部を露出させてください」

「これか? ……よし、外れた――引き抜くぞ」

 しかし、子機の言葉に従ってナヴァルが視線をずらすと、比較的原型を留めた箱体が存在している事に気が付き、彼女の指示通りに箱体の四隅の金具を操作し、固定されていた箱体を引き抜きに掛かる。

 ――……っ、これ全部が金属の塊じゃないだろうな……?

 その大きさに違わぬ重量を力の限り引いて行くと、僅かずつにだがその内部から光が漏れ出し――。

「………ゾイドの戦闘データとかが入っている補助脳みたいだな」

 その全て引き抜いた所で、ナヴァルは見覚えのあるソレに対して素直な感想を口にする。

 この光を初めて見たのは一年程前だったろうか――。

 パンドラから課せられた課題の一環で技術部の工廠に押し込まれた頃。

 四肢の制御に異常をきたしたゾイドを調査する為に、メモリー全損を覚悟で頭部の開放調査を行っているのを見た時の光と――ソレはよく似ていた。

「ゾイドコアの構成物質と同じナノマシン群体と情報結晶型鉱石の混合部材となります」

「こいつだけが生き残っていたと言う訳か」

「本機と親機が現存出来た状況を親機が考察した際、『地下水に含まれるイオン水を糧に現存していた』という推察がなされていた事から、本施設も同じ条件が適用されていると予測しました」

「ふ〜ん……」

 ――と、なると……パンドラの姉妹の生き残りが居るとすれば、ここみたいな大深度地下や海底のような場所になる訳か……。

 環境の変化が緩やかで、かつイオン水が一定以上ある場所が合致するのだろうと当たりを付けたナヴァルは、ふとそんな真理に思い至る。

 惑星Zi全域を対象に、その中の何処かに居るかもしれない他のグリフティフォオン(パンドラの姉妹)を探すとなれば不可能に近い苦行だが、ある程度の条件が付けば見付ける事が出来るかも知れない。

 ――いや、そう上手くはいかないか……?

 先に述べた生存条件を満たす場所は、大深度地下や海底――簡単に言い換えれば俗世と隔絶された世界の果てみたいな場所となる。

 そうとなれば一番有効な探索方法は物理的な遮蔽や環境に関係なく、ZA能力者の力量が探査距離となる感能波による捜索となるのだが――。

 今パンドラがグリフティフォンに施しているという感能波に対するレジストを、他の個体も行っているとすれば――見付ける事は困難を極めるだろう。

――…………さて、そろそろ考えるか。

 思考をそんな脇道にそらしていたナヴァルは、漸く目の前の事――今作戦の目的を内包している筈の物体に向き直るが、専門の学者でもない彼に“遺跡”の技術など判る筈もない。

「……こいつも任せていいか?」

 そうして思考する事一秒弱。

 その光を放つ情報の結晶が手に負えない物と割り切ったナヴァルは、子機に処理を丸投げする。

「――やはり、ナヴァル・トーラは優秀な判断力を有していると再評価します」

 そんな責任放棄をどう解釈したら好意的な評価になるのかは不明だが、ナヴァルの頼みを素直に受け入れた子機は、納まっていた小物入れから淡く発光する箱体に飛び降り、接触を開始する。

 そうして子機が箱の中身と接触を始めてから間もなく、彼女の手足も同じ色の輝きを放ち始め――。

「――残留するナノマシン群体との同期を確立。情報結晶型鉱石からの情報の収集、及びサルベージを開始します」

 程なく、子機がその経過を言葉として発し――それは同時に、今作戦が終了した瞬間でもあった。



「目的を達した以上、すぐに離脱するべきだ」

 昨日収集したデータ群を検索していた子機より『衛星のパスコード群を発見しました』との報告が得られた事によって、ナヴァル達は目的を達成した。

 そして、必要な物を入手した以上、敵の勢力下に長居は無用。

 あとは迅速な帰還を残すのみとなっていたのだが――。

「それは何かの冗談か? ――これらの起動に成功すれば、ニカイドス島に使用した戦力以上の力が手に入る……これ程の“遺産”を無視して帰れる筈が無いだろう」

 “アルフェスト遺跡”の地下の探索を続けていた調査部隊が厄介な物を見つけてしまい、彼等は当初予定を無視する形での調査を続けていた。

 ――“古代ゾイド人”の戦闘ゾイド、か……。

 ナヴァル達が地下に降りた際に通過した最初の三叉路――グリフティフォンの開発工廠とは違う通路の先には格納庫と思しきエリアが存在しており、そこには十数体の哺乳類系の4脚系ゾイドと見えなくも無い物体とゾイドコアの培養槽と思しき物が遺されていた。

 グリフティフォンやここの情報結晶と同じく、壁面から染み出た地下水より得られた僅かな金属イオンで悠久の時を過ごしていたと思われるソレ等は、風化こそ激しいもののまだ化石化はしていなかった。

「ナヴァル三等官も先程パンドラから確認を取ったのだろう? これらの起動は決して不可能では無い、ならば――」

“敵(ウェシナ)の領内に居座り続けても、可能な限りの事をすべきだ”

 調査部隊の責任者であるローメル課長の意見はコレであり、その意図はナヴァルにも理解できるし、一部分では共感もできる。

 だが――。

「少数の偵察部隊程度ならラファルや派遣されている実働部隊でも撃退出来る。……だが、本格的に対応されれば撤退すらままならなくなる」

 今、このエリアに在るTYPHON社の戦力――特に4体のラファルの力は絶大ではあるが、万全の整備、十分な補給を続けられないこの場所での能力は限定的であり、もう一度大掛かりな戦闘状態に突入してしまえば、次はまともに動けなくなる。

 そして、ナヴァルが調査部隊の面々に伝える術を持たない“感覚”からの情報である為に発言を控えているが、彼は今もあの魅惑的な視線を感じており――その言い知れぬ圧力が、彼に早期撤退を強く促していた。

「ならば、入り口を作った状態でここを放棄しろと? ――それこそウェシナの連中に“この遺産(奇跡)”をくれてやるような物だ」

 しかし、命令に忠実に実行しようとするナヴァルの案は堅実で確実性もあるものだが、彼等の目の前に在るソレ等は、そんな定石を覆してあまりある程の奇跡である事もまた事実であった。

 そして、そのままソレを放置しておくのは、財宝を泥棒の前に置いて立ち去る事に等しいと言うのはナヴァルも理解はしている。

「“遺跡”の一階部分を全て破壊してから撤収する。……これなら実働部隊の動きの撹乱も出来る上、地下の隠匿も出来る」

 これらの“遺産”は確かに有益ではあるが、戦力化や補給の問題を考えればすぐ使える物では無い。

 ならば、『決起』が完了した後――ウェシナの主導権を握った後にゆっくり調査すればいい、と言うのがナヴァルの考えなのだが――。

「凡庸以下の愚策だ。情報結晶の状態ですらギリギリだったのだろう? 再調査までに全てが手遅れになってしまえば、ここに価値はない」

 しかし、想定外の巨大過ぎる“収穫(遺産)”を重視するローメルは既に断固とした意思を固めており、そんな彼を前にしたナヴァルの意見はあまりにも軽過ぎるらしい。

――個人的な軋轢もあるんだろうが……。

 ナヴァルがグリフティフォンの占有者に指名されてしまった事――言い換えれば一気に成り上がってしまった彼の事を良く思わない人間は、TYPHON社の重役の大多数を占めている。

 そして、ナヴァル自身もそんな彼等の考えを理解しており、ナヴァルに敵愾心を抱いている彼等の思惑や衝動はとても良く判る。

 だが、そんな個人的な意思で実働部隊の人員を危険に晒す事は許されないというのがナヴァルの考えであり、彼はローメルの方針を何とか崩せないかと画策する。

「……パンドラ、本当にこれらは稼動できるのか?」

「不明確な情報による不確定要素が多い為、多大な誤差を有する計算となりますが――起動成功の可能性は34%、プラスマイナス15%と推察できます」

「良くて半々、悪くとも5回に1回は成功し――実施出来る対象は13体。……宝くじよりも遥かに分の良い賭けだ」

「…………」

 子機の再演算の結果が厳しければ、それを足掛かりにローメルの主張を崩そうと言うのがナヴァルの思惑だったが、彼女の発した可能性は何とも悩ましい数字であり、ローメルさも当然と息を巻く。

「賭け金(チップ)はウェシナとの連戦に晒されるリスク、勝った場合のリターンは第5世代機すら歯牙にも掛けぬとされる“古代種”の接収――社長も必ずこの判断を支持してくれよう」

「――――」

 ――成果と言う目先の手柄に当てられている……いや、そも結果なんて考えていないな?

 戦闘に疎い、役員上がりの悪い常――機体が動けば乗りこなせると考えている事もあるのかもしれない。

 しかし、今ローメルを動かしているその本質が、目的と願望とを取り違えた行動だと予測したナヴァルは、無言のままその主張を覆す手立てを考え続ける。

「この良条件でも尻込みするとは、なんとも情けない……実働部隊のエースも所詮は張子の虎だな。ウェシナの本隊と戦うのが怖いのであれば、そこの後ろ盾に情報を集めて貰って1人でタイタニアに帰ってもいいのだぞ?」

「…………」

 ――いや、ただ単に想定外の手柄で自尊心を満足させたいだけか?

 ローメルの安い挑発にナヴァルの昔の血が疼き、『いっその事、こいつを謀殺して指揮権を強奪した方が早いんじゃないだろうか』と、端金で食い繋いでいた傭兵の頃の思考が頭の隅によぎり出した瞬間――。

「(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラの子機よりローメルに発言します。 ナヴァル・トーラの発言は合理的であると反論します」

 思わぬ所から発せられた言葉――問い掛けに応えるだけの物と考えられていた存在からの鋭く冷たい声に、激論を交わしていた2人を中心とした周囲の全員が思わず硬直する。

「本作戦の目的は衛星を把握する為の手段を獲得する事にあり、その成果を確実に持ち帰る事は、TYPHON社の最優先目的達成の必須条件となります」

 ――パンドラ……?

 ナヴァルが聞き慣れた、抑揚の無いフラットな声音とは明らかに異なる口調。

 ソレは、子機――いや、パンドラが事ある毎に否定していた『感情』が含まれる声であり――。

 その声を追う様にナヴァルが視線を移すと、胸ポケットに納まっていた子機が連続的な跳躍で彼の肩口へと移動するのが目に映る。

「その意見を張子の虎と称するのは、親機の占有者であるナヴァル・トーラを無為に貶める発言であり、(仮称)グリフティフォン管理ユニット、パンドラの子機は、ローメル・ラ・イールに発言の撤回を要求します」

「――っ、グリフティフォンの付帯設備如きが、何を偉そうに……」

 大の男が、手乗りサイズに縮小された女性に戦慄する。

 状況を知らない人間が見れば、酷く滑稽に思うであろう状況であったが――。

「発言の撤回を要求します。さもなくば――」

 殺意にも似た真っ直ぐな視線と決して覆す意思の無い頑強な声音は、ローメルを怯ませるだけの力があり――パンドラがゆっくりと持ち上げ、伸ばした右手に圧される様に、彼の足はその意思とは無関係に半歩退がる。

「パンドラ、それ以上はいい。これはただの見解の擦り合わせだ、ローメル課長にも理はある」

 その通告の先に絶対的な断絶の予感を感じたナヴァルは、その剣呑に横から口を出す事で打ち切らせる。

「……それよりも、ローメル課長の話――情報の集約化の件、出来るのか?」

 そうして、ナヴァルはパンドラが発露した感情――人間で言う所の怒りに関する事には触れず、ローメルが口走った提案の可否だけを問う。

「――可能です。周囲の戦力の起動には子機の存在が必要不可欠ですが、子機の構成物質の一部を使用し、圧縮した情報体を生成。ソレを本機にて待つ親機へ提出する事が出来れば、目的の情報は欠損する事無く伝達する事が可能です」

 ――……感情の話をしたら、嫌がるからな。

 努めて冷静に打ち合わせを始めた事が効を奏したのか、パンドラの声音はいつものソレに戻り――彼は『後でつつくのも止めた方が良いな』と心に留めながらこれからの方針を確定する。

「どちらにしても、この個体はあと数日で機能不全に陥ります。起動に失敗し、帰還できなくとも親機、及び子機にはなんら問題はありません」

「解った。――離脱はラファルを使わないと無理か?」

「接触の可能性は低いものの、ウェシナの哨戒部隊と遭遇した際にコレを突破出来ません。移送する情報の重要性から、ラファルの使用を推奨します」

「――本当に逃げ帰るというのか? ……精々社長のご機嫌を取っておくのだな」

「受け入れ準備を開始させる証拠に、状態の良いゾイドコアを培養槽ごと自分のラファルに括り付けて貰いますがね。――そちらが無事に帰れた後の報告は、どうぞご自由に」

 口ではそう返したものの、情報部や派遣されている実働部隊が帰還出来なかった時には後悔するだろうな、という確信がナヴァルにはあったが――彼の代わりに謀殺を実行しようとした子機を止めた以上、彼にこれ以外に手は無かった。

「――圧縮情報体を生成します」

 ナヴァルとローメルとの話し合いが決裂に終わった所で、子機は両手を伸ばし――何かを抱える様な体勢を取ったと同時に、服の端々が薄緑色の光を発し始め――。

 その光が極大化した次の瞬間、子機の衣服の丈が短くなったのと同時に掲げられていた彼女の腕の中に小さな宝石の様な物体が生成される。

「移送には、此方をお使いください」

 子機はそのまま流れる様な所作で自らの髪の半分以上を切り飛ばし、舞い散った髪は中空で先程の球体――恐らくこの“遺跡”で集めた全てが記録された圧縮情報体――が丁度収まる程の小袋となる。

「……そんな事も出来るんだな」

 そうして、その2つを受け取ったナヴァルは、圧縮情報体を小袋に詰め、それに自分の徽章用の紐を通してから服の内側に仕舞い込む。

「必ず、無事の帰還を」

「ああ。――短い間だったが、お前が居て助かった」

 その言葉を最後にナヴァルは子機と別れ、彼はTYPHON社の本社施設、タイタニアへの帰還に就いた。



 ナヴァルが“アルフェスト遺跡”を発った次の日。

 夜半の出立に加え、偽装用の迂回経路を使用したのにも関わらず、ラファルはその機動力を遺憾なく発揮する事でナヴァルを無事にタイタニアへと帰還させていた。

 そして、今作戦の目的である圧縮情報体――子機から預けられたソレを受け取ったパンドラは即座に解析を始め、衛星のパスコードは無事の彼女の物となった。

 これにより、情報部と隠匿されていた実働部隊を投入した作戦は成功という形で幕を閉じた。

 しかし、遅れて帰還する予定を組んだ情報部や実働部隊の消息は、杳として確認する事が出来なかった。

 作戦や『決起』の隠匿性を維持する為、タイタニアからは通信を発する事も出来ず――その沈黙は2週間の長きに至った。

 ――――そして、ナヴァルが帰還を果たしてから15日目。

 ウェシナ・ファルストより、『“アルフェスト遺跡”周辺にて貴社の刻印が施されたゾイドによる襲撃事件があり、その事情聴取を行いたい』という通知が成された事により、アルフェストや“遺跡”に残った情報部や実働部隊の壊滅が確定した。




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