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 北エウロペ大陸の中央北部――アンダー海に面する港町、ウェシナ・サートラル領アルフェスト。

 そこは領土の多くが砂漠で占められているサートラルの数少ない港町の1つであり、同時に古代ゾイド人の大規模遺跡である“アルフェスト遺跡”を管理しつつ、同遺跡に訪れる学者や技術者達を受け入れる拠点でもあった。

 そういった背景から町としての重要度は比較的高いものの、サートラルの海運の要衝はもっと東寄り――気象条件が穏やかなウローラにあり、その中途半端な経済力と強烈な海風に対応した背の低い街並みがアルフェストの特徴となっていた。

 ――……まぁ、ここが儲かっていないのは取り扱う商品が食料品や燃料しかなかったり、サートラルの基本流通が陸運だったりするのもあるが。

 そして、月の光を綺麗に反射する白い町並みをモニター越しに眺める黒髪黒目の青年――ナヴァル・トーラは、現在進行形で侵入中のアルフェストの概略を考えながら、乗機の各種センサーが収集した情報に視線を走らせる。

 その堀の深い顔立ちの中心にある視線は、他所事を考えつつも周囲を隈なく精査しており、アルフェスト内に設置された防衛・通信設備群を機体のメモリーに逐次記録していく。

――……ガイロスの影響が無ければ、ここも少しは儲かる筈なんだがな。

 アンダー海を挟んだ大陸に存在する西方大陸都市国家連合(ウェシナ)の仮想敵国、ガイロス帝国。

 強大な軍事国家でもある同国を警戒し、サートラルで採掘された古代チタニウム地金や各種レアメタル等の重要な鉱物資源は、全て陸送によって内地や安全な東南部の港に運ばれる為にアルフェストの経済的な旨味は低い。

 そして、そんな経済状況だからこそ警備は手薄であり――TYPHON社の少数部隊でも占拠が可能となる。

 ――……と言っても、手薄だからと言ってリスクが無い訳じゃないがな。

 そして、わざわざ危険を冒してまでこの町を押さえる目的は、“アルフェスト遺跡”の調査が完了するまでウェシナにTYPHON社の動きを悟られない様にする為になのだが――。

「……サートラル領に手を出した無法者は、3日と経たず消される、か……」

 しかし、サートラルの内の都市群全てがそんな貧弱な防衛力しか持っておらず、またウェシナ軍の駐留を拒んでいるというのに――同国の治安の高さはウェシナ随一と囁かれていた。

 そして、事前にパンドラがその件を調べた所、噂通りサートラルでのならず者による略奪や貧困からのはねっかえりによる蜂起等の発生は非常に少なく、また起こったとしてもその終息は恐ろしく早いとの事だった。

 ――サートラルをウェシナの御三家足らしめている力……アルバの生き残りが支配している云々の妙な噂は絶えないが……はてさて、真相はどうなんだか。

 作戦開始までの静寂の中、ナヴァルは最近身に付いた悪い癖――さまざまな思考の寄り道――を続けながら、彼は乗機の歩みを進める。

 ナヴァルの今の乗機、今作戦の初動目的達成の為の要諦となる機体――スピノサウルス型の特殊戦用大型ゾイド、ティフォリエス。

 ネオゼネバス帝国が開発した特殊戦闘用大型ゾイド、ダークスパイナーと良く似たこの機体は、TYPHON社が『決起』の切り札の1つとして開発した、部隊隠蔽の魔術師である。

 このゾイドの特徴である欺瞞機構は、大別して2つ存在する。

 1つは実働部隊をウェシナに気が付かれずにアルフェストまで進出させた能力――レーダーに対する強烈な広域欺瞞機構。

 もう1つは、現時点で目下発動中の、ティフォリエス自身に対する絶対的な複合ステルス機構。

 それらを駆使する今のナヴァルの目的は、“規定の時間”にアルフェストの中心に辿り着き、先に述べた広域欺瞞装置を最適なポイントで発動させる事であり――今、敵領域の只中を単機で侵入していた。

「パンドラ、光学センサーで得た情報を集約して、サブモニターにオーバーレイ出来るか」

 そんな中、夜の帳の中にある町並みに“厄介な影”を見つけたナヴァルは、機内に居るもう1人――パンドラの子機にそんな提案を投げ掛ける。

 青いドレスを纏った、十数センチ程度にまで縮小された美女。

 子機の容姿を例えるなら、まさにその一言で済み――。

「可能です。ナヴァル・トーラに対する、戦闘支援を開始します」

 ナヴァルがパンドラと呼んでいる彼女の分身は、コンソールの窪みにチョコンと嵌まり込んだまま彼女と変わらぬ反応を返し、僅かな間を置いてから片側のサブモニターにラプトル型ゾイドの姿が表示される。

 ――見間違いではない、か……。

 サブモニターに表示された画像はナイトヴィジョンモードである事から、その特徴的な色を把握する事は出来なかったが――。

 重厚な装甲で覆われた、一目見ただけで堅そうだと認識出来るウェシナのラプトル型新鋭量産ゾイド――ゼニス・ラプターがそこには映し出されていた。

 中型ゾイドでありながら並の大型ゾイドを遥かに上回る火力と防御力、平均以上の機動・運動性能を有するこのゾイドは、現在のウェシナ軍の最精鋭機と言える第4.5世代型ゾイドである。

 同時に、ウェシナの中核である御三家でありながら軍の駐屯を認めないサートラルに居ていい機体ではない。

「数は……3体か、なんでこんな所に居る……?」

「当該ゼニス・ラプターの機体識別番号から所属を検索しました。――ウェシナ・エクスリックスの所属機です」

 ――…………謎が深まったな。

 ウェシナ・エクスリックス――先に述べた御三家の1つであり現在のウェシナを統べる宗主国、つまりは本国である。

 しかし、総兵力の少ないウェシナは本国にお飾りを置いて置く余裕はなく、エクスリックスには他国であれば親衛隊と称する様な極少数の精鋭部隊しか配備していないとされている。

 そして、だからこそ――そんな貴重な戦力がこんな辺境に居て良い筈が無い。

「当該機の行動目的を、対象の運用履歴から予測――当機のライブラリーに存在しない為、本機と接続できない現状では検索不能」

「奴らの詳細は今必要な案件じゃないから、それはもういい。……ゾイドに乗っているZA能力者は居ないみたいだが、確かか?」

 その3体がここに居る事が気にならないと言えば嘘になるが、現在進行中の作戦遂行上必要のない情報を遮断する様に、ナヴァルは今必要な情報を子機に求める。

 ZA能力者は機械的な要素に影響される事なく、感覚的にゾイドの存在を知覚する。

 言い換えれば、ティフォリエスの隠蔽システムでゾイドの存在を隠す事が出来ない彼等の動きは、今作戦に置ける最大の懸案事項となる。

「施設内に数名の存在を感知しておりますが、組織的な警戒網の寄与は行っていない模様」

 そして、ナヴァルの発した懸念事項の確認に対して、子機は明確な断言で応え――。

「了解だ。ならばこのままプラン通りに行くぞ」

 ソレを根拠に、ナヴァルはこれからの方針を確定する。

「…………あ、そういう言えばOS(オーガノイドシステム)搭載機が近くに居るのに、頭痛がしないんだが?」

 そうして、指定ポイントの目前まで辿りつき、後は予定の時間を待つだけとなったナヴァルは――ふと、そんな疑問を子機に問い掛ける。

 パンドラによると、ナヴァルがOS搭載機と相対した時に感じる頭痛は、OSによるZA能力者への対抗措置の結果であると言う事だった。

 理論としては、OSの破壊衝動に汚染されたゾイドの意識を感じてしまうからだと説明されていたが――そんなOS搭載機(ゼニス・ラプター)が3体も居れば、ナヴァルに掛かる重圧は相当なものになっていなければならない筈だった。

 ――その重圧……頭痛が全く無い。まさかOSを搭載していないゼニスが居るとは思えないが……。

「子機がレジストを掛け、OSが発するノイズからナヴァル・トーラを保護しております」

「……そんな事が出来るのかよ」

 そんなナヴァルの疑問に対し、子機は事も無げに衝撃の事実を返答する。

「所有者やそれに準ずる者への戦闘支援を準備した事によって開示された機能であり、ティフォリエスに子機が搭乗するまで、親機及び子機もその機能を認識しておりませんでした」

「…………いつも居てくれれば楽なんだがなぁ」

「――作戦エリアに到達しました。本エリアがウェシナ軍の掌握している衛星の有効探査範囲外となるまで、残り20秒」

 今になって明かされたパンドラや子機の能力とその力に対する率直な願望をナヴァルは口にするが、任務に忠実な彼女の分身らしく、子機は状況報告を優先する。

「……正確な仕事をどうも」

 通信・索敵妨害の継続時間が長ければ長い程、作成の成功率は向上する。

 それ故、アルフェスト市周辺が衛星の光学観測域を離れたと同時にティフォリエスが電子的な隠蔽を仕掛ける事が出来れば、アルフェスト近郊に潜んでいる襲撃班の負担を大きく低減出来る事から、子機の対応は極めて正しい。

「カウントダウン開始。残り5、4、3――」

「…………」

 そうして始まった緊張の中、ナヴァルは子機の合図と同時に使用するティフォリエスの
広域欺瞞機構と両肩部兵装(40mmマシンガン)のトリガーに指を掛ける。

「――ゼロ」

「……っ!」

 子機の宣言と同時に、ナヴァルは電子妨害を開始しつつ上空に向けていた40ミリマシンガンの右を1発、左を3発撃ち出し、夜空に4つの巨大な光を発生させる。

 ティフォリエスが通信妨害を開始している事から、無線通信は敵味方共に使用出来ない。

 よって、作戦開始の可否や最低限度の情報は光学視認――露見する可能性があったとしても――信号弾という古典的な手段が確実となる。

「信号弾の正常動作を確認。青玉1、赤玉3――打ち上げに問題なし」

 ちなみに、今回の信号の意味は『作戦実施可能、イレギュラー3』となる。

 ――ゼニス以外は、この町の自警団の物と思われるコマンドウルフが6体にゴドスが10体少々……そんな戦力、障害にもならないからな。

「ゼニスを1機殺る、周辺警戒頼むぞ」

 そう宣言したナヴァルは子機の返答よりも早くテフィフォリエスをゼニス・ラプターの後ろに回り込ませ、今し方信号弾を発射した40mmマシンガンをその無防備な背面に向ける。

「ナヴァル・トーラへの戦闘支援行動を強化――友軍の行動開始を探知、状況進行に異常は無い模様」

「了解だ……!」

 パンドラの復唱と共にナヴァルはトリガーを引き、40mmマシンガンが再び火を噴く。

 もしもナヴァルの乗機を傍から見たとすれば、何も無い場所から突如としてノズルフラッシュが発生した様に見えただろうが――ティフォリエスの肩部兵装は、確かに存在する弾体を撃ち出す。

 そうして最初に発生したのは、青玉4つと赤玉2つ――40mmマシンガンに装填されていた残りの信号弾による派手な閃光。

 続いて、その光に紛れる様に続けられた40mmHEAT弾が、至近に居たゼニス・ラプターの背後――非装甲部に叩き込まれる。

「――以後は交戦を避けて妨害電波の発信に専念する。こっちでも注意するが、敵のZA能力者の動きには気を払ってくれ」

「了解しました」

 その結果、脚部駆動部や胴体の主要部に数多くの損害を被ったゼニス・ラプターは糸の切れた人形の様に崩れ落ち、ナヴァルはソレを確認したのと同時に子機にこれからの方針を伝え、乗機に退避行動を取らせる。

 今のナヴァルの乗機であるティフォリエスは、いくら大型ゾイドと言っても所詮は支援機である事から直接戦闘には向いていない。

 よって、ナヴァルの判断と行動は正しい対応と言えるものだったのだが――。

「――報告。残存ゼニス・ラプターに動きあり」

「……何?」

 潜む場所を探していたナヴァルに子機の言葉が届き、先程まで見ていた方向へと彼が視線を向けると、残存する2体のゼニス・ラプターが既に奇襲の混乱から抜け出しているのが見て取れ――。

 次の瞬間、1体はスラスターも使用した全速での戦域離脱を図り、もう1体その背後を守るように僅かに後退しながら周囲の警戒を開始する。

 重ね重ねになるが、今回の作戦成功の条件は“アルフェスト遺跡”の探索が終わるまで、TYPHON社の部隊が外部からの干渉を受け無い事が絶対条件であり――。

 現時点における最大の懸念は、たとえ1体でも敵機に逃げられる事となる。

「逃げに徹して情報を外部に伝える気か……? パンドラ、レーザー通信が繋がる奴を探――」

 原因不明の奇襲によって僚機を失った直後でありながら、そんな冷徹な判断を下せた敵機に危機感を抱いたナヴァルは、次の命令を子機に発しようとしたが――。

 ――…………見られた?

 ソレを言い終える前に、ナヴァルは退避せずに周囲を見渡していた方のゼニス・ラプターとモニター越しに目があったと感じた。

 重厚な装甲で覆われた頭部の中心やや上――頭頂部が可動した事で展開される光学センサー、サードアイシステム。

 本来長距離攻撃や偵察に用いられるゼニス・ラプターの索敵装備の1つだが、その分解能は――。

「バレた、逃げるぞ……!」

 ナヴァルが至った結論が敵機の挙動に表れるより早く、彼は乗機を翻(ひるがえ)させ――逃走に転じたティフォリエスの側面や背後を40mm徹甲弾が掠め飛んでいく。

 ――潜める物陰は……っ、大砲が来るか!?

 倉庫群ですら高さの低いアルフェストの街並みの中、ティフォリエスが隠れられるだけの建物を探していたナヴァルは横目に敵機の巨砲――背部の大口径グレネードランチャーが動くのを察知。

 ソレから逃れるべく、ナヴァルはティフォリエスの運動性能をフルに活用した大跳躍でその照準をズラし、着弾の爆炎を置き去りににしながら建物の影へと乗機を滑り込ませる。

「――危険な状況であったと思考します」

「まだ終わってないがな……っ!?」

 ――くそ……潤沢な火力を見せ付けやがって……。

 盾とした建物の両端に晒される火線――40mm徹甲弾に紛れた曳光弾と時折放り込まれる榴弾の爆炎がティフォリエスの装甲を照らす。

 ソレ等はただの牽制と思われるが、ナヴァル達にとっては目に見える脅威として動きを抑え込まれており、この場所からの進退を許さない。

「ナヴァル・トーラ。現在地点からレーザー通信を行える味方機は存在しません」

 遮蔽物に極めて弱いレーザー通信の実施を命じておきながら物陰に隠れているのが現状だが、その状況を正しく理解している子機はそんな理不尽な状態であっても忌憚のない報告を伝えてくる。

「判った。――どうする……?」

 焦りを抜き、冷静さを取り戻すべくナヴァルは疑問を口にするが、打開策は浮かばない。

 下手な大型ゾイドを遥かに上回る火力と正面・側面装甲を有するゼニス・ラプターの戦闘能力は、直接戦闘に向かないティフォリエスのソレを遥かに上回っており――発見されてしまった以上、逃げに徹する以外に道はない。

「とは言っても、ここから離れる訳には…………?」

 そんな絶望的な状況の中、ナヴァルの思考はふと疑問を感じた。

 ――性能で圧倒しているなら、なんでこんなまどろっこしい足止めなんて……っ!?

「曲射榴弾か……!」

 判断と行動は一瞬の内に繋がり、前と後――どちらに飛んで避けるかを一瞬迷ったナヴァルであったが、曲射なんていう奇策を打つ敵なら策を巡らすと判断して前進を選択。

 その意を受けたティフォリエスは40mmが時折横切る路地を走り抜け――。

 次の瞬間、放物線を描いて上空から落着した大型榴弾の爆炎に吹き飛ばされ、前につんのめってから転倒する。

「っ……パンドラ、損害報告――右のサブモニターに5秒」

「了解」

 衝撃に視界も定まらない中、ナヴァルは追撃として放たれるであろう次の榴弾を避けるべく、ティフォリエスに転倒状態からの跳躍を実施させ、次の建物の影へと乗機を滑り込ませる。

 遠くに追撃の着弾音が響くのと子機が実施した損害報告が表示されるのは、ほぼ同時。

「次、走り回れるエリア……ジャミングフィールドの展開限界範囲を主モニター上にオーバーレイ」

 その衝撃と側面に表示されたCG映像――40mm徹甲弾を装甲に1〜2発受けた程度で、機能上の問題は発生していないティフォリエスの状況――を横目に確認したナヴァルは、子機に次の指示を発する。

「了解。――表示まで、3秒」

 戦闘補助に関する打ち合わせをしていなかった事から、出来るかどうかはナヴァルにも疑問だったが――子機は彼の唐突な命令に対し、明確な肯定を返す。

 ――そうだろうと思っていたが……優秀だな。

 その返答を心強く思うのと同時に、ナヴァルはティフォリエスの体勢を整えさせたと同時に疾走を再開させる。

 だが、次の瞬間――その目の前にCGで構築された壁が発生し、ナヴァルは走り出したばかりのティフォリエスを急停止させる。

「――っ、狭いな……!?」

 その情報によってナヴァルが自分の動ける領域を痛感したのと同時に、彼は背後に“感覚”からの鈍い反応を察知。

 ナヴァルがソレに従って視線を向けると、彼等を追って路地に突入して来たゼニス・ラプターがティフォリエスを見つけるのに手間取っている事を確認出来――。

「…………成程な」

 その事実を認識したナヴァルはティフォリエスに次の指示を送り、盾としていた倉庫の上へと乗機を跳躍させ、そのまま建屋の反対側に飛び込ませる。

 ――奴がこちらを見る事が出来る視野は、限られている……か。

 一撃を受けるだけでも危険な状況に変わりはないが、ゼニス・ラプターが今見る事の出来る視野の狭さは、この窮地を乗り切る切っ掛けに成り得るとナヴァルは考え、そのまま降り立った倉庫の隅にティフォリエスを潜ませる。

「レーザー通信の実行に成功。北西部、及び南部の包囲部隊に状況を通達」

 そんな状況の中、建物の陰に潜んでいるとはいえ開けた場所に出た事から通信成功の報が子機から届き――。

「判った。……来たな」

 その報告に応えながら上方の動きを窺っていたナヴァルは、自分達が貼り付いている倉庫の上にゼニス・ラプターが飛び乗った事を察知する。

「――ナヴァル・トーラ。このまま増援が来るまで潜伏する事を推奨します」

「ダメだ。見つかる可能性が高い上、次に発見されたら多分逃げ切れない」

 絶対の死神が頭上に居る――そんな緊迫の中、子機はその極限状態を永遠に続ける事を提案してくるが、この状況を反撃の起点と考えているナヴァルはソレを拒否する。

 ――……上の奴は、サードアイの狭い視野で遠くに逃げたと思っている俺達を探している……チャンスは今しかない。

「では、ティフォリエスによる妨害行動を子機に任せ、ナヴァル・トーラは機外へ脱出、戦闘終了まで港湾部に退避する事を提案します」

「……出来ない相談をするな。――行くぞ」

 ――狙いは……敵機左腕、ハンドグレネードランチャーと頭部顎下。

 その思惑の下、ナヴァルは遠くを見渡しているゼニス・ラプターに対して真下から見上げる様に40mmマシンガンの狙いを付け――連射。

 そうして至近距離から放たれた躱し様の無い弾体群は、ナヴァルの狙い通りの場所に着弾。

 ハンドグレネードの弾倉に着弾した弾体は盛大な誘爆を発生させ、ナヴァルの目論見通りにゼニス・ラプターの左半身を焼くが――。

「っ、これでも抜けないか……!?」

 しかし、その誘爆は確かに損害を与えはしたもののゼニス・ラプターの左腕は原型を留めており、顎下に着弾した弾体に至っては表層を僅かに黒ずませただけで止められていた。

 そして、ナヴァル達を見失っていたゼニス・ラプターも――流石に攻撃を受ければ彼等の居場所を察知する。

「――すまん、しくじった」

 その視線から逃れる様、ナヴァルは潜ませた状態のティフォリエスを物陰からスタートダッシュを実行させ時間を稼ぎに掛かる。

「支援要請に返答有り、対応開始までの時間は不明」

「恩に着る。――時間を稼ぐ、追加情報があったら直ぐに……っ!」

 子機の迅速な対応に深謝を返しつつ、ティフォリエスに疾走を続けさせていたナヴァルはその全てを言い終える前に“感覚”と視線の端に映る光から危機を察知。

 その直感からナヴァルがティフォリエスに回避挙動を優先させた瞬間、40mmの曳光弾が機体の周囲を掠め飛び――その数倍は飛んでいる筈の徹甲弾が機体各所に突き刺さる。

「被害拡大中。コアブロックへの損害は現状無し、大腿部フレーム一部破損により機動力27%低下、子機では挙動補正の実施は不能」

「くのぉ……!」

 サブモニターのCG映像に加え、子機からの音声による被害報告を聴きながらナヴァルはティフォリエスの背ビレの下端に装備された連装ビームを起動させ、乗機に逃走を続けさせながらゼニス・ラプターへの反撃を開始する。

「警告。粒子ビーム、敵機表層まで届いておりません」

 だが、子機の着弾観測からも判る通り、ジェノザウラーNEXTの荷電粒子砲すら低減させるゼニス・ラプターのコーティングはそんな低出力ビームを容赦なく弾き散らす。

「元から威力は期待していない……!」

 ――閃光で視界が奪えれば、それで……!

 しかし、その事態も織り込み済みで射撃を開始していたナヴァルは、ティフォリエスの3射目が無力化されたのと同時に急激な方向転換を実行させ、ゼニス・ラプターの継続的な射撃から逃れようとする。

「っぅし、奴の視界から外に――」

 そして、その目論見通り、ゼニス・ラプターのサードアイの視野外に出た事で敵機の火線は見当違いの所に飛び始め、ティフォリエスは一瞬の平穏を得るが――。

 次の瞬間、当てずっぽうにばら撒かれた横方向への掃射がティフォリエスの脚部を捕らえ、不運にも重要な部位に着弾したらしく――衝撃と共にナヴァルの視界が暗転する。

 ――っ、くそっ……!?

「左脚部との接合部に直撃弾を受けた模様」

 子機の報告とサブモニターの表示から、ナヴァルが先の衝撃の原因――左足を穿ち飛ばされたティフォリエスが転倒した事による損害であるとナヴァルは認識し、その状況に歯噛みする。

「支援機の状況――あと、ジャミングフィールドはちゃんと生きてるか?」

 足を奪われると言う致命的な状況だが、ナヴァルはまだ在る希望を信じて行動を続ける。

「支援予定の機体に対して戦術情報の共有を実行中。ティフォリエスに関しては、左足の欠損以外に重大な損害は発生しておりません」

「それなら何とかなるか……?」

 行動不能に陥ったものの、サードアイの視野から外れる事には成功している事から暫くは時間が稼げる筈であり――支援機と位置情報等の情報交換を行っているならば、もうすぐ援護が入る。

 ――っ、クソ……!

 だが、現実は甘くはないらしく、ナヴァルが“感覚”からの違和感で向けた視線の先で厄介な状態が起こりつつあった。

 ――こっちは1機しか居ないんだから、探して40mmを使いやがれよ……!

 圧倒的優位な状況にありながら、ナヴァル達を見失ったゼニス・ラプターは背部グレネードランチャーによる絨毯爆撃を選択。

 砲身の動きからその前兆を察知したナヴァルは、ティフォリエスに残る右足で機体を跳ねさせ、ゼニス・ラプターが当たりを付けた榴弾の爆発半径から逃れる。

 だが、いくら完全な読みであったとしても大口径グレネードの広大な加害半径から足一本の跳躍で逃れられる筈もなく――機内に再び衝撃が走る。

「っ……どうなった!?」

「損害――右脚部、足首より先が損失した模様」

 幸いな事に直撃は避けられたようだが、接地点を失った状態ではもう跳ねる事も出来ない。

 そんな危機的状況の中、ナヴァル達を見失ったままのゼニス・ラプターは絨毯爆撃を続けるべく砲身を動かし、次の攻撃範囲が確定する。

「……っ!」

 時間にすれば数秒の僅かな瞬間の出来事だったが、極限状態にあるナヴァルにとって、ソレは次の着弾点の予測までがついてしまうだけの猶予だった。

 ゼニス・ラプターの次弾の着弾予測点は擱座しているティフォリエスの左側面――左側に倒れている状態を考えれば、上方と言って差し支えない場所であり、距離は遠い。

 この距離なら、黙って受けても装甲でギリギリ受けられる加害範囲であり、生存を希望するなら動かないのが正しい選択だったが――。

 ――ダメだ、背びれを守れ……!

 しかし、自分の生存確率よりも目的達成を選択した、ナヴァルは残る右足の膝部で機体を半回転させ着弾方向に非装甲面(無防備な腹)を向けさせる。

 その対応が成された瞬間、ゼニス・ラプターが投射した大型榴弾の着弾と衝撃音が走り――。

 そして、その重い振動と合わさる様に響いた荷電粒子砲の照射音を最後に、コックピットのメインモニターがブラックアウトする。

「ナヴァル教官! ご無事ですか!?」

「…………何とかな。アルトラか――助かった」

 主要な光を失った機内――生き残ったサブモニターと非常灯による僅かな光の、元教え子からの通信で状況を察したナヴァルは自分が助かった事を認識した。

「こっちの事は気にするな。……逃げたもう1機ゼニスと施設制圧、頼むぞ」

「――了解です」

 今作戦の後詰であるラファルを駆る元教え子(アルトラ)に対し、ナヴァルは感謝と願いを告げ、短な返信と切断ノイズを最後に共にレーザー通信が切れる。

「――――」

 コックピット機能が失われている状態では、ナヴァルが作戦に寄与出来る事はもう無い。

 しかし、それでもナヴァルは身一つで出来る思考を再開する。

 ――主モニターが死んだか……榴弾の弾殻が顎下を貫通したのか?

 前線での戦闘に参加しない事を想定している電子戦用等の特殊戦闘型は、背面や下面に装甲を配されない事が多い。

 そして、ティフォリエスもその類に収まっている事から、歩兵が運用可能な銃器でも抜かれかねないのがこの機体の現実であり――炸裂距離が遠かったとは言え、榴弾の加害範囲に晒されてタダで済む筈が無いのは当然と言える。

 ――……よく無事だったもんだ。

 そんな被害考察から、コックピット内が中破する様な状況下で掠り傷一つ負っていない今の奇跡にナヴァルは感謝するが、それと同時に広域欺瞞機構が正常に機能しているのかどうかと言う危惧に思い至る。

 アルトラとのレーザー通信で指摘さられなかった事から広域欺瞞は恐らく発信され続けている筈だが、一度発生した恐怖は簡単には拭えない。

「……パンドラ、機体の状況は?」

 その杞憂を払拭するべく、ナヴァルは何故か沈黙したままの子機にその疑問を投げ掛けるが――。

「――ナヴァル・トーラ。精神面に不備がある状況であれば、事前に報告する事を要求します」

 ナヴァルの問いに対し、子機は咎めるような追及で返してきた。

「…………なに?」

「これまでの戦闘履歴から、今戦闘におけるナヴァル・トーラの操縦には周到な未来予測の思慮が欠けていると推察。体調面以外での問題が発生していると予測しました」

「――む」

「子機には次の機会が無いと予測しますが、親機に関わる事案に対しては正常な対応を希望します。――残存しているサブモニターに被害状況を表示します」

 そうしてパンドラの子機としての言葉を言い切った彼女は、その発言の最後にナヴァルの命令を実行し――損傷したコックピット内に残された僅かな光源の1つ、右側のサブモニターに赤い表示が灯る。

「うっわ、酷……」

 その変化に、ナヴァルは『何故赤くなったのか?』と疑問に思ったが――それもその筈、表示されたティフォリエスの損害は、背びれ以外の殆どが機能不全である事を示していた。

「これ、コアジェネレータとか大丈夫なのか?」

 システム上ではまともに動いている様だが、実は破片が突き刺さっていて爆散寸前とかだと流石に笑えない。

「只今より直接確認に向います。――子機が戻るまでの間、無為に動かないように」

 ナヴァルの危惧も当然想定していたらしい子機は、そう告げてからまるで熱に溶ける氷の様にコンソールの中へと沈んでいく。

「あぁ、そうか……」

 ――身体の構築物がゾイドコアと同じ物(ナノマシン)で生成されているから、ゾイドの神経束等に紛れてゾイドの体内を移動できるんだな……。

 その変化を完全に子機が居なくなるまで見送っていたナヴァルは、加えてあのサイズなら、身体を元の形に再構築するのにも苦労はしないだろう、とも考えたが――。

「……いや、完成している構造を崩しているんだ――代償が無い筈はないか……」

 その楽観的な思考を自ら打ち消し、先程の子機の発言を考える。

「…………無理をしている心算は、無いんだがなぁ」

 損傷したコックピット内に残されたサブモニターが移すアルフェストの町並み――時折閃光が生まれるソレを眺めながら、ナヴァルは子機の言葉を何度も反芻(はんすう)する。

 ――……いや、違うか。

 常に冷静であり、感情で行動せず、無限にも思える情報を持ち、高い能力を有する。

 そんな完璧な存在であるパンドラがナヴァルに価値を見出しているのは、恐らく最善を尽くそうという意思と気概にあり――確かに、先程までの自分は成果に焦っていたのだろうと彼は考え至る。

「……まだ、纏まっていなかったと言う事か」

 ラオの事を割り切ったと思えた事、パンドラに対して新しい願いを得た事。

 ナヴァルとしては、今日の作戦が始まる前に全ての事に折り合いを付けられたと思っていたのだが――その実、まだ思考の整理が完全に済んでいなかったのだろう。

 ――……俺は、求められた結果を出せばいい。……ラオに拾われた時から、そうしていた通りに。

 先日得た願いも――順当に行動し続ければ、その願いは近くに来る。

 ナヴァルがそんな自分の在り方を改めて心に決めた時、“感覚”を通してパンドラからコアブロックに異常なしの報告を受け――。

 それから十数分後、アルフェスト周辺の障害を殲滅したと言うレーザー通信を受け、アルフェスト制圧作戦は完了した。




 アルフェスト制圧作戦の翌日。

 今回の作戦で計画された戦闘任務を完遂した実働部隊は、ラファル以外の戦力をアルフェストに残し、その目的を果たすべく“アルフェスト遺跡”への移動を開始していた。

 その間の移動手段として選ばれたのは、惑星Zi最良の陸送ゾイドと称されるダンゴムシ型ゾイド、グスタフであり――ソレ等4体で構築された車列は、一路南へと歩みを進めていた。

 ちなみに、車列の1番目と4番目にはラファルが2体ずつ積載され、2番目には情報部の人員、3番目には4体のゴーレムと調査補助機材を積載されており――。

 その3番目の機内、戦闘ゾイドとは異なる柔らかな座席に揺られながら、ナヴァルは朝食となる携帯食料を咀嚼していた。

 ――……どうにも落ち着かない。

 昨日の夜襲を終えてからすぐの移動という強行軍ではあるものの、子機の支援を受けているナヴァルはつい先程までの移動時間を睡眠に充てる事が出来た為、体調に問題は無い。

 そして、今ナヴァルが頬張っている携帯食料の味気ないパサパサ感も、長年ソレが主食だった彼にとってはなんら問題なく――むしろ、パンドラが提供する豪奢な食卓よりも情緒は落ち着く筈の状況と言える。

 加えて、睡眠を取れた事からも判る通り、機内は外の灼熱地獄を全く感じさせない程度の空調が効いており、比較的快適な環境にナヴァルは居ると言える筈なのだが――。

「…………」

 ――視線……いや、違うな――何というか、誰かの息遣いがすぐ近くにある様な……。

 それは魅惑的な異性の息遣いの様に、決して不快なソレではないのだが――得体の知れないその気配は、ナヴァルに確実な緊張を強いていた。

 ちなみに、今作戦に割り振られた実働部隊の構成員は少なく、その人員達も臨戦態勢を敷いている事から機内にはナヴァルと子機しか居ない。

 そして、ここはレッドラストの端であり――当然の事だが、周辺の灼熱の砂地には人影一つ無い。

 だが、ナヴァルの“感覚”は確かに何かの存在を感じ、その思考を乱していた。

 ――…………まぁ、悩みの種はそれだけじゃないんだがな。

 昨日のアルフェスト制圧作戦後に発見された1つの大型コンテナ。

 その中に詰まっていた“とある兵器”が、要領を得ない“感覚”以外の面でもナヴァルの思考を圧迫していた。

「ナヴァル・トーラ。なにか問題が?」

 そんな穏やかでないナヴァルの内面を感じ取ったらしい子機は、視線を外から彼の方へと向け、彼を見上げながら気を遣ってくる。

「…………アルフェストにあった戦略兵器(クラスAAA弾頭)――どう思う?」

 パンドラと同じ様な子機の心遣いを有難いと感じつつ、ナヴァルは彼女も知っている問題を相談するべく話題を振るが――。

「――該当兵装に関する情報が圧倒的に不足しております。親機から提供されているライブラリーのタイトル一覧にも該当情報が存在しない事から、本機との接続が再開されたとしても予測は不可能と思考します」

 その疑問に対し、子機は自分自身――ひいてはグリフティフォンですら判断できない事態であるという予測を返してくる。

「……そうか」

 パンドラでも把握していない事がある事実にナヴァルは若干驚きつつ、彼は益体の無い事だと判ってはいても“件の拾い物”に関する事を考えてしまう。

 ――戦略兵器……今回の場合に置いては、たった一発で都市を削る事も可能な大量破壊兵器だな……。

 ソレは、目標を射程内に収める事が出来れば、それだけで戦闘を終結させられる可能性が発生する兵器であり――惑星Ziに置いては、へリック共和国が西方大陸戦争にて使用し、ソレに終止符を打った事でその在り方を知らしめた強大な力である。

 そして、使ってしまえばその存在価値を失うのは通常兵器と同じだが、ソレと大きく異なるのはただの数発を持っているだけで安全保障の一翼を担えると言う絶大なコストパフォーマンスにある。

 ――まぁ、運用方式が特殊過ぎるんで、例え保有してもTYPHON社では攻撃に使えないんだが。

 へリック共和国のウルトラザウルス・ザ・デストロイヤーやウェシナのフルンティングの様に、その大重量を安全・精密に投射もしくは爆撃出来るゾイドが存在しなければ、ソレ等の兵器も自決用位にしか使えない。

 しかし、例え敵に撃ち込む事が出来なくとも、敵国の進出を阻害するという安全保障の観点から見れば保有しているだけでも価値のある最大の抑止力ではある。

 ――そんな物騒な品が20発。

 アルフェストの片隅に放置されていたコンテナには、人が生み出した最大火力――悪く言えば悪意によって平和を生す諸刃の刃が満載されていた。

「……面倒な謎ばかりが残ったな」

 昨日交戦したゼニス・ラプターはソレ等弾頭の護衛だったのかもしれないが、そもそもあんな危険物を大量に運んでいた意図が想像もつかない。

「――対象弾頭は刻印が潰されていた事から製造年は不明となっておりますが、表層の状況からZAC2112年頃に製造された弾頭と推察。――あと3年以内に正常起爆が不可能となる可能性が発生する、老朽品と予測します」

「そんな廃品寸前でも使い道はあるんだろうがな……」

 保有を明言し、実験と称して一発でも使用すれば侵攻に対する抑止力にはなる。

 ――と言っても、同じ物を公表しているだけでも150発以上も保有し、かつ攻撃対象にぶち込める輸送手段(フルンティング)も有するウェシナと事を構えるとなれば――TYPHON社が保有宣言をした瞬間にオルリア市ごと焦土にされかねないが。

 大損害を与えられる可能性として敵国の動きを制限するのが戦略兵器であり、そんな物を持った反体制勢力が国内に存在するという事態は安全保障の許容を遥かに超えた状態になり、ソレを容認する様な国家等存在しない。

 ちなみに、通常戦力では量・質共に今一歩ながら、絶大な国力とウルトラザウルス・ザ・デストロイヤーという“運用可能”な戦略兵器を有するヘリック共和国が惑星Ziの覇者となるだろうというのが、軍事方面だけで見た場合の世界の多数派見解である。

 ――ま、いくら軍事面での優位性と豊かな国土があっても……あの国の社会問題は尋常じゃないからな……。

 総体として俯瞰すれば、この惑星のゼロサムゲームの結末は誰にも判らないという事になる。

「――――」

 ナヴァルが問題をはぐらかす為に行った思考は、逸れに逸れまくっても結局陰鬱な結果しかもたらさず――ソレに辟易した視線が、キャノピーの外へと視線を戻した子機を捉える。

 その後ろ姿は精巧な人形の様に美しくも愛らしいが――ナヴァルの目に留まったのは砂漠の光を弾き、エメラルドの様な光を湛えている長い髪だった。

 ソレは不整地を走るグスタフの振動に合わせて不規則に揺れ、万華鏡のように飽きない輝きを見せており――。

「んー……」

 その光に引き寄せられるように、ナヴァルは指を伸ばす。

「――なにか?」

「いやな……そう言えば触った事がなかったな、と思ってな」

 鉱物的な見た目とは裏腹に、その触り心地はナヴァルが何処かで一度だけ触れた事のある上質な絹を思わせる物だった。

 ――……むぅ。

 滑らかでありながら、しっとりとした質感と僅かな弾力を感じさせるソレは、ある種の中毒性を生む触り心地であり――ナヴァルはそのままソレを撫で続ける。

「――でっかい方も、こんな感じなのか?」

「子機と親機の構成物質は同質である事から、親機の感触も変わりはないと推察できます」

「そうか」

「――親機から預けられている情報から、子機はナヴァル・トーラにはまだ不調があると推察します。占有者の生命保護の観点から、症状の開示を求めます」

「いや、そんな不調は――」

「ナヴァル・トーラは何らかの不備がある場合、特異な挙動を取ると言う統計を親機より預かっております」

「む……」

 人の所作を統計まで取って記録しているというパンドラの行動にナヴァルは驚いたが、指摘されてみれば、確かに不調な時にちょっかいを掛けては逆に突かれた気がするという納得もあった。

「子機及び親機は本機の占有者の健康を管理し、その維持存続を行う義務があります。――子機は、ナヴァル・トーラに症状の開示を求めます」

 ――……ちっこくても対応は変わらないんだな。

 そして、一度決めた目的を達成するまでは梃子でも動かない子機の頑固さに苦笑しながらも、ナヴァルは正解を引き当てた洞察力に感心する。

「――白状するとな……今朝辺りからずっと、何かがすぐ近くに居るような気がしててな」

 そして、その追及に根負けする様に、ナヴァルは自分でも判断の付かない“感覚”を何とか言葉として表現する。

 その要領を得ない返答に、子機は怪訝な顔するだろうなとナヴァルは思っていたのだが――。

「――――」

 ナヴァルを見上げる子機の表情は、彼女にしてはひどく珍しい――驚いたような顔を見せていた。

「…………なんだよ、その顔」

「子機及び親機は、ナヴァル・トーラの潜在能力を見誤っていたと思考し、子機は親機へのレポートを更新します」

 そうして子機は、彼女やパンドラにしかその全容を理解出来ない自己分析の結果を言葉として発した後――。

「子機が行ったZA能力濃度観測により、北エウロペと称されるこの大陸全土に発せられている感応波の発信元が、ウェシナ・サートラル領と呼称されるこのエリアの中心部であると推察しております」

「…………はい?」

 何かの聞き間違いであって欲しいとナヴァルが思うような報告を続けてきた。

「この感応波の強度及び隠蔽精度から、この広域探査はランクS+以上のZA能力者が行っていると考えられ、ランクB以下のZA能力者ではその動きを観測出来ないと思考しておりましたが――」

 そのまま子機は重要そうな情報を言い続け、ナヴァルがその情報量と嫌な予感に眉を顰める中、彼女はまた珍しい表情――今度は誇らしげな微笑み――と共に、まだ言葉を続ける。

「これを知覚できた事から、ナヴァル・トーラの“感覚”は“探知”に適性がある物と推察。今後の教育方針に変更を加える様に親機に提案します」

 ――……なんか、全然嬉しく無い事を最後に言われたのは判ったぞ。

唐突に発せられた情報の洪水を受け止めたナヴァルは、その情報を整理しながら要点を憶え始め――それと同時に、漸く情報の処理が追い付き始めた事でその重大さに背筋が寒くなる。

「いや、ちょっと待て……北エウロペ大陸全土にあの“感覚”を振っている、という事は――」

 そんな事が出来ると奴がいるとは思いたくないが、子機が出来ると言っているならばソレは確かな事実であり、そうであるならば――。

「北エウロペ大陸内のゾイドの動きは全て、発信者に把握されていると予測します」

「あー……」

 ナヴァルが思い至ってしまった嫌な予感を、子機は容赦なく肯定してきた。

「本機はナヴァル・トーラの意向を鑑みた対抗処置を実施しており、また発信者が把握しているのはゾイドの動きのみである事から、TYPHON社の行動に障害も発生しておりません」

 膨大な情報を抱えているが故に、問わなければ応えないのがパンドラであり――この件は、情報漏洩の事を確認しなかったナヴァル達に責任があるとも言える。

 ――頭良いんだから、もう少し応用を利かせてくれると楽なんだがなぁ……。

 しかし、それが身勝手な考えだとナヴァルにも判ってはいるものの、TYPHON社の存亡に関わるような重要情報は自発的に発信してくれないだろうか? と考えてしまう。

「また、本作戦は――周辺状況と進捗状況を照らし合わせれば、成功は確定的と言えます」

「……どういう事だ?」

「現状の索敵半径内に敵対勢力を探知できない事から、ナヴァル・トーラが今作戦目的の“アルフェスト遺跡”に入れるのは確定的であり――その後、ナヴァル・トーラが生きて本機にまで帰還出来れば、情報の入手は可能となります」

「――――」

 万が一、追撃を受けた際に発生するTYPHON社の人的・物的被害を考慮に入れていないのが実にパンドラらしいが、彼女や子機が彼女等なりにナヴァルの事を気遣っている事は彼にも判った。

「…………まぁ、グリフティフォンを隠蔽している件に関しては、礼は言っておく」

 パンドラの理論で考えれば、彼女や子機に過失はなく、彼女等はTYPHON社では出来ない事を幾つもこなしてくれている。

 ――報告書、どーするかな……。

 そして、そんなパンドラ達の事を擁護しつつも重大な懸念事項を伝えなければならない状況――新たな悩みの種に、ナヴァルは思わず天井を見上げる。

「――右前方、目標を光学視認」

 ナヴァルがそんな難題に頭を捻る中、子機の報告に視線を戻すと、示された方角に薄っすらと遺跡の影が見えつつあった。

 ――――到着は、もう間も無くだろう。




 ――――場所は移り、アルフェストより遥か南。

 北エウロペ大陸中央部に広がるレッドラストの中心、そこに存在するオアシス都市――ウェシナ・サートラル領首都、サートラル。

 ウェシナを統べる御三家の一角にして謎多き町の深部、大深度地下にて――。

「スカイクラウ04管理ユニット、フィーエルが応対します。ゼフィリア様、気が付かれましたか?」

 その地下深くに点在する施設の1つ――リバイン・アルバの長たる者が眠る部屋に入室した青いドレス姿の女性は、既に目覚めている筈の所有者代理に向け、そんな確認を問い掛けた。

 その女性――フィーエルと名乗った彼女の出立ちは、艦艇の中を思わせる周囲の通路や扉の様式とは不釣り合いな代物だった。

 しかし、そんな背景を抜きに見れば、その重厚な礼服を難無く着こなせる長身とスタイル、人形の様に整った顔立ちと硬質な緑の長髪を持つ彼女は、美女と称するに十分な女性であった。

「…………頭痛が最悪だけどね」

 そして、その抑揚のないフィーエルの問いに遅れる事数秒――隠しきれない疲労の色を滲ませた少女の声が返される。

 応えた少女の名は、ゼフィリア・T・ジェナス

 曇り1つ無い金髪に、整いつつも愛らしい顔立ち。

 加えて、まだ発達の余地を残しながらも十分過ぎる程に艶かしいスタイルを持った女性だが――。

 今のゼフィリアにその若く無邪気な花を思わせる覇気は無く、その服装もまるで病人服の様に簡素な格好であり――加えて、その頭には幾つものケーブルが繋がれた帽子が被せられていた。

「……ちょっと暗いわね。フィーエル、明かり付けて」

 そうして目を覚ましたゼフィリアだったが、今の彼女達が居る場所は互いの顔も見えない程の暗闇の中にあり――それを不自由に感じた彼女はそんな真っ当な要望を口にし、その声に従う様に部屋に光が生まれ始める。

 だが、彼女等を照らすその光は、同時に彼女達が居る部屋の異様――壁面一面に走る無数のケーブルとソレ等に繋がれた幾つもの箱体をも照らし出す。

 ソレらは有機的な要素を全く含まない機材の集合体であったが、例え見掛けが金属やケーブルといった人工物であろうとも、まるで生物の中を思わせる異様な雰囲気がその部屋には満ちており――。

 その中心、複数の箱体から引き出されたケーブルの収束点で身体を休めていたゼフィリアは、気怠げな表情のまま半身を起こし、何もない空間を薄ぼんやりと見詰め始める。

「日付は……まだ予定の3週間後よりずっと前? ……何かあったの?」

 そうしてゼフィリアが得た最初の疑問――長期の定期健診によって眠り続けている筈の日程を消化していない事を問い掛ける。

 数日前から今日に至るまでの長い眠りは、ゼフィリアがフィーエルと似た身体になっても発生する、彼女の強大過ぎる“感覚”の代償を中和する為に必要な工程だった。

 そして、ソレを中断しなくてはならない程の事態はなんだろうかとゼフィリアが思うのは当然の帰結であり――同時に、彼女はそんな異常に一抹の好奇心も得ていた。

「肯定。アルフェストにてプーゼネモ隊からの定時連絡が途絶。その対応を、フィーエルは希望しています」

「プーゼネモ隊……アルフェスト――あれ? そこって確か、プリゼアから横流ししてもらったクラスAAA弾頭の受け取り場所じゃなかったけ?」

 だが、その好奇心とは裏腹に、ゼフィリアの思考は眠る前よりも増している様にも思える頭痛によって緩慢な物となっており――そんな中で、彼女はおぼろげな記憶を手繰り寄せる。

「部分的に肯定。――横流しではなく、廃棄予定の弾頭を処分と称して受領する案件となります」

 しかし、その懸命だが端折ったゼフィリアの言動に対し、フィーエルは建前と言う表向きの題目を正確に挙げる事でゼフィリアの言葉を律儀に訂正する。

「……寝起きの上役に対しても容赦無いわねぇ」

 ゼフィリアとフィーエルの主従関係は、ゼフィリアが生まれる前から続いている親子にも等しい仲となるが、それでも変わる事の無い対応にゼフィリアは苦笑しつつも組織の長として行動する為の情報を集め始める。

「……プリゼアの部隊からの連絡が途切れたのは、弾頭を受け取る前? それとも後?」

「受領を担当するドールからは、完了の報告は届いておりません」

「――知らぬ存ぜぬで通してもいいけど、そうしたらプリゼアに嫌われるわね……」

 なるべく表舞台に出たくないゼフィリアとしては、自分の領域にちょっかいを出してきた侵入者を消すといった程度の穏便な対応で済ませたいのだが――。

 奪われた物資を奪還するとなれば、最悪ウェシナや他国の衛星に探知される危険性を冒さなければならなくなり、どうしても大掛かりな動きとなってしまう。

 加えて、動くと被害や出費がトンデモナイ事になるから動かないでくれと協力者(プリゼア)や身内(シンシア)に念押しもされており――ゼフィリアは彼女なりの杓子定規ではあるものの、この事態に対する方針を考える。

「……向こうも楽になるかと思って動いたのに、結果として嫌われるのは――もうこりごりだものね」

 そして、そんな悩ましい状況に対し、ゼフィリアはかつての失敗を思い返しながらそんな呟きを洩らす。

「――――意図はどうであれ、自国領内でクラスAAA弾頭を使用されて喜ぶ為政者は存在しないかと」

 だが、その何気ない呟きに対し、普段よりも更に抑揚の無い――感じ様によっては途轍もない威圧を感じさせる突っ込みが目聡く差し込まれる。

「ま、まぁ――私も経験が足りなかったと反省してるわよ、うん……」

 基本的にゼフィリアの意見を肯定するフィーエルにすら否定されるその過去に背筋を寒くしながら、ゼフィリアは“感覚”の方向性をアルフェスト市周辺のゾイドの状況確認に移す。

「……ラフィーの部隊が近くに居るわね――この距離で、あの艦隊のZA能力者の力なら状況は察知できちゃうか――」

 ストライク・フィアーズ――ゼフィリアが寵愛しているラフィーアが所属する艦隊の総戦力、そして彼女達の戦い方を思い出しながら、ゼフィリアはアルフェスト市を制圧しているゾイド達の事を考える。

 アルフェスト近郊に集中しているゾイドコアの反応から、正式名称等は判らないがゼフィリアの領域(ウェシナ・サートラル)に侵入した彼等は北エウロペの西側で動いているゾイド達の分隊だと言う事までは探知出来た。

 そして、その力――中核となるチーター型のゾイドコアから判る同機の高い能力と、それを中心とした彼等の総合力がストライク・フィアーズの戦力を上回っている事を――ゼフィリアはこの短時間で理解する。

「――動くわ、その旨をプリゼアとシンシアに伝えて。目的は――ラフィーが窮地に陥った場合に救助するのと、弾頭の奪還。……やり方とかは任せるわ」

 それら全ての情報を勘案した結果、ゼフィリアはその決定をフィーエルに下す。

「了解しました。ゼフィリア様の能力権限を一時的に受領、対応行動を開始します」

「ん。……もう寝ていい?」

「肯定。ゼフィリア様の長期健診を再開します」

「……弾頭は、最悪吹っ飛ばしてもいいけど――ラフィー、は必ず…………」

 フィーエルの返答共に寝台に寝転がったゼフィリアはそんな追加条件を口にするが、その口調は既に朦朧としており――その数秒後には静かで儚い寝息をたて始める。

「ゼフィリア様の意向を受領。――必ず、貴女の望み通りに」

 そして、自らの所有者代理の命を受けたスカイクラウ04の管理ユニットは、その願いと意志を叶える為に行動を開始した。



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